ビーバー(1644〜1704)


 ビーバーは旧神聖ローマ帝国(主にドイツ諸国よりなる帝国)領のボヘミア生まれであるが、ウィーンで修行をして晩年は、ザルツブツクの大司教の館に住んで生涯を終えた。飛び抜けたヴァイオリンの名手で、その名声は全ヨーロッパで一世紀もの間とどろいていたという。彼のロザリオ・ソナタは、ヴァイオリンの最高傑作の一つであり、メロディーの美しいロマンチックな曲である。オーストリアとイタリアとは古くから政治的なつながりが深く、文物の交流も盛んであった。イタリアのバロックスタイルも、オーストリアから南ドイツへ伝わり、ビーバーは、イタリア的な手法を身につけた洗練された音楽家であった。彼の作品の中に「食卓の音楽」があり、フランスの組曲のスタイルで書かれており、フランス音楽にも精通していた。


ミサ「キリストの復活」

 17世紀バロックの傑作のミサであると思う。まずメロディーの美しさが魅力的で、最後まで飽くことなく鑑賞できる。これは宗教曲に限ったことではなく、ロザリオ・ソナタや合奏曲でも共通しており、次々にメロディーが湧いてくる天才的な作曲家であった。雰囲気はイタリア的で明朗で清らかである。また、バロック時代のミサらしく、トランペットなどによる楽器の伴奏により、音楽に天上に目を向けたくなるような空間的な広がりがある。

ルネサンスのミサのように多声的ではなく、主旋律が主導するバロックスタイルになっている。主旋律が極めて美しいので曲に魅惑されてしまう。

                                             マドリッド王宮のフレスコ画       ティエポロ

                                    

前奏曲(ソナタ) キリエ グローリア♪♪
メロディーが美しく清らかである。天上に響くような立体的な広がりがある。ソプラノの声がひときわ美しい。
続けてお聞き下さい。

クレド♪♪は、信徒信条の歌詞にそって表現が工夫されている。ルネサンスのミサにはあまりなかったこである。受胎告知や十字架の場面では神秘的で静粛な音楽が配慮されている。全体的にソプラノの声が実に美しく抒情的である。パレストリーナとモーツアルトを併せて半分にしたようなミサ曲である。


食卓の音楽(ラテン語でMensa Sonora)

 ビーバーの作品の中に「食卓の音楽」がある。組曲が全部で6曲ある。構成はフランス風の組曲の形をとっている。第1曲は、典型的なフランス組曲の仕組みによっている。


第1楽章ソナタ(前奏曲)♪♪

第2楽章アラマンド♪♪
(中庸な速度による4拍子のドイツ風舞曲)

第3楽章クーランド♪♪(活気のある3拍子のフランス風舞曲)

第4楽章サラバンド♪♪(重々しい3拍子のスペイン風舞曲)

第5楽章ガボット♪♪(2拍子のフランス風舞曲)

第6楽章ジグ♪♪(急速なフランス風舞曲)

それにフランス風の3拍子のメヌエットが間奏曲として置かれることがあった。

そのほか様々なバリエーションで構成されている曲があと5曲続いている。このようなフランス風の組曲は、17世紀の中葉に成立した。ビーバーはオーストリア系作曲家として、このようなフランス風の雅やかな組曲をいち早く取り入れて作曲している。作風はフランス風の緩急緩急の教会ソナタの形を取り、格調の高い調べになっている。いわゆるテレマンの「ターフェルムジーク」の先駆的な曲集である。

                                ルイ16世の間  ヴェルサイユ宮殿

                                    


オーストリアのバロック音楽

 オーストリアの首都ウィーンとザルツブルクはイタリアに近く、早くからイタリア的な明朗典雅な音楽が好まれた。ビーバー(1644〜1704)やムファット1653〜1704)も、イタリアやフランスの進んだ音楽をオーストリアにもたらす働きをなした。またウィーンのハプスブルク王家では特に音楽が好まれ、レオポルト一世(1640〜1705)やヨーゼフ一世(1678〜1711)は音楽を庇護するだけではなく、自らも作曲家としての実績を残している。


ビーバー

「夜警のセレナード」♪♪

ビーバーの器楽曲はイタリアのコレルリやフランスの舞曲の影響を受け、明朗典雅であり陰気なバロック音楽と言ったイメージは全くない。そして、バロックの天井画を彷彿とされる崇高さも持ち合わせた作曲家であった。「夜警のセレナード」も男声合唱が一部分に出てくるが、全く重苦しい処がなく、女性に捧げるセレナードと言っても可笑しくないほど明朗典雅である。バロック音楽に重苦しさを感じないイタリア的な手法をマスターしていた。

ベルサイユ宮殿のヘラクレスの間の天井画     フランソワ・ルモアーヌ


この天井画は、ヴェルサイユの大天井画様式を示すもので、「ヘラクレスの神格化」と対になっている。雲の上の最上部ではキューピットが舞う「愛の神殿」になっている。画面全体はヘラクレスの十二の偉業を讃えているのであると思われる。

                           愛の神殿

                         雲の上なる 神殿よ
                         愛を讃へる アモールよ
                         凡ての者は 愛をもて
                         高き世界へ 昇らんや

                         智を愛したる 哲学者
                         対話によりて 吟味して
                         事の善悪 知りたりて
                         魂浄め 天にゆく

                         美を愛したる 芸術家
                         調和求めて 創作す
                         唯一の美を 追求し
                         神の世界へ 飛翔する

                         楽の音好む ミューズの徒
                         愛の情念 弁(ワキマ)へて
                         深き楽の音 追求し
                         高き世界へ 昇らんや

                         恋に生きたる 恋愛者
                         唯一の人 追求し
                         愛の歓び 深まりて
                         天上界の 人となる

                         神の慈愛を 信じたる
                         心の直き 信仰者
                         慈悲を信じる 心にて
                         天の御国(ミクニ)に 昇りたり

                         凡ての人よ 見上げかし
                         アモール祭る 神殿を
                         美の女神たる ヴィーナスも
                         アモールと伴 祭られん

                         愛なくば誰(タレ) 昇らんや
                         愛の神殿 黄金に
                         輝きたりて 人呼ばん
                         凡ての人の 憧れよ

                         愛の真実 求めかし
                         真実により 深められ
                         翼はえて 高く飛び
                         愛の神殿に ゆきたりや

                         愛の歓び 尽きずして
                         清き快楽 湧き上がり
                         神と人とが 一つなり
                         恋人達も 一つなり


ムファット

合奏協奏曲第十一番♪♪

ムファットは、イタリアでコレルリ師事し器楽曲をマスターし、さらにフランスのリュリに師事しフランス風のオペラや舞曲をマスターした恵まれた作曲家であった。長くザルツブルクに留まり、オーストリアにイタリアやフランス風の音楽をもたらす役割を果たした。この作品では、コレルリ風の明朗典雅で深みのある作風を示していると同時に、フランス風の舞曲(組曲)となっている。


レオポルト一世とヨーゼフ一世

オペラ「アデライデ」の二つのアリアと「天の元后」(聖母マリア)♪♪

伴にウィーンのハプスブルク家の皇帝の作品であるが、イタリア的で明朗典雅な美しい歌曲、聖歌である。オペラは部分だけしか聞けないのが残念である。

棄てられしプシュケー  テネラーニ

プシュケーは、アモールの寵愛を得るが、夜来て朝早く去るので、顔をみることが出来なかった。アモールは顔をみてはならぬと言っておいたが、プシュケーはその禁を破って、深夜にロウソクの灯りでアモールの顔をみてしまう。そのとき灯りの油が落ちて、アモールは目を覚まし、その後身を隠してしまう。

これは十九世紀前半の新古典主義の作品である。当時、同時に浪漫主義の嵐が舞っており、新古典主義の作品にも深い影響を投げかけた。このプシュケーは妖精というより、乙女の表情に抒情性がみられ、深いロマンチシズムを示している。


                              棄てられしプシュケー

                            アモールにより 好かれたる
                            幸ひなりし プシュケーよ
                            優しき人の 夜に来て
                            深く愛して 帰りたり

                            優しき人の 顔知らず
                            見てはならぬと 言はれども
                            素敵な人の 顔見たし
                            ローソク灯し 見たりけり

                            アモールなりや 美少年
                            優しき人は もはや来じ
                            恋失ひし プシュケーよ
                            悲嘆に暮れる 毎日よ

                            目を閉じたりし 顔(カンバセ)よ
                            夢みるごとき 美はしき
                            ニンフの如く ふくよかに
                            胸の谷間も 若々し

                            ウェヌス怒りて プシュケーを
                            呼びつけたりき 神殿に
                            ハデス(冥界)にゆくこと 命じたる
                            死を覚悟する プシュケーよ

                            プシュケー慕ふ 地の神よ
                            ハデスへの道 教へたり(プシュケーへ)
                            歩いて帰り 美の箱を(プシュケーが)
                            無事幸ひに 持ち帰る

                            開けてはならぬ 美の箱を
                            開けたりけりや たちまちに(プシュケーが)
                            眠りの精の 現れて
                            永遠(トコシエ)への眠り 就きにけり

                            アモール気づきて こなたにて
                            口づけしたり プシュケーに
                            眠りより醒め 喜びて(プシュケーが)
                            アモールの首 抱(イダ)きたり

                            もはや誰をも 止められじ
                            二人の深く 愛するを
                            アモール ゼウスに懇願し
                            プシュケーと伴 結ばれん

                            ゼウス プシュケー呼び寄せて
                            神酒を与へ 神に列(レ)す
                            プシュケー 蝶の羽根を得て
                            アモールと伴 飛翔せん

                            今もアモールの 宮殿で
                            愛の歓び  限りなく
                            神酒を伴に 飲みたりて
                            永遠(トワ)の宴(ウタゲ) つづかんや


チェスティ(1623〜1669)

十七世紀イタリアのヴェネチア派を代表するオペラ作曲家で、レオポルト一世は、このオペラの上演のため新劇場を造り、莫大な費用をかけて初演された。

オペラ「黄金の林檎」のソナタ集♪♪

このオペラは、レオポルト一世とスペインのマルガレータ・テレジアとの婚礼を祝うオペラとして作曲された。その器楽(ソナタ)の部分だけを抜粋したものである。

黄金の林檎とは、「パリスの審判」に出てくる林檎であると思う。オリンポスの神々の婚礼の時に投げ込まれた黄金の林檎は、最も美しい女神に与えられるものであった。パリスは、絶世の美女を与えることを約束したヴィーナスに、黄金の林檎を渡した。

そして、ヴィーナスは、パリスに、船でスパルタにゆき、絶世の美女ヘレネを娶(メト)ることを命じた。ヘレネはスパルタの国王の妃であったので、ヘレネが連れ去られると大問題になり、スパルタを中心にしたギリシア軍とパリスの里であるトロイの王家との間で戦争になる。いわゆるトロイ戦争である。

パリスの審判           カウフマン

カウフマンは、十八世紀半ばで活躍したスイス出身の女流画家であり、イタリアで修業してイギリスに渡り、優雅な画風で名誉を得た。心持ち人体がスマートであり、女流画家の特徴が出ていると思う。パリスの審判は、ルーベンスなど多くの作品があるが、カウフマンのものが、最も優美である。

                              パリスの審判

                            勇者ペレウスと 海の女神テティスとの
                            婚礼の儀 凡ての神々を招きて
                            オリンポスで 開かれたりき
                            争ひの女神エリス 招待されざるを恨み
                            黄金の 林檎を 
                            最も美しき女神へと 叫び
                            オリンポスに 投げ込みたりき

                            ゼウスの妻 女神ヘラと
                            智慧と戦(イクサ)の 女神アテナと
                            美と愛の 女神ヴィーナスとが
                            名乗りを 挙げたりけり
                            主神ゼウス 審判を
                            トロイの王子で 美青年のパリスに託したり
                            伝令の神ヘルメス 三人の女神を
                            羊飼をしたりける パリスの前に
                            導きたり
                            三人の女神 美青年パリスを見て
                            時めきたりて
                            パリスの 服脱ぎて競ふ提案を
                            受け入れたりけり
                            ヘラは 世界の支配権をパリスに約束したりき
                            アテナは あらゆる戦(イクサ)の勝利を約束したりき
                            ヴィーナスは 絶世の美女を約束したりき
                            純朴な羊飼をしたりける パリスは
                            ヴィーナスに 黄金の林檎を与へたりけり
                            ヴィーナス パリスに
                            船で アッチカのスパルタにゆき
                            絶世の美女ヘレネを 娶(メト)るように
                            命じたりけり

                            勝利を得たる ヴィーナスよ
                            汝の命に 従ひて
                            船をしつらへ スパルタへ
                            ヘレネに逢いに 来たりけり

                            贈り物もて 城入(イ)りて(パリスが)
                            玉座に座る うら若き
                            王妃ヘレナと 面会す
                            伴に一目で 惚れたりき

                            瞳は優しく 輝きて(ヘレナは)
                            天上の美を 奏でたり
                            流れる如き 金髪よ
                            薔薇の如き 唇よ

                            ニンフの如く 愛らしく
                            ヴィーナスのごと 優雅なり
                            天使の如く 清らにて
                            水仙の如く 奥ゆかし

                            貴女を想ふ 風景よ
                            髪や胸にて 花かざし
                            姿を映す 湖よ
                            水浴びしたる 泉水よ

                            恋ひこがれたる 吾をみて
                            憐れみ給へ ヴィーナスよ
                            愛しき人は 今何処(イズコ)
                            翼あるなら 飛びゆかん

                            されどもヘレナ 警戒す
                            パリスの言葉に 乗せられて
                            祖国を穢(ケガ)す ことならじ
                            身を貶(オトシメ)める ことならじ

                            されどもヘレナ 忘れじや
                            一目見たときの 時めきを 
                            み使ひのごと 美はしき
                            愛しき君は トロイの子

                            アモール告げて 曰(ノタマ)はく
                            パリス船は 去りけりと
                            ヘレナ即座に 怒りたり
                            置き去りにして ゆきたるか

                            パリス現れ 懇願す
                            女神(ヴィーナス)の命に 服するを
                            伴にトロイへ ゆかんかと
                            生くるも死ぬも(パリスが) 君しだひ

                            ヘレネ遂にや 認めたり
                            パリスの熱意に 負けたりと
                            吾が身の凡て 君(パリス)のもの
                            愛する人は 君のみと

                            二人をアモール 守りたり
                            命の人よ ヘレナさま
                            愛の宝よ パリスさま
                            如何なる試練に 耐へざらん



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