バロック音楽の始まり(Beginning of Baroque Music)

 バロック音楽は、モンティヴェルディ(1567〜1643)のオペラから始まるといわれている。ルネサンスの多声的な教会音楽から、劇的なオペラが誕生する。そして、音楽の奏法も多声音楽から、通奏低音と合奏という動的な音楽が生まれる。いわゆる合奏協奏曲である。17世紀バロックはここではふれないことにして、バロック音楽が頂点に達した17世紀後半から18世紀前半のバロック音楽をみていくことにしよう。


コレルリ(Corelli)

 ローマで活躍したコレルリ(1653〜1713)は、後のイタリアのみならずフランス、そしてドイツ人のヘンデルにも大きな影響を与えた。コレルリは合奏協奏曲というバロック音楽の様式を確立した。コレルリの合奏協奏曲作品6は盛期バロック音楽の器楽曲の規範となった。合奏協奏曲は、ヴィヴァルディなどによってさらにヴァイオリン協奏曲に発展していく。また、コレルリは、バロックの古典的な精神を最初に音楽で表した人物であった。コレルリの音楽は、均整のとれた節度と、明るく調和のとれた美しさがある。コレルリは、古代ギリシアの古典美に憧れる文化人のサークルに入っており、古典的な精神の持ち主であった。フランスのクープランやラモーは、コレルリをまるでアポロンのように讃えて尊敬をしている。17世紀のフランスのルイ王朝こそ古代ギリシア・ローマの文芸を重んじる古典主義の中心地であった。

合奏協奏曲作品6の第一番二長調♪♪

コレルリの合奏協奏曲を聞いてまず感じることは、古代ローマの明朗な風景が目に浮かぶことである。そして、古典主義的な均整と調和、典雅な動きを感じることができる。楽章は緩急緩急の教会ソナタの形式を踏んでいる。

ダイアナとアクタイオン       ピットーニ


狩りの女神ダイアナ(額に月の印をしている)は、ニンフ達と泉で水浴して休憩をしていた。そこへ偶然狩りをしていたアクタイオンが通りかかり、ダイアナは羞恥心と怒りでアクタイオンに水を浴びせかけた。そうするとアクタイオンの頭に鹿の角が生え、胴体も鹿の姿に転身してしまう。一緒について来ていた猟犬は、何も判らず鹿に飛びかかり、アクタイオンは、かみ殺されたという。この絵では、アクタイオンは後方の背景に小さく描かれている。

ピットーニはヴェネチアの18世紀の画家である。この絵では、ダイアナと周りに取り囲むニンフの様子が、明るい光の中で描かれている。風景は神話的(古代ギリシア・ローマの)な題材であり、特にダイアナは美しく律動的なポーズを取っており、動きの中に古典主義的な優雅さをみることができる。周りのニンフ達もダイアナに呼応しており、コレルリの明朗典雅なイメージに合っている。

合奏協奏曲作品6第二番ホ長調♪♪

第一楽章は短いが゚急゚急゚という形式になっており、合奏協奏曲の一つのパターンとして、後のヘンデルやテレマンなどに受け継がれる。最後の美しいラルゴを受け継ぐように、第二楽章はアレグロになっている。第三楽章ぱ急という形式で、古典主義的な典雅な楽章である。古代ローマの時代に戻ったような雰囲気とイタリア的な明るさのある優れた曲である。

コンスタンツァとスキピオ       セバスチャンノ・リッチ


                              スキピオ(シピオーネ)の夢

                            カルタゴ討伐に ゆきたるスキピオ
                            マッシニッサ宮殿で まどろみたり
                            夢に美はしき二人の女神 現れたりけり
                            生涯の 伴侶として
                            どちらを選ぶこと 迫りたり

                            富と幸運の女神 フェルトゥーナ
                            華麗にして 風格ありけり
                            忍耐と純愛の女神 コンスタンツァ
                            清純にして 慎ましき

                            アフリカ 征服したりける 
                            亡き大スキピオ 現れて
                            肉体は 儚けれど
                            魂の永久(トワ)なるを 説きたり
                            亡き父 現れて
                            カルタゴ 征服することを命ず

                            富と幸運の女神 
                            勝敗は 吾が手にあることを説く
                            スキピオ 忍耐と純愛の女神に
                            かくより上のもの ありたるかを問ふ
                            栄枯盛衰経(ヘ)ども 愛の変はらざるを説く
                            スキピオ 清純にして慎ましき
                            コンスタンツァを 選びたりけり
                            フェルトゥーナ 怒りて
                            旋風を起こして 去りにけり

                            スキピオ 雷鳴の音に夢さめたり
                            マッシニッサ宮殿に 清純なる
                            コンスタンツァの ゐますこと知り
                            神々の祝福 受けたりしを讃へたりけり



マンフレディーニ(1684-1762)

 コレルリと同じくボローニャ派の作曲家で、合奏協奏曲で有名であった。18世紀の初頭には、コレルリやマンフレディーニの合奏協奏曲の楽譜が活況を呈していた。ロンドンにいたヘンデルが合奏協奏曲の作品6を書くきっかけをなしたと言われている。コレルリやマンフレディーニの合奏協奏曲の中にクリスマス協奏曲と言われるものがあるが、これは、実際にクリスマスイブ(ロエル)の教会のミサのBGMとして使用されたものである。マンフレディーニに
クリスマス協奏曲ハ長調♪♪がある。田園協奏曲とも言われ、クリスマスイブの時に、天使の軍勢が羊飼達に現れ、救世主の誕生を祝う場面を想定して作曲されている。牧歌的で抒情的な作品である。三楽章を通してお聞き下さい。

アモールとプシケ     ジェラール


この場面は、アモールが初めてプシケに接吻をする場面である。プシケは幾らか恥じらっているが、初々しい姿が印象的である。また、クリスマスイブは恋人達の夜でもある。


ヨハン・クリストフ・ペーズ(1664-1716)

 ミュンヘン、ボン、シュツットガルトなどで教会オルガニストや宮廷楽長、オペラの指揮者などを歴任し、ソナタやコンチェルト、組曲などを多数作曲した音楽家である。その中でも有名なのが、田園コンチェルトヘ長調でクリスマス協奏曲である。
七楽章からなり、バロックフレーテが牧歌的である。抒情的で美しい作品である。

第一楽章から第四楽章♪♪

第五楽章から第七楽章
♪♪

牧歌          ブーグロー


バロックの古典主義(Classicism of Broque)

 ここで、バロック芸術を美術史の観点からみていくことにしよう。15世紀のヨーロッパではルネサンスという大きな芸術運動が興る。ルネサンスとは、中世のキリスト教的な精神にかわり古代ギリシア・ローマの精神の復活を意味する。ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」に始まり、ミケランジェロの「ダヴィデ」、そしてラファエロの「アテネの学堂」というように、古代ギリシアの神話、彫刻、哲学がよみがえる。そして、ルネサンスを通して、優雅で調和のとれた見目麗しい古典美が芸術の主流になっていく。

優雅で調和のとれた古典的な芸術は、さらにバロックに受け継がれ発展していく。ルネサンスとバロックとはよく対照的な概念としてとらえられがちだが、確かにルネサンスの「静」とバロックの「動」は対照的だが、本質は変わることなく、古典主義は、バロックによって一層動きを伴った魅力的なものに発展していく。バロックの古典主義は、リズミカルな動きになり、そしてさらには、天上に舞い上がるような崇高な精神に高まっていく。

バロックはローマに始まる。ローマ・バロックは、ローマ・カトリック教会が布教のために描いた天上画に始まる。キリストを中心にして、優雅な天使たちや聖人が天に舞い上がっている光景は神々しいばかりだが、ローマ・カトリック教会は、古典的な優雅さを利用して神への憧れを表そうとした。このように、バロック芸術は、本質的に古典的でありギリシアの神々もキリスト教の天使もともに優雅で理想的に描かれたのである。ローマに始まったバロックは、ヨーロッパの宮廷に受け継がれていき、一層洗練されたものに発展していく。宮殿の天上画にはヴィーナスやアポロンが描かれ古典主義は時代の精神になる。このような雰囲気の中でバロック音楽が発達したことを理解すべきである。

ベルサイユ宮殿天上画

ヘンデルのハレルヤ・コーラスやアーメン・コーラス♪♪は、このような天上画に最もふさわしい。


                           愛の神殿

                         雲の上なる 神殿よ
                         愛を讃へる アモールよ
                         凡ての者は 愛をもて
                         高き世界へ 昇らんや

                         智を愛したる 哲学者
                         対話によりて 吟味して
                         事の善悪 知りたりて
                         魂浄め 天にゆく

                         美を愛したる 芸術家
                         調和求めて 創作す
                         唯一の美を 追求し
                         神の世界へ 飛翔する

                         楽の音好む ミューズの徒
                         愛の情念 弁(ワキマ)へて
                         深き楽の音 追求し
                         高き世界へ 昇らんや

                         愛し合ひたる 恋人よ
                         唯一の人 伴にして
                         愛の歓び 深まりて
                         天上界の 人となる

                         神の慈愛を 信じたる
                         心の直き 信仰者
                         慈悲受け入れる 心にて
                         天の御国(ミクニ)に 昇りたり

                         凡ての人よ 見上げかし
                         アモール祭る 神殿を
                         美の女神たる ヴィーナスも
                         アモールと伴 祭られん

                         愛なくば誰(タレ) 昇らんや
                         愛の神殿 黄金に
                         輝きたりて 人呼ばん
                         凡ての人の 憧れよ

                         愛の真実 求めかし
                         真実により 深められ
                         翼はえて 高く飛び
                         愛の神殿に ゆきたりや

                         愛の歓び 尽きずして
                         清き快楽 湧き上がり
                         神と人とが 一つなり
                         恋人達も 一つなり



ヘンデルの古典主義(Handel's Classicism)

 イタリアでおこった古典的なバロック音楽は、器楽曲ではコレルリ、歌劇ではアレッサンドロ・スカルラッティ(1660〜1725)によって確立される。17世紀から18世紀にかけて古典的なバロック様式を発展させたのはフランスの宮廷であった。フランスの宮廷では、絵画も音楽も文学も古代ギリシア・ローマの文芸を模倣した。画家ではプッサンが活躍し、古典的なバロック絵画を完成させる。音楽でもクープラン(1668〜1733)やラモー(1683〜1748)が現れ古典的なオペラや器楽曲がつくられる。しかし、クープランやラモーの音楽は、イタリアやドイツの音楽に比べると、ひらめきが少なく形式的でマンネリズムに陥っている。

真にバロックの古典主義を音楽で完成したのはドイツ人のヘンデル(1685〜1759)であった。ヘンデルはドイツに生まれるが、若いころから音楽の先進国であるイタリアに旅行している。そして、古典的なバロック音楽を身につけて、イタリア風のオペラを作曲して成功を収めている。ドイツを一歩も出なかったバッハとは対照的である。当時のヨーロッパでは、音楽といえばオペラか教会音楽をさしていた。ヘンデルはオペラの作曲家として出発する。イギリスの宮廷に招かれてオペラの劇活動を進めていく。彼のオペラは、古代ギリシア・ローマの神話や話を題材にしたものがほとんどであった。残念ながら現在我々は、ヘンデルのオペラを聞く機会はほとんどない。最近少しずつレコーディングされてはいるが。オペラは、日本人からみると言葉が違う点で敬遠されがちである。また、オペラは当時の流行音楽であり、流行に流されやすい面だけ軽薄な作品も少なくない。しかし、ヘンデルの数多くのオペラの中には真の傑作があるはずである。メサイアのような傑作があるはずである。晩年、ヘンデルは聖書に題材をとったオラトリオに転向するが、その最高傑作がメサイアである。


メサイア

 ヘンデルは、メサイア(Handel's Messiah)によりその名を不朽にした。モーツアルトやベートーヴェンの時代には、バロック音楽は過去の時代の音楽で全く顧みられることはなかった。しかし、メサイアだけは例外であった。モーツアルトはヘンデルのメサイアを古典派風の音楽に改作した。ベートーヴェンはメサイアについて「真実がある」という言葉を残している。ベートーヴェンのこの言葉は意味深長である。ベートーヴェンの第九とメサイアはヨーロッパ人の心にずっと伝えられてきた。そして、いまでは全世界の人々に。メサイアがキリストの伝記をあつかったことも人気が出た一つであるが、その音楽のすばらしさはいうまでもない。メサイアの合唱やアリアは極めて美しく、音楽の劇的な構成もすばらしい。

これから、メサイアの音楽の風景を見ていこう。メサイアはキリスト教音楽ではあるが、パレストリーナやバッハのような中世に回帰するような音楽ではない。ローマ・バロックのキリスト教なのである。バロック芸術は、ローマ・バロックに始まると前述したが、ローマ・カトリック教会は、ルネサンスから受け継いだ優雅な古典美を利用して、キリストやマリア、そして天使、諸聖人を描き布教の手段としていった。ここに、中世の禁欲的なキリスト教から優雅で美しいキリスト教に変貌する。このようなローマ・バロックのキリスト教を完璧に音楽化したのがヘンデルのメサイアである。メサイアのアリアはイタリア的で洗練された美しさを感じさせる。バッハのドイツ的なアリアと対照的である。合唱もローマ・バロックの聖堂の天上画を見上げるような恍惚とした美しさがある。メサイアは全体において、彼のオペラと同様に古典的なバロック趣味を感じさせる。

一例をあげれば、No.12の合唱「ひとりのみどり児吾らのために生まれ給ふ」♪♪は、17世紀フランスの画家プッサンの「羊飼いの礼拝」(図1)を想わせる。天使が舞っている下で、幼な子キリストを博士や羊飼いが祝福している絵は、ルネサンスからバロックにかけて繰り返し描かれている。たぶんヘンデルもそのような絵を思い浮かべながらこの合唱の筆を走らせたのかもしれない。この合唱にはキリストの誕生の喜びとともに、それを祝福している天使の羽ばたきがヴァイオリンの高い合奏で表現されている。まさに、この合唱はバロックのキリスト教絵画を見事に表現している。

羊飼いの礼拝    プッサン


さらに、アリアは古典主義的であり、ギリシア神話的な愛の物語を想わせるようである。たぶん、メサイアの中でも最も美しい第一部末のNo.18のソプラノのアリア「主は羊飼の如く」から第二部の初めのNo.21のアルトのアリア「彼の人蔑まれて」♪♪にかけての音楽は、まるでギリシア神話の物語を聞いているようである。ヘンデルの晩年のオラトリオによくみられる哀調を帯びている。プッサンの「オルフェオとエウリディーチェ」は、愛するエウリディーチェに毒蛇が忍び寄る場面を描いており、これからの物語を暗示している。

オルフェオとエウリディーチェ(部分)  プッサン



メサイアの演奏(Performance of Messiah)

 メサイアの演奏にはかつてから優れたものが多いが、大きく分けて従来のオーケストラと合唱の演奏と、古楽器と聖歌隊を使った演奏に分けられると思う。私は最も優れた演奏としてカール・リヒターの演奏(1972)をあげたい。リヒターといえばバッハの権威として知られているが、ヘンデルの音楽にもかなり力を入れている。バッハのマタイ受難曲にしてもヘンデルのメサイアにしてもリヒターの劇的な表現には天才的なものを感じる。ジャンルは違うがカラヤンもまた劇的な表現という意味で天才的な才能をもった指揮者だが、カラヤンが劇的で艶やかな演奏をするのに対して、リヒターは劇的で精神的な演奏をしている。私が学生のころ、1960年代から1970年代に、耳にした話であるが、ドイツでは、音楽界がカラヤン派とリヒター派に分かれているというのを聞いたことがある。確かにこの二人はドイツを代表する天才指揮者であることに間違いはない。それゆえか、二人の演奏は現在ほとんどCD化されている。

 ところでメサイアの話に戻るが、リヒターは、バッハとは異なった古典的なヘンデルの音楽の特徴をよく理解して演奏している。合唱もアリアも極めて美しく洗練されている。しかし何よりも、リヒターのメサイアは、生き生きしていて古くささを感じさせない。そして、リヒターがバッハにとったのと同じ深い精神性でメサイアをとらえている。それは、神を音楽の中に見いだそうとする態度であろうか。ガーディナーの古楽器と合唱団を使った雅やかな演奏(1982)があるが、軽く流れてしまってわき上がるような感動がない。やはり、リヒターのメサイアは永遠だと思う。最近では、ブリリアントのヘンデル全集に含まれているメサイアの演奏が特に優れている。キングスカレッジ少年聖歌隊とオリジナル楽器を率いた演奏をライヴ録音(1994)したもので、英国のメサイアの伝統的な柔和な趣があり理想的な作品になっている。


ヘンデルのオペラ(Handel's Opera)

 ヘンデルのオペラが古楽器グループによって、オリジナルに忠実な形で、時々レコーディングされるようになり、好ましい現象だと思う。ヘンデルは、元々オペラに情熱を傾けた作曲家であった。そして、イタリアのバロックオペラを完成させた人物でもある。

ここで、ウィリアム・クリスティ指揮の「エイシスとガラテア」(Handel's Acis and Galatea) 1998 を取り上げて、ヘンデルのオペラの風景を述べてみたい。このオペラは、いわゆる正歌劇ではなく、セレナータとして、小規模な編成で1718年作曲された。台本はオヴィディウスの「転身物語」を原典にして、英語で書かれている。この牧歌劇は、人気を呼び繰り返し上演され、ヘンデルは何度か改訂して、スコアを完成している。

この牧歌劇は、イタリア風の明朗で優雅なバロック様式を質の高い音楽で完成させている。明朗で優雅といえばモーツアルトの古典派のオペラを連想するが、モーツアルトのオペラは生き生きしていて天真爛漫である。それに対し、ヘンデルのバロックオペラは、古典主義的な調和と均衡によりコントロールされ、落ち着きと気品を保っている。バロックオペラは基本的には古典主義的なのである。

                       

フローラ             ティエポロ
                                            


ティエポロの「フローラ」を見ると、バロック絵画の特徴がよく分かる。まず、背景に古代を想わせる建物があることである。バロック芸術が、あくまでも、古代ギリシア・ローマの文芸を尊重するからである。そして、人物の姿や動きに調和と均衡が保たれていることである。車に座ったフローラの前に、踊っている女性がいるが、律動的なポーズであるが、よく見ると優雅にリズムを取っている。動きの中に、優雅さと均衡を求めたのがバロック芸術であった。ヘンデルの「エイシスとガラテア」では、動的な優雅さが見事に表現され、バロックの傑作の牧歌劇になっている。序曲とその後の律動的で明朗なコーラス♪♪は、そのようなオペラの性格を見事に捉えている。


歌劇「リナルド」(Handel's Rinaldo)

          リナルドとアルミーダ             ブーシェ

 ヘンデルは、イタリアで本格的なオペラ修行をする。ヴェネチアで発表した「アグリッピーナ」が大成功をおさめ、一躍、時代の寵児になる。ロンドンでは、今風のイタリアオペラを望む声が強く、ロンドンの有識者の白羽の矢が当たったのがヘンデルであった。ヘンデルは、ロンドンの女王劇場の招きに応じて、本格的な、イタリアオペラを書くことになる。このオペラが成功するかは、ヘンデルのロンドンでの地位に関わることであり、ヘンデルは全身全霊を注いで「リナルド」を書くことになり、二時間を超える正歌劇を僅か二週間で書き上げ、ヘンデルをして、「現代のオルフェウス」と人々にいわしめるのである。このオペラは、15回初演公開を達成し、大成功を収め、ヘンデルのロンドンの地位は確固としたものになる。後の「メサイア」を除けば、ヘンデルのオペラで大成功を収めた代表的なオペラである。
それだけ、音楽史上有名なオペラであったが、ホッグウッドがオリジナル楽器を使用して、全曲を完璧に、初めてレコーディングしたのは遅きに失した感があるが、このような優れたバロックオペラが当時のスタイルで再現されるのは実に喜ばしいことと思う。


台本は、中世の十字軍の物語であるが、台本作家はイタリア人のジャコモ・ロッシで、イタリアオペラ風に実に巧みに書かれている。まず、筋書きが、英雄リナルドが愛人アルミナーレを魔女(アルミーダ)から救い出し、異教徒に占領されていたエルサレムを解放するという物語で、わくわくすようなスリリングに満ちており、これが、ドイツ語で書かれていたら、後のワーグナーが台本にしてもおかしくないような、愛と英雄主義的な物語である。また、舞台装置の凝り方は、当時の先端のイタリアオペラの贅が尽くされている。稲妻の音と光には花火が使用された。魔女が乗ってくるドラゴンは煙と火を噴き観衆を驚かした。また、リナルドとアルミナーレの愛の場面には、小鳥がさえずり、実際に舞台に多くの小鳥が放たれた。このようにして、耳と目で楽しめるオペラが当時のイタリアオペラであった。

また、特筆すべきことは、台本のセリフに出てくる神々の名が、全て古代ギリシャ・ローマの神々であるいうことである。中世の騎士道物語だからキリスト教的な神や聖女が出てきそうだが、ここが18世紀の古典主義を反映して、舞台の神殿も古代ギリシャ・ローマ風であり、神々も全てギリシャ神話的なのである。筋書きは、中世に置いていても、趣味は純然たるバロックスタイルである。従って、ヘンデルがつけた音楽も全て古典的なバロックスタイルであることは云うまでもない。
序曲♪♪も明朗典雅な、いかにもヘンデルらしい自由闊達な音楽で、これから神話的な世界へ誘うようなすばらしい音楽である。間にギリシャ神殿を想わせるような,ドーリア調の荘重な音楽がある。この序曲だけをとってもヘンデルを代表する器楽曲だと思う。アリアも生き生きしていて明快で典雅である。歌詞に即して感情の表現が巧みで、現代人でも飽きることなく聞くことができる。


リナルドとアルミナーレは婚約している。無事,遠征が成功したら、二人は晴れて結婚が許される。二人は、泉や並木道や大きな鳥かごの有る庭園にやってくる。鳥かごの中では、小鳥たちが楽しそうに飛び交い歌っている。そこで、アルミナーレはさえずる小鳥たちやそよ風に 歌ひたる小鳥たちよ♪♪を歌い喜びを表す。このオペラの中でも特に美しいアリアである。

「バッコスとアリアンナ」はこのような幸せな二人を想わせる最良のバロック絵画である。バッコスは、愛するアリアンナに婚約指環を送ろうとしている。美しい少女が聖火をもって二人を祝福している。


「バッコスとアリアンナ」  セバスチャンノ・リッチ


ハープ協奏曲変ロ長調(Handel's Harp Concerto)

 ヘンデルの器楽曲は、オペラやオラトリオの谷間に咲いた花という感じだが、ほとんどが珠玉の名作である。むしろ器楽曲にヘンデルの古典的な才能がよく現れている。その最高傑作はハープ協奏曲変ロ長調である。この作品こそヘンデルの古典主義の最高峰であり、その典雅さは古代ギリシア彫刻に近づいている。そしてメロディーから感じられるほのかなロマンチシズムは、ギリシア神話の愛の物語を連想させる。そこで、カプアのアフロディーテを例にあげてこの音楽との関連性を考えてみよう。


カプアのアフロディーテ


美の女神であるアフロディーテは、手を上に掲げている。これは何を意味しているのだろうか。古代ギリシアの哲学者プラトンは、美を愛し追求することは、魂がかつて住んでいた天上界に回帰することであると述べている。このアフロディーテは、美を愛することは、魂を天上界に引き上げることだと暗示しているようである。真実な美と愛は、人間を神の世界に誘うものであるとも言えるであろう。このような考え方は、ルネサンスやバロックの古典主義者により盛んに論じられている。このアフロディーテはこのような見方の象徴でもあると考えられる。  さて、ヘンデルのハープ協奏曲変ロ長調第三楽章♪♪のわき上がるような響きは、まるでペガサスが天高く舞い上がるようなイメージを感じさせる。高く高く飛翔していくイメージは、魂がかつて住んでいた天上界に回帰していくような印象を与える。ヘンデルのハープ協奏曲こそは、プラトニズムの勝利を表しているのである。プラトンの美学はこの協奏曲により完全に音楽で表現されたといっていいだろう。このようにハープ協奏曲は、プラトニズムに始まる古典的な美学を完全に表している。


ハープ協奏曲変ロ長調第一楽章♪♪

 ハープ協奏曲変ロ長調の楽章が前後しますが第一楽章にも言及してみたいと思います。この第一楽章は大変有名でテレビのBGMでもよく流されることが多いように記憶しております。流されることがありますが、大概は大変目出度い時に流されることが多いように思います。例えて言いますと、畏れ多いことですが、ご皇室のご出産を祝う音楽に使用されてるいることが御座いました。これは一例ですが、曲のイメージが明るくしかも高いイメージを持った曲であるからだからだと考えています。第三楽章がヨーロッパの古典中の古典である古代ギリシア彫刻に喩えることが出来るのも、そのような曲のイメージから由来するのではないかと思っています。

筆者の音楽体験から言っても、この曲はクラシック音楽の歴史の中でも、とりわけ格調が高く、深い精神と清らかなイメージを持ち、他に比類なき曲であると考えています。ですからキリスト教の宗教音楽と同じように一種の宗教的なイメージをも彷彿とさせる曲であると感じています。ここで、この楽章のイメージに沿うような絵画と詩を挙げてみました。これは筆者の独断と偏見なので、果たして適切な選択と言えるかどうかは疑問ですが、雰囲気でも感じて頂ければ幸いです。

「いがらし ゆみこ」のこのイラストは、とくに清らかで深い純粋さを感じさせ、古代ギリシアの神々や聖母マリア、天使のイメージさえ連想させる絵画であると考えています。筆者もいろいろな絵画をみて参りましたが、これほど清純で美しい絵画をみたこがありません。そのような意味でこのイラストを選んでみました。ご理解頂けると有難いと考えております。


ジョージー       ©いがらし ゆみこ


                              花嫁

                            花かざしたる 乙女子よ
                            花もはじらう 美(ウル)はしき
                            華燭の典に 流れたる
                            祝福すべき 楽の音よ

                            深きまなこは 湖の
                            砂に舞ふごと 燦(キラ)めきて
                            深き想ひは 紺碧の
                            空の如くに 清らなり

                            華やかなりき 舞台にも
                            月の如くに 奥ゆかし
                            清楚なりける プロフィール
                            初恋のごと 初々(ウイウイ)し

                            聖母の如く 慎ましく
                            天使の如く しとやかに
                            ニンフの如く ふくよかに
                            アモールのごと 愛らしき

                            年端(トシハ)もゆかぬ 乙女子よ
                            社交界にて 現れて
                            人も羨む 貴公子に
                            一目惚れにて 口説かれぬ

                            余りに早き 引退に
                            世間は大ひに 驚きぬ
                            されども誰も 妨げず
                            悪しき噂の ひとつなし

                            その余りにも 純真に
                            誰もが打たれ 息をのみ
                            天のみ使ひの 永遠(トコシエ)の
                            活きたる姿 みたりけり



ヘンデルハープ協奏曲変ロ長調第二楽章

 第二楽章にも言及したてみたいとおもいます。この曲も過去にテレビのBGMで使用されたのを聞いたことがあります。平家物語の第一巻の「清盛と祇王、仏御前の白拍子」の悲恋の物語のBGMでした。余りにも雰囲気が合っていたので今でも記憶に残っています。また、グルックの歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」の台本の、冒頭のエウリディーチェを毒蛇で失った、オルフェオのアリアの歌詞なども、ハープ協奏曲の第二楽章を連想させると思ってきました。ここで、何を引用するかについてはかなり迷いましたが、「いがらし ゆみこ」の「ジョージィとアーサー」引用することにしました。「いがらし ゆみこ」のこのイラストも、以前からハープ協奏曲のイメージによく似合うと思っていました。多分これほど似合う絵画は他には少ないと思います。第二楽章から第三楽章♪♪をつづけてお送りします。

「ジョージィとアーサー」  ©いがらし ゆみこ


                             ジョージィとアーサー

                            兄弟アベルと アーサー
                            オーストラリアの 森で 
                            木の下敷きに なりたる
                            女性 みつけたり
                            息 絶え絶えに
                            政治犯の夫 捜さん為
                            英国から 来たること
                            告げたりて 逝きたり
                            残された 幼子(オサナゴ)を連れて 
                            兄弟 帰りたりけり

                            兄弟と伴に ジョージィ
                            すくすくと 育ちたり
                            明るきこと アモールの如く
                            想ふ姿は 天使の如し
                            翡翠(ヒスイ)の如き 緑のまなこ
                            さながら 湖に舞ふ砂の如く
                            み使ひの如き 純真なる瞳 
                            あたかも 夜空の星の如き
                            ジョージィの 英国の貴族の子と
                            誰が 知るらん
                            次第に アベルとアーサー
                            ジョージィを 恋したりけり

                            ある日 ジョージィに関して
                            争ふ兄弟 みたりける 
                            継母(ママハハ) かねてより耐へかねて
                            ジョージィを 流刑囚の子となじりて
                            出生 知らせ叱責せり
                            ジョージィ ショックを受けたれば
                            家を飛び出し 思ひつめ
                            河に 身を投げたりき
                            母の言葉 聞きたるアーサー
                            追ひかけて
                            河に飛び込み ようやく救ひたり
                            冷たくなりし ジョージィを
                            己が身体(カラダ)で 温め
                            息 吹き返したりけり

                            ジョージィ 祝賀会で出逢ひし
                            英国の貴族ロエルを 慕ひて 
                            手紙置き 故郷を去りにけり
                            ジョージィ 髪を切り
                            少年の姿の 出で立ちにて
                            船に乗り 英国を目指さんや
                            アーサー 追いかけて
                            船出したばかりの船に 乗らんとして
                            海に飛び込み 泳ぎたるが
                            追いつくこと あたはざるなり

                            行方も知らぬ 英国の
                            ロエル慕ひて 船出せん
                            なにも当てなき 出生の
                            母を訪ねて 三千里

                            貴女(アナタ)を想ふ 情熱は
                            誰にもまして 深きかな
                            君に逢ふため 飛び込みて
                            二人きりにて ゆきたしや

                            瞳閉じれば こなたにて
                            天使の如き ジョージィよ
                            昨日(キノウ)の如き 姿して
                            笑顔のままに 佇みぬ

                            たとへ命に かゆるとも
                            君のゆく先 つきとめて
                            誰より強く 抱きしめて
                            君に凡(スベ)てを 捧げんや

                            世を導かん 天主様
                            心の清き ジョージィの
                            安らかなるを 守りませ
                            ふたりを伴に 逢はせませ

                            アーサーもアベルも
                            ジョージィ 追ひかけて
                            英国に ゆかんとす
                            アーサー 港に着くと
                            少年愛の貴族に 捕らえられ
                            愛奴にされたり
                            ジョージィを想う心 尋常にあらず
                            肉体関係を 強制され
                            何度も逃亡を図りたるが 失敗し
                            麻薬づけに されたり
                            港に 着きたるアベル
                            アーサー 見かけたり
                            されども 行方(ユクエ)知らざりき

                            ジョージィ 憂える 
                            美少年ロエルと 再会す
                            ロエル 深くジョージィを愛して
                            婚約と身分を 捨て
                            ロンドンより 馬車にて逃亡す
                            胸患ひしロエル 悪化して
                            ジョージィの 胸の中で 
                            ゆきにけりたり

                            ジョージィ アベルと再会す
                            捕らへられたるアーサーの
                            行方(ユクエ)つきとめたり
                            アベル 貴族の館に侵入して
                            命懸けにて アーサーを救へり
                            されどもアーサー 麻薬に意識曇り
                            テムズ河に 落ちたりて
                            浮かび 上がらじや
                            かのとき アベル
                            貴族に 捕まり
                            処刑されんとす
                            ジョージィ 知り合ひに願ひて
                            策 練れども 
                            時 及ばざりき
                            遂に アベル銃殺されにけり
                            ジョージィの悲嘆 
                            想像を 絶すべし
                            アーサーとアベルをも 失ひて
                            生きる気力 失ひたり
                            ベッドから 立ち上がることもあたはざりけり

                            ある日 ジョージィ体調の変化に
                            妊娠したることに 気づきたり
                            アベルとの間に 
                            出来たる子なりしを 悟りたり
                            ジョージィ 初めて起きあがること可なり
                            たちどころに オーストラリアへの郷愁湧けり
                            今は故(ナ)き 船乗りアベル 
                            ジョージィの為に
                            船を 設計したりき
                            アベルの親友 船を造り
                            レディージョージィ号と 名づけたり
                            レディージョージィ号 大きく帆をふくらませ
                            ジョージィとリトルアベル 連れて
                            海を 渡りけり

                            頭上にみえる 天の川
                            高き希望の 星々よ
                            夜を照らさん 光明よ
                            愛を讃へん 煌めきよ

                            海の星の 聖母様
                            心の港の 御母(オンハハ)よ
                            みなしご助く シスターよ
                            迷える者の 姉君よ

                            苦しむ者を 助くため
                            古(イニシエ)よりも 現れて
                            涙流して あはれみて
                            奇跡をなして 救はんや

                            無力な母子(ボシ)の 身の上に
                            幸ひなりき 道のりを
                            善き人々の 愛の手を
                            道行く先に 与へませ

                            懐かしき故郷に 戻り
                            ミモザの木にて
                            義母の墓 参らんとするとき
                            リトルアベル 「お父さん」と呼びて
                            走りたりけり
                            リトルアベル 肖像画で父を知りたり
                            視よ! アーサー
                            リトルアベル 抱(イダ)きて
                            佇みぬ
                            ジョージィ 夢幻(ユメマボロシ)をみたるごとし
                            アーサーの声 聞き
                            正気に 戻り
                            駆けつけて 
                            アーサーの胸に 飛び込みぬ
                            アーサー 幻みたりと思ひけり
                            ジョージィも 夢みたりと思ひけり
                            アーサー テムズ河で客船に奇跡的に救はれ
                            そのまま オーストラリアへ運ばれぬ

                            アーサーの声 
                            ジョージィの耳に 
                            懐かしき 歌の如し
                            アーサーの笑顔のみが
                            目の前に 揺れたりけり
                            この懐かしき 古里で
                            この陽光の中
                            再び 幼き日の思ひ出を
                            繰り返すこと 出来るなば・・・
                            アーサーとリトルアベルと 皆のときを

                            アーサーと リトルアベルと 連れだちて
                            幸ひなる日 永遠(トワ)につづかん

                            清らなる 瞳持ちたる ジョージィよ 
                            汝の心 天が酬ひん

                            明るけど 余りに深き 心かな
                            天使の心 隠すあたはず

その他の協奏曲

 ヘンデルの作品には全部で16曲のオルガン協奏曲があるが、そのほとんどが傑作で、古典的なバロック趣味をよく表している。これらのオルガン協奏曲は、教会ではなくオペラやオラトリオの演奏される幕間に、劇場でヘンデル自身の手で演奏された。したがって、これらのオルガン協奏曲は教会音楽でない。バッハのオルガン曲とは対照的である。オルガンという荘重な響きを借りてヘンデルは、古代の神話的な世界に遊んでいるのである。それは、古代ローマの詩人オヴィディウスの転身物語を詠んでいるようである。もう一つ、ヘンデルの器楽曲の中で重要なのが、作品6の合奏協奏曲と、「アレクサンダーの饗宴」といわれる合奏協奏曲である。これらの合奏協奏曲は、明らかにコレルリの合奏協奏曲を意識している。したがって、古典的な均整のとれた落ち着いた雰囲気を感じさせる。しかし、ヘンデルは、コレルリの古典性をさらに絵画に近いまでに高めている。「アレクサンダーの饗宴」や作品6の1番や6番、10番などの傑作を聞いていると、古代を題材にしたバロック絵画を見ているようで、ヘンデルの古典的な世界が見えてくる。


合奏協奏曲「アレキサンダーの饗宴」

 ヘンデルの器楽曲で忘れてならないのが合奏協奏曲である。作品3と6があるが、作品6はヘンデルの代表的な器楽曲と見なされている。ヘンデルの合奏協奏曲は、イタリアのコレルリの合奏協奏曲にならったものである。コレルリは18世紀バロックの器楽曲の原点となった音楽家である。コレルリの器楽曲は古典主義の影響が強く、古代ギリシア・ローマの調和と均衡の精神に則っている。また、当時盛んであった古代の神話的な絵画の世界との関連性も強い。プッサンは17世紀のフランスの画家であるが、古典主義絵画の完成者である。古代ギリシア・ローマの神話に題材を置き、格調の高い作品を残している。

ヘンデルは、晩年になりオラトリオの公演に力を注いだ。「アレクサンダーの饗宴」もその一つである。その幕間の音楽として、彼自身の演奏によるオルガン協奏曲が演奏され大変な話題を呼んでいた。オラトリオ「アレクサンダーの饗宴」では、オルガン協奏曲と合奏協奏曲が演奏された。その時の合奏協奏曲を「アレキサンダーの饗宴」と呼んでいる。合奏協奏曲「アレキサンダーの饗宴」
♪♪は話題を呼び作品6の12曲の合奏協奏曲をつくるきっかけとなったと言われている。ヘンデルの合奏協奏曲の作風は、コレルリにならい、古典主義的な色調が濃厚である。緩急緩急の楽章をとり、荘重なドーリア調と典雅なイオニア調の舞曲が交互に現れて、古代の神々が甦ったような印象を受ける。ヘンデルの世界は、限りなくプッサン絵画に近い。バロックというスタイルがそれを可能にしたのである。

合奏協奏曲「アレキサンダーの饗宴」は、急緩急緩の4楽章形式になっている。緊迫した第1楽章、荘重な第2楽章、再び緊迫した第3楽章、そして典雅に舞う第4楽章という構成になっている。荘重な緊迫感と典雅な舞曲が見事な対になり、奥行きの深い世界を表現している。また、ヘンデルの表現は、見事なバロックスタイルとなっており、プッサンの緊迫した古典主義絵画をイメージさせている。

プッサンの「花神フローラの園」は、この曲の最終楽章の典雅な舞曲に最も相応しい絵画である。オヴィディウスの「行事歴」に「微風にゆれ、湧き出る泉浴び、水ふりまきつるフローラ」と花神フローラの園を詠んでいる。花神フローラは、軽い足取りで優雅に舞いながら、生命の水をふりまいている。園には、自らの顔(カンバセ)に恋したナルキッソスや、恋によりヒヤシンスに変身したヒュアキントスなどが配置され、天にはアポロンがペガサスの馬車を走らせせている。

花神フローラの園    プッサン



演奏しているパイヤール室内管弦楽団は、ヘンデルの合奏協奏曲の精神を把握した理想的な演奏である。1973年のレコーディングであるがCDに復刻しもらえないだろうか。このように理想的なレコードではあるが、現在は入手不可能である。



パイヤール室内管弦楽団について(Orchestre Jean Francois Paillard)

 ヘンデルの合奏協奏曲は、有名だけあっていくつかの演奏がある。パイヤール、イ・ムジチ、カール・リヒター、カラヤンまでが全曲録音している。そのなかでひときわ優れているのがパイヤールの演奏である。パイヤール室内管弦楽団を指揮しているジャン・フランソワ・パイヤールは、指揮者であると同時にフランス古典音楽の研究者でもある。パイヤールは、古典音楽の性格を知り尽くしてこの合奏協奏曲を指揮している。ゆったりしたテンポで、抑制のきいた均衡のとれた演奏に努めている。それでいて歌うところは充分歌い、弦楽合奏でまるで古代神話の絵画を描くように演奏している。パイヤール室内管弦楽団は、1960年代から1970年代にかけて、バロックから古典派のレコードをたくさん出している。そのどれも優れたものが多く、イムジチとならんでバロックアンサンブルの代表と見なされてきた。特に、ヘンデルの合奏協奏曲は他に追従を許さない名演である。古典主義を知り抜いた楽団の演奏だからである。


合奏協奏曲作品3

 ヘンデルの合奏協奏曲には、作品6と作品3との合奏曲がある。作品6の合奏曲は弦楽合奏のみで、緻密なバロックスタイルの壮麗な絵画を描いている。それに対し、作品3の合奏曲は弦楽合奏にオーボエ、フルートといった管楽器を用いて、多彩にして自由闊達な世界を表している。両者ともに、古代ギリシア・ローマの荘重にして典雅なる世界を描いており、古代の神霊の神韻をふんでいる。

作品3の合奏曲は、管楽器を含み楽章の時間も短く、ヘンデルの合奏協奏曲の世界を分かりやすく描いており、作品6の合奏曲より遙かにくつろいだ雰囲気で書かれている。
合奏協奏曲ヘ長調作品3の4♪♪は、ヘンデルのスタイルをよく感じされる傑作である。第1楽章は最も長く序曲の構成をとっており、荘重なドーリア調で始まり、軽快なイオニア調に転じて緩急緩急緩のフランス風の格調高い楽曲に倣っている。第2楽章はオーボエが入り古代の調べにより接近している。最後に第3楽章に導く序奏の形を示して終了する。この終了形はヘンデルの好んだもので古代へ誘う雰囲気を与え、コレルリの有名な合奏協奏曲に由来している。第4楽章は闊達なアレグロの楽章である。最後の楽章は、「アレキサンダーの饗宴」と同じように典雅なメヌエットで締めくくっている。ほとんどプッサンの神話的な絵画に匹敵するものである。また、古典主義の模範となった古代ローマの桂冠詩人ホラティウスの「カルミーナ」(歌)の神韻と軌を一にしている。

ホラティウスの「カルミーナ」(歌)の第一巻の第十五章は、ホメロスに出てくるトロイア戦争のきっかけになったパリスのヘレナ略奪を詠んでる。トロイアの王子パリスは、アカイア(ギリシア)の客としてもてなされるが、そのもてなしに背くように、アカイアの王女ヘレナの美しさに魅惑されて、ヘレナを奪い去ってトロイアに舞い戻ってしまった。ホラティウスは、海の神ネーレウスの預言を借りて、パリスの傲慢と奢侈を非難している。これは一般的に古代の共通した見解であり、また古代の復活と帰依をもたらしたルネサンスからバロックの思潮においても大旨同様であった。この題材は度々文学や絵画の主題に用いられている。

                     ネーレウスの預言    ホラティウス

                    アカイアを 背き
                    かの牧童(パリス) 海原(ウナバラ)越へ
                    ヘレネ 奪ひ去りしとき
                    ネーレウス(海の神) 嵐もて
                    トロイアの定め 告げ給ひぬ

                    汝 不埒(フラチ)の下(モト)
                    連れ帰る 女こそ
                    アカイアの あまたの兵
                    取り戻さんとす 女なり
                    おお如何に 理不尽な死を
                    トロイアに もたらさんや
                    アテナイ 兜(カブト)と槍を
                    既に 備へんとす

                    ウェヌスを 恃(タノ)み
                    傲り 高ぶる者に
                    琴の調べを 合はせんとし
                    奢侈(シャシ)に 溺れ
                    臥所(フシド)に ありて
                    重き槍を 避けんとす
                    されど 既に遅し
                    その髪 泥にまみれん

                    戦(イクサ)にたけ 馬を御す
                    ステネロス 迫らんとす
                    勇ある チューデウスの子
                    汝を 探し求めん

                    狼を見たる 子鹿のごとく
                    草をも忘れ 逃れんや
                    ヘレネに 約せりは
                    斯(カ)くの 如きか
                    落城の日 延ばさんとすれど
                    アカイアの 攻略
                    トロイアの家 燃やし去らんと



合奏協奏曲作品6

合奏協奏曲作品6は、オルガン協奏曲と同じく、晩年のオラトリオの幕間の音楽として作曲された。この頃、コレルリ、トレルリ、マンフレディーニ、ロカテルリ等の合奏協奏曲の楽譜がよく売れていたのに刺激され、約一月で12曲の合奏協奏曲集の大作を作曲した。イタリアのコレルリなどの合奏協奏曲に比較すると長大であり複雑でもあり、高度な演奏技術を要する。実際にヘンデルの合奏協奏曲作品6の演奏を聞くと、駄作が多く、コレギウム・アウレウムかカール・リヒターのしかまともに聞くことが出来なかった。

内容は、オルガン協奏曲と同じく、古代ギリシア・ローマの神話的な世界を描いている。しかも、かなり自由闊達で曲の本質を捉えることが難しい。しかし、ヘンデルが、合奏協奏曲の大曲を最後に書いたことは確かである。形式は、コレルリ風の緩急緩急の教会ソナタの形式によっているが、ヘンデルはかなり自由闊達に作曲している。長大で複雑な合奏協奏曲を僅か一月で書いているので、即興的なインスピレーションによっているとしか思えない。

ここでは
第一番ト長調♪♪ を取り上げます。12曲の中では傑作で、古代の世界に想いを馳せているのがよく判る。演奏はコレギウム・アウレウムである。伸びやかで明朗典雅な演奏である。形式はコレルリ風の緩急緩急急である。

芸術と文学      ブーグロー


                              アフロディーテ讃歌  サッフォー(古代ギリシアの女流詩人)

                            愛(ハ)しけやし きらめく高み座(クラ)に
                            永遠(トコシエ)に まします神アフロディーテ
                            ゼウスの子 巧みな織り手
                            御前にて 願ひまつるは
                            おゝよその 世の憂きこと
                            
                            悩み事 もてゆきたれば
                            我が胸を 挫(クジ)き給はで
                            いざここに 神(カン)降(くだ)りませ
                            あはれなり かの遠き昔に
                            遙かより 我が祈(ノ)る声を
                            知るべして 聴きとめ給ひ
                            父のみの 父の御神の
                            真黄金(マコガネ)の 宮出でたたせ
                            我がもとに 来ませしがこと

                            御車の  たづなとらせて
                            翼とく(早く) 美はしき
                            ペガサスの 黒き地へ
                            御神(オンカミ)を 伴ひませし
                            渦をまく 羽音をさせて
                            高き空  さ中を分けて
                            久方の 天(アメ)より下り
                            たまゆらに(しばらく) 地に降りゐぬ

                            御神(オンカミ)は いとも畏(カシコシ)し
                            永遠(トコシエ)の 不死の面(オモ)わに
                            笑みまけて  問はせ給ひぬ
                            そも我の 何をか悩み
                            如何なれば  また
                            御神を 招(ヨ)びおこせしと

                            たは何を くるおしき我が
                            玉の緒(魂)に 全(ナベ)てを措(オ)きて
                            訴へて 願ひ求むると
                            「誰をかも 語らひて(誰とも打ち解けて)
                            馴れなれし 汝(ナ)の恋心
                            そは誰ぞ 契らむと逸(ハヤ)るは 
                            サッフォーよ 汝(ナ)を悩めしは」
                            「よしや今 汝を避くるとも
                            やがてこそ 追ひもて来なめ
                            賜物(タマモノ)を 今受けずとも
                            彼方より 送りおこさむ
                            よしや今 汝を恋ひずとも
                            いつしかは 憧れ寄せむ
                            その己(オノ)が 心ともなく(気づかぬ内に)」

                            来ませよや こたびもまた
                            いと辛き もの想ひより
                            吾(ワ)を救ひ 守り給ひぬ
                            はた我の 懐(オモ)ひとげんと
                            我が胸に くがるるものを(切望するものを)
                            手づからに 叶へ給ひね
                            御神よ 我が楯ともならせ給ひね



オルガン協奏曲(Hadel's Organ Concerto)

 ヘンデルのオルガン協奏曲は、古典的なバロックスタイルを完璧に表現しており、17世紀のフランスの画家プッサンの世界と等しいものがあり、音楽史上第一級の作品群である。ヘンデルは、晩年ロンドンのコヴェントガーデンで、オラトリオを上演する幕間に、ヘンデル自身の演奏するオルガン協奏曲を添えた。ところが、このヘンデルのオルガンの演奏が話題になり、ヘンデルの演奏を見るために多くの聴衆が押し掛けるいう様子であった。ヘンデルの演奏の素晴らしさは、様々な逸話に残っているが、その自由闊達な演奏と完壁な技術は人々の称賛の的であった。

ヘンデルは、劇場のオルガンの神秘的な音色で、教会のバッハとは全く違った世界を顕わしている。それは古代ギリシャ・ローマの神話的な世界を見事に顕わしているのである。オルガンの荘重な音色でドーリア調の神殿風な景色を、オルガンの輝かしい音色でイオニア調の典雅な舞というように。この作品は、コレルリの影響が濃厚で、緩急緩急という楽章の構成が多い。緩やかな荘重なドーリア調と、踊るような典雅なイオニア調が交互に重なり、神話的な世界は風景だけではなく、荘重で明朗典雅な、時に陽気に舞う古代ギリシャ・ローマの神々の響きを顕現させている。古代ギリシャ・ローマの神霊の響きを伝えているのである。それは、古代ローマの桂冠詩人ホラチウスの「歌章」(カルミーナ)の典雅な響きと共通したものがあると思う。



オルガン協奏曲第5番作品4の5♪♪

の第1楽章の牧歌的な響きを聞いていると、このような古代ギリシャの牧人の風景が思い浮かんでくる。三者の姿勢はプッサンらしい均整のとれたポーズである。前面に女神が立っているのが古典主義らしい絵画である。第2楽章は、一転してニンフが舞うような明朗典雅な、いかにもヘンデルの得意な自由闊達な音楽である。どこか、天に舞って行くような軽やかさがある。神秘的なオルガンの音色は、古代ギリシャの典雅な神霊の響きを顕現している。

アルカディアの牧人         プッサン
           



ホラチウスの「歌章」
(Horatius's Carmina)

ホラチウスは、古代ローマの詩人、ヴェルギリウス、オヴィディウスと並ぶ後の古典主義の模範となった詩人である。特に、「歌章」(カルミーナ)は有名で、ホラチウスは古代ギリシャの抒情詩の響きとラテン詩の融合を図り、音韻がこよなく美しく、古来から翻訳不可能と云われたほどの霊感に満ちた詩集である。その中から邦訳であるが一編の詩を紹介しておこう。


                     琴に寄す(前23年以前の作か)

                     小蔭にて 楽しみし
                     つれづれなる 歌よ
                     幾とせも 生きんとせば
                     いざ詠まん ラテンの歌を

                     初め レスボスの民の 
                     歌ひし 琴よ
                     その民 勇敢にして
                     剣戟(ケンゲキ)の 間(マ)に
                     はた波に 打たれし船を
                     岸に 引きて後
                     斯くのごとく 歌ひき

                     酒の神 バッコスを
                     アポロンとミューズを
                     アフロディーテとアモールを
                     更に黒髪美しき リュコスをば・・・

                     おおアポロンの 誉れにて
                     いと高き ゼウスの
                     歓びなる 琴よ
                     煩ひを 和[ヤワラ]らぐる琴よ
                     汝を 呼ばはん時は
                     吾らの祈りを 聞き給へ


オルガン協奏曲第8番作品7の2♪♪

緩急緩急のコレルリの合奏協奏曲を想わせる格調の高いオルガン協奏曲である。オルガンの神秘的な音色は古代ギリシア・ローマの神霊の響きを伝えている。古代ギリシア・ローマの典雅な神々は、ヘンデルのオルガン協奏曲の中に生きている。それは、そのままホラチウスのカルミーナの神韻と軌を一にしている。ここではカルミーナの第三巻の第4章のミューズ賛歌を引用しておこう。

                    天より下り
                    清き笛もて
                    奏で給ひし
                    ミューズの君よ
                    美はしき声もて
                    アポロンの
                    竪琴にのせ
                    歌ひ給はん

                    聞こえざらんや
                    美はしき妙なる
                    楽の音は今
                    そよ風と伴
                    清き社(ヤシロ)に
                    ひびき渡らん

                    幼きころに
                    遊びたはむれ
                    眠りしときも
                    蛇と熊との
                    恐れから身を
                    守り給ひき

                    彼のカエサルが
                    帰りしときに
                    御身(オンミ)らこそは
                    戦(イクサ)の疲れ
                    美はしき声もて
                    憩はせ給ふ

                    御身らの山
                    ヘリコンの地で
                    ペガサスの踏みし
                    跡より出ずる
                    ヒポクレネスの
                    泉なるこそ
                    永遠(トワ)に詩人の
                    霊泉ならん


                              三人のミューズ       ル・シュール

             


オーボエ協奏曲

ヘンデルは少なくも三曲のオーボエ協奏曲を書いている。史実が正しければ、イタリアへ修業遍歴の旅に出る前のハンブルク時代のヘンデルの作品で、18歳のころに書かれたものとされている。これらはヘンデルが既にイタリアへ向かう前の修業時代からバロック的な古典主義の感性を養っていたことの証明になる。オルガン協奏曲やハープ協奏曲は晩年の作品であるが、それと軌を一にして、古代ギリシア・ローマの神々を連想する作品を青年時代に書いていたことは、彼が早くからハンブルグへ出てイタリアのバロックスタイルをよく研究していたということになる。J.S.バッハの青年時代の傑作である「トッカータとフーガニ短調」と何と世界観の相違していことだろうか!前者はヨーロッパのヘレニズム(ギリシア・ローマ世界)の傑作であり、後者はヘブライズム(ユダヤ・キリスト教世界)の傑作である。時代の流れはヘンデルに有利にみえる。バロックスタイルは当時のヨーロッパを制覇したスタイルだったからである。

既にヘンデルは、このオーボエ協奏曲でイタリアのコレルリなどによる教会ソナタ様式つまり緩急緩急という形式で曲を書いており、バロックの古典主義をよく押さえている。フランスのクープランも、ドイツのテレマンもほとんどこのスタイルに沿っており、ヘンデルもまたこのスタイルに沿っている。時代の空気だったスタイルである。急緩急というスタイルは、オペラの序曲(シンフォニア)のスタイルであり、それが器楽のスタイルに応用されるのは、後の古典派に依らなければならない。ヴィヴァルディやJ.S.バッハが使用した急緩急というスタイルはまだまだ特別なスタイルであり、由緒正しいスタイルは緩急緩急という教会ソナタ風のスタイルであった。

オーボエ協奏曲第一番♪♪
緩急緩急というコレルリ風のスタイルをとる古典主義的な風景を想わせる協奏曲である。オーボエは古代ギリシア・ローマの風景を想わせるかのように調和と均衡を保っている。ギリシア・ローマ風の神殿や神々の彫刻が見えてきそうな明朗典雅な協奏曲である。

ヴィーナスとアドニス           ウォーターハウス



                              ヴィーナスの恋

                            言い寄りたりし あまたあり(ヴィーナスに)
                            受け身の愛に ありたりや
                            自ら恋す 初めての
                            憧れたりし アドニスよ

                            少年のごと 甘き顔
                            純真なりや まなざしの
                            何故か愁ひを 秘めたりや
                            年甲斐なくも 惚れたりや(ヴィーナスが)

                            母なく育つ アドニスよ
                            愛に飢ゑたる アドニスよ
                            優しき愛で 抱(イダ)かれば
                            乳房を愛し 甘えんや

                            年頃なれば 求めたる
                            愛の行為に 導きて
                            二人伴にて 極まりて
                            愛の歓び 酔ひたりし

                            永遠(トワ)の人とも 想ひたり
                            愛の宴は つづかんや
                            雲のしとねに 伴にあり
                            天の祝福 彩(イロド)らん

                            冥府の女神 メルセポネ
                            冥府によびて アドニスを
                            己のものに なさんとす
                            嫉妬に狂ひ 謀(ハカ)りたり

                            狩りを勧めん アドニスに(ペルセポネが)
                            ヴィーナス止めて 諭せども
                            狩りに夢中に なりたりや
                            されども罠に はまりたり

                            アレス(元ヴィーナスの愛人)猪に 変身し
                            アドニス襲ひ 倒したり
                            血を流したる アドニスを
                            介抱すれど 甲斐なしや

                            ヴィーナス歎き 悲しみて
                            アドニスの血に ネクター(神酒)を
                            注ぎにけりや 涙して
                            永遠の恋人 失へり

                            視よ!血の跡に アネモネの
                            紅き花にぞ 咲きにける
                            人々語る アネモネを
                            アドニスの花と 呼びたりや



オーボエ協奏曲第二番♪♪
やはり緩急緩急というコレルリ風の楽章により、古典主義的な風景を予感させる。円い柱のある神殿や宮殿、古代ローマ風の神々や服装等々である。

バッコスとアリアドネ          ナトワール


                              「愛の技」より  オヴィディウス

                            クレタ島の ミノス王の娘アリアドネ
                            愛するテセウスに 捨てられぬ
                            されど 酒の神バッコスに救はれぬ
                            
                            バッコス 虎の引きたる
                            戦車乗り 現れんとす

                            突如として 浜辺に
                            タンバリン 鳴りたり
                            乱舞した 女の手によりて
                            シンバル 打ち鳴らされたり
                            
                            バッコス 曰はく
                            我は誠なる 恋人なり
                            女(アリアドネ)よ 恐れ捨てよかし
                            汝 バッコスの妻に選ばれたりけり
                            
                            天は 婚姻の贈り物なり
                            夜空にて  
                            汝 星として
                            輝きつづけん
                            クレタの王冠(アリアドネ)よ 夜(ヨ)の船に
                            道を 指し示さん
                            
                            バッコス 戦車より 
                            飛び降りたりて
                            神の足跡 砂に留めたり
                            力の失せた アリアドネを
                            頑強なる胸に 抱きかかへ
                            無敵なる バッコス
                            アリアドネを 天高く連れ去りき


水上の音楽(Handel's Water Music)

 ヘンデルの作品の中で最もポピュラーな作品は「水上の音楽」である。この作品は、ヘンデルが国王の船遊びのときに演奏したと伝えられている。そのようないきさつから、娯楽音楽のように見なされているが、内容的には古典的な風景をもつ優れた作品である。作品は三つの組曲からなっている。組曲という形式は、フランスで発達したもので、舞曲集からなっている。フランスの舞曲は、現在まで聞かれているものはほとんどない。しかし、ヘンデルやバッハの組曲は、歴史の流れに耐えて現在でもよく聞かれている。なぜならば、ヘンデルやバッハの組曲が音楽的に優れているからである。とくに、ヘンデルの水上の音楽は、フランス風の古典的な舞曲の様式をよく伝えている。フランス風の古典的な序曲に始まり、典雅な舞曲が繰り広げられていく。この曲を聞いていると、その他のヘンデルの器楽曲と同じように、古典的なバロックの絵画が見えてくる。決して単なる娯楽音楽ではない。



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