ルネサンスと音楽 

 ルネサンスは、ヨーロッパ史上偉大な時代であった。千年近く、ヨーロッパはキリスト教のドグマに支配されて来たが、ルネサンスの時代になって、古代ギリシア・ローマの文化が復活する。古代ギリシア・ローマの文化は、科学的な精神と人間性の解放をもたらす。ルネサンスは、まず古代ギリシア・ローマの文学と美術が復活し、特に、美術の発達は絢爛豪華なものがある。文学と美術の発達が早かったのは、イタリアには、古代ローマの文献や遺跡が多く残されていて、古代の復興が図りやすかったことがある。

それに比べ、音楽は、古代の楽譜や楽器はなにも残されてなく、古代ギリシア・ローマの演劇の文献を頼るぐらいしか方法はなかった。音楽で本格的な古代の復興が試みられるのは、16世紀末でルネサンスは終わりかけており、新しいバロック芸術が興っているころであった。

したがって、音楽は、ルネサンスの中で最も保守的な芸術であった。美術では、ミケランジェロが裸体の「ダヴィデ」を彫っているころ、音楽は、依然として中世以来の教会音楽から発達した多声音楽が主流であった。世俗音楽もあったが、流行の歌謡曲程度であった。ギリシア・ローマの題材をあつかったオペラが興るのは、バロックの時代になってからで、音楽でギリシア・ローマの古典主義の完成をみるのは17世紀の後半から18世紀に入ってからである。

このように、ルネサンスの音楽は、中世以来の教会音楽の発達したもので、したがって、重要な作品は、教会音楽のミサやモテットが多くを占めている。しかし、ルネサンスの教会音楽は、単純な中世のグレゴリア聖歌とは違い、多声音楽が発展してはるかに表情の豊かな色彩的な音楽になっている。

14世紀の音楽

                        湯あみ    「キリスト伝」タピスリーの一つ

                   

 14世紀になると、イタリアではダンテが「神曲」を著し、新しい時代の息吹が現れてくる。美術では天才ジオットが活躍して、写実的な絵画が描かれるようになる。マルティーニは神秘的で美しい祭壇画を描き中世キリスト教美術は最高潮に達する。まさに14世紀は中世からルネサンスへの過渡期であった。題材はキリスト教的であっても、絵画そのものは写実的で人間的な温かさを示すようになる。このような人間的な表現こそルネサンスの始まりであった。

フランスでは、音楽に新しい動きが生まれてくる。それまでの修道院の音楽から、より人間的で自由な音楽が現れてくる。楽譜の進歩、世俗的な音楽の誕生、教会音楽の発展などに特徴があり、そのような音楽をアルス・ノヴァ(新芸術)と呼んでいる。アルス・ノヴァ最大の音楽家が、ギョーム・ド・マショー(1300?〜1377)である。

ギョーム・ド・マショーの作品は現在143曲残されているが、どちらかというとバラードというような世俗的な歌曲が多く彼の人間性を物語っている。しかし、モテトゥスも多く書き教会音楽にも新機軸を残した。ミサではノートルダム・ミサが一曲あるだけだが、それまでのミサ曲とは異なり、ミサ通常文のすべてに作曲して、ここに初めてミサ通常文が一人の作曲家により書かれるようになった。

ノートルダム・ミサを聞いていると、中世からの神秘的な雰囲気に、明朗で温かな表現を見いだすことが出来る。また半音階的な処理や不協和音の使用などは画期的なことであった。

「湯あみ」は「キリスト伝」の6点のタビスリーのなかの一つである。製作年代は13世紀末ごろである。緻密な中世の製作様式のみならず人間や姿や表情に、ルネサンスの息吹を感じることが出来る。中世末期とルネサンスをつなぐ作品である。ノートルダム・ミサのクレドからアニュスデイ
♪♪をお送りします。

ギョーム・ヂュファイ

                                  十字架降下   フラ・アンジェリコ

                  

 ギョーム・ヂュファイ(
14001474)はルネサンス初期の音楽家で、ルネサンスの多声的なミサを確立した人である。彼はフランドル(今のベルギー)出身で、若いころはイタリアの各地で活躍するが、後年はフランスのブルゴーニュの宮廷に永くとどまった。

彼の代表的な
ミサ「ス・ラ・ファス・エ・パール」(のキリエ・グローリア)♪♪(もし、顔青ければ)を聞くと、まず中世の神秘的で色彩的な光景が目に浮かぶ。そして、抒情的でもありルネサンスの息吹を感じることが出来る。

フラ・アンジェリコの「十字架降下」は、まず中世の街並みの背景の中で描かれている。しかも色彩的で、人物はルネサンスの絵画らしく人間的で悲しみの仄かな表情を感じることが出来る。

ジョスカン・デ・プレ

 ルネサンスの循環ミサを完成させた作曲家である。循環ミサとは、共通の定旋律を全声部が模倣して歌うようにしたものである。これでルネサンスのミサの形式は完成する。ジョスカン・デ・プレ(1440〜1521)は、フランドル出身で、イタリアやフランスで活躍するが、晩年はフランドルに帰り没した。ジョスカン・デ・プレのミサを聞いていると、実に緻密でフランドル楽派らしい内省的なところがみられる。ルネサンスのフランドルの絵画を見ていると、緻密な細密画を見る想いがするが、音楽にも共通した面をみることができる。ジョスカン・デ・プレの作風は緻密で数式を並べたような規則性を感じるが、モテット「アヴェ・マリア」♪♪、モテット「祝されたり、天の皇后」♪♪では、仄かな抒情性もみられ、イタリアやフランスで活動した反映かも知れない。

エジプトへの逃避  ヘラルト・ダフィット

ユダヤの暴君ヘロデ王は、ユダヤにキリスト(王転じて救世主)が生まれるという予言を聞き、ユダヤの幼児を虐殺しようとした。それを逃れるために聖家族は一時エジプトへ逃避する。そのときの旅の途上を描いたものである。

ヘラルト・ダフィットは、ベルギーのブルージュの画家で、フランドル画派であるが、聖母子は優美でありイタリアの絵画を連想させる。聖母子はより人間的であり、風景描写も閑かである。可愛いバスケットは旅を象徴している。


オルランド・ラッソー(Lasso)

 オルランド・ラッソー(1525〜1594)は、フランドル出身であるが、イタリア・フランス・ドイツの各都市で活躍した国際人であった。彼は、イタリアの明朗な音楽性を身につけて、イタリアでも高く評価されおり、ローマ教皇庁から黄金拍車の勲章を受けている。ミサ「ベラのアムフィトリット」♪♪を聞いていると、イタリア風な美しいメロディーを感じ、音楽のリズムも動的になり、抒情的な傾向を感じることができる。

ラッソーのミサやモテットの清新で明朗な楽風は、15世紀のイタリアの清新なイタリアルネサンス絵画の素朴に共通した特色があると思う。

                     サントスピリトの聖堂のマドンナ  フィリッポ・リッピ

                        

フィリッピ・リッピはイタリア15世紀の代表的な画家の一人である。フラ・アンジェリコと同門であるが、フラ・アンジェリコに比べると、より人間的で彼の性格を物語っているとともに、ルネサンスのヒューマニズムの特色を表しているといえる。彼は礼拝堂神父に任じられるが、尼僧ルクレティアと恋に陥り、後にローマ教皇により還俗して正式に結婚が認められた。生涯修道院で過ごしたフラ・アンジェリコとは対照的な人生を歩んでいる。彼の絵画には、人間の表情や動きに幾分動的で写実的な様子がみられ、ルネサンスの画家によりふさわしいといえる。

オルランド・ラッソーもパレストリーナにと同じく作品の多くはミサやモテットである。清新で明朗なイタリア的な雰囲気の音楽である。パレストリーナより、幾分世俗的な雰囲気がするが抒情的な美しさをもち、フィリッポ・リッピの絵画の清新さと表情の人間的な特徴と似ていると思う。


彼は聖俗を問わずあらゆるジャンルに傑作を残している。聖書の「詩編歌」も傑作の一つである。ここでは、詩編129から130の詩編歌♪♪を取り上げてみたい。前述のミサと伴に、器楽の伴奏付きで、奥行きの広い見通しのよいイタリアらしい楽曲である。

聖母子と八天使   ボッティチェリ


ミサ「汝ら娘の中に」
♪♪
では一層作風がパレストリーナに近づいて来ている。メロディーの美しさと清澄な響きが印象的である。ラッソー(ラッスス)がバチカンから黄金拍車勲章を貰った理由が判る。ミサから世俗歌まで広く傑作を残した彼の才能が理解できる。

キリストの受肉と諸聖人  ピエロ・ディ・コジモ


キリストが聖霊により宿ったことが象徴的に描かれている。上に見える光っている鳩が聖霊の象徴である。聖母は受胎告知の彫刻のある台に立ち、諸聖人が讃えている。その中には手に棕櫚(シュロ)を持つ聖カテリーナや手に教会の鍵を持つ聖ペテロなどが控えている。ルネサンスの絵画の中でも神秘的な美しさを持つ絵画である。


パレストリーナ(Palestrina)

 パレストリーナ(1524〜1594)は、ルネサンスのミサの究極的な完成者である。パレストリーナは、イタリア人で、生涯イタリアで活躍し、晩年はローマ法王庁ですごす。反宗教改革的なトレントの公会議で、パレストリーナのミサはローマ・カトリック教会の模範的なミサとして認められる。パレストリーナの「教皇マルチェウスのミサ」「ミサ・ブレヴィス」「来たれキリストの花嫁」というような有名なミサを聞くと、イタリア的な明るさと色彩感を感じ、ゴシックのステンドグラスを想わせるものがある。また、清澄な美しさに満たされており、カトリックの理想的な教会音楽である。しかし、パレストリーナの音楽はそれだけでは終わらない。メロディーの抒情的な美しさは、ロマンチックでさえある。宗教音楽の枠を越えて、現代人の心に訴えるものがある。現在でもコーラスの名曲としてよく取り上げられるのもそのようなパレストリーナの魅力なのだ。

                  受胎告知  フラ・アンジェリコ

                       

フラ・アンジェリコの数ある受胎告知の一つである。フラ・アンジェリコは、イタリアルネサンス初期の画家で、生涯ドメニコ会の修道僧として、宗教画を描いた人物である。彼の絵は、清澄な色彩的な美しさに満ちていて、宗教的な題材を敬虔な筆致で描いている。ルネサンスのカトリックの精神を最も純粋に描いた画家である。パレストリーナのミサは、清澄な色彩性、模範的なカトリック精神などで、フラ・アンジェリコの絵画と共通している。


ミサ・ブレヴィス♪♪

                                   サンシストの聖母            ラファエロ

                    

 ラファエロは聖母子像で名高い画家である。幼少のころに母親をなくしたラファエロは、聖母に特別の憧れを抱いていた。ペルジーノの工房にいる修業時代から、生涯聖母を描き続けた。ラファエロは、その後フィレンツェに出て活躍する。その時、レオナルド・ダ・ヴィンチに会うわけだが、「モナ・リザ」を見て涙を流しているシーンを見たが、感受性の豊かなラファエロを物語っていると思う。

ラファエロの聖母子像は17.8世紀には国宝級に扱われていた。「サンシストの聖母」は、イタリアからザクセン選帝侯アウグスツス三世が買い取ったが、その代価は街が一つ造れるほどであったという。その後ザクセン公国の国宝として多くの人から愛されてきた。

ラファエロの聖母は、世俗性(絵画のモデルは実在していた)と古典性、静粛さと甘美さが見事に解け合っており古くから人々の賛嘆の的であった。アウグスツス三世はラファエロの名高い絵画を手に入れるのに政治生命をかけたのである。

パレストリーナもルネサンスのイタリアの作曲家である。パレストリーナのミサ曲も、静粛さと甘美さが見事に溶け合っている。また、教会音楽であると同時に、遙かなロマンチシズムを漂わせている。パレストリーナの音楽は今でも多くの人に愛され続けている。



教皇マルチェウスのミサ♪♪

「教皇マルチェウスのミサ」といえば、パレストリーナの筆頭のミサであり、よく耳にするミサであるが、オックスフォード・カメラータの歌唱で聞くと、また味わいが違ってくる。教会の聖歌隊(少年合唱)とは異なり、少人数のミサであり、メロディーラインのくっきりした抑揚の高さに感銘を受ける。しかし、パレストリーナの清楚さと甘美さは変わっておらず、やはりラファエロの気品ある「聖母マリア」を想ってしまう。

ベルヴェデーレの聖母      ラファエロ


ミサ「来たれキリストの花嫁」♪♪

キリストの花嫁とは一般的には「教会」を指している。しかし、教会を構成しているメンバー一人ひとりを意味する場合がある。信者とキリストが霊的に一体になることを示唆している。このミサは特に清澄感が強く、フラ・アンジェリコの絵画を連想させる。

聖母戴冠  フラ・アンジェリコ


聖母被昇天ミサ♪♪


パレストリーナ絶唱のミサであり、抑揚が高く、高く飛翔していくイメージを連想させる。

聖母被昇天          ルーベンス


聖母マリアは、キリストスの昇天後もエルサレムに留まり、キリストの墓を守り、弟子達と生活を伴にして、聖霊降誕(ペンテコステ)の時も多くの弟子達と伴にしていたことが聖書に記されている。ある時聖母マリアが墓を訪れて祈っているとみ使いが現れて、この世に別れを告げ永遠の命を得ることを告げられた。聖母の亡骸(ナキガラ)は手厚く墓に収められた。それから三日後、聖母マリアの身体は復活して魂と結ばれ、若々しく美しい姿になり昇天したことが、福音史家ヨハネの弟子メリトにより記されている。

聖母マリアの被昇天は、六世紀の終わりにラテン語で西欧に伝えられ、マリアの被昇天の祝日に典礼でしばしば読まれるようになった。カトリック教会では、十二世紀にマリアの被昇天の教義が正式に定められた。

                              聖母被昇天   福音史家ヨハネの弟子メリト

                            聖母マリア 弟子達と生活を伴にし
                            キリストの墓を 守りたり
                            ある安息日の夜
                            マリア墓を訪れ 一心に祈りたり
                            されば み使ひ舞い降り
                            斯くの如く 語りき
                            「まもなく 御身はこの世に別れを告げ
                            永遠の命を 得ん
                            御身の 祈りは
                            ことごとく 叶へらるべし」

                            マリア ユダヤ人の目を恐れ
                            エルサレムを 逃れて
                            故郷ベツレヘムに 帰りたり
                            最期の日の 近きことを悟り
                            香を焚(タ)き 別れの支度をす

                            エペソにいた弟子ヨハネ 駆けつけたり
                            聖母 ヨハネに最後の望みを打ち明けたり
                            聖母 起きあがり祈りたり
                            聖霊 聖母の願ひ聞き届け
                            聖母を愛する すべての人に知らせたり

                            各地で宣教す 弟子達に知らせたり
                            また殉教した 弟子達にも知らせたり
                            聖母 心を込めて
                            弟子達を 祝福せんとす

                            しばらくして 豪華な馬車
                            天より 舞い降りたり
                            馬車から 母アンナ出で来て
                            マリアに 別れを告げたり

                            その時 天が揺れ
                            天空が二つに別れ
                            トランペット 高らかに鳴り
                            賛美する 妙なる調べ響きたり
                            無数の天使達に 守られたる
                            明かりに 包まれた馬車
                            雲の間より 姿を現したり
                            聖母の傍らに 降り立ちたり
                            馬車から 十字架を手にした
                            王者の衣装を まとひたる
                            主イエズス 出で来たり
                            愛する 我が子をみた聖母
                            喜びに ふるへ
                            目に涙を 浮かべんや
                            イエズス 御母に曰く
                            「おゝ我が母よ 御身を楽園に
                            お連れ致したく参らん」

                            聖母 この世で苦しむ
                            多くの人の為に 祈りて
                            恵みを 与えんことを
                            イエズスに 懇願す
                            御母の 最後の願ひを
                            聞き届けることを
                            イエズス誓ひたり
                            聖母 顔に安堵の色を浮かべ
                            両手を胸に 置きて
                            魂を イエズスに委ね
                            静かに 目を閉じにけり
                            イエズス 御母の魂を胸に抱き
                            光輝く天の館に 昇りゆきたり

                            聖母 十六歳にて
                            聖霊によりて 身ごもり
                            三十三年 主イエズスと伴に生き
                            十字架の下(モト)  我が子の死をみつめ(スターバト・マーテル)
                            墓を 守りて
                            世を 去りし時
                            五十二歳なりき

                            弟子達 聖母の亡骸(ナキガラ)を
                            イエズスの愛した オリーブ山に
                            手厚く 葬りたり
                            み使ひ達 聖母の亡骸を
                            光で織った如き マントでくるみ
                            マントの端を 稲妻に似たもので縛り
                            その先を持って 天に昇りたり
                            聖母の 亡骸は
                            先に昇った 魂と結ばれ
                            聖母の身体は 復活し
                            美はしき乙女の姿に なりにけり
                            息を 引き取りし後
                            三日目の 出来事なり
                            この後 主イエズスを信じ
                            聖母を愛する 人々に
                            幾多の奇跡 起こりにけり




トマス・タリス(1505-1585)

  ルネサンス時代の英国の作曲家の最大の天才はタリスであろう。英国ではローマ・カトリック教会から英国国教会が分離して、新しい教会の礼拝音楽が必要になり、タリスに山積することになった。彼の作風は英国のパレストリーナといってもよいほど洗練されていて、清楚で甘美な面影がある。メロディーラインの美しさはロマンチックでさえある。イタリアの音楽をよく研究していたのかも知れない。

ルネサンスでは16世紀に入り絵画も音楽も洗練して、特に絵画では古典主義的なスタイルが出現する。音楽も例外ではなかった。清楚で甘美、仄かなロマンチシズムを湛えたパレストリーナ風の音楽が生まれてくる。タリスは清楚で美しい宗教曲を多数書き、英国国教会の音楽の父と言われている。英国では時代はエリザベス女王時代に入り、シェイクスピアなどの文学のみならず、音楽も多数の作曲家が出て空前絶後の繁栄を迎えることになる。

タリスは多くのモテットを作曲しているが、ミサ曲もある。ここでは
「五声のためのミサ」♪♪を取り上げたい。タリスの音楽の特徴がよく判る。パレストリーナの音楽によく似ている。人気が出るのは当然で、彼はエリザベス女王より楽譜の出版権を得ている。

英国マーガレット教会のステンドグラス


キリストの墓へ聖母マリア、マグダラのマリア達が到着すると、白くまばゆい天使が現れ、キリストの復活を告げている場面である。ステンドグラスは19世紀のもので、ヴィクトリア朝時代の趣味がみられる。


ヴィクトリア(1548-1611)

  スペインではヴィクトリアという天才が現れている。ヴィクトリアに共通しているのは、神秘的なカトリシズムである。パレストリーナ風の甘美な要素を持っているが、神秘的なカトリシズムが優越している。それは、エル・グレコの絵画を見ているような感性を読み取ることが出来るようだ。ここでは
ミサ「おゝ大ひなる神秘」♪♪を取り上げてみたい。

受胎告知        エル・グレコ




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