ベルリオーズ(1803〜1869)
ベルリオーズといえば、誰しもが「幻想交響曲」を連想する。そして誰しもが「幻想交響曲」をロマン派の最高傑作の一つに数えることをためらわないであろう。1930年奇しくもフランスでは七月革命が起こった年、ベートヴェンが逝去して3年後に、ロマン派のすべてを語り尽くしたような、このような素晴らしい交響曲を作曲したベルイオーズの天才を讃えずにはいられない。
幻想交響曲
ベルリオーズは、シェイクスピアの花形女優ハリエット・スミッソンに一目惚れしてしまい、劇団に巧みに近寄り、恋いこがれる想いを手紙に託して彼女に送り続けたが、彼女はその激しい調子に返って恐れをなし、無名のベルリオーズを顧みようとしなかった。「回顧録」によると、そこでベルリオーズはその虚しさを明かすために、想いを込めた一大交響曲を書き、ロンドンでしかも彼女の前で演奏し、報われることの無かった恋の傷手の復讐をしようと思い立ったのであった。
そしてこの交響曲に次のような標題がつけられた。
「ある若い芸術家が恋に破れ、この世に疲れ果てて、アヘンを飲んで死のうとする。しかし、毒物の量は彼を死なせるに足りなかったために、彼は深い眠りに落ち、一連の夢を見る。その夢の中で、芸術家の恋の物語が繰り返され、幻想的で奇怪な解決へと導かれていく。」
ベルリオーズはこの交響曲をゲーテの「ファウスト」の影響で書き始めたと述べている。人生に絶望して毒杯をあおごうとしたが死をまぬがれて、メヒィストフェレスとともに夢のような中を行動するファウストの筋書きに、標題の言葉は似ている。また、終楽章のワルブルギスの夜も「ファウスト」の同名のシーンにヒントを得ている。ベルリオーズの「ファウスト」好みはリストをして「交響詩ファウスト」を書かせたほどであった。「初めに行動ありき」というファウストの言葉とベルリオーズのドラマチックな精神とが共感したものと思われる。
第1楽章 恋愛の憧憬と情熱をこれほど美しく表した音楽があるだろうか。全楽章に「ロマン派の風」が吹いている。
第2楽章 美しく華やかな舞踏会のワルツ。映画音楽になってもよさそうな写実性がある。ハープを管弦楽に初めて採用した。中間部での恋人の固定楽想が素晴らしい。全楽章に「ロマン派の風」が吹いている。
第3楽章 野の風景 羊飼いの角笛の聞こえる野原で、恋人へのひしひしとした想いが迫ってくるダイナミックな楽章。ベルリオーズが一番力を入れて書いた。すべてに「ロマン派の風」が吹いていて素晴らしい楽章である。
第4楽章 断頭台への行進 夢で恋人を殺してしまいギロチンにかけられる情景。破棄されたオペラ「宗教裁判官」の場面から転用されたもので、一晩で仕上げられた。最後に恋人の固定楽想が出てくる。初演でアンコールされた楽章である。
第5楽章♪♪
ワルブルギスの夜(全世界の魔女が集まる夜)の夢 断頭台の後、魔女の宴に取り囲まれる。奇怪な音楽と同時に、力強い英雄的な音楽でもある。
サルダナパールの死 ドラクロア

ドラクロアは、1827年サロンに畢竟の大作を出品した。それは、縦4m、横5mの巨大な絵画であった。左図はその部分である。左上方にサルダナバールが憮然と横たわっている。(この画像には頭の部分が見えない)
サルダナバールは、バビロニアの国王とも言われ、彼は反逆者に城を取り囲まれた。その時の断末魔を描いている。ロマン派の大家であったドラクロアは、そのような緊迫した場面を、ドラマチックにしかも力強く描いている。ロマン派は、日常を超えたドラマチックな場面を力強く描いたことに特徴がある。力強い情熱的な筆致は、すべてのロマン主義芸術の特徴である。ここにはセンチメンタルな要素はあまり見られない。
「幻想交響曲」の5楽章は「ワルブルギスの夜」というタイトルがつけられている。
世界中の魔女が乱舞する夜である。ベルリオーズは、奇怪でしかも力強い音楽を創造している。ドラクロアの「サルダナバールの死」でも、王の愛妾達が乱舞するように、しかも動的に力強く描かれている。
1832年イタリア遊学からパリに帰国する。ちょうどハリエット・スミッソンがマネージャーになって英国劇団がパリで公演していたが、かっての人気はなく、不入りで赤字続きであった。事情を察した人物がハリエット・スミッソンにベルリオーズを知らせるために、ベルリオーズのコンサートを企画して「幻想交響曲」を演奏させた。この時、初めて彼女はベルリオーズの存在を知ることになる。このコンサートは大成功でベルリオーズは、一躍パリの有名人になるのでる。そして、ベルリオーズは彼女と交際を始めて結婚を決意する。かっての無名の音楽家が、著名であるが落ちぶれた女優を獲得するという奇跡的な行為が実現するのである。
しかし、ブルジョワのベルリオーズの両親は、多額の借金を背負ってしまった女優との結婚を反対する。ベルリオーズは訴訟で両親の反対をおしきり、1833年念願の結婚を果たした。毎月200フランの某の給付金をもらうベルリオーズは、1万4千フランの負債を抱えた彼女と結婚して、多くの友人に祝福され新生活をスタートした。二人の負債を救ったのはパガニーニだった。パガニーニはベルリオーズの「イタリアのハロルド」「幻想交響曲」を聞いて、ベルリオーズをベートヴェンの後継者と賞賛して、彼に2万フランを贈呈することを約束したのであった。
このように、「幻想交響曲」の由来には想像を絶するドラマがあったのである。まるで、ベルリオーズは小説の主人公のような存在であった。
イタリアのハロルド
ベルリオーズは、フランス・アカデミーのローマ大賞をとり約1年イタリアに遊学した。帰ってハリエット・スミッソンと結婚して、モンマルトルに居をかまえる。新婚間もなく、ベルリオーズはイタリア遊学の思い出を綴った交響曲を完成する。これが「イタリアのハロルド」である。
イタリア遊学中に実は大変な事件を起こしたのであった。その間の想いやイタリアの明朗な光景などをこの交響曲に込めている。1830年ベルリオーズは「幻想交響曲」を完成するが、このころになるとハリエット・スミッソンへの熱病もさめ、他の女性に関心が移っていた。相手はマリー・モークという若くて美しいピアニストであった。この年にベルリオーズはローマ大賞を獲得する。そして「幻想交響曲」をコンサートで発表して成功を収める。このような成功がモーク嬢との婚約を進めたのである。ベルリーオーズは喜びの絶頂にあった。そしてこの年の年末彼は、婚約者を置いたまま心残りであるが、ローマへの遊学に旅立った。
彼は婚約者からの手紙を心待ちにしていたが、待てど暮らせど返事はなかった。やっと4月になり待望の手紙が来た。その手紙の書き主はモーク嬢の母親で、娘のマリーはカミーユ・ブレイエルと結婚することになったという内容であった。「回顧録」によると、その時ほんの数分で「・・・罪ある二人の女と罪なき一人の男を殺さねばならない。そしてやり遂げた後私も自殺する。やむお得なかったんだろうと人は考えてくれるであろう。・・・十分慎重に変装してパリに行くのがいい。・・・」と思いついた。ピストル二挺に弾を込め、毒薬の小瓶をポッケとに収めて、すぐフィレンツェを後にした。
地中海の断崖を馬車で走っている時、自然の風景が彼を常識の世界に立ち返らせた。ローマのヴェルネ館長にやむをえない経緯を手紙で伝え、ニースにしばらく滞在して興奮を冷ますことにした。ローマにフィレンツェ経由で帰った。しばらくして、親友とナポリまで行きオペラを鑑賞し、ポンペイやヴェスヴィオ火山を見てローマに戻ってきた。イタリアの明朗な風景は、ベルリオーズの心を慰め、また感興を与えた。ベルイオーズに印象を与えたのは、イタリアの楽芸よりも明朗な自然であった。
イタリアのハロルドにはこのようなイタリアでの思い出が綴られている。イタリアの「ハロルド」は英国のロマン派の詩人バイロンの長編詩に登場する人物で、恋人に裏切られてイタリアの山々を放浪する人物である。ベルリオーズは自分を「イタリアのハロルド」になぞらえてこの交響曲を作曲した。ヴィオラ独奏付きの交響曲で、ヴィオラはベルリオーズの多感な心情を奏でている。
第1楽章 婚約者を残してイタリアへ赴いたベルリオーズの複雑な想いがオーケストラとヴィオラ独奏で綴られる。途中ハロルドのテーマがヴィオラで奏でられ、婚約者への恋愛感情が美しく語られる。しかし、その思いは千々に乱れて、多感な恋の心情が奏でられる。「幻想交響曲」では第1楽章に相当する。
第2楽章 夕べの祈りを歌う巡礼の行進 イタリアでの体験を交えて書かれている。一見長閑そうだが、ヴィオラの独奏は多感なベルリオーズの心情を奏でている。
第3楽章 山男が恋人に寄せるセレナード 一見牧歌的だが、ヴィオラの独奏は多感な青年の心情を奏でている。
第4楽章 フィレンツェで起きた狂った復讐劇のいきさつを、激しい管弦楽が表している。ハロルドのテーマが何度か現れるが、狂気のような音楽に消されてしまう。「幻想交響曲」では第5楽章に相当する。
ロメオとジュリエット
ようやく生計に安定を取り戻したベルリオーズは、パガニーニの好意に報いるために、交響曲の作曲に取りかかった。題材は青年時代からの懸案であった「ロメオとジュリエット」であった。1827年英国劇団による「ハムレット」と「ロメオとジュリエット」の上演から決定的な影響を受けたベルリオーズにとって、シェイクスピアにふさわしい音楽を創ることは念願であったに違いない。イタリアでフィレンツェに立ち寄ったのも、ベルニーニのオペラ「モンタギュー家とキャピュレット家」を見るためでもあった。だが、ベルリオーズはベルニーニの音楽に失望している。
ファウストの業罰
1827年英国劇団が熱狂的にパリに受け入れられているころ、ゲーテの「ファウスト」の第1部が仏訳された。ベルリオーズはこれを一読して、感銘を覚え、片時も離さなかった。ベルリオーズの霊感はいやおうにも触発されて、「ファウスト八景」(作品1)として音楽化され、自費出版された。この「ファウスト八景」は今でも単独で演奏会の曲目にのることがある。後に第2部も仏訳されて、「ファウスト」の音楽化は、青年時代からの課題目標になっていたのである。
ウォーターハウスは、英国の19世紀ヴィクトリア朝時代の画家である。両親とも画家で、ローマで生まれたが五歳のころにロンドンに引っ越した。影響を受けた画家は古典的な作家が多かった。父もその一人である。二十五歳の時、王立美術館に展示した作品が話題となり、英国を代表する画家に成長した。
作風はヴィクトリア朝時代の趣味を反映して古代ローマに背景を撮る作品が非常に多い。古典的で写実的に描かれている。「聖チェチーリア」も、そのような影響をみて取ることが出来る。天使の美しさは宮廷美術に近いものがある。しかし、19世紀の浪漫主義の影響もあり、人魚や中世の甲冑を着た人物も描いている。女性の顔はイタリア的と言うよりも、英国的でありゲルマン系の素地を受け継いでいる。聖チェチーリアの顔はゲルマン風の顔立ちである。
ファウストのこの場面は、ファウストがメフィストフェレスに呼ばれて、愛するマルガレーテの部屋をみながら、彼女が眠るのを待ちつづけている。マルガレーテもファウストに惹かれており、二人はマルガレーテの部屋で出逢うことになる。
トリスタンとイソルデ ウォーターハウス

トゥーレの王「中世の歌」(歌詞)
昔トゥーレに 王ありて
永遠(トコシエ)の愛 誓ひたり
王妃はすでに みまかりて
形見に残す 杯(サカズキ)よ
王杯を 離さずや
宴の度に 取り出(イダ)し
かの杯を 眺めつつ
頬を涙に ぬらしけり
往く日も近く なりしとき
街と遺産は 譲りしが
かの杯は 留め置きて
常にみ手に 抱(イダ)きたり
王座に座る 王めぐり
古き広間の 中央に
騎士や諸侯は 居並びぬ
海に臨める 城の中
王杯を 持ち立ちて
古風な露台に 歩み出で
清き杯 飲みほすと
やおらに捨てて 汐(シオ)の中
水はたちまち 泡だちて
杯すぐに 沈みけり
老いたる王は 身をふるひ
杯なきを 認めたり
昔トゥーレに 王ありて
永遠(トコシエ)の愛を 誓ひたり
二人杯 持ちたりて
愛の証(アカシ)と なしにけり
・鬼火のメヌエット♪♪
・マルガリーテ、ファウスト、メヒストフェレスの三重唱
第4部
・マルガレーテ(グレートヒェン)の恋歌♪♪糸車をひきながら歌うグレートヒェンの恋歌 ゲーテの「ファウスト」にある有名な歌
胸 焦がれ
想ひは 積りにけりや
かの少女の 無邪気
已(スデ)に 戻らず
彼の人の 無き処
墓の ごとくして
世 ひとへに
いと 淋し
夢見ん
心
尽きぬ
憧れ
胸 焦がれ
想ひは 積りにけりや
かの少女の 無邪気
已に 戻らず
彼の人のみ 想ひ
窓 見つめ
彼の人のみ 願ひ
街路 歩まん
彼の人の 勇ましき振る舞ひ
尊き 姿
優しき 笑み
強き まなざし
美はしき
言の葉
力込めし 御手
ああ 彼のくちづけ
胸 焦がれ
想ひは 積りにけりや
かの少女の 無邪気
已に 戻らず
唯だ 望みて
彼の人 追ひ
吾が腕に
彼の人 つゆも離さず
想ひに まかせて
ああ くちづけを
彼の人の 甘きくちづけに
この身は 消へんとせども

ウォーターハウスの比較的初期の作品で、水の精霊の面影にはイタリア的なふくよかさが漂っている。水にあたって何かを祈願している乙女にみえる。多分のアモールに恋の成就を願っているのだろう。ウォーターハウスの描く乙女の中では、最も甘美な容貌をしている。
・自然への祈り・狩り ファウストはマルガレーテが母殺しで捕らえられたことを知る。