前期ロマン派

 
いよいよ、ロマン派を語るときが来た。しかし、ロマン派を語ることに躊躇を覚えざるを得ない。なぜならば、ルネサンスから古典派までは、喩えていえば大河のようなもので、時代の精神の流れによって通史を書くことができた。ところが、ロマン派になると、芸術全般や思想に共通した時代様式・時代精神といったようなものがない。19世紀になると、美術と音楽とは別々の道を歩き、ほとんど共通性がない。後期ロマン派と後期印象派との間には全く共通性はない。19世紀ロマン派の音楽家は、個人の感性や人生観・主義主張で音楽を作っている。時代の様式でそれを説明することはできない。例えば、後期ロマン派のブルックナーとマーラーとの精神的な共通性はほとんどない。ただ共通しているのは、管弦楽の規模が大きいだけである。

ロマン派の音楽を見渡してみると、量質ともにはるかに大きく、まるで大海を見ているようである。今の私は、大海に船出する小船がごときで、一定の流れはなく、海の中にある島々を転々と巡るぐらいである。私の不勉強もあって、ロマン派を体系的に語るだけの充分な知識も音楽体験もない。マーラーの九つの交響曲を理解しその世界を語るだけでも大変である。今しばらくは、私が今まで親しんできた曲を語ることから始めたい。バロックや古典派の場合は、絵画が音楽の風景を語る重要な手段になったが、ロマン派の場合はそれも望めない。ロマン派の音楽の世界を語るのは、これまでの音楽に比べて非常に難しいだろう。たぶん、ロマン派の音楽を体系的に語ることは、私のライフワークになると思う。もし私の拙い文章を読んだ諸先輩方がおられれば、どうかご教示をいただければ幸いである。

ベートーヴェン(Beethoven) 

 ベートーヴェン(1770~1827)の音楽を語るとき、三つの観点があげられると思う。一つは、彼の生きた時代が、フランス革命とナポレオン時代に当たること。二つは、彼が耳の障害をもち、人生に大きな試練をもったこと。三つは、彼が男性的な強烈な個性をもっていたこと。この三つの観点を基にベートーベンの音楽を語ってみたい。

ベートーベンの音楽は、ハイドンやモーツアルトのウィーン古典派から出発するが、彼が受け継いだのはウィーン古典派の手法だけであって、古典派のロココ様式は全く受け継がなかった。彼の男性的な強烈な個性は、女性的で洗練されたロココ様式の価値を全く認めなかった。したがって、芸術史的な観点からすれば、古典派の作曲家とは言い難い。古典派の音楽はその発生から完成に至るまでロココ様式と結びついている。ベートーヴェンは、ロココ様式と無関係である以上、古典派の作曲家ではなく、ロマン派の創始者である。文化史的な観点からすれば、その方が適切な見方であると思う。フランス革命とナポレオン時代という、ヨーロッパの歴史の中でも激動の時代は、ベートーヴェンの音楽に大きな影響を与えている。ベートーヴェン自身が民主派であり、ラインの対岸で起こっている革命に大きな関心をもっていた。ベートーヴェンの音楽には、人類の普遍的な原理である市民革命の精神が宿っている。フランス革命の旗頭になった、自由・平等・博愛はベートーヴェンの音楽の中で最も美しく輝いている。ベートーヴェンが耳の障害に苦しみ大きな試練と闘ったことも、彼の音楽の中に刻まれており、その試練を通して彼の音楽は高められていった。

ベートーヴェンの不滅の恋人

   
ロマンス第2番♪♪


 ベートーヴェンのボン時代からの友人であるブロイニングは、ベートーヴェンから遺産の処分や葬儀について任されていた。ベートーヴェンが亡くなった後、ブロイニングは、ベートーヴェンの遺産である銀行株券を探していた。部屋の中の戸棚から銀行株券が見つかった。それと一緒に折りたたんだ便箋と二つのミニチュア肖像画も見つかった。

便箋は、ベートーヴェン本人の書いた恋文であった。恋文は三通あり、最後の手紙に、相手のことを不滅の恋人よ、と呼んでいた。ベートーヴェンに不滅の恋人と言われる女性がいるならば、それを知らずしてベートーヴェンの生涯を考えることは出来ないし、彼の音楽にも大きな影響を与えてるはずである。ベートーヴェンの不滅の恋人とはいったい誰なのか、この時から現代まで様々な推理が為されてきた。まず、この恋文の一部を紹介しよう。


不滅の恋人への恋文

 「ベットの中からすでに貴女への想いがつのる。我が不滅の恋人よ、運命が我々の願いを叶えてくれるのを待ちながら、心は喜びにあふれたり、また悲しみに沈んだりしています。

完全に貴女と一緒か、あるいはまったくそうでないか、いずれでしか私は生きられない。(貴女と一緒になり)、貴女の腕に身を投げ、貴女のもとで生まれたかのように思い、そして貴女に寄り添われて、魂が天界へ行けるようになることが出来るまで、私は彷徨い続けることを決心しました。そう、悲しいけれどそうしなければならないのです。

貴女には、私の忠誠がお分かりでしょうから、他の女性が私の心に占めることなどは決してありません。決して、決して、おお神よ、これほど愛しているのに、なぜ離れていなければならなにのでしょう。それにしても、ウィーンでの今の生活は、なんとみじめでしょう。貴女の愛が、私を誰よりも幸福にすると同時に、誰よりも不幸にするのです・・・・・・

私の命、私のすべて、ごきげんよう、おお、いつまでも私を愛して下さい。私の忠誠を、想い違えることがありませんように。

永遠に貴女のもの
永遠に私のもの
永遠に私たちのもの」


弟子シントラーの見解

    ジュリエッタ


 弟子のシントラーは、不滅の恋人を、ベートーヴェンが
「月光ソナタ」♪♪を贈った17才の美人伯爵令嬢ジュリエッタとした。マルトンヴァーシャルの館でベートーヴェンのピアノのレッスンを受けたジュリエッタは、天才的なピアニスト・ベートーヴェンに好意をもち、二人の出会いは、ロマンスまでに発展する。ベートーヴェンが彼女に「月光ソナタ」を贈ると、突然ジュリエッタは、若い貴族と結婚してしまう。二人のロマンスは社交界によく知られていたので、ほとんど疑う者はいなかった。

ベートーヴェンが「月光ソナタ」を創ったのはマルトンヴァーシャルの館であると言われている。周囲はイギリス庭園になっており、ベートーヴェンはこの館を好んでいた。







                         月光

                    花壇を照らす 月光よ
                    夢の貴女の 面影よ

                    世を照らしたる 光明よ
                    心を癒す 慈しみよ

                    されど貴女は 何処(イズコ)にて
                    この星空を 眺めんや

                    少女のころに あらねども
                    暁星(アカボシ)のごと 初々(ウイウイ)し

                    乙女のころに なりぬれど
                    世を照らしたる 月のごと

                    貴女を想う 真心は
                    夜空にまして 深きかな

                    心に渦巻く 情熱は
                    銀河にまして 烈しかな

                    切なき想ひ 何故に
                    貴女のもとに 届かじや

                    まなこに潜む 哀しみは
                    星にもまして 仄(ホノ)かなり

                    花壇に立てる アモールよ
                    汝の矢をば 放てかし

                    守護の天使よ 導きて
                    永遠(トワ)の愛にて 結べかし


テレーゼ・ブルンシュヴィック説

    テレーゼ


 しばらくして、不滅の恋人はハンガリーの伯爵令嬢テレーゼ・ブルンシュヴィックではないかという説が出される。ベートーヴェンは、終生ブルンシュヴィック家と親しかった。ブルンシュヴィック夫人は、テレーゼと妹のヨゼフィーネを連れて、ベートーヴェン宅を訪れ、当時すでに有名であったベートーヴェンに、ピアノのレッスンを頼んだ。テレーゼはベートーヴェンの「ピアノ三重奏曲」の作品1-1(音声は第1・2楽章)
♪♪の楽譜持ってきて、ヴァイオリンとチェロのパートは歌い、思い切ってピアノを弾いた。28才のベートーヴェンは即座にレッスンを承知した。これから、ブルンシュヴィック家との付き合いが始まることになる。

彼女たちにとっては「神のごときベートーヴェン」をハンガリーのマルトンヴァーシャルの館に呼び、ピアノのレッスンや音楽の話を自由にして楽しんだ。このようにしてベートーヴェンはテレーゼと親しくなり、テレーゼは自分の肖像画を贈ったりした。1806年マルトンヴァーシャルの館でテレーゼの弟フランツの同意のもとで、ベートーヴェンとテレーゼと婚約したが、後に何らかの理由でそれは破棄された。肖像画はベートーヴェンの亡くなるまで部屋に飾られていた。

このような、経緯を考えれば、ベートーヴェンの不滅の恋人は、テレーゼの方が似つかわしい。テレーザは生涯独身を通し、ベートーヴェンも終生テレーゼと交流があった。ロマン・ロランもテレーゼ説をとっている。

マルトンヴァーシャルの館


ヨゼフィーネへの13通の手紙

ところが、1949年、正真正銘のベートーヴェンの書いた13通の手紙の束が見つかり世界中に大きな波紋を投げかけた。宛名は「愛するJ」ヨゼフィーネである。ヨゼフィーネはテレーゼの妹である。ヨゼフィーネは性格的には奥ゆかしいタイプで、愛らしい美しさが魅力的であった。二度結婚しいているが、どちらも男の一目惚れで、決まっている。ベートーヴェンも、もしかしたらヨゼフィーネに一目惚れしたのだろうか。この手紙が出てくるまでは、ヨゼフィーネはほとんど注目されなかった。

この手紙が書かれた期間は、ヨゼフィーネの最初の夫が亡くなった年の後である1804年から1807年の間である。どうもヨゼフィーネは、音楽のセンスが抜群で、ベートーヴェンは作曲した原稿をまずヨゼフィーネに見せていた。ジュリエッタに贈られた「月光ソナタ」もまず最初に弾いたのはヨゼフィーネであった。その内にベートーヴェンは、彼女に共働者になることを求めるようになっていた。この様にして、ブルンシュヴィックの姉妹の仲で、一番接近していたのはヨゼフィーネであった。

二人は、周囲の誰にも知られないように気を遣い、テレーゼにも気づかれないようにした。気づかれると、ブルンシュヴィックの人達から反対を受けるのは明白であったからである。ブルンシュヴィック夫人は、娘を領地の多い裕福な貴族とめあわせることが一番であった。テレーゼは二人のことを何も知らなかったので、肖像画をベートーヴェンに遠慮なく贈ることが出来たわけである。ジョゼフィーネには、ベートーヴェンは曲を何も贈らなかった。贈ると関係を公にすることに等しいからである。

秘密の関係

 「おお愛するJ、私があなたにひかれているのは、決して異性の魅力などではありません。あなたのすべて、あらゆる特長まで含めたすべてを私は尊敬し、それらが私のすべての心情とあらゆる感性をとりこにしているのです。・・・・・・
あなたの心臓が私のために打つ時はいつ来るのですか。私の心臓は死ぬまであなたのために打ち続けるでしょう。愛するJ、ごきげんよう。私がこれ以上望むことは、私によってあなたが少しでも幸せになるようにということです。」

現実の厳しさ

 ベートーヴェンは、ヨゼフィーネに結婚を求める意志はほとんどなかった。二人の秘密の交際を求めているだけであった。敬虔なカトリック教徒であったヨゼフィーネは、そのような交際を好んでいなかった。しばらくして、貴族階級の男性の一目惚れで、ヨゼフィーネは再婚するが、またしても土地と教育のことで意見が合わず、夫は家を出て行ってしまった。

夫の土地の取引の失敗で経済的な打撃を受けたが、ベートーヴェンは援助を惜しまなかった。それからしばらくして、ヨゼフィーネに第7子が生まれた。この子はベートーヴェンの子ではないかと言われている(夫は当時不在であった)。ベートーヴェンは、年金や楽譜の収入で経済的には恵まれていたが、いつも借金をして生活は慎ましかった。彼は、密かにヨゼフィーネに経済的な援助をしていたのである。このように晩年まで、ブルンシュヴィックの姉妹とは、何らかの形で交流があったのである。



交響曲

 実際の音楽の中でこれらの観点を見ていこう。ベートーヴェンは、交響曲を、楽曲の中心的な位置に高めた。交響曲は、オペラや宗教曲に比べると抽象的で難解である。しかし、哲学的な思索を好むドイツ人には、交響曲は最も自由な音楽の形式であった。ベートーヴェン以降、ドイツでは交響曲が楽曲のメインになっていく。ベートーヴェンは、交響曲に最も自分の思想と情念を注いだ。ベートーベンの9曲の交響曲は、彼の音楽家としてのスタンツを最もよく見ることができる。

交響曲第1番

 ベートーヴェンが、ハイドンの交響曲の総譜を手にして交響曲を書き始めたのは21歳を過ぎてからであった。本格的に書き始めたのは29歳になる1799年から1800年にかけてである。奇しくもナポレオンがクーデターによりフランスの第一統領になり、1800年にオーストリア軍がフランス軍に大破されたころであった。新世紀は動乱の時代を予言していた。

交響曲第1番は、すでにベートーヴェンの個性がはっきりと現れている
第1楽章♪♪はゆるやかな序奏付であり堂々たるものである。主題は力強く颯爽と現れる。英雄主義的である。ここから「英雄」交響曲までの距離決して遠くない。たたみかけるように盛り上がって行く響きは崇高でさえある。ベートーヴェンのこの様な崇高さは、晩年まで生涯変わることがなかった。

第2楽章では、市民革命で犠牲になった人々に哀悼の意を捧げている。第3楽章では、帆に一杯の風を受けて目的地に向かっているような希望と力強さを表している。終楽章は、第1楽章と同じくゆるやかな序奏で始まる。崇高な目的に向かって前進している様子が、時に希望をもって時に闘争をもって語られている。ベートーヴェンらしい楽章である。


              
アルコレ橋上のボナパルト  ジャン・グロ

                         

ナポレオンは、1796年北イタリアのアルコレで、オーストリア軍と激戦の末勝利を収めた。その時、敵軍の前でためらう兵士たちの勇気をふるい起こすために、ボナパルトは自ら旗を振りかざして弾丸の中を進んで行ったと伝えられている。グロのボナパルトは、後の肖像画のプロトタイプなった。

交響曲第3番「英雄」では、第1楽章と第2楽章に市民革命の精神が高らかに語られている。この交響曲がナポレオンに捧げられるはずであったということを考えても明白である。また、この交響曲は、英雄主義的なロマン派の開幕を高らかに告げている。英雄主義は、これ以降ブラームス、チャイコフスキー、ワーグナー、マーラー、リヒャルト・シュトラウスなどに受け継がれ、ロマン派の特徴の一つになる。第1楽章の出だしのさっそうとした主題は、いかにも風を切って進む英雄にふさわしく、何度も繰り返されて圧倒的なフィナーレにつながっていく。第2楽章は有名な葬送行進曲だが、正義と自由のために戦い犠牲になった尊い命に対して、ベートーヴェンは心から哀悼の意を示している。したがって、悲しみだけではなく、栄光を頌える明るさもある。途中の壮大なフーガは深い苦悩を感じさせ、遺書まで書いたベートーヴェンの心境の現れだろうか。


交響曲第四番

 この交響曲は、「英雄」と第五番に挟まれて不利な立場に置かれている。メリハリのはっきりした二つの交響曲と比較され地味にとられてしまい、目立たない谷間の百合のように扱われている。中には駄作などという輩もいて、耳にすることの少ない交響曲である。しかし、この交響曲には、ブルンスヴィック伯令嬢テレーゼとの婚約が背景にあり、ベートーヴェンの心情を見る上でなくてはならぬ交響曲であると思う。1806年ベートーヴェン35歳の年に婚約が結ばれ、1810年に解消される四年間は、幾多の名作が生まれている。ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲第四番、第五第六交響曲、ピアノソナタ「熱情」、ピアノ協奏曲第五番などがそうである。ベートーヴェンにとりこの四年間は、最も実りある最も幸福な時期であったといっても過言ではない。

ピアノソナタ「悲愴」が生まれた年、ブルンスヴィック伯令嬢テレーゼは、ウィーンでベートーヴェンの弟子になっている。ベートーヴェン28歳の時で、耳の病気もまだ表面化していなかった時期である。テレーゼとその妹ヨゼフィーネが伴に入門し、伴に美貌であった。テレーゼは理知的な美しさの持ち主で、ベートーヴェンを神の如き人と呼び、盛んにハンガリーのマントルヴァーシャル邸に呼び、七つ違いのベートーヴェンに憧れていた。彼女は文学などにも詳しく、少々哀愁のある端正な表情は、静かで落ち着いた愛の人であった。チェロを奏く弟のマントルヴァーシャル邸のブルンスヴィック伯も、ベートーヴェンの大ファンであり大きな味方であった。

当時の貴族には公的な年金が支給されており、平民と結婚すると公的年金は失われることになっていた。テレーゼも結婚の条件として収入の安定を求めていた。ベートーヴェンはウィーンで着実に名声を得ており、その名声を確立するためには、オペラの成功が必要であった。三十代から「レオノーレ」を書き進めて来たが、「レオノーレ」を「フィデリオ」と改題して発表をしようとしていた年にナポレオン軍がウィーンを占拠して、オペラは見事な失敗に終わってしまった。ベートーヴェンを支持する貴族も多く、一生を保証する年金なども約束されていたが、ナポレオンがウィーンを占領するに至って、多くの貴族はウィーンを離れて疎開してしまい、ベートーヴェンの年金も風前の灯火になってしまった。

これからナポレオンが失脚する数年間、ウィーンの社会は混乱して、大作曲家ベートーヴェンの収入もなかなか思うように安定しなかった。そのようなあせりから、ベートーヴェンは若い頃から数えれば十年越しの愛に決着をつけるために、1810年ベートーヴェン39歳の年に、テレーゼに結婚を迫ったが、思うように事が運ばず解消されてしまった。しかし、二人の愛情はこれからもつづいて行ったと言われている。なぜなら、テレーゼはベートーヴェンと同じく生涯独身を通したからである。婚約の時捧げた
ピアノソナタ第二十四番♪♪のお礼に、テレーゼは自らの肖像画を贈っており、ベートーヴェンはそれを生涯身近に置いていた。

シューマンは、この交響曲を「北欧の二人の巨人に挟まれたギリシアの乙女」と呼んでいる。実際この交響曲はベートーヴェンの交響曲では珍しく、春の心象風景と自然風景が一致している。シューマンが交響曲第一番「春」を作曲するときに手本にしたのではないだろうか。ベートーヴェンはこの曲を書いた頃人生の春であり、ドイツの遅れて一気に花の咲く春景色と重ね合わせている。この交響曲では管楽器では木管楽器が多く使用され、春の自然風景を巧みに表している。交響曲を重厚にする金管楽器はこの交響曲ではほとんど使用されていない。

第一楽章♪♪
ベートーヴェンの交響曲の中では最も長い序奏である。不穏な出だしであり、決して凡てが順風満帆なかったことを暗示している。耳の病気で遺書まで書いたベートーヴェンの苦闘が暗に示されている。しかし、一気に勝ち誇るような管弦楽に変わり、管楽器は春の花鳥風月を描いている。人生の春と自然風景の春とは一体になって曲は進められる。メリハリは「英雄」や第五番にはかなわないにしても、風情の美しさは、シューマンの言葉の如くに前後の二つを凌いでいる。

フィメールの神話    ©JUNKO KITANO


                              フィメールの神話

                            話さざるなら
                            吾も 沈黙を守り
                            耐えんとす

                            静かに 待たんや
                            星の 夜を徹して祈り
                            頭低くして 垂れるが如くに

                            朝(アシタ)は 必ずや来たらん
                            闇は 消え
                            汝の声は 金色の流れになり
                            大空を 渡らん

                            汝の言の葉 歌の翼となりて
                            小鳥の巣より 飛び立ち
                            歌は 花となり
                            森の茂みに 咲き出でん


第二楽章♪♪
春の夜の夢のような楽章である。アンダンテカンタービレと言ってもよいと思う。

Luna    ©JUNKO KITANO


第三楽章♪♪
勇敢に進み出ようとする意気を示している。春の息吹とも共通したものがあると思う。遠くにテレーゼの面影がある。

星影の国の王女    ©JUNKO KITANO


                              星影の国の王女

                            御身は高貴な方
                            星影の国の王女
                            夜咲(ヨザキ)きの睡蓮のごと
                            かの清楚な輝きに
                            そっと国に舞い降りたる
                            月の精も吐息もらさんとす

                            御身は夢見る方
                            星影の国の王女
                            深き星の光たたえ
                            かの優しきまなざしに
                            遠ひ国から訪れたる
                            星の詩人(ウタビト)も恋せんとす


第四楽章♪♪
うって変わって夜になり花の妖精の踊るようなアレグロになる。メンデルスゾーンのアレグロを想わせる。

真夜中の舞踏館            高畠花宵



交響曲第5番は、自分の運命に降りかかった耳の障害との激しい闘いが表現されている。しかし、全体を通して悲観的ではなく、終楽章は勝利の凱歌になっており、ベートーヴェンの人生に対する前向きな態度が感じられる。


フリッチャイの交響曲第5番

 フリッチャイ(1914~1963)は、ハンガリーのブタペストに生れる。ブタペスト音楽院でバルトークやコダーイにピアノや作曲を学ぶ。1945年ブタペスト国立歌劇場の指揮者に就任する。1947年ザルツブルク音楽祭で、クレンペラーに代わり、アイネムの「ダントンの死」を初演し、国際的な名声を得た。その後演奏会で多忙な日々を送る。1960年、ベルリン・ドイツ・オペラの音楽総監督の契約を結ぶが、健康状態の悪化のため契約を断念する。白血病が悪化して1963年バーゼルの病院で逝去した。享年48歳であった。

運命というと、子供の頃からよく聞いた曲である。ジョージ・セルのレコードであったが、終楽章が早かったことが記憶にある。その後、カラヤンの運命を聞き、終楽章のテンポの遅いのに驚いた。運命というと、怒濤のように一気に演奏するスタイルが一般的である。第2楽章もすっと終わり、後半の勝利の凱歌に進んでいく。

フリッチャイは、
第2楽章♪♪を13分かけ、この交響曲でいちばん長い。13分といえば、同指揮のベートーヴェンの交響曲第7番の第1楽章と同じ時間である。運命の第2楽章で、フリッチャイは緩徐楽章によくあるように、ゆっくり歌いロマンチックな余韻を残し、楽譜にある精神をすべて現すごとく丁寧にふっている。聞いていると、最愛の人を懐かしんでいるような印象を受ける。第九の第3楽章と似ているかも知れない。この様な運命の第2楽章はフリッチャイだけではあるまいか。このレコードは1961年で死の2年前である。

フリッチャイのベートーヴェンは全体的にテンポがゆったりしている。一音一音を慈しむような指揮の態度である。
第3楽章♪♪の出だしの弦楽も異常に遅い。そして、ホルンが崇高な様にたたみ掛けるようになってくる。一度聞いたら忘れられない出だしである。

ベートーヴェンの運命といえば、激しく深刻で、歳がいくと今更と思っていたが、フリッチャイのゆったりとした運命を聞いていると、世界の中で唯一の運命を聞いているようで、また聞きたくなってしまう。大変な名演であると思う。19世紀のベートーヴェンの時代へタイムスリップしたようである。


交響曲第6番「田園」は、ベートーヴェンの交響曲では珍しい自然への讃歌である。ベートーヴェンの自然は、古典派のロココ風の自然とは異なっている。ロココ風の自然は洗練された貴族趣味による詩的で、天国的な響きがあるが、ベートーヴェンの自然はもっと現実的で写実的である。画家でいえば、イギリスのコンスタブルやフランスのコローなどのリアリズムの風景画を想わせる。ベートーヴェンは、よくウィーンの森を散策して曲想を練ったといわれるが、その体験がありのままに描かれている。ヨーロッパの自然が写実的に描かれていて、ロマン派の自然描写の原点になった作品である。

ほし草を積む馬車      コンスタブル


この絵には、ロココ趣味のような優雅な風景はないが、ヨーロッパの田舎のありのままの風景が写実的に描かれている。雲の様子などは、動いているようで、コンスタブルの自然への愛着が感じられる。この絵はサロンに出品されて、ロマン派のジェリコやドラクロアに影響を与えた。このように、ロマン派の芸術家達は、ありのままのヨーロッパの風景から出発するのである。ベートーヴェンも、「田園」でありのままの自然に対する感動を表現している。


ロマン派音楽の写実性


 スイスのインタラーケンのホテルで一泊して、朝ラジオで偶然、ロマン派のたぶんシューベルトかシューマンの室内楽を聞いたことがあるが、ロマン派の音楽が余りにもスイスの自然にマッチしているので驚いたことがある。私は、モーツアルトの音楽よりもロマン派の音楽の方がヨーロッパ的だと思う。ロマン派の音楽は、ヨーロッパの自然をリアルに描いていて、ヨーロッパ人のためのヨーロッパ音楽である。それは、我々日本人がヨーロッパに行ったときに初めて悟ることである。

モーツアルトの音楽は、洗練された貴族趣味という点で、民族を超えた普遍性がある。つまり、日本の王朝文化もヨーロッパの貴族文化も、洗練された貴族文化として共通した部分がある。文化の普遍性である。だから、モーツアルトの音楽の方が、より全人類的な音楽であると思う。わたしは、古典派のエマヌエル・バッハやクリスチャン・バッハ、ハイドン、モーツアルトが日本的であると感じることがあるが、それは、古典派の音楽の方がより洗練されており普遍性をもっているからだと思う。つまり、日本人が聞いても、京都や武蔵野を連想させる要素をもっているわけである。ロマン派の音楽は、それまでのバロック様式やロココ様式の先入観をとりはらい、よりリアルなヨーロッパ音楽を創造していくのである。

カール・ベームの「田園」 

「田園」は、ベートーヴェンの交響曲の中では例外的に、のどかで牧歌的である。カラヤンやバーンスタインの「田園」を聞いていると、テンポが速くダイナミックであるが、「田園」独特ののどかさ、安らぎがない。それにくらべ、カール・ベームの「田園」は、ゆったりとしたテンポで牧歌的であり、自然の安らぎをを感じさせる。1970年代、ベルリンフィルのカラヤンとウィーンフィルのカール・ベームは人気を二分していた。派手なカラヤンを嫌う人はベーム派、カラヤンの才能を認める人はカラヤン派といった具合に。ベームの指揮は実にのびのびしていて、自然な響きがある。したがって、ハイドンやモーツアルト、シューベルトなどに良い演奏を残している。カラヤンの指揮は緊張感があり、ダイナミックで雄弁である。この二人の指揮者は対照的であり、歴史が彼らを評価することになる。カラヤンの指揮は大部分がCD化されているが、ベームの指揮は数えるほどしかない。才能という点では、カラヤンの方がはるかに傑出していたことは確かであるが、こと「田園」の演奏に関してはベームの方が曲の雰囲気にあっている。ベームの田園は貴重な一枚であると思う。

ベームの田園

第一楽章♪♪ 田園での悦び

林間の空き地           コロー



第二楽章♪♪
 小川の流れと散策

キューピットから弓を取るニンフ  コロー



第三楽章から第四楽章♪♪ 村人の祭りの踊りと嵐の到来

春       ランクレ



嵐の風景

稲妻の光る風景   ガスパール・デュゲ



第五楽章♪♪ 虹の架かる光景と神への賛美

虹の架かる風景                ルーベンス


交響曲第7番第1楽章♪♪は、「英雄」の第1楽章と同じく、さっそうとしていて英雄的である。市民革命の精神が感じられ、正義の戦いの勝利を高らかに歌っている。「英雄」よりも雄大であり、感動的である。ベートーヴェンの音楽の中でも、最も正義に輝いた楽章である。第3楽章、第4楽章も戦いの勝利の凱歌である。晩年ベートーヴェンは、試練との闘いに勝ち、未踏の境地に達している。

                                                                 指揮 ゲオルク・ショルティ

                              

交響曲第9番は、ベートーヴェンの人生の総決算である。第1楽章の冒頭の天から降り注いでくるようなモチーフは、彼の悲劇的な宿命を暗示している。第1楽章は悲劇的な運命に悩む人間の姿を表現している。第2楽章のスケルツォは、過酷な運命に追いつめられる人間の悲劇を表している。第1・2楽章を通して重苦しい雰囲気が支配している。第3楽章は、苦しみに疲れた人間のひとときの安らぎである。終楽章では、第1・2・3楽章のモチーフが消し去られて、あの歓喜の歌へ流れていく。ベートーヴェンの意図は明らかで、試練を克服した喜び、闘いの後の勝利を高らかに宣言している。この終楽章には二つのテーマがある。一つは、試練と闘い勝利した喜び。もう一つは、市民革命の精神で、自由、平等、博愛のために戦い勝利した喜び。この二つのテーマが終楽章に渾然一体となって勝利の歓喜となって高らかに歌われている。

ベートーヴェンの第九がこれほどまでに尊重されるのは、第九の精神が、人類に共通した普遍的な価値を持っているからである。人類は、様々な試練を抱えているが、そのような試練を乗り越えて真の自由、平等、平和、幸福を実現していこうとする精神こそ第九の精神だからである。

ベートーヴェンが交響曲に託した、闘いの後の勝利というテーマは、ロマン派の音楽家に受け継がれていく。19世紀は革命の世紀といわれるが、まさにベートーヴェンが築いたこのテーマは19世紀の時代のテーマでもあった。このように、ベートーヴェンが築いた英雄主義、男性的な闘いの精神、写実的な自然観は、ロマン派の大きな枠組みになっていく。このような意味で、ベートーヴェンはロマン派の創始者である。そして、ベートーヴェンの音楽は、ロマン派の作曲家のくめども尽きぬ源泉になるのである。


協奏曲 

 ベートーヴェンの協奏曲には、5曲のピアノ協奏曲ヴァイオリン協奏曲とがあるが、曲想は明るく英雄主義的でロマンチックである。独奏楽器も華麗で力強い。ベートーヴェンの協奏曲は愛を男性的な力強さで表現している。それに対して、モーツアルトの協奏曲は、愛を女性的なデリカシーで表現している。ロココ趣味自体が女性的であり、それゆえに愛らしく清純である。それに対して、ベートーヴェンの愛の表現は英雄主義的であり力強い。女のロマンと男のロマンの相違であろうか。ベートーヴェンの愛の表現はロマン派に受け継がれ、ロマン派の音楽家はそれをさらに発展させていった。愛の表現でも、ベートーヴェンはロマン派の創始者である。

ピアノ協奏曲第一番ハ長調

若き日のベートーヴェン

 ピアノ協奏曲第一番は、第二番より3年後に作曲されたが、出版は第二番より8ヶ月早いので第一番に数えられるようになった。1798年に作曲初演された。翌年に有名な「悲愴」ソナタが作曲されている。ベートーヴェンの独自色がはっきり出てき来ているころであった。このころすでにベートーヴェンは、ウィーンでは著名でありハイドンの晩年の交響曲と伴にピアノ協奏曲が演奏されるようになっていた。ベートーヴェンは、天才的なピアノの即興演奏家としてサロンで人気を呼んでいた。弟子チェルニーは、ベートーヴェンの即興演奏は人々に涙ぐむような感動を与えたと述べている。

第一楽章♪♪から堂々とした出だしであり、すでに第五番「皇帝」を連想させるような颯爽としたピアニズムを認めることが出来る。初演した翌年には、不滅の恋人の候補にあげられているブルンスヴィック家のテレーゼと妹ヨゼフィーネが入門し、ベートーヴェンは青春の渦中に巻き込まれていく。

ジョージィとアベル ©いがらしゆみこ



                       アベルとレディ・ジョージィ

                    オーストラリアの平原に 育ちしアベルよ
                    ジョージィとアーサーの 兄にして
                    行動と 決断の人よ
                    少年の ころから
                     (義妹)ジョージィ 愛したるアベルよ
                    ジョージィへの愛 絶つために
                    船乗りに なりたれど
                    自分を 偽ることあたはざるなり

                    ジョージィ 美少年ロエル追ひて
                    英国に ゆきしとき
                    汝もジョージィ 追ひてゆきたり
                    ロンドンの街で ジョージィに再会し
                    愛を 告白す
                    病弱なロエルと 結ばれることに 
                    懸念を 表明す
                    暫くしてジョージィ ロエルを失いぬ

                    すでに 弟アーサーもロンドンに
                    ジョージィを追ひて 来たりけり
                    されどアーサー 密輸組織に捕らへられ
                    美少年を好む貴族に 麻薬づけにされたり

                    アベル アーサー助けんために
                    命がけにて 貴族の館に進入し 
                    アーサー 救ひしが
                    貴族と もみ合ひ 
                    アベル捕らへられ 処刑されんとす

                    ジョージィ 少年の出で立ちにて
                    アーサーの恋人マリアの 手引により
                    密かに牢に入り アベルと逢ひて
                    烈しく愛し合ひ 結ばれん

                    救ひ出された アーサーは
                    麻薬に侵され テムズ川に転落す
                    アベル 処刑の日来たりて
                    つひに 銃殺されたり

                    アーサーとアベルを 失ひしジョージィ
                    起きあがることも 出来ず
                    されど アベルの子を
                    宿したる ことを知りて
                    生きる気力 取り戻したり

                    身を 捧げしアベルよ!
                    ジョージィ 尊き汝の子を授からん
                    汝を顧みれば 涙の海となり
                    子を見つめれば 希望の星とならん

                    ジョージィ アベル・ジュニアと伴に
                    今は故きアベルの 設計せし
                    レディ・ジョージィ号に 乗り
                    生まれ故郷の オーストラリアに戻りぬ

                    ついに 故郷の地踏みたり
                    懐かしきミモザの木に 近づきたりしとき
                    忽然(コツゼン)と アベル・ジュニア抱いた
                    アーサーに 出逢ひたり
                    幻覚と 思ひきや
                    アーサー 奇蹟的にオーストラリア行の
                    船にぞ救はれし

                    涙 とめども流れんや
                    あたかも 夢みるがごとき
                    懐かしき声 耳元にひびかん
                    笑顔だけ 目の前で揺れん
                    アーサーの 声と笑顔が

                    オーストラリアの 故郷にて
                    この陽光の中
                    想ひ出す 幸ひなる日々の
                    繰り返されんこと 願ひて
                    アーサーとアベル・ジュニアと
                    あたしとで!


ベートーヴェンには多数の肖像があるが、若き日のベートーヴェンの肖像画はそんなに多くない。その中でもかなり信憑性のある肖像画が上の方である。それと前後して非常によく似た肖像画があるがそれが下の方である。ベートーヴェンの肖像画は壮年期から晩年のものが多いが、若き日のベートーヴェンの面影をとどめた珍しい肖像画である。






ピアノ協奏曲第二番変ロ長調

ベートーヴェンの事実上の第一ピアノ協奏曲である。楽譜の出版が現在の第一協奏曲より約8ヶ月遅かったため第二協奏曲と名付けられた。1795年のベートヴェン最初の公開演奏会で演奏された。全部で5曲のピアノ協奏曲の中では、古典派のモーツアルトの影響の濃い作品である。管楽器はホルンを除いては木管楽器のみが使用されている。第一楽章の出だしは、晩年のモーツアルトのピアノ協奏曲を彷彿とさせるが、次第に力強いベートヴェン的な曲想が現れて来る。美しいのは
第二楽章♪♪であり、ベートヴェンのピアノ協奏曲では最もロマンチックな楽章である。「ロマン派の風」ともいうべき弦楽器の濃厚な主題で始まる。次いでピアノの独奏がその主題を受け継いでいく。ピアノの独奏全体が歌の一部のようであり、途中に時めくような半音階的和音が散りばめられている。この辺りはモーツアルトのピアノ協奏曲を想わせるものがある。星が煌めくようなピアノのフレーズで終わりを告げる。

ジョージィ「湖畔の出逢」       ©いがらしゆみこ



                        レディ・ジョージィとロエル

                    オーストラリアの牧場(マキバ)に 育ちしジョージィよ
                    アモールの如き 天真爛漫な乙女よ 
                    天使の如き 心優しき乙女よ
                    巻きて流れる ブロンドの御髪(ミグシ)
                    翡翠(ヒスイ)の如き 緑のまなこ
                    佇む姿 さながら天使の如し

                    汝が 英国の貴族の子なることを
                    誰が 知るらん
                    厳しき継母(ママハハ)に 育てられ
                    優しき言葉と ふれあひを知らじ
                    瞳の奥にある 愁ひを
                    誰が 知るらん
                    舞踏会の日にて
                    湖の畔(ホトリ)で ロエルに出逢ひぬ
                    ロエルの澄みし瞳に ひかれたり

                    没落貴族の末裔(マツエイ)に 生まれしロエルよ
                    父母の愛を知らずして 育ちしロエルよ
                    純真で 限りなく優しきロエルよ
                    汝の瞳の愁ひを 如何せん
                    ジョージィの可憐な明るさに ひかれたり

                    ロエルには フィアンセあり
                    されど 婚約を破棄し
                    貴族の地位と名誉を 投げ棄て
                    ロンドンから ジョージィを連れて駆け落ちぬ
                    すでにロエルは 肺の病にかかりたり
                    粗末な部屋で 鮮血を吐き衰弱す

                    愛しのジョージィよ
                    幸ひなる日々を 有難ふ
                    幼きころ ある館で目にした
                    聖母マリアの姿に 憧れぬ
                    いつしか 聖母マリアに語りかけたり
                    君に 驚くほど似たりけり
                    君は 心の聖母マリアなり
                    たとへ 死すといへども
                    君と二人なら
                    君のそばでなら
                    君の胸の中でなら
                    君のまなざしの中でなら
                    ・・・・・・
                    ・・・

ピアノ協奏曲第4番

 ピアノ協奏曲第4番は、明るい英雄主義的な正義感と一体になったロマンチシズムのとりわけ濃厚な作品である。この作品が生まれた1806年は、テレーゼ・ブルンスヴィックと婚約した時であり、交響曲第4番やヴァイオリン協奏曲などの明朗でロマンチックな作品が生まれている。

第1楽章♪♪
英雄交響曲の第1楽章と同様に颯爽そした英雄主義的な楽章である。力強く純粋な愛を求めて行くようなロマンチシズムの高まりは感銘を与えないわけにいかない。背景に何かのドラマを連想しそうである。

第2楽章♪♪
緊張したオーケストラと何らかの悲劇的なドラマを連想させるようなロマンチックなピアノが美しい。

第3楽章♪♪
第1楽章に続いて、明るい英雄的な力強さを感じさせる曲である。

                                アタラの埋葬          ジロデ

                       

シャトーブリアンが1801年に発表した「アタラ」に基づいて絵画化した作品である。インデアンの青年シャクタスは、白人側に捕らえられたが、キリスト教徒の乙女アタラに助けられ、若い二人は恋に落ち、隠者オーブリの洞窟に隠れ家を見つける。神に身を捧げるようにという母の言葉とシャクタクとの愛に想い悩むが、ついに毒を飲んで自害してしまい、シャクタクはキリスト教徒になるという物語である。アタラの唇は微笑んでいるように描かれている。乙女アタラの純真な愛と犠牲によりインデアンの青年シャクタスが改宗するという物語で、当時大きな反響をよんだ。


ピアノソナタ

 ベートーヴェンは、大変なピアノの名手であり、ピアノソナタのレベルを大きく引き上げた。ハイドンやモーツアルトのピアノソナタは、ロココ調で、爽やかで明るい世界であるが、ベートーヴェンのピアノソナタは「悲愴」「月光」「熱情」などにみられるように、幻想的でロマンチックな夜の世界を創造している。ドイツロマン派の詩人ノヴァーリスは、夜の世界に自由と安らぎを見いだした。ベートーヴェンも、ドイツロマン派と共通して、ピアノで夜の幻想的な世界を創造している。

                     図2  月を眺める二人の男  フリードリッヒ

                            

フリードリッヒは、ドイツロマン派の代表的な画家である。この絵は、夜と永遠の眠りに魂の自由と安らぎを見いだしたドイツロマン派のノヴァーリスの世界と共通性がある。また、ベートーヴェンの「月光」第1楽章の瞑想的な夜の世界と一致する。     


「悲愴」ソナタ

 ウィーンに出たベートーヴェンは作曲家兼ピアニストとして、次第に名声を得ていた。彼のピアノ協奏曲第1番がハイドンのロンドン交響曲と共に演奏され、作曲家としての地位も上がっていた。ウィーンのサロンでは、ピアノの即興演奏が好まれ、ベートーヴェンはまれに見る即興演奏家として通っていた。彼の即興演奏は、人々の魂を揺さぶり、目を潤ませるほど聴衆を感動させた、と弟子チェルニーは回想している。ピアノの名人として名声も広まり、ベートーヴェンに弟子入りする人も増えていた。

1799年ベートーヴェン28歳の時、後にベートーヴェンの不滅の恋人と言われる、テレーゼ・ブルンスヴィックが弟子入りした。この年、有名な「悲愴」ソナタ
♪♪ が作曲されている。「悲愴」ソナタは、恋愛を背景にして作曲されていると言われているが、詳しいことは分かっていない。このソナタに題名を付けたのは、ベートーヴェン自身であった。

ベートーヴェンは、このソナタによって、ハイドンやモーツアルトのピアノ・ソナタを乗り越えて、ロマン派的なピアノ・ソナタの道を切り開いた。夜の世界に夢想を馳せたこのピアノ・ソナタは、それまでの古典派ソナタの明朗優雅な世界とは異なり、幻想的でロマンチックな世界に乗り出している。ベートーヴェンはこのソナタで、その名を不滅にしたといっていいと思う。

自選複製原画集     ©竹宮恵子


                                ピアノの預言者

          館より聞こへし ピアノの音(ネ)を
          子守歌に育ちし 貧しき少女よ
          白髪の人 語りて曰(イワ)く
          貧しき ローズマリーよ
          時至れば ピアノ教へんと

          月日たち 白髪のリスト 
          乗り移りて 曲を奏したり
          指自在にして ピアニストのごとくなり
          ピアノを愛せし ローズマリーよ
          汝の素質 天に知られたり
          天の音楽を 教へんと

          ベートーヴェン 乗り移りて
          悲愴ソナタを 奏したり
          何ぞ 感動せざらんや
          更に 天のソナタをひかんとす
          み使いのごとき ローズマリーよ
          天のソナタを 人々に聞かしめよ
          天の栄光を 知らしめよ
          汝は ピアノの預言者とよばれんと

霊媒音楽家ローズマリー
 ローズマリーは、ロンドンの貧民街に住む貧しい給食婦だった。
子供の頃、ほんの少しだけピアノを習ったことがあったが、親が経済的に苦しかったこともあって、すぐにやめてしまった。しかし音楽は好きで、暇があるとぼろぼろなアップライトピアノに向かって、たどたどしく指を走らせるのが、彼女の唯一と言ってよい趣味であった。
貧しいジャーナリストと結婚したものの、その夫も彼女が36歳の時に世を去った。

だが、ある夜。
一日の労働に疲れて家に帰ってきたローズマリーは、いつものようにピアノの鍵盤を弄んでいた。
その時、彼女の指に異変が起こった。
自分の意志で動かせなくなり、何者かが乗り移ったかのように、突然見事な演奏を始めたのだ。彼女がそれまで一度も使ったこともないペダルさえも巧みに踏みながら……。

その時、ローズマリーは子供の頃の白日夢を思い出した。
少女であった彼女の前に、白髪の老人が現れ、
「君が大人になったら、私がピアノを教えてあげよう」
と約束して消えたのである。
後年、肖像画を見て知った、その老人の名は、フランツ・リスト。

リストが、その時の約束を果たしに来たのだ、と、ローズマリーは、なんの疑いもなく知った。
リストの霊は、ローズマリーにピアノの演奏法を教えるだけではなく、彼女を通して、生前発表できなかった作品を世に出そうとさえした。何度も何度も彼女の手足を操って演奏し、彼女の肉体が完全にその曲を記憶してしまうまで繰り返したのだ。

そのうち、リストだけではなく、何人もの作曲家の霊が、ローズマリーのもとへ現れては、自分の未発表作品を伝授するようになった。特にショパンはしげしげと彼女のもとを訪れ、懇切丁寧に指導した。
彼女のテストを行った音楽教育家のファース夫妻によると、作曲家たちの憑依していない状態での、ローズマリー本来の音楽的才能はほとんど素人に近かったという。

彼女の演奏は、そのタッチやルバートの調子が、はっきりと19世紀風であったという。リストやショパンなど19世紀の作曲家に指導を受けたからなのではないか。
ともあれ、ローズマリーは、霊媒音楽家として一躍有名になり、テレビ出演、レコードや著書の出版など大変多忙な日々を送ったのち、貧民街を脱出してウィンブルドンの高級住宅地へ移り住んだのであった。



「テンペスト」ソナタ

ピアノソナタ「テンペスト」は、月光ソナタの翌年に書かれたソナタである。月光ソナタはベートーヴェンが恋愛関係になった16歳のジュリエッタに献呈したソナタである。同じく「テンペスト」も恋愛感情の色濃く反映している。「テンペスト」というタイトルは、ベートーヴェンの弟子シントラーが、曲の解説をベートーヴェンに訪ねると、ベートーヴェンがシェイクスピアの「テンペスト」を読めと言ったことから名付けられた。「テンペスト」とは、大嵐という意味だが、嵐を描いたソナタと言うより、シェイクスピアの「テンペスト」の中にあるミランダとファーデナントの恋愛を意識しているようにも思われる。ベートーヴェンとジュリエッタとの愛は、翌々年のジュリエッタと伯爵子息との結婚により終わりを告げる。

第一楽章♪♪幻想的な出だしで始まり、アレグロカンタービレともいうべき主題に発展していく。恋愛を想わせる雰囲気がある。そして、繰り返して現れる。

ミランダ-テンペスト        ウォーターハウス


第二楽章は分散和音により第三楽章への架け橋になっている。


第三楽章♪♪
切なく儚い出だしで始まる。恋愛感情の産物としか想われない楽章である。


二人の女      マリー・ローランサン

マリー・ローランサンの乙女には、甘く切ないだけではなく、儚さが込められている。乙女の儚い命を描いてるのだろうか。「テンペスト」の第三楽章の冒頭のメロディーは、まさに恋愛の儚さを表している。


ピアノソナタ「田園」第一楽章♪♪
ピアノソナタ「田園」は、「月光ソナタ」の次に作られたソナタで心象風景の明るい牧歌的なソナタである。この頃、ブルンシュヴィック家マルトンヴァーシャルの館に滞在しており、テレーゼやヨゼフィーネと閑かな日々を送っていた。この館の周囲はイギリス庭園になっており、特にベートーヴェンの好みであった。そのような状況の中で、このソナタは作曲されたのであろう。特に第一楽章には明朗な喜びが心の底から湧き上がっているようである。

ジャージー島の室内       モリゾ

モリゾは、娘ジュリーと夫ウジェール・マネ(マネの弟)とで、ジャージー島のコテージで滞在した。窓から光が差し込み、透明感のある明るい温かな空気を作り出している。モリゾの喜びが愛しいジュリーと伴に醸し出されている。


「ワルトシュタイン」ソナタ

ベートーヴェンの名作期を飾るピアノソナタである。英雄交響曲やクロイツェル・ソナタとほぼ同時期に作られたピアノソナタである。ベートーヴェンの恩人ワルトシュタイン伯に献呈されたものである。ワルトシュタイン伯は、エラール社の最新式のピアノをベートーヴェンに贈っている。名器を得たベートーヴェンは喜びを込めてこのソナタを書いている。ベートーヴェンのピアノ技術の粋を表している。明朗で幸福感さえ感じられる曲である。

第一楽章♪♪
明朗で幸福感さえ感じさせる楽章である。典型的なソナタ様式によっている。ハイリゲンシュタットの遺書から運命を乗り越える決意をしたベートーヴェンの力強い意志が反映してるのだろうか。

第二楽章
一楽章から三楽章への橋渡しをしている

第三楽章♪♪
明朗な感動に満ちた楽章である。勝利の凱歌のようにも思える。余り陰のないベートーヴェンには珍しいピアノソナタだと思う。名器を得た喜びを表現しているのかも知れない。

胸をはだけたブロンドの女   マネ

美人モデルを得たマネは、よりリアルに優雅になっている。肉体美もさることながら横顔も純真で美しい。印象派の到達した画境を示している。ルノアールの女性も清純で美しいが、マネのこの作品は清純さにエロチシズムを含んでいる。最高のモデルを得たマネは、歴史に残る傑作を描いた。


晩年のピアノソナタ

 
ピアノソナタ第27番から最後の第32番までは、すべてにフーガを含み幻想的瞑想的な雰囲気を濃くしている。ここでは、ピアノソナタ第29番と第30番の心象風景を探ってみたい。

ピアノソナタ第30番


第1楽章
♪♪
小川がさらさらと流れるような出だしではじまり、印象派を聞くような淡泊なピアノの煌めきがある。次第に流れは大きくなり、幻想的になっていく。

千羽鶴                加山又造



加山又造は、現代日本画の作家である。日本画でも、写実的なものより幻想的な作風に特徴がある。月を中心にして流れるような千羽鶴を描いた作品は彼の代表作の一つである。第1楽章の水の流れるような幻想的なイメージによく合っている。

第2楽章
壮年期のベートーヴェンに感じられるような力強い闘争的な楽章である。

第3楽章
♪♪
安らかで平和なテーマ曲が現れる。歌うような美しいメロディーである。その後変奏曲が続き、賛歌に高まっていく。

バターミア湖            ターナー



ターナーは、1797年イングランド北部の湖水地方へ旅行した。この作品には、英国のロマン派詩人トムソンの一節が添えられている。ベートーヴェンのピアノソナタの世界は夜であるが、時として、このような賛歌になることがある。

            西に沈める日 輝き渡り
            速やかなる光 山々を照らさんとす
            地を覆ひし黄金色の 霧中より
            大ひなる天上の弓 立ち上り
            彩りを 広げて見せんとす

ピアノソナタ第31番

第1楽章
♪♪
歌うような冒頭の主題が現れた後、流れるような第2主題が現れる。流れるようなメロディーが何ともロマンチックである。ここには、力みも衒いもない自由自在な生命の輝きがあるだけである。

狭霧野           山本丘人



山本丘人は現代の日本画家である。彼はこの絵について「霧に包まれた千種の花は、風にたなびく構図を計って高原の花を素描した 空間は空でも地でもない 霧の流れ」と解説している。霧が花と伴に美しく流れている光景を描いている。

第2楽章
アレグロの短い楽章である。次の楽章への橋渡しになっている。

第3楽章
♪♪
ゆっくりとした幻想的な出だしで始まる。メランコリックなメロディーが現れる。第二部のフーガになる。夜の幻想的な世界が美しく映し出される。感情は浄化されており、決して悲痛にはならない。メランコリックなメロディーが再び現れるが、過去を懐かしんでいるようでもある。また再びフーガになる。次第に賛歌のような高まりをみせる。

夜桜              横山大観



横山大観の幻想的な夜桜を描いたものである。ベートーヴェンのピアノソナタは幻想的な夜の世界を描いている。ロマン主義は、夜の世界に無限のロマンを見いだした。この終楽章は、ベートーヴェンの幻想的なロマン性の極致であると思う。

室内楽

 ベートーヴェンのヴァイオリンソナタチェロソナタには、ヨーロッパの風景を想わせるみずみずしい作品が少なくない。

ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」♪♪

このヴァイオリン・ソナタは、春の景色を写実的に表した傑作である。春といえばヴィヴァルディの「春」があるが、ヴィヴァルディの春は、春の雰囲気や予感を感じさせるのに対して、ベートーヴェンのスプリングソナタは、もっと春の風景を写実的に表している。目前に春の風景と季節感が浮かぶようである。第1・2楽章は春独特の霞のかかった風景を感じさせる。終楽章は、春の花の咲く景色と春を迎える歓びが感じられる。ロマン派の特徴の一つは、自然の写実的な描写にあると前述したが、ベートーヴェンのスプリングソナタは、そのような特徴を最もよく表している。

チェロソナタ第3番第一楽章♪♪

 ベートーヴェンといえば、交響曲の作曲家というイメージがあるかもしれないが、室内楽にも素晴らしい作品がある。チェロソナタもその一つで、全部で5曲あるが、チェロソナタを聞けばベートヴェンの作風の変化を知ることが出来ると言われるほど、完成度の高い作品群である。

第3番は、交響曲第5番、第6番などと相前後してつくられた作品で、このころのベートヴェンの作風をよく表している。大らかで、力強い動きなどは、ハイドンやモーツアルトの室内楽にはあまりなかった特徴である。とともに、ヨーロッパの風景が目の前に見えてきそうな写実性があることである。私は、スイスに二度行ったことがあるが、スイスの自然の美しさが、ロマン派の室内楽の美しさだと、つくづく感じたことがことがある。モーツアルトは、ヨーロッパというより宮廷的であるといったほうが正確である。

南ドイツの風景  すばらしい世界


チェロの音が太くて力強い。ピアノは情熱的でロマン派のピアノである。ピアノとチェロが見事に合わさって泉が湧いているような、渓流が流れているような、清々しいイメージを想わせる。空気が澄んで、樹木や花の多い、そして何処でも塔の美しい教会がある、ヨーロッパの風景に融け込んでいる音楽である。

この写真の風景も、アルプスに比較的近いところなら何処でもあるような風景であるが、ベートーヴェンのこのチェロソナタによく似合う。渓流の流れは、そのままピアノとチェロの勢いであるとも云える。

ベートーヴェンのこのような室内楽の写実的で力強い特徴は、ロマン派の室内楽に受け継いでゆかれる。


チェロソナタ第三番第三楽章

チェロという楽器は、バロック時代には通奏低音の楽器であり、ソロを奏くということは余りみられなかった。しかし、古典派に入りC.P.E.バッハ、ハイドン、ボッケリーニ、さらにロマン派ではベートーヴェン、ブラームス、ドヴォウザークなどが、協奏曲、ソナタの独奏楽器として使用している。しかし、チェロという比較的低音の楽器は、ソロを奏いても華やかというよりも、渋さが目立ち、時によると深刻さが加わり、余り人気のある楽曲は少ない。

その点、ベートーヴェンのチェロソナタは例外中の例外で、チェロが沈むことなく甚だ活気を帯び、雄弁に浪漫を物語っている。ベートーヴェンのチェロソナタは、その意味でチェロの独奏楽器としてクラシック音楽の金字塔であると思う。チェロの聖典であると言ってもよいぐらいである。特に第三番はベートーヴェン中期の傑作であると伴に、浪漫派音楽の最高傑作の一つであると思う。これほど詩情を持ったチェロソナタは、チェロ協奏曲を含めて他に例がみられないほどである。

第三楽章♪♪第三楽章は閑かな春景色から始まり、次第に感動的な高まりに向かっていく。まるで愛の賛歌のようになり終わりを告げる。

アルプスの渓流


                              夜の船上にて  ハイネ

                            わだつみにある 真珠(シラタマ)よ
                            夜空に満つる 星々よ
                            人の心に 愛ありぬ
                            愛の深さに 限りなし

                            海と空との 大きさよ
                            さらに大ひなる 真心よ
                            星々よりも 美(ウル)はしき
                            愛の心は 輝けり

                            汝懐(ナツ)かしき 乙女子よ
                            愛の心に 来たれかし
                            海も空さへも 消え去りて
                            愛の命の 拡がらん

                            美はしきかな 星々よ
                            天空高き 円屋根(マルヤネ)に
                            瞳閉じたり 口づけす
                            涙溢れて 止まらずや

                            愛しき人の まなざしを
                            千々に蒔きしか 天空に
                            懐かしげにて 挨拶す(愛しき人が)
                            雲の上なる 幕屋より

                            愛の灯火(トモシビ) 優しくも
                            心の祈り 聞き給へ
                            総ての星と 一つとし
                            汝と伴に 逢はせかし

                            みつめ給へり 金色に
                            燦(キラ)めきたりや 明星よ
                            闇をつらぬき 輝けば
                            心時めき 愛に満つ

                            空に蒔かれた まなざしよ
                            汝の涙 降りそそげ
                            明るき水に 輝ひて
                            心に満たし 溢れ出よ

                            浪(ナミ)の動きよ わだつみの
                            夢見る如く 揺られたり
                            船の上より 星々を
                            汝の如く 眺めんや

                            満天の星 降る如く
                            時を忘れて 眺めたり
                            仄かに白き 霧の雲
                            辺りを占めて 隠さんや

                            愚かなりけり 若者よ
                            腕は短く 天遠し
                            憧れ虚し 夢遠し
                            これに勝らん 眠れかし

                            深き雪にて 閉ざされし
                            広き荒野を 夢にみん
                            雪に埋もれて さびしくも
                            静かに眠らん 人やみん

                            誰(タ誰かの)が奥津城(オクツキ墓所)を 見下ろして
                            星のまなざし 数知れず
                            星親しげに 迎えたり
                            天の御国(ミクニ)の 階(キザハシ)へ

                            清き心の 若者よ
                            汝の純真 神ぞしる
                            誰ぞ汝を 見捨てんや
                            天は汝の 故郷なり



ピアノ三重奏曲「大公」第一楽章♪♪

ピアノ三重奏曲第九番「大公」は、ベートーヴェン最後のピアノ三重奏曲でルドルフ大公に献呈された。大公とは爵位の中でも最も高いもので、王家に匹敵する地位を示している。「大公」はベートーヴェンの室内楽でも後年に作曲されたもので、傑作の一つである。全体は長大なため、第一楽章の風景をみて行きたい。萌え上がる春を想わせるような、明るく活気のある楽章である。メロディーも美しい。

ヴァイオリンの稽古      モリゾ

モリゾ晩年の作品であるが、愛娘(マナムスメ)ジュリの乙女の若々しさと美しさを存分に描いている。モリゾは夫の後を追うように54歳で亡くなるが、ジュリは絵画と音楽をよくして、22歳に従姉妹と伴に合同で結婚式を挙げることになる。


初期の弦楽四重奏曲

ベートーヴェン28の年に、ハンガリーの中堅貴族のブルンスヴィック家の令嬢テレジアと妹のヨゼフィーネとが弟子入りする。テレーゼはベートーヴェンの作品1のピアノ三重奏曲のピアノを暗譜しており音楽性も抜群であった。二人はベートーヴェンを神の如き人と呼び、マルトンヴァーシャルの館に呼び寄せて、ピアノ家庭教師をしてもらったりして楽しい時を過ごすことが多かった。テレジアは知的な雰囲気を持つ美人であった。ヨゼフィーネは早くから結婚をして子供も出来る。ヨゼフィーネは愛らしい奥ゆかしい美人であり、二人の男性と結婚するが、みんな一目惚れで決まっている。若いベートーヴェンに現れた二人の美人は、多分ベートーヴェンのミューズであったことは間違いない。テレジアは独身を通し、後にベートーヴェンに婚約している。

二人が弟子入りした年に、ベートーヴェンの世紀の傑作「悲愴ソナタ」が作曲された。この時の恋人はテレジアと思われていたが、20世紀の初頭にベートーヴェンの恋文の束が見つかり、相手はテレジアではなくて、ヨゼフィーネであった事が分かった。ただしヨゼフィーネはしばらくして結婚して子供も出来る。結婚相手の対象ではなくなっていく。翌年弦楽四重奏曲作品18の6曲が作曲されている。マルトンヴァーシャルの館の周囲は英国庭園になっており、ベートーヴェンの格好の散歩コースであり、この地で後に至るまで多くの曲想が練られたと思われる。

弦楽四重奏曲第一番作品18♪♪

この曲はベートーヴェン29才の時、テレジアとヨゼフィーネが弟子入りした翌年にまとめて6曲作曲された。ハイドンやモーツアルトの影響もかなりあるが、メヌエットの楽章をスケルツォにするなど、後のベートーヴェンのスタイルの斬新さもある。半音階処理も多く、優雅な弦楽四重奏曲からロマン主義的で力強いベートーヴェンの個性も表れている。特に第一番はその様な要素の強い作品である。ベートーヴェンの意気込みが伝わって来る。

第一楽章
最初から半音階的な処理が目立つ。また颯爽とした力強さもある。展開部は半音階的な処理が目立つ。ベートーヴェンの心理の表現方法になっているようである。

第二楽章
哀しみを感じさせるアダージョになっているが、ロマン派の緩徐楽章になっており、晩年のモーツアルトの影響もありそうだ。ベートーヴェンは16才の時母親を失うが、悲しい出来事として思い出されたのだろうか。16才で母親を失うのは余りにも悲し過ぎることである。ベートーヴェンの幸せだった時があるのか疑わしくなる。それでも悲観的にならず人生を乗り切ったことは実に力強い生涯であった。

第三楽章スケルツォ
前進的な楽章で後ろを振り向かず生きて行ったベートーヴェンの積極性を感じる。

第四楽章
爽やかでハイドン風の終楽章である。最後は大先輩のハイドンに敬意を捧げたのだろうか。



弦楽四重奏曲第二番作品18
♪♪

この曲は作品18の中で一番に明朗な曲である。

第一楽章
明朗で優雅である。テレーゼやヨゼフィーネに取り囲まれて、こういう幸せな曲が生まれたのだろう。

第二楽章アダージョからアレグロ
ロココスタイルを想わせる優雅な緩徐楽章であるが、その後アレグロの部分があるが、やはり明朗である。そしてアダージョに戻る。ベートーヴェンにロココスタイルを感じたのは初めてのことである。彼が耳の疾病がなければ、このような平和な曲も沢山作曲していたかも知れない。

第三楽章スケルツォ
明朗なスケルツォであり、晴天の日に二人で庭園を散歩しているような幸福な世界である。ベートーヴェンの動的な特色もある。間に素晴らしいロマンチックなアダージョがある。

第四楽章
走り出しそうな喜びに満ちている出だしである。繰り返し同じような主題が出てくる。ロンド形式のようだ。

ポモナとウェルトゥスヌス   フランソワー・ブーシェ



       ポモナとウェルトゥスヌス

      ニンフ・ポモナよ ラティウムで
      美はしきとこ 比類なし
      果実を愛し 園芸に
      命を捧げ ましませり

      肌の優しさ 綿のごと
      花の顔(カンバセ) 望月の
      紅をさしたる ごとくして
      菫のごとく 可憐なり

      水仙のごと 慎ましく
      林檎のごとく はじらいて
      梨花のごとくに 清らなり
      園に籠もりて 暮らしたり

      神の好意も 避けがちに
      愛の求めも 遠ざけて
      園芸の神 ウェルトゥスヌス
      老婆に化けて 近づきぬ

      老婆は常に 愛を説き
      ウェルトゥスヌスの 誠意説き
      園芸の神の 自在説き
      ポモナを求む 愛を説く

      ウェルトゥスヌス 若者にて
      乙女の前に 現れぬ
      力ずくにて 成さんとすが
      その必要は なかりけり
      心奪はれ 時めきて
      ウェルトゥスヌスを 受け入れん


弦楽四重奏曲7番「ラズモフスキー」

この曲はウィーンのロシア大使ラズモフスキーの為に作曲されているため、この様に呼ばれている。この曲はベートーヴェンがテレジアと婚約した年(ベートーヴェン35才)に書かれている。同年ではヴァイオリン協奏曲の初演。翌年は交響曲第四番、第四ピアノ協奏曲の作曲、熱情ソナタのブルンスヴィック侯に献呈といったように幸福感のある交響曲の作曲や熱情ソナタの作曲など大変充実した作曲の年月になっている。ベートーヴェン盛年期で、二年後には、交響曲第五番や第六番も初演される。

その背景にはテレジアとの婚約があったことは間違いない。ベートーヴェンにとっては幸福で充実した年であった。その年に作曲されたのが弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー」である。この曲は第一楽章から終楽章に至るまで、全てソナタ形式になっており、演奏時間は40分位で弦楽四重奏曲集では最大の規模である。そして楽章では第三楽章のアダージョが13分くらいで一番長い。このアダージョはテレジアとの婚約の想いがつづられている。

一般的にこの第7番「ラズモフスキー」は難解な曲で知られており、昔から名曲には含まれていない。そして、ベートーヴェンの哲学的な弦楽四重奏曲の一つとして理解されている。確かに最初はとっつきにく曲ではあるが、素直な気持ちで聞いていると、ベートーヴェンの喜びの情熱が充実した作曲法で描かれていることに気づく。それを証明するのは、第三楽章の愛のアダージョが最も長いことである。理知的な美人テレジアへの愛の賛歌といってもよいのではないかと思う。しかし、それが非常な充実したタッチで描かれると音楽形式にとらわれて、全体像が見えにくくなっているのかも知れない。

まさにこの弦楽四重奏は、ベートーヴェン風の愛の賛歌である。それを非常に内面的に描いている。その内面性を描くには弦楽合奏が一番良いからである。ただ、内面的な愛をデリケートな弦楽器で描いているので、ピアノ曲より我々日本人には、遙かに難解に聞こえてしまう。ヨーロッパに行くと、景色などを見ていると弦楽器の音が良くなじんでいる。しかし、日本では弦楽器の音はヒステリックに聞こえ風景と余りなじまない。だから、なにも考えないで、音楽をありのままに聞いていると、何か喜びの情熱を感じしまう。それがこのラズモフスキーの自然な印象である。

第一楽章♪♪
長調の颯爽とした出だしで始まり、ベートーヴェンの喜びが表れている。人生の春を告げているようである。新緑の緑、一斉に咲く多彩な花々も背景にはあるような気がする。チェロの颯爽とした音色が男性的な喜びを感じさせる。

第二楽章スケルツォ♪♪
行進曲の様なリズミックな音楽がこの楽章のイメージである。その行進曲は愛の行進である。勝利の凱歌である。第二主題は抒情的なメロディーも、それも行進曲にのまれてしまう。

第三楽章アダージョ♪♪
ベートーヴェンの孤独感の様な雰囲気で始まるが、それが愛を求める感情に高まっていく。そこへ崇高なテレジアの姿が見えてくる。デリケートな感性を持つテレジアの愛しい姿になる。その姿は浮遊するようで一定の形を表さない。まだ婚約したばかりの謎を秘めた女性像である。次第にあるメロディーが流れてきて、二人の愛を祝福してくれているようだ。そのまま終楽章につづく。

第四楽章♪♪
行進風な明るい音楽が流れる。それが愛の行進になっていく。度々行進風な明るいテーマが流れ、力強い愛の感情に高まって行く。先へ急ぐ様な前進的な音楽になり、ロマンチックな音楽が流れて最後に盛り上がり終了する。

テレジアとヨゼフィーネの想像画         きたのじゅんこ


弦楽四重奏曲第15番、第16番

 「弦楽四重奏曲第15番」は、1824年(死の3年前)に着手されたが、体調不良で中断され、翌年回復して「神への感謝」の楽章が追加され全5楽章の作品になった。前年には第九交響曲が完成し、「ミサ・ソレムニス」がペテルブルグで初演された。このような時に作曲されたカルテットの15番は、晩年のベートーヴェンの心境がにじみ出た作品になっている。

第1楽章♪♪
この楽章は、過去の回想である。過去の様々な思い出が回想風に現れ、霧の中に反映しているような印象を与えている。

第2楽章♪♪
この楽章も第1楽章に引き続き、過去の回想が、スケルツォのリズムに乗って、走馬燈のように過ぎ去っていくようである。


第3楽章♪♪

この楽章には「病癒えた者の神への聖なる感謝の歌」と記されている。音楽の中から光が差し込んで来て、それがどんどん広がっていくようなイメージを感じさせる。晩年のベートーヴェンの心境が決して暗くなかったことを物語っている。晩年のベートーヴェンによく見られる賛歌の一つであると思う。

岸に近づくヨット        ターナー



岸に近づこうとするヨットも朝日の光と霧に溶け込んでいるかのようである。心が温まるような明るい絵画である。

第4楽章♪♪
清々しい楽章である。幸福が訪れてくるような喜びに満ちている。


このはなさくや姫     堂本印象


このはなさくや姫」は、古事記にある女神で、海彦、山彦を生んだ姫である。桜の花の精になぞらえて描かれている。白衣と黒髪は姫の純潔を象徴している。若々しい官能と古代の女神の清々しさを湛えている。

第5楽章♪♪
とぎれず第5楽章に進む。短調の主題が提示される。死への不安を意味しているのだろうか。不安感は高まっていくようである。複雑に展開していく。ベー
トーヴェンの晩年の心境を綴ったものであろう。

弦楽四重奏第16番

第1楽章♪♪ 
明るい第1主題の後、活気のある主題が現れ、二つの主題がからんで展開していく。活気のある主題が上回り曲を閉じる。

第2楽章♪♪
軽快なスケルツォで始まる。霧の山を高く高く上っていくようなイメージを受ける。高く羽ばたいて行くようでもある。

山雲       東山魁夷


唐招提寺の障壁画の一部である。雲がかかった山々は高く高く進んでいく。見る者までが、あたかも山雲を登っているような感覚にとらわれる。

第3楽章♪♪ 
歌うような温かい楽章である。やはり賛歌になっている。


第4楽章
♪♪

冒頭の重い主題から抜けたように、歓喜の主題が現れる。第九交響曲では最終楽章に当たる。苦悩の後の歓喜が歌われて終わる。

歓喜の時     堅山南風



堅山南風の代表的な花鳥画である。色鮮やかな小鳥がとまり楽園を象徴している。将に歓喜の時である。


晩年のベトーヴェン

 ナポレオンを撃退したとき、ベートヴェンの戦争交響曲、交響曲第7番、第8番は、ウィーンの市民に圧倒的に歓迎された。しかし、ナポレオンなき後のウィーンは、保守的な反動政治の牙城になり、ベートヴェンの革新的な音楽は理解されなくなっていた。しかも、皮肉なことに、ナポレオンの侵攻は、ベートヴェンの庇護者である貴族階級の没落を促し、彼の年金は減る一方であった。彼は、部屋に籠もり、ウィーンの市民からも忘れられたかのようであった。

しかし、ベートヴェンのこのころの想いは、人類愛的な精神に高まっており、ミサ・ソレムニス、第九交響曲という崇高な音楽に没入していくのである。人類の救済と福祉は、晩年のベートーヴェンの求めた悲願であった。


ミサ・ソレムニス

 ミサ・ソレムニスというと「願わくは心から心へ」という言葉を思い出す。ベートーヴェンは、欧米人にとって馴染みの深いキリスト教のミサという音楽形式で、人類の救済と信仰の勝利を高らかに歌っている。ベートーヴェンは、耳の障害に絶望したとき、友人への手紙に「何度神を恨んだか分からない」と述べている。彼が試練を克服して神への信仰に立ち返るには、時を必要とした。晩年には人類愛と信仰の勝利という前人未踏の境地に達したのである。

ここで、ミサ・ソレムニスの特徴を幾つかあげてみたい。

一つは、人類を救済をしようとする神の愛を、人類愛という普遍的な精神で表現していることである。特に、キリエに、それが顕著に現れている。また、このミサに随所に現れる力強いフーガは、苦悩の後の信仰の勝利を高らかに歌っている。


一つは、それまでのミサ曲が、通条文の意味よりも時代のスタイルに従っているのに対して、ベートーヴェンは、ミサの歌詞に重きを置き、歌詞に従ってリアルな音楽的な解釈をしていることである。このような処にも、ロマン派の写実的な精神が現れていると思う。例えば、クレドの劇的な解釈、サンクトスの静かな雰囲気から、一転してホザンナの歓喜への劇的な変化♪♪アニュスデイの祈るような音楽。これらはこれまでのミサ曲にない斬新な表現である。

一つは、ミサ・ソレムニスは、声楽と管弦楽の5楽章の交響曲ともいうべき作品で、古今東西これほど規模の大きな力強い宗教芸術はない。たぶん、この作品に匹敵する宗教芸術はミケランジェロのシスティナ礼拝堂の太い線で描かれた天井画だけではあるまいか。


それではキリエ♪♪を聞いてみよう。キリエは、このミサの中ではメロディーが最も分かり易く、曲の雰囲気をつかみやすい。キリエは神に憐れみを乞う歌であるが、ベートーヴェンは、総ての人々の救済を悲願する人類愛的な賛歌に変えている。

浄土三部経と人類愛

 阿弥陀三部経の無量寿経は法蔵菩薩(阿弥陀仏)の四十八の誓願が記されている仏典である。法蔵菩薩は四十八の悲願を誓い、人類の総てを救わなければ成仏しないと誓ったみ仏である。この教典ほど限りない人間愛を感じさせる教典はない。阿弥陀信仰の原点になった教典である。ミサ・ソレムニスのキリエを聞いていると、人類を一人残さず救おうとする法蔵菩薩の限りない慈悲を感じてしまう。


法蔵菩薩は無量寿経の中で、詩(歌)の形で衆生を救はんとする志を詠んでいる。ここに、その一部を記しておこう。

世自在王仏をほめたたえて


                            光輝くご尊顔 気高く
                            神々しきこと 限りなからん
                            ・・・
                            如来のみ姿 世に超えて比類なく
                            悟りたるみ声 十方に響き渡らん
                            ・・・
                            願はくは 仏となり
                            汝のごとき 仏となり
                            生死の海原 超へ
                            一切の迷妄より 解脱せん
                            ・・・
                            誓ひたり
                            仏と ならんため
                            本願を 成し遂げ
                            怖れおののく 悩める衆生に
                            大ひなる 安らぎを与へん
                            ・・・
                            憐れみの心 起こし
                            迷える衆生を すべて救はん
                            十方から 己が国(極楽浄土)に往生せば
                            歓喜と安らぎを 授けんと

                            願はくは 師よ察し給へ
                            心に 偽りなきことを
                            この本願を 貫き
                            必ずや 果遂すべき
                            十方の 諸仏よ
                            すべてを 知り給ふ
                            己が志を 顧み給へ
                            身をたとへ 苦毒に沈め
                            如何なる苦難に 遭はんとせども
                            ・・・


宇治平等院阿弥陀如来図


宇治平等院の鳳凰堂に描かれた阿弥陀如来図である。かなり痛んであるが藤原時代の典雅な雰囲気を残している。諸仏の表情は柔和で人間愛に満ちた慈悲心を表している。当時の人々は、宇治へ行けば浄土を見ることが出来ると言われた。大和絵を想わせるような雅やかな絵画である。み仏の限りない慈悲を如実に物語っている。


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