ブラームス(Brahms)

 ブラームス(1833~1897)は、時代区分では、後期ロマン派に含めてもよいが、普通、後期ロマン派という場合は、ワーグナーやリストなどの「新ドイツ楽派」の影響を受けた半音階的な楽曲を指すことが多い。ブラームスは、「新ドイツ楽派」に対立する立場にあり、従来の調性を重視しているので、前期ロマン派に含めることにした。

ブラームスの音楽の特長は、シューマンやメンデルスゾーンの「ロマン派の風」が吹く作風とは随分違っている。
まず、ブラームスの音楽の中には、人間くささというものが余り感じられない。恋愛やドラマが曲を支配しているとも思えない。どちらかといえば、人間が、自然に溶け込んでしまっている。どんな人間くさいドラマも、自然の息吹の中に包まれてしまうという感じだろうか。そして、ブラームス自身は、ライン河やアルプス、湖畔や森の自然の中に、まるで仙人のように佇んでいるという感じだ。

もう一つは、ブラームス特有の哀愁で、曲の処々に顔を覗かせる。ほのかな哀愁で、センチメンタルな感傷ではない。これは、ブラームスのクララ・シューマンへの思慕の念だろうか。シューマンは、無名のブラームスを認め世に知らしめた恩師だが、クララに対するプラトニック・ラブも有名である。


交響曲

交響曲第1番

 ブラームスが第1交響曲を完成したのは、1876年、43歳の時である。この時、ブルックナーは、すでに第4交響曲を完成していた。ブラームスは、ベートーヴェンの第九を意識していて、それに劣らないような作品を書こうとして曲想が練られて以来20年余の歳月がかかったのである。従って、この交響曲は、苦悩の後の歓喜という、ロマン派らしいテーマに沿っている。しかし、ベートーヴェン的な市民革命の理念はこの交響曲には感じられない。 

第1楽章  厚い雲が垂れ込めたような、重苦しい出だしで始まる。苦闘の重々しい管弦楽が動き出す。時々雲間から、日が射すのが見えるが、また、苦闘の場面が続く。深い森にでも迷い込んだような、出口の見えない苦しみだ。ベートーヴェンの第九の第1.2楽章に相当している。

第2楽章 丘の上に立って、頬に涼しい風を受けながら、万感の想いを込めて、ふもとの街並を眺めているような楽章である。試練が通り過ぎたことに安堵感を感じながら。

第3楽章 ブラームスらしい、湖畔を散策するような、透明な美しさをたたえた出だしで始まる。ブラームスは、自然と一体になり喜悦している。終楽章の予感のような盛り上がりがある。

第4楽章 第1楽章に続く。森の精が飛び跳ねるようなピッチカートがあり、森は次第に甦っていく。ついに、金管楽器の予告があり、生命の勝利の歌へ流れていく。魔法に呪われていた森は、ついに生命を吹き返す。生命の賛歌が続く。次第に高まり、勝利の凱歌になり、圧倒的な賛歌の中で曲を終わる。



交響曲第2番
 
 念願の交響曲第1番を作曲すると、プレシャーから解放されたのか、翌年、ウェルター湖畔のペルチャッハで、わずか3ヶ月で第2交響曲を完成した。むしろ、この交響曲の方が、自然を愛するブラームスらしさを感じさせる。これから第2番・第3番と実にブラームスらしい風光明媚な交響曲が生み出される。第1楽章から第3楽章にかけて、アルプスの霊気が漂っていて、大自然の風景を感じさせる交響曲である。


第1楽章♪♪ 
ホルンの牧歌的な第1主題で始まる。この主題が次第に大きく発展していって、雄大なアルプスに夕日が沈むような光景を写し出す。ここには、人間くささはなく、ブラームスは、雄大な自然に溶け込んでしまっている。

ベルヒテスガーデンの街並み



第2楽章♪♪ 
アルプスの霊気のようなものを感じさせる、神秘的な楽章である。ブラームスは、自然に神韻を感じており、彼はそれを呼吸して、作品を書いたのではなかろうか。大自然に対する敬虔な信仰が感じられる。

雲海の上の旅人      フリードリッヒ



第3楽章♪♪ ブラームスの得意とする、湖畔を散策するような、透明で、喜悦に富んだ楽章である。この楽章にも、アルプスの湖畔の霊気が漂っている。

湖畔の城



第4楽章♪♪ 
並の終楽章である。特に、深い意味は感じさせない。処々に第1楽章~3楽章のモチーフが出てきて、アルプスの余韻を残している。


交響曲第2番の演奏

 ブラームスの交響曲第2番は、渋くて地味なブラームスの作品の中では、メロディーが明快で分かりやすく、暖かなイメージから、初演から大成功を収め、第3楽章のアンコールの拍手が鳴り止まないほどであった。この交響曲の成功が、ブラームスの人気を決定づけたといってもいいだろう。
ブラームス自身も、この交響曲を愛し、特に第2楽章を全ての楽曲の中で最も好んでいたといわれる。

そこで、この作品を
カラヤン      ベルリンフィル 1986 CD
ベーム       ウィーンフィル 1975 CD
バーンスタイン   ウィーンフィル 1982 CD
で、聞き比べてみたい。


カラヤンの演奏は、ダイナミックであり、端正である。第1楽章の盛り上がりもすごく、アルプスの高峰が見えてくるようである。第2楽章は、重厚で少々深刻すぎるきらいがある。並の終楽章ではあるが、カラヤンの手に掛かるとロマンチックに聞こえてくるから不思議である。

ベームの演奏は、カラヤンと対照的で、長閑で安らぎがある。第1楽章の出だしのホルンからして暖かく長閑である。テンポもゆったりしていて、アルプスの湖畔の雰囲気をしみじみと感じさせる。ただ、盛り上がりが何となく平坦なような気がする。

バーンスタインの演奏は、ウィーンフィルの音なのか、出だしからエレガントで長閑である。しかし、曲想は豊かで繰り返し盛り上がる気迫も見事で、アルプスに夕日が沈んでいくさまが美しく神秘的に描かれている。第2楽章と第3楽章もアルプスの霊気に満ちた素晴らしい楽章になっている。第4楽章は、並の終楽章である。



交響曲第3番

 交響曲第2番が、「アルプス交響曲」なら、第3番は「ライン交響曲」である。交響曲第3番は、ブラームスが50歳の年、ラインに旅行したときに、インスピレーションを得た。ブラームスは、ライン河畔のヴィースバーデンに留まり、短期に作品を仕上げている。第3番は、規模も小さく、地味で、メロディーの息も短く難解なところがあり、余り演奏会の曲目になることが少ない。しかし、この交響曲は、第2番の自然描写を一層深めた、自然観照の深い交響曲になっている。

第1楽章 出だしの厚みのある管弦楽は、ラインのとうとうとした流れを連想させる。様々に視点を変えながらライン河畔を描き出していく。力強さと風光明媚な自然描写とが重なった明るい楽章である。最後は、河畔から上空に上昇するような高まりの中で終わる。


                                                   アヌシー湖       セザンヌ

                                       


第2楽章 ブラームス特有の湖畔を散策するような、透明な美しい楽章である。

セザンヌの「アヌシー湖」ほど、湖畔の美しさを感じさせる絵はない。湖も、背景の山も透明な色彩で一体になっている。セザンヌの絵画は、静物も人物も全てが自然の風景として描かれてしまう。人間くささのない絵画である。セザンヌは、自然の観照にひたすら悦びを感じている。ブラームスも、人間くささのない音楽で、全てが、自然に溶け込んで行くようである。特に、この楽章は、湖畔の散策に愉悦を感じ、自然の美しさを賛美している。

それでは第2楽章♪♪を聞いてみよう。

イギリスのロマン派詩人ワーズワースは、イングランド北部の湖水地方の自然を愛した。彼は、自然の姿に、永遠の美と、善なる神の存在を観じ取っていた。そして、湖畔の美しさの中に内面的な深い悦びを感じている。
                       
                          水仙      ワーズワース

                      ひとり さまよへり
                       丘の上の 雲のごとくに
                      突如 大いなる群に出会へり
                      金色の 水仙の群に
                      湖畔や 木々の下に
                      微風[ソヨカゼ]に 揺れんとす 

                      絶え間なく 輝き
                      銀河の きらめく星のごとく
                      果てしなき 河となり
                      入り江に沿ひて 伸びんとす
                      視よ 無数の水仙が
                      陽気に ダンス踊りたり

                      波も 踊りたるが
                      花の歓びは きらめく波に勝りたり
                      詩人の心も 浮き浮きとせん
                      愉快な仲間に 会ひたれば
                      みつめ、またみつめ
                      そは 大いなる心の富にならん

                      寝椅子に 横たはりて
                      物想ひに 沈みしも
                      喜びに 心みたされ
                      心の目 澄みて
                      心は 喜び
                      水仙と伴に 踊らんとす

第3楽章 別離を惜しむような哀愁を帯びた楽章である。悲哀感はない。
この曲をつくったヴィースバーデンで、ブラームスは、16歳のアルト歌手の少女に出会う。彼女の陽気さと愛らしさにすっかり惹かれてしまう。恋愛感情にもにた交際が続き、ハンブルクでは、二人は結婚するのではないかというような噂までたつ。しかし、50歳のブラームスと16歳の少女が、しょせん結婚できるはずもなく、別離がやってくるその時、ブラームスは、改めて一人暮らしの侘びしさを感じたに違いない。そんな、孤独感がこのような哀愁を帯びた名曲を生み出したのだろう。

第4楽章 ラインの風景から始まるが、上空に雲が見える雄大な景色である。河畔から上空へ舞い上がるような上昇力を感じる。雲から、さらに大空をつき抜けて宇宙に届くような神秘的な雰囲気を感じさせる。最後は、雲間に揺れながら、仙人になったブラームスが、かすかに見えるような不思議な感覚で終わる。



交響曲第4番

 晩年のこの交響曲は、ブラームス人生の総決算であり、辞世の心境を語っている。

                             サントヴィクトワール山       セザンヌ

                                     


第1楽章 ブラームス独特の哀愁で始まるが、聖なる山の霊気に包まれて、その哀愁も自然の中に消えていく。ブラームスは、聖なる山に仙人として現れている。聖なる山に登り、下界からしだいに高みに登っていく。
山頂の聖域を求めて高く高く登っていく。ついに、天上が開け、宇宙の神の世界につながって曲を終了する。
 セザンヌは、霊峰サントヴィクトワール山を晩年、繰り返し描いている。この時、自然に対する礼拝の念と、歓喜に、セザンヌの心は満たされていた。この「サントヴィクトワール山」は、聖なる山の霊気と大空の空気の色彩とが見事にマッチしていて、セザンヌが自然をいかに深く崇拝していたかが分かる作品である。

第1楽章に感じられる、聖なる山の霊気を表した素晴らしい絵画だと思う。

第2楽章 ブラームス特有の湖畔を散策するような、透明で美しい楽章である。自然と一体になり、心に喜悦を感じている。背景には、第1楽章の霊峰が見えている。しだいに、ブラームスの自然への賛歌に高まっていく。まるで、神を賛美するように。

第3楽章 第2楽章の自然への悦びは、人生への喜びへと広がっていく。晩年のブラームスの満足した心境を表している。晩年、ブラームスは、作曲家の大家として認められ、高い名声を得る。そのような彼の心情を、祝祭的な雰囲気で表している。

第4楽章 第3楽章とは対照的に、ブラームスの晩年にせまりくる死を意識した内面的な楽章である。辞世の心境を表した楽章ともいえるだろう。霧のかかった険しい山に登るようなこの楽章は何を表しているのだろうか。ブラームスは、死を人生の終着点と考えるほど単純ではなかった。自然に神を見いだしたブラームスにとっては、死は、新たな出発であった。それは、霊山への旅であり、冥界への旅立ちであった。フルートの神秘的な独奏がそれを物語っている。霧のかかった霊山に向かって登り、自分の信じている神に出会う旅路であった。高く高く登り続ける姿で曲を終わる。



ヴァイオリン協奏曲 

 畢竟の名作である、このヴァイオリン協奏曲は、交響曲第2番を書いた翌年ヴェルター湖畔のペルチャッハで作曲された。交響曲第2番と同様に、風光明媚な美しさに満ちた名曲である。起伏に富んだ、壮大な協奏曲だが、ヴァイオリンの絵筆で描く風景画のような作品である。

ピアノ協奏曲にしては地味であったピアノ協奏曲第1番の公演は見事な失敗であり、ブラームスは自信を喪失して、結果的にはアガーテ嬢との婚約は破談になってしまった。

しかし、それから20年たち、好評であった交響曲第2番の直後に書いたヴァイオリン協奏曲は、親友であったヴァイオリニストのヨアヒムの助言を受け、高度な技巧を要する、明朗で雄大な協奏曲である。アルプスの大自然とブラームス特有の内面的なロマン性が見事に結実した素晴らしい作品であり、特に第1楽章だけでも25分もある大作で、ロマン派協奏曲の究極を示したものといえると思う。初演も大成功であり、交響曲第2番と並んでブラームスの人気を決定づける作品となった。


                                             トゥーン湖とアルプス

                                     

第1楽章♪♪明るいオーケストラで雄大に始まるが、アルプスの雄大な光景と内面的に燃焼するようなロマン性とが融合した素晴らしい楽章である。まるで高原のそよ風のように、「ロマン派の風」が吹いている。

ヴァイオリンの予感に満ちた響きが訪れるが、まるで、ヴァイオリンの絵筆で描くように、アルプスと湖畔の風景を感動的に描いていく。時には雄大に、時には瞑想的に。ヴァイオリンの音色は輝かしく、清々しい。最後のヴァイオリンのコーダは、湖の輝きを表しているようである。そして、湖畔の瞑想で終わる。

第2楽章 第2楽章は、ブラームス特有の湖畔を散策するような、瞑想的な喜悦に富んだ楽章である。ヴァイオリンの音色が、心の悦びとほのかな哀愁を感じさせる。

第3楽章 ブラームスは、湖畔の波のように、心が舞っている。アルプスの雄大な背景の中で、ブラームスは、湖の輝く波と一体になっている。明るく気迫のある素晴らしい楽章である。




ピアノ協奏曲第一番

ブラームスはハンブルクの貧しい家庭に生まれる。幸い父親が音楽関係の仕事をしており、ブラームスにピアノを習わせたり、当時ハンブルクで有名なマルクスゼンという教師につけて古典的な教養を身につけた。夜はバーでピアノを弾いていた。マルクスゼンの指導が実り、ピアノが上達して、音楽仲間ができる。

その一人が天才ヴァイオリニスト、ヨアヒムであった。ヨアヒムは当時顔が広くブラームスを音楽仲間に紹介した。ヨアヒムはリストやシューマンに会うことを勧めた。ブラームスは心にある悩みを持っていた。彼のピアノは相当の技術に達していたが、19世紀ではピアニストは俳優のような人気があり、華麗でロマンチックな演奏をして、社交界を賑やかせていた。その様に社交会を賑やかせるような派手な演奏をする楽器奏者のことをヴィルトオーソと呼んでいた。しかし、ブラームスは貧困な家庭で育ち、内気で、華々しいピアノを弾いて、社交界の花形になるような性格ではなかった。

当時のピアニストは、リスト、ショパン、シューマン、グリーグ、チャイコフスキーの様なロマンチックで華々しい曲を弾くのものとされていた。しかし、内気なブラームスにはその様な派手な性格が全くというほどなかった。彼はピアニストとして出発する自信がなかったのである。その苦しい胸の内を相談する人もいなかった。そんな時、ドイツで音楽新報という雑誌で有名であったシューマンの本を訪れ、思い切って悩みを相談する決意をした。ブラームスは、ヨアヒムを信じてシューマンの本を訪れ、自分が作曲した楽譜を渡した。シューマンはその楽譜を見てピアノを弾き、ブラームスが並の才能ではないことを直感的に気づいた。シューマンはブラームスの才能を指摘して、自らの雑誌音楽新法に「新しき道」というタイトルでブラームスを絶賛した。

この時ほどブラームスが感動したことはなかった。ブラームスは自分の音楽に希望が持てるようになった。まさにシューマンはブラームスを認めてくれた大作曲家だった。これから、毎日の様にシューマンの家を訪ね、シューマンからも音楽的な指導を得ることが出来た。また、シューマンは妻のクララにも相談して、ブラームスの才能を二人とも認めていた。この時からブラームスはクララを知ることになるが、クララは信じることが出来ないほど美しかった。年齢は35くらいであったがずっと若くみえ天使の様な美しさをしていた。ブラームスはシューマン家を訪れるにしたがって、自信も出来、性格も明るくなっていた。ブラームスは今まで観たことのない絵画の天使の様に美しいクララを慕うようになっていった。

しかし、シューマンはサンクトペテルブルクにクララの演奏旅行に夫としてついていったが、ヴィーク・クララの演奏会は世界的に知られており、シューマンには何の喝采もなかた。しかもロシアの首都まで行くのに気が遠くなるような旅行をして、45才の頃のシューマンはドイツに帰った頃から過労で体調不良に悩まされて、以前からのうつを一層悪くしてしまった。うつだけではなく妄想が出始めて、本格的な精神病になりかけていた。ブラームスは故国のハンブルクに戻っていた。シューマンの精神病はさらに悪化して、ベッドで寝ていると、シューベルトとメンデルスゾーンの声と音楽が聞こえ、幻聴の症状に苦しむ様になった。特に後で必ず悪魔の脅しがあり、幻聴の苦しみと睡眠不足のため、シューマンは耐え難い苦しみのさなかにあった。

シューマンはその苦しみを避けるために、突然家を出て近くのライン川に投身自殺を図った。彼は橋からまずクララの結婚指輪を外して川に投げ、自らも川に身投げした。しかし、偶然蒸気船が通りかかり、シューマンの投身を知ると、すぐさまボートを出して救出された。クララはシューマンの自殺未遂を知らされて、一層ショックを受けて、疲労の極致にあった。頼みの綱のブラームスもハンブルクに帰っているし、手の施し用がなかった。シューマンは家のベッドで寝ると幻聴が出るので、居場所を変える必要があった。そこで、精神病院に入院することを考え、馬車に乗って精神病院に移転してしまった。それから二年後シューマンは食事拒否で亡くなった。

ブラームスやヨアヒムはシューマン家に駆けつけたが、もうどうしようもなかった。クララが極端に疲労していたので、クララに十分な休憩を与え、今後の対策を練った。シューマンは家に戻ると幻聴が出て苦しむので、病院に入る方が楽であった。シューマンとクララの面会も患者を高ぶらせるため禁止されていた。シューマンなき後、ブラームスはクララを慰める為しばしば手紙を書いた。ブラームスはクララの美しさ魅了されていたので、たんだんと二人の手紙は恋文の様になったといわれている。クララは後にその頃の手紙を全て焼いてしまった。

これはクララはブラームスを恋人とみなしていなかったということになる。15才も年下の男性をクララは恋愛の対象とみなすことは出来なかった。後年クララはブラームスのことを「慰めの天使」と呼んでいた。これは恋愛感情のない証にもなる。ブラームスが20才の時見たクララは絵画で見るような天使の如き美しき女性であり、年齢を超えた永遠(トワ)の女性であった。

しかし、ブラームスの片思いであった。それから後もクララとブラームスとは親しくつき合うが、それは友情であり決して恋愛ではなかった。片思いは恋愛にはならない。つまりブラームスは大失恋をしたことになる。その後アガーテという若い女性とつき合うが、一時的なものでブラームスの心の奥の悲しみを癒やすことは出来なかった。この大失恋もブラームスを失望に追い込んだはずである。

この第一協奏曲の中にはこの様な体験も含まれていると思う。クララは中年になっても若々しく美しかった。筆者は本でクララの後年の写真を見たことがあるが、年を感じさせない様な明るい美人であった。ブラームスは一生クララを慕いつづけた。クララが死んだ翌年にブラームスが亡くなったのも偶然とは思えない。

ブラームスはクララと親しくつき合い、それを励みにして生きていた。親しくつき合えたのも幸いであった。しかし、クララが死ぬと生きる支えがなくなったのか、ブラームスは急に弱り亡くなってしまった。これは姉ファンニーに対するメンデルスゾーンにも云えることである。ファンニーが死んだ後、メンデルスゾーンは悲劇的な弦楽四重奏を書き、美しい妻がいるにも関わらず、それから三ヶ月後に亡くなってしまった。

ブラームスが、それで耐えることが出来たのは、ブラームスは人間描写より自然描写を遙かに得意とする芸術家であった。恋愛詩人ではなく叙景詩人であった。これは、彼の作品を見れば明かである。彼はひたすら自然の美しさを音楽にした。だから、クララのことを忘れることが出来たのであろう。

この体験はブラームスにとっても忘れることの出来ない重い思いでになってしまった。自分の才能を高く評価してくれた恩師シューマンの突然の死、そして、誰よりも慕っていたクララの不幸・・・。クララは7人ほどの子供がいて、一人で育てなければいけない。あれだけ愛してくれたシューマンはもういない。ブラームスは若くして悲劇を体験してしまった。その思い出は20代のブラームスにのしかかり、忘れるには10年ほどはかかるほどの重い体験であった。

しかし、年月は待ってはくれない。ブラームスはピアノ名人と言われていたので、ピアノ協奏曲を発表して音楽会にデビューしなければいけない。しかも19世紀の音楽会では最初の協奏曲は華麗でロマンチックな作品を発表しなければいけない。誰もがそのようなピアノ協奏曲を望んでいる。しかし、ブラームスにはシューマン家の悲劇が余りにも強烈すぎて、華麗でロマンチックなインスピレーションは湧いてこない。ブラームスは悩んで悩んだ末、シューマン家の悲劇を題材にしたようなピアノ協奏曲しか書くことが出来ないことを悟った。彼は世間を驚かすことがあっても、シューマン家の悲劇を表すピアノ協奏曲しか書くことが出来なかった。

シューマンが死んでから二年後、彼は自分に正直に悲劇的なピアノ協奏曲を完成した。というよりこのような悲劇的な協奏曲しか作曲できなかった。かれは、アガーテという美しい娘と出会いちょっとしたロマンスがあり婚約もした。しかし、彼の心の底を変えることは出来なかった。このピアノ協奏曲第一番はドイツの音楽の盛んな、メンデルスゾーンとシューマンの活躍したライプチッヒで初演された。しかし、これは当時の常識からすると余りにも悲劇的な作品で、予想通り大失敗であった。拍手した人は数人しかいなかったといわれる。婚約していたアガーテとも婚約は破棄された。ブラームスは結婚のチャンスをも失ってしまった。それでは、この協奏曲を説明して行こう。

ピアノ協奏曲第一番作品15

第一楽章アレグロ・ノントロッポ♪♪
ティンパニーが地の底から響いて来るような重い出だしである。弦楽器も音が低い。不吉としか思えないような出だしである。その後の音楽も重い雰囲気を抱いている。二度目の地を這うような音楽になる。そして、力弱くピアノの演奏が始まる。またもや地を引くような音楽になる。音は静かになっても悲劇感は消えない。

やっと安心するような第二主題がピアノで奏される。ロマンチックな音楽になる。しかし、つかの間の安らぎである。ホルンがなって自然の息吹も感じるが、全般的には明るくはならない。

ピアノ響きと同時に、また地を引くような音楽が現れる。色々なテーマが出てきても、あの地を引くような音楽に引き込まれてしまう。また安らぎのある第二主題が現れる。しかし、一時的な安らぎに過ぎない。

最後また緊張した音楽になり最後を締めくくる。

第二楽章アダージョ♪♪+第三楽章
緩徐楽章であるがロマンチックなメロディーは現れない。悲劇のやっと終わったというような消極的な安らぎである。過去の思い出にふける場面もある。かぼそく消えてしまいそうな部分もある。静粛に終わる。

第三楽章ロンド
余り陽気にならないロンドの楽章である。
ホルンがなり緊張した場面になりロンドの主題に戻る。
途中に小さなフーガがある。
またロンドに戻る。
最後に自然の息吹と伴に悲惨な過去も消えてゆくかのように終わりを告げる。


ピアノ協奏曲第二番変ロ長調作品83

このピアノ協奏曲はブラームス中期の傑作の一つである。ブラームスは1877年(44才)スイスの明朗なペルチャッハ湖畔で、交響曲第二番を約三ヶ月で完成し、さらに、ヴァイオリニスト・ヨアヒムの助言でヴァイオリン協奏曲を完成した。双方とも大成功でブラームスの作品の中でも特に傑作として知られている。特にヴァイオリン協奏曲は天才ヴァイオリニスト・ヨアヒムの為に作曲したため、ヴィルトオーソ的な華やかで高度な技巧を要する作品で、ベートーヴェン、メンデルスゾーンと並び浪漫派ヴァイオリン協奏曲の最高峰に位置する傑作である。

以前からの願望であった(第一回)イタリア旅行後、再びペルチャッハ湖畔で、これまた傑作のヴィアイオリン・ソナタ第一番(雨の歌)を作曲し、第二回イタリア旅行の後1881年夏に、ウィーン郊外のプレスバウムでピアノ協奏曲第二番作品83を完成した。第二番はイタリア旅行と作曲をしたプレスバウムの影響が濃く反映している。プレスバウムは夏でも霧で薄暗くなる快適な避暑地であった。

ピアノ協奏曲第二番は第一番を遙かに上回る傑作であり、ブラームスらしい幻想性の強い作品で、明朗なヴァイオリン協奏曲とは対照的である。始まりはホルンの長閑な響きで始まるが、しばらくして半音階的な幻想的な雰囲気になり難解になってくる。筆者は何回聞いても情景がつかめなかったが、学生時代に友人の車で海に面した明朗な洞爺湖から、うっそうとした森の中に神秘的に佇む支笏湖の雰囲気を思い出して、第二番のイメージを捉えることが出来た。夏でも霧がかかり幻想的な雰囲気は洞爺湖とは対照的である。それはウィーンの郊外のプレスバウムと共通している。楽章も四楽章になりピアノと管弦楽のための交響曲とでもいうような大作である。それでは、具体的に作品を観て行こう。

第一楽章アレグロ♪♪+第二楽章
ホルンの長閑な雰囲気で始まるが、大空を見ているような雰囲気から半音階的で幻想的な雰囲気なり、次第に深まっていく。ピアノもたたみかける様に深みを帯びてくる。神秘的で幻想的な世界に誘われていく。あたかも神韻縹渺とした墨画の様な世界に誘われて行く。まさにブラームスの真骨頂である。靄(モヤ)に包まれた湖が見えるようである。明朗なヴァイオリン協奏曲とは対照的である。ブラームスの世界の中には神韻縹渺とした東洋的な世界がある。半音階的な処理が見事である。新ドイツ楽派だけが半音階的ではない。まるでブラームスは霧のかかったプレスバウムの中に仙人として佇んでいる。




第二楽章スケルツォ
一層神秘的になり幻想的になる。それまでの浪漫派の誰もがなしえなかった神韻縹渺な侘びた世界である。禅寺の山水を観ているようである。深い神秘と幻想に包まれた湖を観ているようである。さらに深み深みと進んで行く。それは神秘の宇宙につながっているようである。




第三楽章アンダンテ
♪♪+第四楽章
ここで湖畔の美しい風景が見えてくる。静かで秘められた光景である。半音階的な進行が神秘性を深めている。霧のかかった薄暗い景色である。靄(モヤ)が立ちこめてはっきり見えなくなっているようだ。ピアノが水面の動きを現している。





第四楽章アレグレット
ピアノの音で水に浮かぶ蓮のような様な植物が見えてくる。印象派の世界と似ている。色彩的になり湖の美しさを表現しているのか。交響曲の終楽章とは大分異なっている。ピアノのキラキラした響きが印象的である。





ピアノ三重奏曲第1番
 

 この曲は、ブラームスが20歳の時、ヂュッセルドルフのシューマン家を訪れた時にスケッチが完成する。
さらに、それに飽きたらず、晩年にブラームスは、入念に改訂している。そのためか、この曲は、完成度が高く、室内楽にもかかわらず、4楽章の交響曲にも似た、重厚な作品になっており、ブラームスの室内楽の深遠さを感じさせる大曲である。

第1楽章 明るい爽やかな出だしで始まるが、次第に、ドイツの森の神秘的な雰囲気に包まれてくる。ヴァイオリンの高音が、赤く燃えていて、まるで、森の仙人が、火で魔法をつかって神との交流を図っているようである。魔法を連想させるようなところは、やはりドイツロマン派なのか。

第2楽章 やはりドイツの森を想わせる楽章である。中間部のトリオでは、人々と森が共存している暖かい雰囲気が伝わって来るようである。

第3楽章 ドイツの森に、明るい日差しが幾筋も入り、神秘的な光景を醸し出している。

第4楽章 ドイツの森の神秘性は一層深まってくる。甲高いヴァイオリンの音が、赤く燃えていて、仙人が魔法で森の妖精や神々と交流を図っている様子がはっきりしてくる。JUNKO KITANOの「平和の魔法」は、森の賢者である魔法使いが、不思議な魔術で、宇宙の神秘を探っている絵画である。ブラームスのこの曲の雰囲気と共通するものがあるので、ご覧頂きたい。


平和の魔法 ©JUNKO KITANO


ロマンチックなブラームス

 ブラームスの音楽は、一般的に渋く、重厚で、ほの暗い情熱感といったイメージで捉えられやすく、シューマンやメンデルスゾーンのようなロマンチックな印象は少ない。確かに、前述したように、ブラームスの音楽は、だいたいにおいて風景画的であり、人間の面影の少ない音楽であると思う。

しかし、ヴァイオリン・ソナタを聞くと、爽やかな抒情性の中に、ロマン派風の愛の情念が息づいている。ピアノのフレーズにも、シューマンのピアノ協奏曲を想わせるような箇所があり、「ロマン派の風」が随所で吹いている。ブラームスの室内楽は湖畔の避暑地で、自らピアノを弾いて友人達と演奏するために作られた作品が多い。そのためか、ブラームスの心情がよく現れているのである。ヴァイオリン・ソナタを聞くと、ブラームスを改めて、ドイツロマン派と認識することができる。

まず、ヴァイオリン・ソナタを聞くと、ヴァイオリンの明るい音色とピアノの透明な響きに、ブラームス特有の湖畔の清々しい風景が目に浮かぶ。そして、ほとんどの楽章の第一主題に親しみのあるロマンチックなメロディーが現れて、女性のポートレートが重なってくる。緑の自然に美しい女性が佇んでいるといったイメージである。
ロマンチックなメロディーは、しだいに情熱的になり上昇的な愛の情念に高まっていく。、ヴァイオリンの荘厳で熾烈な羽ばたきが処々に現れ、天の御使いを想わせる。いつしか天上に昇華していく。そして再び湖畔の自然へ帰ってくる。このように、湖畔の風景という水平志向と、愛の情念という垂直志向が見事に融合しており、ヴァイオリン・ソナタの究極の姿を示している。


薄明    ©JUNKO KITANO



 ブラームスのヴァイオリン・ソナタは三曲あるが、第1番「雨の歌」がよく知られている。
「雨の歌」というタイトルは、自作の歌曲「雨の歌」のメロディーを第3楽章の主題に使用したことによる。しかし、下記の詩を読んでも分かるように、この雨は夏の夕立で、緑に生気と爽やかさを与える雨である。そんな清々しい気分がこの曲全体に漂っている。


特に第1番♪♪の第1楽章は、10分少々ある力作で、ブラームスのロマンチックな素晴らしい曲だと思う。長閑で明るいヴァイオリンの音色と透明なピアノの響きは、ブラームス特有の湖畔の牧歌的な光景を連想させる。

そして、ヴァイオリンによってロマンチックな第2主題が提示され、湖畔の光景に女性の肖像が重なってくる。それは上昇的な愛の情念に高まっていく。そして、また長閑なの光景にもどる。

展開部に入ると、ヴァイオリンが熾烈に羽ばたき天の荘厳な御使いを連想させる。
その後、ヴァイオリンの高音の透明な音色が天上に昇華して行くようなイメージを与える。そして、再現部に至る。

JUNKO KITANOの「薄明」は、緑の自然に天の御使いのような女性が重なっている。みずみずしさのなかに、静粛な肖像が浮き彫りになっている。ヴァイオリン・ソナタのイメージ画としてあげてみた。


                雨の歌   グロート

          雨よ 滴(シズク)を落とし 
          かの夢を 呼び戻せ
          砂地に 降り注ぎし時の 
          幼き日の あの夢を!
          夏の 蒸し暑さが 
          風の涼しさと きそひ
          木の葉が 雨に濡れ
          田園の 緑の
          濃くなりし 時の 
          
          何ぞ 楽しからずや 
          川中に 素足で立ち
          水草に 触れ 
          泡を すくひたりしことを!
          頬に 冷たき雨あたりて
          立ち昇る 香気を吸ひ
          幼き胸を ふくらませしことを!
          恵みの 露に 
          酔ひしれし 花のごとくに
          幼な心 息づきたり
          ときめきたる 胸の 
          奥深くまで
          
          創造の 神の営みは 
          秘められたる命の中に 浸透せん
          雨よ 滴を落とし 
          昔の歌を 呼び覚ませ
          雨足が 音を立てし時 
          部屋の中で 歌ひし唄を!
          雨垂れの音に 耳すまし
          幼き日の あの喜びに
          静かに ひたりたし



室内楽一般

ブラームスは実に多数のしかも各種の室内楽を作曲している。作品番号を見ても、初期から最晩年まで各種様々の室内楽を残している。ごく少数の分かりやすい作品を除いて難解な作品が多い。ブラームスは仲間と楽しむために室内楽を作曲した。ベートーヴェンのように後世に残すことを意識して書いたものではない。したがって、ブラームスは大衆が理解できようがしまいがどうでも良かったわけである。仲間だけが演奏して分かればそれで良しとした。

印刷出版して大衆受けすることを念頭に置いてないので、分かりやすいような導入部分を置くというような工夫はなされていない。専門家だけが分かれば良いわけである。だから、ブラームスの室内楽は最初からそっけなく実に難解である。何度聞いても理解できないようなものも含まれていると思う。筆者も弦楽器を弾いたことのない素人なので、ブラームスの室内楽ほど難解な音楽は浪漫派の中では類例を見ないと思っている。印象派のドビュッシーやラヴェルの作品の方が分かりやすいというのが筆者の感想である。

ブラームスは浪漫派の最初のピアノ協奏曲を、地味で、しかも気分が沈むような悲痛な作品を発表した。現代人は内気なブラームスの良き理解者であった恩師シューマンが亡くなった直後に書いたピアノ協奏曲であることを知っている。しかし、当時の聴衆はそんなことはなにも分からない。聴衆の誰もがブラームスの最初のピアノ協奏曲を、華麗でロマンチックなものであると期待していた。しかし、それとは全く反対の余りにも地味な作品であった為に、誰もが失望してしまい、ブラームスと婚約していたアガーテ嬢との婚約も破棄されてしまった。

大体、浪漫派の最初のピアノ協奏曲をあんな地味な作品を発表すること自体が、当時の常識を無視しており、ブラームスの変人ぶりがうかがわれる。大失敗することを覚悟で演奏したようなものだ。発表しないで、しばらく年月を置いて、書き直して、当時の常識に沿った形式にするのがあたりまえではないか。大衆の意識を余り配慮しないブラームスは、室内楽でも変わらない。自分の作品を人に理解して貰おうとするサービス精神に全く欠如している。これでは、ろくに妻も貰えないだろう。実際彼は晩年公的な勲章を二つも貰ったにも関わらず生涯独身だった。勲章を貰った背景には、四つの交響曲の成功とドイツレクイエムの成功が欠かせない。室内楽がどれだけ理解されていたかは全く分からない。

しかし、室内楽にも比較的分かりやすい(質の高い)作品もあるので、前述したピアノトリオ第一番とバイオリンソナタと伴に、幾つか書いてみたい。

弦楽六重奏曲No.1変ロ長調 Op.18♪♪

この作品は、ブラームス27才の時の作品で、その年、リストやワーグナーを中心とする「新ドイツ楽派」に、ブラームスに共感する4人が抗議する文書にサインした。そしてその夏、クララ・シューマンや親友の大ヴァイオリニスト・ヨアヒムとライン旅行に出た年に書いた作品である。そのような背景からか、幸福で楽しい雰囲気の「浪漫派の風が吹く」作品が出来上がった。

第一楽章
明るく爽やかな曲で「浪漫派の風」が吹いている。純真な女性を連想させるくらい美しい。女性のモデルは夫のシューマンが死んでも、若々しく美しかったクララだろう。ブラームスはクララを生涯思慕した。若いブラームスはクララを眺めるだけでも幸せな気分になるのであった。天使のように美しいクララは10代の頃から変わっていなかったのだろう。

第二楽章
幾らか哀しげな曲である。これは、恩師シューマンの若死を悼んでいるのだろう。長調になり清々しい雰囲気になる。再び重い曲調になり終了する。

第三楽章
スケルツォである。明るく踊るような陽気さがある。

第四楽章
再び美しい楽章になる。「浪漫派の風」が穏やかに吹いている。クララの面影がちらつく。


弦楽五重奏曲 Op.111♪♪

ブラームスは57才の時、交響曲を作曲しようとして、作曲を始めたが、曲想が進まず、弦楽五重奏曲になってしまった。改めて自分の作曲の衰えを感じて、これを最後の作曲として筆を折ってしまった。第一楽章はかなり筆が進んだが、後の楽章は単なる室内楽の平凡な作品になってしまった。しかし、第一楽章は素晴らしく室内楽の名曲として今でもよく演奏されている。

第一楽章
12分以上もある堂々とした楽章である。ブラームスの晩年は、音楽家としての地位も認められ、前年にレオポルト勲章を貰い、ハンブルクの名誉市民に認められ、国民楽派の作曲者の多くから尊敬されていた。チャイコフスキーとも会い交友を深めた。また、ボヘミアの作曲家のドボルザークを積極的に支援して、ハンスリックなどと伴にウィーンの奨学金を与え、作曲だけでやっていける経済的な基盤を図ったりした。

このように、髭のブラームスは大音楽家として名士にもなっていた。若い頃の失敗を成功の元にして、晩年のブラームスには様々な栄誉が与えられた。この弦楽五重奏曲の第一楽章の明るい出だしは、そのような晩年のブラームスの成功を背景にしている。しかし、独り身の寂寥感もあり、必ずしも幸福の絶頂ではなかった。また、作曲意欲の衰えも悩みの種であった。そうしたことが晩年の名誉の虚しさも、心の中で痛感していた。それは、ヴェールに包まれた女性のように、ブラームスに謙虚さを与えていた。

第二楽章
独り身の寂寥感が感じられる楽章であると思う。

第三楽章
この楽章もネガティヴな意味合いがする。

第四楽章
明るさはあるが、時の流れの速さを痛感して、いずれ自分も天に召されるときが来ることを感じているような気がする。



クラリネット五重奏曲 Op.115♪♪

ブラームスは弦楽五重奏曲 Op.111以来作曲の筆を折っていたが、マイニンゲンで、クラリネットの天才的な演奏家であるミュールフェルトを知る。彼はオーケストラの指揮者でもあり、ピアノ教師でもあり、一流の音楽家であったが、特にクラリネットの天才的な奏者として知られていた。その音色は甘くメロメロになるほどであった。各地からクラリネットを習いに来る人もいて、当時相当に有名なクラリネット奏者であった。ブラームスもすっかりその天才的な奏法の虜になってしまった。彼の心に変化が起こり、ついに作曲をしようとする意欲が湧いてきた。ブラームスは最晩年にクラリネットの曲を三種類作曲した。その中で最も有名な曲がクラリネット五重奏曲であった。くしくも、この曲はブラームスの最も有名な室内楽になってしまった。クラシックファンでこの曲を知らない人は余りいないと思う。

第一楽章
クラリネット音色は明るいが、曲調は晩年の寂寥感を如実に示している。モーツアルトの晩年のクラリネット協奏曲と曲調がよく似ていて、死を予感した人の寂寥感と諦めのような感情が落ち着いたテンポで語られている。これは聞く人全てに訴えてくる。実に分かりやすい。作曲は完璧で不必要な楽譜の一つもないようだ。

第二楽章
アダージョである。静かにクラリネットと弦楽器が語りかけてくる。様々な感情が表れては消えてゆく。何かを懐かしむ感情の様にも思える。

第三楽章
弦楽器とクラリネットのメロディーがこぎみよい。不調和な印象はなにもなさそうだ。

第四楽章
やはり弦楽器とクラリネットのメロディーが美しく迫ってくる。様々な音楽が変奏曲のように次々に聞こえてくる。昔聞いた音楽が流れてくるような親しみがある。天使が心を安らかにするように吹いているようだ。ブラームスの死は安らかであったと思う。

イサクとリペカ                  レンブラント



レンブラントの名画で、ゴッホは「この絵の前で2週間、パンをかじりながらいることができたら、10年寿命が短くなってもいい」と言ったという。イサクはアブラハムの息子で、かなり歳がいってリペカという娘と結婚した。


ホルン三重奏曲変ホ長調作品40♪♪

ブラームスは古楽器のナチュラルホルンをこよなく愛していた。そのせいか初期の頃にホルン三重奏曲を作曲している。ホルンの長閑な響きがブラームスの自然賛美と合致していて、名曲の一つと言われている。作曲するきっかけは、ホルンの名手とヴァイオリンの名手と出会ったのがきっかけになった。バーデン・バーデンの美しい自然を散策しながらインスピレーションを得たといわれている。このディスクでは、ナチュラルホルンの代わりに、ナチュラルホルンと音のよく似たウィンナホルンを使用している。

第一楽章
フォルンの音が長閑で、ライン川のお城のある風景が見えてきそうである。

第二楽章スケルツォ
軽快なスケルツォであり、実に明快で心地良い。スケルツォでヴァイオリンが歌っているようである。中間部はホルン長閑さが心にしみる。再び最初に戻る。

第三楽章アダージョ
作曲の三ヶ月前にブラームスの母親が亡くなっている。亡き母を悼む悲歌と言われている。

第四楽章
狩りの情景を連想させる。元々ナチュラルホルンは狩猟用のホルンでもあった。こぎみよいテンポで快い。ピアノの分散和音が美しい。


クラリネット三重奏曲イ短調作品114♪♪

クラリネット五重奏曲と同じころに作曲された、ブラームスの最晩年の曲である。ブラームスは既に作曲の筆を折っていたが、クラリネットの天才演奏家ミュールフェルトの甘いクラリネットに感銘して作曲の意欲を取り戻して書いた曲である。クラリネット五重奏曲に比べるとさほど寂寥感は余り感じられない。軽い気持で作曲した比較的短い曲である。演奏楽器はクラリネット、ピアノ、チェロである。

第一楽章
三つの楽器が緻密に絡み合い、思ったより起伏の少ない穏やかな楽章である。寂寥感がにじんで来ながら、静かに夕暮れを迎えるような雰囲気がある。

第二楽章アダージョ
緑の自然と青い空を眺めながら、昔ながらに散策を楽しんでいるような愉悦のある楽章である。

第三楽章アンダンテ
散策していると花壇に遭い、蝶蝶が飛んでいるような春の日を感じさせるような明るい楽章である。

第四楽章
やっと速いテンポの曲になり、チェロの音が寂寥感を煽って来る。クラリネットも寂しげになる。次第にフォルテが多くなり盛り上がり終曲になる。


ピアノ四重奏曲第一番ト短調作品25♪♪

この曲はブラームスの28才のころの作品で、まだハンブルクに住んでいたころで、ドイツレクイエムを作曲する構想を練っていたころである。まだ室内楽ではピアノ三重奏曲第一番作品8を書いているだけであった。しかし、ブラームスらしい自然描写の優れた曲で、人間臭いところが余りないのが如何にもブラームスらしい。その点ではブラームスは師シューマンとは対照的である。

第一楽章
ドイツの森を散策しているような印象を受ける。決して暗い森ではなり、日の光が見えるような森である。しかし、何処か神秘性を秘めている。


第二楽章アレグロ
ドイツの森の中に清流が流れているような趣がある。森の散策者は足を止めて、清流の流れに見とれている。



第三楽章アンダンテ
優雅なアンダンテである。湖畔の優雅なお城を連想させる。中間部に盛り上がる部分がありアルプスを思わせるようだ。




第四楽章プレスト
ハンガリー舞曲風の音楽である。後期の力強いメロディアスな合奏が印象的で、最後はハンガリー舞曲が最高潮になって終了する。



ピアノ四重奏曲第三番ハ短調作品60♪♪

この作品は、第一番と同じ時期に書き始めたが、しばらく中断して、ウィーン出て、第一交響曲を集中して書き始めるころに完成した。多少難解になったとはいえ、ブラームスの自然描写の素晴らしさには変わりない。

第一楽章
ドイツの森を深く分け入っていくような印象を受ける。巨樹や奇岩が次第に多くなり、森も暗くなる。仙人に出会うのを求めてだろうか。


第二楽章スケルツォ
森の中を踏み込んで行くと、突然滝に出会った。滝は下流に長い小川をつくっていた。小川はしぶきを上げて流れていた。



第三楽章アダージョ
冒頭のチェロ美しいメロディーが印象的。美しい湖とお城が見える。白鳥が泳いでいた。遠くには山河が見える。




第四楽章
山並みが川に沿って繋がっている。ライン河畔のお城が見える。周りは山並みで囲まれている。




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