ドボルザーク(1841〜1904)

ドボルザークは、ボヘミアの片田舎の肉屋の長男として生まれた。父親は、ヴァイオリンを弾いて民謡を歌う陽気な人であった。少年ドボルザークもヴァイオリンを巧みに弾く音楽に才能のある子であった。父親は少年ドボルザークに肉屋を継ぐことを望み、少年ドボルザークは本格的な肉屋の修業を行った。しかし、音楽に才能があった少年ドボルザークは、教会でオルガンを弾いたりして好きな音楽を捨てることは出来なかった。

肉屋の修業を修了して一人前になった時、少年ドボルザークの音楽の師が、父親にドイツ語を本格的に学ぶ必要性を説得して、少年ドボルザークは上級学校で音楽を学ぶ機会が与えられた。少年ドボルザークはプラハのオルガン学校に入学して、念願の音楽の勉強を修めることになる。

ドボルザークはボヘミアの文化を愛し、ボヘミアの音楽を作ることに満足していた。器楽曲だけではなく、先輩格のスメタナに倣って、ボヘミア人を啓発するようなオペラを書くことを生涯の夢にしていた。しかし、オペラのほとんどはスメタナのように成功することは出来なかった。

ドボルザークの音楽の才能を最初に認めたのはドイツの音楽家ブラームスであった。ブラームスは、ドボルザークの作品を好んで取り上げ、ドボルザークを西欧に紹介してくれた恩人であった。ドボルザークもブラームスの音楽を研究して、次第に民族音楽を超える西欧的なスタイルを身につけていった。

よく言われることだが、ドボルザークの音楽は、交響曲第8番を境にして、それまでのボヘミアの一民族音楽の作曲家から西洋音楽史に欠くことの出来ない一流の作曲家に変貌を遂げていると思う。特にアメリカ大陸に渡って書いた作品は、それまでの作品にない雄大さ、緻密さで音楽史上第一級の作品とされている。


弦楽セレナーデ作品22♪♪

この頃から中期の傑作の時代に入る。交響曲では第五番が書かれ、ブラームスの支持を得て、西欧に紹介されるだけではなく、ベルリンのジムロック社から交響曲が出版されるようなる。この頃の最大の傑作は弦楽セレナーデであると思う。ドボルザークは生涯自然派詩人に徹している。彼の「私は小鳥のさえずりと花と神と伴に作曲した」という言葉は有名である。弦楽セレナーデは、ボヘミヤを愛してやまなかったドボルザークの自然派詩人の魅力が最も表された作品である。曲の解説はドボルザークの弦楽合奏がしてくれるので、筆者の下手な説明を省略します。全部で比較的短い五楽章から成っています。

第一楽章 モデラート
第二楽章 テンポ・ディ・ヴァルス
第三楽章 スケルツォ・ヴィヴァーチェ
第四楽章 ラルゲット
第五楽章 フィナーレ・アレグロ・ヴィヴァーチェ


ボヘミアの風景



交響曲

ドボルザークは若い頃からオーケストラでヴィオラの奏者をしていたが、ワーグナー指揮の革新的なオペラに接して大変大きな影響を受ける。彼が生涯オペラを書き続けたのも、派手な管弦楽を好んだのもワーグナーの影響である。24才の時に二つの交響曲を書いたが、試作的な作品で今は余り演奏されることはないようだ。しかし、交響曲第三番のころから、主題の統一した本格的な交響曲を完成して行く。第三番は、ドボルザークが生涯のテーマにした故郷ボヘミアの思慕の念の強い作品になっている。またこの作品は、オーストリアのブラームスなどが中心となって設立された奨学制度に合格して、多額の奨学金を得ると伴に、当時大きな影響力を持っていたドイツの作曲家ブラームスの支持を得られるきっかけとなった作品でもある。この頃から、ドボルザークは本格的な作曲家活動を始める。

ドボルザークは山国チェコ(ボヘミア)の首都プラハの近郊に生まれた。周囲が高い山脈に囲まれたチェコだが、ほぼ中央に大きな盆地があり、プラハという真珠の様に美しい都市がある。ドボルザークの一番から七番までは、ボヘミアの自然や首都プラハの美しさの思慕、哀愁の念を、自然派詩人として音楽に表した作品ばかりである。

交響曲三番、五番、七番の指揮はヴァーツラフ・ノイマンのアナログ盤の全集版(CD)を用いた。ヴァーツラフ・ノイマンは1920年にプラハに生まれた。戦後共産主義体制になり、クーベリックが亡命した後、チェコフィルの指揮者を受け継いだ。次第に名声が広まり、旧東ドイツのライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮をつとめるようになる。ライプチッヒ歌劇場の音楽監督も兼任する。私事で恐縮であるが、ヴィーツラフ・ノイマン指揮の歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」1962は、学生時代からの愛聴盤であった。

ところが、1968年に「プラハの春」に反発して、ヴァーツラフ・ノイマンは、旧東ドイツの役職を放棄して、プラハに帰り、チェコフィルの音楽監督に就任した。その様にヴァーツラフ・ノイマンは大変な愛国主義者であった。そのノイマンのドヴォルザークの交響曲全集(アナログ盤)は傑作として知られている。

交響曲第三番変ホ長調作品10♪♪

この交響曲は、ドボルザークの作曲した本格的な交響曲で、ブラームスにも認められた作品でもあった。全部で三楽章から成っているが、これは、当時ワグネリアンであったドボルザークが、交響曲の形式を自由に捉えた結果だと言われている。三楽章全てに渡って、ボヘミアの美しい景色の思慕と哀愁の念で一貫しており、各楽章の変化は余り顕著ではない。第一楽章は美しいメロディーで始まり、第一楽章から第三楽章までボヘミアの風光を賛美している。またボヘミアに対する郷愁の念もある。

プラハの街、真ん中に流れている河がモルダウ



交響曲第五番ヘ長調♪♪

第一楽章
調性は長閑なヘ長調であり、ドボルザークの田園交響曲と言われたりする。長閑な出だしで始まるが、音楽の高まりがある。ボヘミアの風光を映し出している。上昇志向がある。

第二楽章
少ししずんでいるが、ボヘミアへの哀愁を感じさせる。中間部は明るく悦びを感じさせる。

第三楽章
緩やかな序奏の後、リズミカルな主題が現れて、大空を飛んでいるよう気分になる。トリオも翼を広げた様な気がする。再び陽気なリズミカルな主題が現れ、大空に舞っているような雰囲気になる。

第四楽章
重い出だしで始まるが、次第に大空を飛んでいるか、高い処から眺めているようなリズミカルな主題があらわれる。しばらくすると、ボヘミアを思慕している様な緩やかな主題が現れる。それもつかの間で大空を飛んでいる様な主題が現れて、最後に虹を見るような美しい音楽の後、天に飛び上がるような音楽で終わる。

ボヘミア盆地の光景



交響曲第七番作品70
♪♪

七番で、ボヘミアの自然描写は最高潮になる。この曲は評判が良く、色々な指揮者が取り上げて、欧米にも広く紹介されて、ドボルザークの名声に貢献した。

第一楽章アレグロ
重い出だしで始まるが第二主題は明るく希望がある。全体的に次第に明るさを増して行く。厳しい部分もあるがフルートの鳥の鳴き声も聞こえて穏やかになり終了する。

第二楽章アダージョ
綺麗なメロディーで始まる。管楽器とフルートで森の美しさを表現する。厳しい部分もあるが、オーボエがメロディーを吹き自然と収束する。

第三楽章スケルツォ
華やかなメロディーのスケルツォである。トリオは明るい森を想わせる。フルートや管楽器が美しい。華やかなメロディーのスケルツォに戻る。最後、緊張感が高まって終わる。

第四楽章アレグロ
厳しい主題が提起される。まるで「プラハの春」予感しているようである。明るい賛歌の様な主題が現れる。再び緊張感のある管弦楽になる。再び明るい賛歌の様な主題が現れる。最後緊張感が高まり終了する。暗い森の中に明かりの光線が差し込むようだ。

チャイコフスキーも、スラブ的な情景描写があると伴に、闘争的な部分もかなりある。派手な管弦楽が目立つ。ブラームスなどは、一番の前半は別にして、二番、三番は実に風光明媚である。ドボルザークの七番は、闘争的な部分が多く、中期の「弦楽セレナーデ」などとは違った激しさを持っている。八番は妖精の世界であり明るく、九番は新世界で希望がある。何故七番はこうも闘争的であるのか・・・。

ボヘミアの森



交響曲第8番

ドボルザークの作品に共通するのはメロディーの美しさである。スラブ系の国々では、チャイコフスキーなどにも言えることであるが、民謡が生活の中に融け込んでおり、民謡が作品の主題になることが多い。交響曲第8番も各楽章の冒頭にたとえようもないような美しいメロディーが流れて曲を構成している。このように美しい交響曲は類例を見ない。この一曲をとってもドボルザークの才能は天才的であり、ドボルザークは音楽史に不朽の光を放っている。カラヤン、ベルリンフィルでお聞き下さい。

                            ドイツのカーニバル


 この交響曲は、ロマン派でよくみられる妖精の世界を描いていると思う。最初に現れる美しいメロディーが夜の明るい妖精の世界へ誘っている。まるでディズニーの世界のように様々の個性のある妖精が陽気に戯れている。それはシェイクスピアの戯曲のように否が応でもロマンチックな想像かき立てる。明るい夜の不思議な世界である。

妖精の世界は、日本人には異質な世界であるが、ヨーロッパではどの街でもカーニバルがあり、不思議な妖精が夜に大活躍する。ヨーロッパでは、よく見慣れた光景である。そのようなメルヘンの世界を本格的に描いたのがこの交響曲であると思う。

ドボルザークは、晩年に交響詩「水の妖精」「真昼の魔女」「金の紡ぎ車」「野鳩」を書いている。どれもボヘミアの童話を題材にした物語である。ドボルザークが書いたオペラで唯一成功した「ルサルカ」はメルヘンの世界を描いている。メルヘンの世界も一つの民族の遺産であるらしい。


第1楽章♪♪
郷愁を誘うような低弦のメロディーの後にフルートで鳥の鳴き声聞こえてくるが、オーケストラの高まりで一気に夜の妖精の世界へと飛翔する。夜でも明るい世界である。カボチャの顔をした妖精もいそうである。子供のころ夢に見た様々な妖精がいる。それは遙かなロマンチシズムを駆り立てる。それは陽気なカーニバルの世界そのものである。もう一度繰り返して曲を終わる。

第2楽章♪♪
美しいメロディーと鳥の鳴き声が聞こえてくる。そして次第に妖精の世界へ導かれる。管弦楽のファンファーレは高いお伽の国のお城をイメージする。また鳥の鳴き声の世界にもどる。弦楽と管楽器で妖精たちが踊っているのが分かる。オーケストラが高まりそして静かになり曲を終わる。

第3楽章
哀愁を含んだような美しいメロディーで始まる。美しい弦楽合奏になり明るい夜の夢を奏でていく。途中で妖精が飛び跳ねるような音楽になり終わる。


第4楽章♪♪

                   

ティンカーベル東京ディズニーランド  Hiro Yamagata



お伽の国のお城のトランペットのファンファーレで始まる。美しいメロディーが現れ次第に妖精の国へと誘われる。大きな管弦楽のうねりにより妖精の世界そのものになる。妖精が飛び跳ねている。フルートの笛に乗って妖精たちは高く飛んでゆく。しばらく妖精たちが飛び跳ねているような音楽が続く。

また美しいメロディーになる。抒情的な音楽になる。妖精たちとの別れを惜しんであるようである。大きな管弦楽のうねりによりもう一度妖精の世界が再現されて曲を終わる。

Hiro Yamagataはディズニーの絵画を幾枚も描いている。このティンカーベルは、その代表作の一つと言ってもいいと思う。夜の明るい世界に陽気な妖精たちが集どっている。そして、ティンカーベルを先頭にして高く飛び上がろうとしている。何ともロマンチックな絵画である。

交響曲第9番「新世界より」

アメリカの音楽学校から依頼があり、ドボルザークは妻子を連れてアメリカ大陸に渡る。アメリカ大陸の雄大な自然は、ドボルザークの音楽に大きな影響を与えた。ナイアガラの滝を見た感動からチェロ協奏曲のインスピレーションを得た。ドボルザークのチェロ協奏曲は、ブラームスのヴァイオリン協奏曲に匹敵する傑作で、雄大さと念密な筆致はブラームスの絶賛を受けた。

また、アイオア州にあるボヘミア村を訪れた感激から、後期の傑作である弦楽四重奏「アメリカ」に結実したりした。ドボルザークは、雄大なアメリカと先住民の音楽の印象から交響曲第9番を作曲して、彼の名を不朽にした。彼のアメリカ滞在で書かれた交響曲第9番「新世界より」は、それまでにないスケールの大きさと男性的な力強さが顕著な特徴になっている。カラヤン、ベルリンフィルでお聞き下さい。

第1楽章
先住民の音楽らしい第一主題が現れる。アメリカ大陸の雄大さとボヘミアへの郷愁が入り交じった曲である。

第2楽章
先住民の民謡を聞いて書いたという楽章である。アメリカ大陸に夕日が静かに落ちていくようなイメージがある。中間部がえもいわれぬように美しい。

第3楽章
先住民の踊る祝宴にインスピーレーションを得て書いた音楽である。活気のある音楽である。

第4楽章
アメリカの急速に進む文明の発達を行進曲風に書いたものだと思う。




チェロ協奏曲ロ短調♪♪

ドボルザークは、アメリカに行き、ナイアガラの滝を見た瞬間、ロ短調の曲のインスピレーションを得た。彼の作曲手帳などで明らかである。この曲は日本では「ドボコン」という名称で知られており、ドボルザークの最高傑作と言われている。ブラームスも認めている。アメリカ滞在の最中に父が亡くなり、急遽夏休みに帰国する。その頃からチェロ協奏曲は書かれ始める。アメリカに引き返したのは、音楽学校の校長の職を延期されていたからである。しかし、望郷の念はいよいよ高くなり、チェロ協奏曲の三楽章を書き終えると、予定より早めに、職を辞して故郷に帰国した。このチェロ協奏曲は、むしろドボルザークの望郷の念の強い作品になっている。


第一楽章
出だしの激しい部分はナイアガラの滝を描写している。このイメージにより書き始められた訳だが、実際は第二主題はフォルンの故国ボヘミアを思慕するような音色になっており、ボヘミア色の濃い楽章になっている。メロディーメイカーのドボルザークらしく、チェロはほとんどが歌っている。ブラームスがこの作品には感嘆したのもうなずける。チェロの作品では、ベートーヴェンのチェロソナタと双璧をなしていると思う。雄大なところは、やはりアメリカの影響だろう。

第二楽章
出だしはボヘミアへの郷愁の念で始まる。厳しい部分になり、チェロも複雑になって来ている。しばらくすると、ボヘミアへの想いを思わせる音楽になる。そして穏やかな部分に代わり静かに終わる。

第三楽章
舞曲的な主題が現れるが、スラブ舞曲的である。アメリカへ初恋の人の義姉の手紙が届き、三楽章の第二主題を書き換えたという話がある。ロマンチックな雰囲気がみられる。初恋の人を思い出すようなロマンチックな雰囲気の中で最後に高まり終了する。

ナイアガラの滝




弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」♪♪

アメリカでは、アメリカ中西部にあるアイオワ州にあるスピルブルというチェコ村を訪れた。故郷の緑の多いチェコを想わせる村で、チェコ語の学校やチェコ人の神父のいる教会があった。ドボルザークは有頂天になり、早速弦楽四重奏曲の作曲に取りかかった。僅か二週間で作品を完成した。村には黒人もおり、黒人霊歌を初めて知った。この作品は、弦楽四重奏曲では晩年の作品であるが、望郷の念の濃い素晴らしい作品である。

第一楽章
新緑のそよ風を頬に受けているような爽やかな楽章である。地味な第二主題がある。展開部に小さなフーガがある。再びそよ風の様な爽やかな音楽になって終わる。

第二楽章
沈んだ雰囲気だが、例えていえばボヘミアの冬の凹凸の少ない一面の雪景色を見てるようである。ボヘミアの冬は長いので、これが普通の情景かも知れない。最後に最初の主題が現れて終わりを告げる。

第三楽章
モルト・ヴィヴァーチェ 一転して祭りの日の賑わいを想わせる楽章である。第二主題は少しシリアスだが、すぐ陽気な第一主題に戻る。中間部も少しシリアスだが、すぐに陽気な音楽になって終わる。

第四楽章
緑の草原を走っているような爽快な楽章である。中間部にゆっくりした部分があるが、再び陽気な音楽に戻る。次第に勢いを増してフィナーレになる。



ピアノ五重奏曲第二番Op.81

ピアノ五重奏曲というと三大ピアノ五重奏曲と知られているものがある。シューベルトのピアノ五重奏曲「鱒」、シューマンのピアノ五重奏曲、そしてドボルザークのピアノ五重奏曲。ドボルザークのピアノ五重奏曲は、アレグロの一楽章とアンダンテの第二楽章がそれぞれ13分もあり、室内楽で10分を超えるのは珍しい。この二つの楽章は、シューマンや晩年のシューベルト室内楽のように非常に濃厚な内容で、聞き応えのある楽章である。ロマン主義的な傾向の強い傑作である。三楽章のスケルツォが4分、終楽章がアレグロで7分で、スラブ舞曲的な主題が中心になっており、ドボルザークの民族色が出ていて面白い。

第一楽章アレグロ
前奏の後、シューマン風の濃厚な弦楽合奏がある。その後、ヴァイオリンで美しい第二主題が演奏される。そして繰り返される。様々な主題が重なり濃厚な愛の情念が繰り広げられる。この楽章だけを聞けば、誰もがシューマンの曲の様に思うだろう。ドボルザークの場合ブラームスの影響はよく語られるが、シューマンの影響も室内楽には十分にある。

第二楽章アンダンテ
シューベルトの室内楽の緩徐楽章を連想される様な、ピアノのゆっくり歩む様なメロディーがつづく。ここだけを聞けばシューベルトの曲と思われそうだ。ドボルザークがドイツロマン派の音楽を良く研究してることが分かる。メロディーは美しく何処かで聞いたことがあるような親しみのあるメロディーがつづく。もう一度最初のゆっくり歩む様なメロディーが繰り返される。

第三楽章アレグロ
スラブ舞曲の様な楽しげな楽曲である。中間部は印象派の絵画の様なふんわりとした楽曲がつづく。再びスラブ舞曲のような楽しげな音楽が繰り返して終わる。

第四楽章アレグロ
やはりスラブ舞曲の様な音楽がよりスピードを増して繰り広げられる。せわしい中間部がある。再び最初のスラブ舞曲の様な楽曲が繰り返されて終わる。




ミサ曲ニ長調♪♪

ドボルザークの宗教曲といえば、スラーバーテル・マーテルは有名であるが、ミサニ長調も名曲である。ドボルザークの中では宗教曲は、主にこの二つしかないが、どちらもカトリックの信心の厚い名曲である。ミサニ長調は明るく、心の癒やされる美しい曲である。ロマン派のミサ曲としては、ブルックナーがよく知られている。ブルックナーの宗教曲は北方的で神秘的な特徴があるが、ドボルザークのミサ曲は、中欧的な優雅さがあり、しかもマリア信仰的な神秘性もある。

ボヘミア地方は18世紀では、ヨハン・シュターミッツの故郷であり、マンハイム楽派の音楽家の多くがボヘミア出身であった。つまり、ボヘミアは18世紀から多くの音楽家を輩出している。ある意味では、ヨーロッパの中でもボヘミアは音楽の際だった地方であった。このニ長調ミサを聞いても、18世紀のマンハイム楽派の優雅な素養を受け継いでいると思うのは筆者だけであるのだろうか。ニ長調ミサ曲は、優しく明るく、神秘的である。このミサ曲はぜひ聞いて頂きたい宗教曲である。各ミサ通常文の音楽にコメントを書いてみたい。

1.キリエ
主よ憐れみ給えと神の慈悲を乞う。優しく明るいキリエである。慈愛に富んだ美しい音楽である。バッハのロ短調ミサのキリエは烈しい懺悔の祈りになっている。

2.グローリア
神の栄光を讃える。天に昇る様な神への賛美に始まり、歌詞の変化を捉えて神秘的でゆったりした部分なる。最後に神への大合唱で終わる。

3.クレド
信仰告白。プロテスタントにも受け継がれている。聖母マリアが聖霊により身ごもるところが最も神秘的な部分になる。キリストが十字架にかかるところは激しい合唱が浴びせられる。キリストの復活の頃から明るくなる。ドボルザークは復活をフーガで表現しているようだ。全曲で最も変化に富んだ部分になる。

4.サンクトゥス
聖なるかな。繰り返して合唱で歌われる。勢いの良い合唱がつづく。

5.ベネディクトゥス
神の恩寵。天からの恵みのような穏やかな合唱で表現されている。ハイドン、モーツアルトの古典派のベネディクトゥスは、必ずソリストが美しい歌を歌い神に感謝する。最後はサンクトゥスの大合唱で終わる。

6.アニュス・デイ
平和の賛歌。だいたいゆっくりと平和の祈りを捧げることが多い。ここではソリストが平和の賛歌を歌っている。ミゼレレ・ノーヴィス(我らを憐れみ給え)で静かに終わる。

聖母被昇天




ドボルザークの交響詩

ドボルザークは、他のロマン派の作曲家と同じように祖国の民話に強い関心を抱いていた。ボヘミアの詩人エルベンの「花束」の民話的な詩集に惹かれており、その中から四作を交響詩という形で作曲した。これらの民話はボヘミアの子供ならみんな知っている話である。そのような民話にドボルザークが音楽を付けたのは、子供たちに音楽を親しんでもらおうとするドボルザークの願いであった。これらは最晩年の作であり、彼のオーケストラ巧みさとメロディーの美しさを改めて感じさせる作品になっている。

交響詩「水の妖精」♪♪

この民話的な詩(バラード)の内容は次の様になっている。

水の妖精

湖底を支配する水の妖精ありけり
月の光に照らされたる湖上のポプラの木に座りたり
明日身に着けたし長靴をつくりたり
翌朝湖の畔に住む美(ウル)はしき乙女子
母の制止ふりきり 湖に衣を洗ひに来たり

乙女子 衣に水をつけたると
足場の小橋崩れたりて
乙女子 水にはまりたり
水の妖精 乙女子を捉へ
自らの花嫁にしたりける
湖底の王なる水の妖精
その日に婚礼を祝はんや

やがて二人の間に子 生まれにけり
花嫁 子に乳を与へつつ子守唄を歌へり
花嫁 子を水の妖精に託し
ひとときの里帰りを懇願す
夕べの鐘の鳴りたるまでに
戻る約束なり
乙女子の母 家に帰りたることを喜びて
娘の湖底に帰りたるを引き留めたり

水の妖精 鐘が鳴る間際まで待ちたりしが
花嫁の戻らぬことに激怒す
水の妖精 子を抱きかかへ
乙女子の家の戸を荒々しく叩きたり
やがて異様な物音す
母と娘 戸口を開けたると
子は戸に投げつけられて
既に息絶えにけり



最初に軽快に翼で飛ぶような音楽は、水の妖精の主題である。それは大きな管弦楽に発展していく。しばらくして美しい娘の主題が出てきてロマンチックな雰囲気になる。その二つの主題が交差するような発展的な音楽がつづく。全体の2/3くらいのところで、演奏が途中で途切れて全体休止がある。その後娘の主題が演奏されるが、しばらくして突然不安な音楽になり、これが最後の結末の始まりで、娘が乳飲み子を抱いている情景から、実家へ一時帰らして欲しいと懇願して帰るが、夕べの鐘が鳴るまでに帰って来なくて、ついに悲劇の到来になる。最後、余韻を残して終わる。
ハンス・ザツカ       水の妖精



交響詩「真昼の魔女」♪♪

この曲も、エルベンの「花束」の短い民話に巧みな音楽をつけている。楽譜を見ると、物語の筋がよく分かるが、曲を聞いていてもある程度推測できる。

真昼の魔女

子育てをしつつ家事にいそしむ母ありけり
母の傍らで幼児 楽しく遊びぬ
されど母 家事にいそしむと
幼児 むずかり出し
母 初め優しく叱れども
次第に語気を強めたり

ついに 真昼の魔女を呼ぶと叱りたり
しばらく おとなしくなりたるが
またしても 泣きわめきたれば
母 幼児に厳しく叱りたり

ふと小さき茶色の魔女 現れて
幼児をさらひたると云ひて
不気味なる踊り始めたり
母 魔女に憐れみを乞ふとも
聞き入れざりき
その時正午の教会の鐘 鳴りたりて
魔女 姿を消したり

安んじた母 幼児を抱きかかへたりて失神す
夕方夫 帰宅して
母 意識取り戻す
されども幼児 既に死にたりけり

真昼の長閑な音楽が聞こえて来る。子供がむずかると、母が怒る音楽になる。音楽は静かになり、また真昼の長閑な音楽が聞こえて来るが、またもや子供がむずかるので、真昼の魔女を呼ぶと叱りつける音楽が鳴り緊張が高くなる。しばらく子供は静かになる。不安感が高まり、そこにふと小さな魔女が出現して不気味な踊りを始める。そこへ教会の鐘が鳴りつづけて、魔女は姿を消す。母親は子供を抱いたまま失神する。最後に緊張感が高まり、魔女が乱舞する音楽になり子供が死んだことが示される。




交響詩「金の紡ぎ車」♪♪

このエルベンの「花束」のバラードはメルヘン風である。

金の紡ぎ車

とある国の若き王 狩りに出(イ)でたり
森の中で家屋を見つけ水を所望せり
かの家の娘 糸を紡ぐ手を休め水を差しだしけりや
若き王 かの乙女子ドルニチカに一目惚れしたりて求婚す
やがて継母に連れられしドルニチカ 王城に向かひたり
されど継母ドルニチカを殺(アヤ)めたりて
両足を切り取りて隠したり
遺体は森に埋めたり

継母 己の子を連れて
王に娶(メアワ)せる
王 その子をドルニチカと思ひ込み
婚礼の宴を催したり
されど王 疾(ト)く戦(イクサ)に出かけ
城を留守にす

森に住む魔法使 ドルニチカの遺体見つけ
高価なる金の紡ぎ車を継母に贈り
かの代償に継母の隠したる両足を入手せり
魔法使 美(ウル)はしきドルニチカの身体を元に戻し
命の水かけて甦らせり
戦より帰りし王 妃に金の紡ぎ車にて糸を紡がせたり
金の紡ぎ車 継母らの悪事をうたひたりけり
王 急ぎて森に向かひ
美はしきドルニチカと再会し
改めてドルニチカを妃に迎へたり

音楽は森で若き王が狩りをしている場面から始まる。ホルンが狩りの角笛を表している。とある処に小屋を見つけて王が水を所望する。糸を紡いでいる娘が水を差し出す。ロマンチックな音楽になる。高い弦楽器でドルニチカの主題が演奏される。王はその娘に一目惚れをする。弦楽合奏で愛が表現される。ロマン派の風が吹いている。ドルニチカの主題になる。妖精が跳ねるような音楽がつづく。ロマンチックな弦楽合奏とロマンチックなドルニチカの主題がハープと伴に再び演奏される。

底弦の不気味な音楽が鳴り、緊張が次第に高まり、最高潮になり、ドルニチカの死を暗示する。妖精が跳ねるような音楽がつづく。王の正義の音楽が管弦楽で演奏される。しばらく間奏がつづく。ドルニチカの死を惜しむような音楽になり最高潮になる。

糸車が回るような音楽になり、フルートやピッコロがが何かを訴えるように鳴る。継母の悪事がバレる。繰り返しフルートが鳴り訴える。再びドルニチカの主題が現れる。

盛んにフルートが継母の悪事をバラす。王が城から偽の娘を追放する。甦ったドルニチカを城に迎える。パープを伴ったロマンチックな音楽が鳴り、ドルニチカの主題が現れる。ドルニチカを妃に迎えて音楽は最高潮になる。最後は喜びで舞踏するような音楽で幕を降ろす。

糸紡ぎ     ブーグロー



交響詩「野鳩」♪♪

エルベンの「花束」による「野鳩」は、冒頭の葬送行進曲を基調として、その主題の変容によって、全体が創作されている。

一 アンダンテ、葬送行進曲
墓地に向かひたる棺の後に
若くして美(ウル)はしき未亡人
むせび泣きつつ追ひたりき
されど その涙と歎声は
夫を毒殺したるを
世人に隠す演技なりけり

二 アレグロ[急に緊張的な音楽が鳴る]〜アンダンテ
男前の若者近づきて
未亡人を口説きて
未亡人 かの誘ひに乗りたる[以前の葬送行進曲風の音楽が流れる]

三 ヴィヴァーツェ〜アレグレット[急に派手な音楽が鳴る]
未亡人と若者の再婚の祝宴(スケルツォとトリオ)

四 アンダンテ[鳩が繰り返し鳴く音がして、緊張感のある音楽が次第に強くなり極点に達して婦人の自殺を暗示する]
亡き夫の墓に近き樫の木
大きなりにけりて かの梢(コズエ)に
一羽の鳩 巣をつくりたりて
悲しげな鳴き声 辺(アタ)り一帯に聞こえたり
未亡人 かの鳴き声を耳にしたる度に
自己を責めたりて
谷川に身を投げたりて
命を絶ちにけり

五 アンダンテ エピローグ
死により罪を贖(アガナ)ひたる女を
憐れみたるごとくに
鳩は優しき唄を歌ひたりけり[明るい音楽が静かに鳴るが葬送行進曲風の音楽がなり、鳩が繰り返し鳴くような音がして終了する]








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