ドビュッシー(1862-1918)

 ドビュッシーは、貧しい家庭の子として、パリ近郊のサン・ジェルマン・アン・レに生まれた。父親は職を転々として生活は安定しなかった。弟は小さい時からぐれており、ドビュッシーも内気な子であった。伯母がカンヌにおり、生活も裕福であった。そこで、ドビュッシー一家は、時々カンヌの伯母の家に滞在している。その時見た海の明るい景色が幼心に焼き付いていて、後年になってもよく思い出した。

ドビュッシーが8歳の時に、普仏戦争が起こりフランスは大敗して、パリで労働者が反乱を起こした。(パリ・コミューン)ドビュッシーの父親はパリ・コニューンに組して戦ったが、政府軍に制圧された。父親は一年投獄されたが、処刑は免れたのは幸いであった。そのような状況から、ドビュッシーは小学校教育を受ける機会を失ってしまった。

しかし、光は思わぬ処からやってきた。伯母の家にいる時にピアノの手ほどきを受けることが出来たのである。詩人ヴェルレーヌの義母にあたるモォテ夫人が、パリ・コミューンで父親を知っており、ドビュッシーのピアノを見てくれたのである。モォテ夫人は、ドビュッシーの音楽の才能を見抜くと、パリでドビュッシーに本格的なレッスンを始めた。めざましく上達し、なんと一年後パリ音楽院(コンセルヴァトアール)に10歳で選抜試験に受かり、目出度く入学を果たした。

優秀な成績を収めていたが、貧しかったドビュッシーは、ピアノを教えて稼がなければならなかった。18歳の時モロー・サンティ夫人の声楽サロンのピアニストになった。そこで夫が裁判所の書記をしているヴァニエ夫人と知遇を得た。ドビュッシーの才能にひかれたヴェニエ夫妻は、ドビュッシーに勉強部屋を与えて、物心両面でドビュッシーに便宜を図った。ヴェニエ夫人は魅力的であり、また高域の美しいソプラノの持ち主でもあった。ドビュッシーは、ヴェニエ家の蔵書で詩歌を読み、それに音楽をつけてヴェニエ夫人に献呈した。

ドビュッシーは、音楽だけでなく文学にもひかれ、当時フランスで盛んであった象徴派の詩歌に多分の関心を抱き、象徴派の詩人や画家と広く交友することになる。このような環境の中で、ドビュッシーは20世紀初頭の現代音楽の騎手になっていくのである。


象徴派と印象主義

 ボードレール、ヴェルレーヌ、マラルメと言った詩人達は、言葉の余韻、あるいは音楽性に詩歌のすべてを賭けた。言葉の響きのみが詩歌の生命であると考えた。そのように言葉の余韻や響きに重きを置く詩人たちを象徴派と呼んでいる。ドビュッシーも象徴派の詩歌に強い関心をもった。ドビュッシーは、詩歌の余韻、響きを何とか音楽で表現することを考えた。そのためには、従来の音楽の規則を超えることもやぶさかではなかった。

ドビュッシーの音楽は声楽から始まった。象徴派の詩歌に音楽の伴奏をつけたのである。それは「牧神の午後への前奏曲」からオペラ「ペレアスとメリザント」に発展していった。同様な方法論で海や絵画、雲といった対象物から受ける余韻を音楽に表現しようとした。これを印象主義と言っている。これは、印象派の画家達がとった方法論とほぼ同じような発想だからである。19世紀の後半に発達した印象派美術、象徴派詩歌の発想を音楽で表現しようとしたのが、ドビュッシーの印象主義である。


ピアノ曲

 ピアノ曲が本格的に作られるようになったのは、20世紀に入ってであるが、以前に浪漫派的な色彩の濃いピアノ曲が作られている。そこには、印象主義的な雰囲気がすでに現れている。19世紀の70年代から80年代のころフォーレが、ピアノ曲のジャンルで、メロディーよりも和声を重視した印象主義的な曲を作っており、ドビュッシーがピアノ曲で印象主義的な作品を書くことは、さほど困難なことではなかった。ピアノの音色は明るく透明で印象派的な作品を作るのに適している。フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルとも、最も印象派的な作品はピアノ曲である。


「二つのアラベスク」のアンダンティーノ

 「二つのアラベスク」は、初期の傑作(1888-1891)であるが、前者の
アンダンティーノ♪♪には、光が淡く輝いているような感覚があり、すでに印象派的な萌芽が見られる。フォーレのノクターンと軌を一にしている。

                                テラスにて     ルノアール

                                       

「テラスにて」は、モデルの女性の清純さと、色彩の燃えるような輝きなどで、ルノアールの最高傑作である。アンダンティーノのロマンチシズムと淡い色彩感覚とがよく似合っている。曲の安らぎに満ちた美しさも、「テラスにて」の題材に合っている。


「月の光」

「月の光」♪♪は、ドビュッシーの中で最も有名な曲である。やはり初期の傑作である。月の光を思わせるゆったりしたピアノの部分と中間部の風が吹いているようなロマンチックな部分からなっている。ピアノの響きは淡い光を表現している。

                             散歩、日傘をさす女       モネ

                  

モネの最高傑作の一つである「散歩、日傘をさす女」は、愛妻カミーユと子供ジャンのいる幸福な風景を写している。このときカミーユが32歳で亡くなることを誰が想像できただろうか。風が吹いているが、それが夢のようなロマンチシズムを煽っている。「月の光」の中間部の流れるようなロマンチシズムと重なってくる。


版画

 
ドビュッシーの印象主義の始まりと言われているピアノ曲集である。メロディーより和音の動きが重視されている。空間的な雰囲気を和音で現そうとした試みは見事に成功している。「塔」「グラナダの夕暮れ」「雨の庭」の三曲からなっている。アラビア的な印象がみられ、四度五度の和音などが巧みに使われている。田部京子の演奏は、和音の雰囲気をデリケートに表現し尽くしている。ここでは「塔」と「グラナダの夕暮れ」♪♪をつづけてお送りします。

アルハンブラ宮殿             グラナダ


                              一本の簪(カンザシ)     萩尾望都

                            塔ありたる 古き城に
                            国王と 七人の姫ありけり
                            多くの騎士と召使 仕へたり

                            遠き国から 王子来訪せんとす
                            七人の姫 様々な衣装着て
                            み髪(グシ)の手入れ 余念なし
                            姫らの衣装 七色の虹の如し
                            巻き毛を 留める簪(カンザシ)
                            白きダイヤのついた 銀製なり
                            結ひ上げたみ髪(グシ) キラキラと輝けり

                            何故か 末娘の簪一本なくなりたり
                            召使と探せども みあたらじ
                            
                            すると 窓の外の若木
                            枝を さしのべ
                            簪にすること 勧めたり
                            されども 途中で折れたりき

                            すると 泉の氷の精
                            氷のかけら 差し出し
                            簪にすること 勧めたり
                            されども み髪(グシ)にさしたれば
                            水の玉に なりたり

                            夜になり
                            月魂(ツキシロ) 月光を串にて
                            簪つくること 勧めたり
                            されども 朝になると消えにけり

                            王子 白馬に剣携えて到来す
                            すると かくの如く告げたり
                            狩の 帽子に 
                            鳥 巣つくりたり
                            その中に 簪ありと

                            末の姫 駆けてゆき
                            王子に 礼を申したりき
                            すると 王子簪を返さず
                            末の姫に 接吻せり
                            顔(カンバセ) 菫の如き可憐なり
                            ピンクの衣装 とりわけ似合ひたり
                            巻き毛の たれたる姿
                            かえって愛らしきこと 限りなし
                            王子 一目惚れしたりけり
                            国王 大ひに慶びて
                            豪華なる祝宴 張りたりけりや


「雨の庭」♪♪では、グラナダの庭に雨の降る様子が写実的に描かれている。


                              恵みの雨

                            日ざし明るき アラベスク
                            極彩色の 窓ガラス
                            アーチ式なる 回廊を
                            迷路の如く 歩きたり

                            出でにけるかな 中庭に
                            青き澄みたる 天空よ
                            鏡の如き 美しき
                            みえたりけりや 角(カク)の池

                            緑の垣根 しきられた
                            池の小径(コミチ)を 歩みたり
                            塔ある城の 反映よ(池に)
                            二人の姿 映りたり

                            異国情緒の 美はしき
                            言葉に尽きぬ ロマンスよ
                            鏡の二人 追いかけて
                            歩みゆきたり 眺めつつ

                            にはかに空の 曇りたり
                            稲妻鳴りて 大粒の
                            雨打ちつけて 降りにけり
                            真夏の雨に 濡れにけり

                            サラセン人の 怒りかな
                            元スルタンの 居城なり
                            キリスト教徒と 戦(イクサ)して
                            スルタン城を 失はん

                            稲妻鳴れば 驚きて
                            彼女抱きつき まなこ閉じ
                            美はしきかな 顔(カンバセ)よ
                            みづみづしきや 露に濡れ

                            甘露の雨よ 初めての
                            二人だけでの 抱擁よ
                            深く抱きしめ 接吻す
                            夢の如きや 雨の中

                            知らず知らずに 雨はやみ
                            夏の青空 戻りたり
                            心も晴れて 手を握り
                            肩寄せ合ひて 庭を出づ


「レントより遅く」♪♪

 後年の前衛的な前奏曲集のころに作られた曲だが、雰囲気は「版画」のころに似ておりロマンチックな趣がみられる。初めは午後の紅茶を飲んでいるような
閑かさにひかれるが、次第に聞いているうちに「夜想曲」であることが判ってくる。夜の安らぎと歓びを表現した曲であると思う。

マントンの港           マルケ


                              愛の宴

                            カフェからみえる 船着き場
                            真白き家に 栄える空
                            輝く海に 眩しけり
                            午後の紅茶の くつろぎよ

                            互いに顔を 見合わせて
                            まなこに浮かぶ 笑顔かな
                            二人だけでの エーゲ海
                            解き放たれた 悦びよ

                            次第に海は 暮れにけり
                            朱色の夕日 美はしき
                            凡てピンクに みゆるかな
                            夢の如きや 現世(ウツシヨ)よ

                            日も暮れたれば 手を取りて
                            ホテルの部屋へ 戻りたり
                            明かりもつけず 抱(イダ)き合ひ
                            気の遠くなる 深ひキス

                            甘く豊かな 房を撫で
                            谷間露(アラ)はに 横になり
                            ヴィーナスの丘 近づきて
                            下半身も 露(アラ)はなり

                            一糸まとはぬ 妖精に
                            二人は伴に なりにけり
                            女玩具(オモチャ)を 弄(モテアソ)び
                            潮(ウシオ)高まり 夢心地

                            月の明かりに 照らされて
                            歓ぶ顔の 美はしき
                            月の女神よ 妖精よ
                            愛の宴の 永からん

                            祝福されし 恋人よ
                            天も助けん 汝らを
                            愛の歓び 尽きずして
                            雲のしとねの 人となる


「幸福の島」♪♪

 この曲はドビュッシーの作品の中で最も華やかな曲である。幸福の島の題材は、ルーブルにあるワトーの「シテール島への船出」にヒントを得たものであると言われている。ドビュッシーはすでに結婚していたが、ある熱心な弟子の母親にバルダック夫人がいた。銀行家の妻であり、豊かな教養と美しい声の持ち主であった。ある時、ドビュッシーはバルダック夫人から晩餐会の招待を受けた。ドビュッシーは、夫人の美しい声にひかれ、フォーレがバルダック夫人にしたように、自分の作曲した歌曲を夫人に献呈した。そのころから、二人の中は急激に親しくなっていった。そして押さえることの出来ない熱愛に変わって行った。1904年ドビュッシーの42歳になる年に、妻リリーを置いて、エンマ・バルダック夫人と、英国のニュージャージー島に約半年ほど逃避行を行った。その時作曲されたのが「幸福の島」であると言われている。

マティス     開かれた窓


                              幸福の島

                            エンマ・バルダック夫人 
                            富裕なる銀行家の 夫人なり
                            教養も 豊かにて
                            美しき声の 持ち主なり
                            フォーレも 夫人に歌曲を献呈し
                            客間で披露され 話題を呼びたりき
                            夫人の息子 ドビュッシーの熱心なる弟子なり
                            夫人 ドビュッシーの歌曲に関心ありけり
                            夫人 息子の師とて 
                            ドビュッシーを 晩餐会に招待したりけり
                            ドビュッシー 夫人に歌曲を献呈し
                            美しい声にて 披露され
                            ドビュッシー 感動す
                            ドビュッシー 夫人に花束を贈り
                            夫人から 感謝の礼状を 
                            受け取りぬ
                            バルダック夫人 中年なれども
                            小柄で 優雅で若々しく
                            知性と教養にて 申し分なき女(ヒト)なり
                            二人 急速に親しくなりたりければ
                            押さえること あたはざる 
                            熱愛に 燃え上がりたりけり
                            その年の夏 
                            ドビュッシー 妻の許を去り
                            夫が旅行中のエンマと 手を取り合って
                            英国のニュージャージー島に 逃避行す
                            かしこにて 夢の半年を過ごし
                            ドビュッシー 「幸福の島」を作曲したりや
                            パリに帰りて 二人は新居を構えたり
                            されども 絶望したドビュッシーの妻
                            リリーの 自殺未遂で
                            パリの文化界 騒然とす
                            非難は ドビュッシーに集中す
                            リリー 特に教養なけれども
                            華奢で、可憐なる妻なり
                            リリーに 同情集まりて
                            ドビュッシーの 友人の多くが 
                            去りにけり
                            バルダック夫人の 離婚訴訟は 
                            翌年に 解決す
                            その年に エンマ身ごもり
                            ドビュッシー 初めての子供(娘)を手にす
                            喜び ひとしおなり
                            「子供の領分」を 早速作曲す
                            その後 「映像」「前奏曲」等の 
                            傑作を 生みだしたり
                            1908年二人は 正式に婚姻の
                            手続きを 済ませたり

                            貧しき家庭に 育ちたり
                            父パリ・コミューンに 加担して
                            刑罰を受け 教育を
                            受けるチャンスも 失ひき
                            すでにグレたり 弟も

                            父の知り合ひ  モォテ夫人に
                            音楽の才 みいだされ
                            齢十歳で 奇(クス)しくも
                            パリ音楽院 入りにけり

                            愛と知識に 飢ゑたりき
                            心に大きな 穴空けり
                            文字は一人で 覚えたり
                            心の穴を 誰埋めん

                            可愛ひ妻は 貰へども
                            心の穴を 埋められじ
                            心豊かな 夫人こそ
                            心の母にて 妻なりき

                            母を訪ねて 三千里
                            やっと出逢ひし 人なりき
                            夫人も彼の 才能と
                            ひたむきな愛 悦ばん

                            誰が壊さん カップルを
                            もはや一つに なりにけり
                            世間の道に はずれども
                            天が認めん 純愛を

                            英国の島で 二人だけ
                            羽を伸ばして 憩はんや
                            心の底から 湧き出づる
                            満ちたりたりし 悦びよ

                            ピアノの楽譜に 表せば
                            自ずと曲は 生まれんや
                            湧き出づれかし 悦びよ
                            咲き乱れかし 幸ひよ


ピアノのために

バロック時代のオルガン曲やクラヴサンの音楽を自由なリズムや新しい和声感覚のもとに蘇らせた作品集である。

第一曲「前奏曲」♪♪
打ち寄せる波のような一定のハッキリとしたリズムが繰り返されている。

エトルタのマヌポルト                       モネ


第二曲「サラバンド」♪♪
霧がかかったような曖昧模糊とした印象を受ける。しかし、霧の背後には建築物がみえてくるようなサウンドの輪郭がある。

ロンドンの国会議事堂           モネ


第三曲「トッカータ」♪♪

第一曲よりも細かいハッキリしたリズムが繰り返されている。波しぶきのような。雨のうつ音かも知れない。

雨のベリール            モネ


前奏曲集

 20世紀に入り、ドビュッシーは本格的な印象主義のピアノ曲を作曲した。その中で、印象主義に徹して書いたのが、前奏曲集であり、第一巻と第二巻に別れている。ここでは第一巻の幾つかの曲の心象風景を見てみたい。

デルフィの舞姫たち♪♪

大胆な和音を使って神秘的な舞姫を表現している。

                            踊る女たち     モーリス・ドニ

                    

モーリス・ドニは、ナビ派の画家で象徴派に属している。ドビュッシーは、象徴派の画家とも交友があった。「踊る女たち」では、アクロポリスの丘を背景にして、巫女が踊っている様子を描いている。

音と香は夕暮の大気に漂う♪♪

朧気に大気に漂う様子が余韻のある音で表現されている。

                              ルーアン大聖堂    モネ

                                                 

モネはルーアン大聖堂を時刻ごとに、天候ごとに幾枚かの絵を描いている。時刻により光の入り具合が変わってくる。この絵は夕方の西日を浴びている。モネはひたすら大聖堂が大気に漂う様子のみを直感的に描いている。

亜麻色の髪の乙女♪♪

午後の紅茶を飲んでるような長閑な時の乙女の姿を描いている。淡くて透明な色彩感がある。

                               イレーネ嬢      ルノアール

                  

いうまでもなくルノアールで最も有名な絵である。淡くて色彩感のあるタッチで描かれている。人物には光が当たっており明るい。

沈める寺♪♪

伝説にしたがって、聖堂の幻影が浮かび上がり再び海に沈む様子を描いたもの。冒頭で朧気な分散
和音により幻想的な世界に誘う。次第に音楽は強大になり、そして次第に消えてゆく。

                                ヴェネチア          モネ

              

朧気に海中に浮かんでいるように寺院が描かれている。海、寺院伴に光輝いており幻映的な世界を表している。

バックの踊り♪♪

バックとはシェイクスピアの「真夏の夜の夢」に出てくる悪戯好きの妖精である。軽快なリズムと分散和音により色彩的なな世界へ誘っている。

                                 劇場にて   メアリー・カサット

                                           

メアリー・カサットは印象派の女流画家である。カサットの妹の妖精のような姿を描いている。色彩的な絵であり、ドビュッシーの分散和音による色彩的な表現に共通したものがある。


管弦楽

 ドビュッシーが作曲した管弦楽のための作品は、さほど多くはない。後世になってピアノ曲や声楽曲を管弦楽曲にまとめた曲が多くあることに留意したい。


牧神の午後への前奏曲♪♪

象徴派の詩人マラルメの作品「牧神の午後」を音楽で表したものである。マラルメの詩の大意は次の通りである。
「半人半獣の牧神がふと目が覚めて笛を吹いていると、泉の前でニンフ(精霊)たちが水浴を始めた。牧神は彼女たちを追い回しヴィーナスを抱擁したような気になった。そのうちにニンフたちは消え去り、牧神は再びまどろみ始める。」

この詩の内容をみると、古代の神々やニンフを題材にした擬古典的な詩である。ドビュッシーは、この詩の余韻、響きを現代的な管弦楽で表現した。現代とは全く違った古代風の詩の響きを、4度5度というエキゾチックな和音で表し、不思議な世界を創作している。古代風でもあり中世風でもあり、またアラビア風でもある。とにかくこの世のものではないような古代の響きを管弦楽で表そうとした。長閑な牧歌であり、また晴朗な世界でもある。

                            牧神とヴィーナス

                  

古代ギリシア神話では、牧神(パーン)とは森の神のことである。半獣神で、上半身は人間で下半身は山羊の格好をしている。また手には笛をもっている。後の時代になると好色な半獣神になり、サチュロスと呼ばれるようになった。サチュロスは、たいてい森の精霊ニンフと戯れている姿で描かれた。「ヴィーナスと牧神」はドビュッシーの意図をよりよく表している。

マラルメの詩では「半獣神の午後」というのが正確なタイトルで、サチュロスを指していると思われる。ドビュッシーは、それを牧神と書き改めた。マラルメの詩は、サチュロスが湖畔のニンフを抱きしめようとしている情景を描いている。翻訳で読んだ限りでは、神話的情景の現代版という印象を受ける。ドビュッシーは、神話的な情景を現代人の感覚で描いたものである。


「海」

 ドビュッシーの印象主義の管弦楽は、微かな音色の作品が多いが、「海」は例外的に色彩が強烈であり、管弦楽も華々しい。海が荒れる処は、激しさもある。このような激しさは、ドビュッシーが海に感じていた印象かも知れない。全部で三部からなっているが、ここでは
「風と海との対話」♪♪の風景を探ってみたい。風雨の荒れ狂う海を表現している。

                                 奴隷船       ターナー

                   


ターナーの荒れ狂う海は見事である。ターナーは、印象派の画家より一足早く、日の出や日没の光に注目した。また、動的な風景を素早いタッチで描いている。


神聖な舞曲と世俗的な舞曲♪♪

 ハープと弦楽合奏のために作られた曲である。大きく三部からなっている。初めにハープの古風な響きにより神聖な舞曲が演奏される。ひとしきり終わると、中間部に入る。そして、初めの古風な響きが現れる。そして、今度は世俗的な舞曲がワルツの形で華やかに演奏される。

題名から推測すると、中世の吟遊詩人の時代を表しているようだ。吟遊詩人は神聖な面影(聖母マリア)をもつ女性にひざまずいて歌った。その歌は恋愛歌であり世俗的な歌である。

                                詩人と聖女        モロー

                   

聖女は「聖エリザベート」である。彼女は、夫に黙って貧しい者に施しをしていた。ところがある時夫に咎められて、懐に隠し持っていたものを見せようとした。するとそれが薔薇の花に変わってしまった。この絵では、その場にいた吟遊詩人が、聖女の奇跡を見て驚いている場面である。


交響組曲「春」

 1884年にパリのアカデミーからローマ賞を獲得したドビュッシーは、三カ年の留学を果たす。そして何曲かの作品をパリに送ることだけが義務づけられていた。「春」は提出作品の一つであり、ドビュッシーにとっての最初の大作になったのである。ドビュッシーは、ボッティチェリの名画「春」にインスピレーションを得て、それをオーケストラとコーラスによる交響組曲として完成したが、製本所の火災のためにスコアを消失した。

そこで、後年になりドビュッシーの弟子が二台のピアノと合唱のによる版からドビュッシーの指示を得て、管弦楽に編曲して、1913年に新版として発表された。曖昧模糊とした印象主義は、アカデミーにすこぶる評判が悪く、漠然とした印象主義は、音楽作品の真実から離れる危険な要素であると強く批判された。ワグネリアンであったドビュッシーは、文学と音楽が一体であるように、また舞台芸術や美術も一体であると確信していたのであろう。

この管弦楽曲は、第一曲と第二曲に分かれている。ここでは、
第二曲♪♪を取り上げて、ボッティチェリの「春」を比較してみたい。

春                          ボッティチェリ

右から春風を運んでくる「西風の神」が花の女神「フローラ」に息を吹きかけている。すると華やかな春の女神が登場する。春の魅力を胎んだヴィーナスが中央に位置している。さらに春を謳歌するように三美神が舞っている。左端の伝令の神マーキュリー(ヘルメス)が手をかざして天上的な愛を示唆している。上部には、天国の果物が実っている。また、恋の神であるキューピットが矢を放とうとしている。ここまで、春の様子を詳細に描いた絵画は、ボッティチェリを除いて存在しない。


交響的断章「聖セバスチャンの殉教」

 詩人と舞踏家から「聖セバスチャンの殉教」の作曲を依頼したドビュッシーは、快く引き受けたが、その膨大なテキストにかつてない早さで筆が進められ、オーケストレーションは弟子があたった。完成された作品は五幕からなる四時間以上からなる長大な作品だった。異教的な世界とキリスト教徒との霊性を結びつけた詩人の意図とはうらはらに、パリ大司教の不興を誘い、聖セバスチャンにユダヤの女性舞踏家が演じるというハプニングがあり、成功を得ることが出来なかった。しかし、ドビュッシーの音楽を救おうという試みは何度もなされて来た。声楽を除き、純オーケストラの交響的断章は、アンドレ・キャブレの手によっている。

ここでは、
第一曲前奏曲「ゆりの園」と第二曲法悦の舞と第一幕の終曲♪♪をお送りします。


聖セバスチャンの殉教   ソドマ

ソドマはレオナルド・ダ・ヴィンチとラファエロの影響を受けた画家で、優雅典麗な画風に優れていた。この作品はシエナのセバスチアヌス教団から依頼を受けたものである。殉教の瞬間、天使の冠を受けようとする場面を描いたもので、表情には恍惚とした宗教的法悦がみられる。


夜想曲

ドビュッシーは、ショパンのような夜想曲を念頭には置いていなかった。あくまで雲や祭りなどの様子から得た曖昧模糊とした印象を音楽で表現しようとした。夜想曲(ノクターン)は、英国で活動していた印象派の画家ホイッスラーの「黒と金色のノクターン」から着想を得たと考えられている。

第一曲「雲」♪♪
曲は三つの部分から出来ている。セーヌの空に浮かぶ何処となく消え去っていく雲の様子を、まとまりのない旋律が木管に次々と受け継がれる。如何にも印象主義に徹した音楽である。

セーヌ川の午後           モネ


第二曲「祭」♪♪

曲は三つの部分からなっており、第一の部分は行進曲風のリズムに乗って、木管が乱舞するような雰囲気で、第二部はボレロ風のリズムに乗って、遠くから祭の行列が近づいてくるような高まりをみせる。そして第三部では祭が最高潮に達した後、もとの静けさに戻るように最弱音で終わる。

黒と金色のノクターン       ホイッスラー


この作品には「落下する花火」という副題がつけられている。祭で最高潮に達した時に打ち上げられた花火ではあるまいか。ドビュッシーはこの絵画を見て、「夜想曲」の着想を得たと考えられている。

「シレーヌ」♪♪
シレーヌは古代ギリシアの海の精霊のセイレーンに由来する。セイレーンはヴィーナスに従う精霊でもあった。後世になると、美しい声で人を水に引き込む魔女のように思われるようになった。

ヒュラスとニンフ           ウォーターハウス


                              ヒュラスとニンフたち

                            アルゴー船に 乗りたりし
                            ヘラクレスたち トロイアの
                            ミュシュアに停まり 水求め
                            青年ヒュラス 出かけたり

                            明るき月の 光にて
                            蓮浮かびたる 池みつけ
                            水汲まんとす 不思議にも
                            湖の精 現れん

                            白き裸身を のぞかせて
                            花の如くに 美はしき
                            亜麻色の髪 靡きたり
                            あやしき光 満ちたらん

                            男初めて みるがごと
                            ヒュラスの姿 惚れたりや
                            ヒュラスの誠 感じたり
                            ヒュラスをみては 振り向かん

                            心想ひし 人みつけ
                            手を取る如く 近寄りて
                            仲間にせんと 言ひ寄らん
                            多くのニンフ 集ひたり

                            皆それぞれに 誘ひたり
                            ヒュラス初ての 体験よ
                            美女の熱意に 惹かれんや
                            初めて知った 愛なりき

                            ニンフに惹かれ なすがまま
                            水の中へと 滑り込み
                            ニンフと伴に 妖精の
                            神秘の世界 ゆきにけり

                            ヘラクレスたち 青年を
                            夜通し探し 回れども
                            彼の姿は みつからず
                            アルゴー船は 出港す




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