ハイドン(J.Haydn)

 ハイドン(1732〜1809)は、交響曲の父といわれ晩年の交響曲がベートーヴェンの交響曲に影響を与えた程度にしか評価されていない。しかし、モーツアルトを恋愛詩人とよぶならば、ハイドンは古典派的な自然詩人とよぶことができる。彼の評価はほとんど後期の交響曲、「天地創造」「四季」などに集中しているが、若いころから並々ならむ才能を示している。ハイドンは、20代の修業時代にある娘に恋をするが、その娘は修道院に入ってしまう。それを契機に彼は勤めていた礼拝堂のためにオルガン協奏曲をつくる。オルガン協奏曲ハ長調♪♪(Haydn's Organ concerto No.1 in C Major)である。この曲は、ハイドンの才能を感じさせる傑作である。何よりも五月の新緑を想わせるような爽やかさと、メロディーの美しさに詩情を感じさせる。自然詩人ハイドンの誕生である。晩年のトランペット協奏曲(Haydn's Trunpet Concerto)よりも、瑞々しい感性に溢れている。

                                                                       ブージヴァルの庭          モリゾ

                                


モリゾは、先輩マネの弟ウジェールと結婚した。小説や絵画を制作するウジェールは、モリゾの最大の理解者であった。そして二人は最愛の一人娘ジュリーにも恵まれた。三人はパリ郊外のブージヴァルに居を移した。庭と眺めの美しい家であった。この絵には、初夏の緑と庭の花が明るい色彩で描かれている。筆致は幸福で心が躍っているようである。初夏の光景をかくも明るく幸福に描いた絵画があるだろうか。ハイドンのオルガン協奏曲ハ長調も緑なす初夏の爽やかさを詩情豊かに描いている。


   
                       夢みたものは・・・         「優しき歌」より  立原道造

                         夢見たものは ひとつの幸福

                         ねがったものは ひとつの愛

                         山なみのあちらにも しづかな村がある

                         明るい日曜日の 青い空がある



                         日傘をさした 田舎の娘らが

                         着かざって 唄をうたってゐる

                         大きな丸い輪をかいて

                         田舎の娘らが 踊りをおどってゐる



                         告げて うたってゐるのは

                         青い翼の一羽の小鳥

                         低い枝で うたってゐる



                         夢見たものは ひとつの幸福

                         ねがったものは ひとつの愛

                         それらすべてここに ある と



ハイドンは、やがて定職を得てエステルハージー侯に仕えることになる。その初期のころにかかれたヴァイオリン協奏曲ハ長調(Haydn's Vaiorin Concerto in C Major)も、爽やかさと優雅な詩情を感じさせる傑作である。
また、交響曲でも初期の、「朝」「昼」「晩」(Symphony No.6" Morning" No.7" Afternoon" No.8" Evening")といわれる三部作も後期の交響曲にはない爽やかさがある。この爽やかさこそ、ハイドンの自然詩人といわれるゆえんである。古典派は自然の発見から始まるが、まさにハイドンは古典派の申し子であった。


ヴァイオリン協奏曲ハ長調♪♪

 オルガン協奏曲ハ長調と並ぶハイドンの初期の傑作の協奏曲である。ハイドンはエステルハージー侯の宮廷の副楽長に就任した時、イタリア人のヴァイオリン奏者の才能を見抜き、ヴァイオリン協奏曲を書くことを思いついた。イタリア的な明快さと抒情性を持った素晴らしい協奏曲である。ハイドン初期の抒情性を感じさせる若々しい作品である。演奏はオリジナル楽器の楽団コレギウム・アウレウムによるもので、当時の雅やかなスタイル余すところなく表している。

乙女とラエルト          モリゾ


モリゾの後年の作品であるが、新婚のころの若々しさ、踊るような絵筆は変わっていない。モリゾはマネの弟子にあたり、ルノアールやモネなどと伴に印象派を代表する女流画家である。モリゾの独身時代は、姉のエドマをモデルにして愁いのある表情もみられたが、マネの弟のウジェールと結婚し娘ジュリーを生んだころから筆致は喜びで踊るような生き生きしさを示し、夫が亡くなり追うようにして三年後に亡くなるまで、明るい筆致は変わることはなかった。その背景には、一人娘のジュリーの存在があった。モリゾは、娘を繰り返しモデルにして書いている。亡くなるまでジュリーの姿を筆にしていた。西洋絵画でもこのように明るく若々しい、しかも翳りのない絵を描いた画家は珍しいと思う。

モリゾの晩年の作品である。モデルはジュリーであり、乙女に成長した愛娘(マナムスメ)を、愛情を込めて書いている。柔かい色彩、自由な筆致などの特徴はパリの郊外のブージヴァルのころと変わっていない。彼女の作品の若々しさを証明している。

ハイドンも明快で翳りのない健全さという点では、西洋音楽史でもまれな存在だと思う。モリゾの翳りのない抒情的な筆致に共通点を見いだすことは困難ではないと思う。


                           画家の娘

                         開け放たれた 雅(ミヤ)びの間
                         ソファに佇む 乙女子よ
                         古代のニンフ みゆるごと
                         薫(カオ)るが如き 美はしき

                         絵描(エカキ)の母の 愛娘(マナムスメ)
                         父の膝の上(エ)で 遊びし娘(コ)よ
                         二人の愛の 結晶よ
                         なくてはならぬ 生き甲斐よ

                         授かりたりし み使ひよ
                         金髪美(ウル)はし 乙女子よ
                         透けるがごとき 白き肌
                         天使のごとき 顔(カンバセ)よ

                         明るき笑顔 こぼれ落ち
                         愛の水受け すくすくと
                         魅力的なる 身体(カラダ)して
                         春の季節を 迎えんや

                         母の絵筆 踊るごと
                         喜び溢れ 翳りなく
                         幼きころより 幾たびも
                         絵画のモデル なりにけり

                         父亡き後も 母と伴
                         母の生き甲斐に なりにけり
                         絵と音楽を たしなみて
                         可憐なること 限りなし

                         母亡き後も 健やかに
                         画家の子息と 交際し
                         従姉妹と伴に 幸ひに
                         華燭の典を 挙げたりや

                         神に好かれし 乙女子よ
                         汝の姿の 愛らしき
                         踊る絵筆に 描かれて
                         永遠(トワ)の命を 得たりけり


リラ協奏曲第五番ト長調♪♪

 本来はリラとは、古代ギリシアの手持ちの竪琴を指す言葉であるが、18世紀ではオルガンの音に似た小型の楽器のことで、簡単に奏けるところに人気があったらしい。残念ながら現存しない。ハイドンが仕えたエステルハージー侯の嗜(タシナ)みの楽器であり、1786年に集中して作曲されている。交響曲で言えばパリ交響曲時代で、ハイドンの最も油の乗りきった頃の作品である。第五番まであるが、どれもが傑作であり時々演奏されることもあるようだ。

フランス・ブリュッヘンは、リラの代わりにバロックフレーテを用いて、リラ協奏曲をオリジナル楽器により見事に甦えらしている。小規模であるが、如何にもイタリア的な抒情性の美しい曲である。1995年のザイルツブルク音楽祭でライヴ録音されたものである。

「秋」       フランソワ・ブーシェ



フランソワ・ブーシェの「秋
は、ニンフが収穫した葡萄を手に持っている。裸体画に近い絵画であるが、ニンフの可憐さはむしろ清純と言ってもよいほど純化されおり、愛の妖精そのものである。ハイドンのリラ協奏曲もロココスタイルの可憐な曲であり、雰囲気に共通したものがありそうである。

                              愛の化身

                            バッコスに仕ふ 乙女らよ
                            アテネの森の ニンフらよ
                            葡萄豊かに 実りてぞ
                            ワインの季節 なりにける

                            バッコス帰る 時を待ち
                            一日千秋 待ち侘びて
                            ワインに酔ひて 戯れて
                            二人ふれあひ 時過ごす

                            二人みつめて 手を取りて
                            瞼(マブタ)にそっと 接吻す
                            優しき人の まなざしに
                            永遠(トワ)の愛をぞ 感じたる

                            赤き唇 重ねてや
                            甘き味はひ 深くして
                            優しき人の 熱きこと
                            身体(カラダ)の融ける 心地する

                            胸と胸とを 重ねてや
                            葡萄の房と 球(タマ)揺れて
                            優しき人の 甘へれば
                            深く愛しき 想ひする

                            うなじより背に 手を伸べて
                            優しき愛撫 したりなば
                            心癒やされ 清きこと
                            翼生えたる 心地する

                            綿のごとくに 柔らかき
                            腕と腕とを 交はすれば
                            肩から肘に 流れ落つ
                            甘き歓び 走りたり

                            腿(モモ)から膝へ 交(カ)はすれば
                            乙女のみ足の 美はしき
                            ヴィーナスライン 果てしなき
                            愛の歓び 生まれんや

                            優しき人の 待ち侘びて
                            愛の天使に なりにけり
                            翼広げる 妖精に
                            愛の化身に なりにけり


リラ協奏曲第四番ト長調♪♪

 シンプルな協奏曲であるが、抒情的でメロディーの美しい曲である。ハイドンらしい晴朗で爽やかな曲である。「リラ」という楽器は現存しておらず、音のよく似たオルガンで代用されている。全曲をお聞き下さい。オルガンの音をまろやかにするために、少しエコーをかけて録音しています。

ヴィーナスとアドニス     ティツィアーノ


                              ヴィーナスの恋

                            言い寄りたりし あまたあり(ヴィーナスに)
                            受け身の愛に ありたりや
                            自ら恋す 初めての
                            憧れたりし アドニスよ

                            少年のごと 甘き顔
                            純真なりや まなざしの
                            何故か愁ひを 秘めたりや
                            年甲斐なくも 惚れたりや(ヴィーナスが)

                            母なく育つ アドニスよ
                            愛に飢ゑたる アドニスよ
                            優しき愛で 抱(イダ)ければ
                            乳房を愛し 甘えんや

                            年頃なれば 求めたる
                            愛の行為に 導きて
                            二人伴にて 極まりて
                            愛の歓び 酔ひたりし

                            永遠(トワ)の人とも 想ひたり
                            愛の宴は つづかんや
                            雲のしとねに 伴にあり
                            天の祝福 彩(イロド)らん

                            冥府の女神 メルセポネ
                            冥府によびて アドニスを
                            己のものに なさんとす
                            嫉妬に狂ひ 謀(ハカ)りたり

                            狩りを勧めん アドニスに(ペルセポネが)
                            ヴィーナス止めて 諭せども
                            狩りに夢中に なりたりや
                            されども罠に はまりたり

                            アレス(元ヴィーナスの愛人)猪に 変身し
                            アドニス襲ひ 倒したり
                            血を流したる アドニスを
                            介抱すれど 甲斐なしや

                            ヴィーナス歎き 悲しみて
                            アドニスの血に ネクター(神酒)を
                            注ぎにけりや 涙して
                            永遠の恋人 失へり

                            視よ!血の跡に アネモネの
                            紅き花にぞ 咲きにける
                            人々語る アネモネを
                            アドニスの花と 呼びたりや


フルート協奏曲ニ長調♪♪

この曲はハイドンのフルート協奏曲として流布しているが、正確にはブライトコップ社の楽譜に1771年に、J.ハイドンと記載されていたが、その後同社の1781年にレオポルト・ホフマンのフルート協奏曲に記載されており、決定的な判断は成されていない。ホフマンはウィーンでハイドンと二分していた音楽家であった。ハイドンで言えば交響曲40番台の中期にあたり、抒情的なイタリア古典派的な特色を備えている。第二楽章のアダージョが特に美しく、傑作の協奏曲に入ると思う。

ユピテルとカリスト    ブーシェ


                              ユピテルとカリスト

                            月の女神に 仕へたる
                            魅惑的なる カリストよ
                            狩りの女神に 従ひて
                            山野に伴に 出でにけり

                            果実のごとく 熟したり
                            赤き唇 蜜のごと
                            豊かなバスト はみ出して
                            柔らかき腕 綿のごと

                            天(アメ)より眺む ユピテルの
                            恋心をぞ ひきたるや
                            女神の姿に 変身し(ユピテルが)
                            カリストのもと 近づかん

                            女神近づき 抱きしめん
                            唇奪ひ 愛撫せん
                            身体(カラダ)とろけて 朧なり(カリストが)
                            姿ユピテルに 戻りけり

                            手練手管に 酔ひしれて
                            ユピテル神を 受け入れん
                            夢見るごとく 時めひて
                            女の歓び 極まれり

                            度々通ひ 愛したり(ユピテルが)
                            カリストもまた 夢中なり
                            二人の愛の 結晶も
                            アルカスとして 命名す

                            ユピテルの妻 嫉妬して
                            カリストをして 熊にせん
                            アルカス育ちて 熊に遭ふ
                            母と知らずして 刺さんとす

                            ユピテル知りて 魔法解き
                            カリストと子に 宮殿を
                            授け給ひて 愛したり
                            二人みまかり 惜しみてぞ
                            星座に永遠(トワ)に 留(トド)めんや



トランペット協奏曲♪♪

ハイドンの最も有名な協奏曲である。晩年の作品だが抒情的で、これを聞いただけでもハイドンが好きになるような曲である。学生時代から、よく聞いている曲だが、今聞くとまた物思いに耽ってしまうような名曲である。

セーラ・ヒルの聖夜             ©萩尾望都


「秋の旅」 萩尾望都

かの家は小さき池のほとりに建ちにけり。はっきり覚えてゐたり。
母は細やかで、よく小言を言ひにけり。手の汚れ、食事の作法等々。
兄弟の姿みえねば、いとよく通る高き声で呼びにけり。
父は大きなる人で、母と夕暮れに寄り添いて池のほとりをよく歩きたり。
かのころ吾は幾つなりや、六つか、もっと小さけりや。

馬車使い:のんな!通り道だ。モリッツ・クライン?クライン先生か!何処から?一人でかね?
ヨハン:ええ!メーテリンクから
馬車使い:ほう・・・!遠くだねえ。先生に会いに?あんた、あの先生の弟子になんの?
ヨハン:違いますよ。ただ、本を読んだんです。クライン先生の出した・・・。それから先生に一目でも会うことが夢だったんです。

・・・僕の家・・・

馬車使い:そら、この道を上がった処さ、すぐ分かるよ。
ヨハン:どうもありがとう

・・・モリッツ・クライン先生、とうとうやって来た・・・

モリッツ・クライン:おや・・・誰だね?
ヨハン:あ・・・あの・・・リストのコンソレーションですね。
モリッツ・クライン:ああ・・・ルイーゼかね、ルイーゼなら離れだよ。回っていけば庭から入れる。あの子のピアノはお遊びだ。
モリッツ・クライン:内気な子だな・・・

ルイーゼ:あら・・・こんにちは、だれ?
ヨハン:君ルイーゼ?
ルイーゼ:何かご用?
ヨハン:べつに・・・・・・コンソレーションをひいてるね。
ルイーゼ:こないだから練習に入ったのに、上手くいかないわ
ヨハン:僕は去年だったかな、習ったんだ。こうひくんだよ。
ルイーゼ:あなた、何しに来たの?
ヨハン:クライン先生に会いに。
ルイーゼ:パパに会いに!?
ルイーゼ:あ!パパ!
クライン:お前のボーイフレンドの話は帰ってから聞くよ。
ヨハン:いいよ、ルイーゼ!
ヨハン:ぼ僕は単なる平均的な一読者で・・・ただ一度先生に会うために来たんで・・・もう用は済んだから・・・

ルイーゼ:あーママ、パパの読者よ。
ママ:乗馬ならすぐ戻るわ。お入りなさい。
ルイーゼ:そうよ、もう少しいれば・・・
ママ:ルイーゼ任せるわ、二階のシーツを縫わなければ・・・
ママ:おない年らしいし、お話が合うでしょう?

ルイーゼ:何年?中学5年よ。
ヨハン:同じだね・・・バラがよく咲いてるね。ルイーゼ、君のお父さんて、作家として素晴らしい人だ。
ルイーゼ:それパパの前で言わなけりゃだめよ。
ヨハン:クライン先生の前じゃこんなにしゃべれないよ。
ルイーゼ:内気なの、ええと・・・名前は?
ヨハン:アントン・・・
ルイーゼ:ウソツキさん、スカーフのイニシャルはJじゃない!このバックも・・・ヨハ・・・

―ヨハンはすぐバックを取り戻そうとするが、中身がこぼれてしまう―

ルイーゼ:ごめんなさい・・・わたし・・・
ヨハン:いいんだ、僕こそ
ルイーゼ:あら、写真ね、ご家族の方?これあなたね、これ・・・わたしのパパ?
ルイーゼ:じゃあなたは、ヨハン・シェスター、パパの・・・・・・
ヨハン:出て行かなくていいよ・・・僕は帰るから、もう用は済んだんだ。
ルイーゼ:待って帰らないで!パパに会いに来たんでしょう?お願い・・・
ヨハン:ルイーゼ泣くことはないよ。
ルイーゼ:・・・許してね、あなたがわたしだったら・・・たえられないわ
ヨハン:泣くことないってば・・・その方がつらいよ

―ヨハン庭を出る―

クライン:お前のボーイフレンドはどうしたんだ、ルイーゼ
ルイーゼ:パパ・・・パパ・・・パパ

―クライン馬に乗って追いかける―

―追いついたら、ヨハンは汽車に乗っている―

クライン:ヨハン!
ヨハン:ありがとう・・・ありがとう

かの家は小さき澄んだ池のほとりにありけり
兄弟は、かの家で生まれ幼年時代を過ごしたり
父と母と季節ごとの花と
父は大きなる人で、いつも肩車ねだりしたりけり・・・・・・


交響曲第四番、第五番

 
ハイドンが最高傑作の一つであるオルガン協奏曲ハ長調を作曲したのは、24歳の時であり作曲技術は既に熟していた。このことはモーツアルトがシンフォニアを六歳の頃から書き始めたのと状況が違うことを念頭に入れて置かなければならない。交響曲第四番、第五番が作曲されたのは、ハイドンがエステルバージー侯の副学長に29歳(1761)就任したころの前後あると言われている。楽章によるとイタリア的な抒情性の美しい曲があり、ハイドンの若かりし時代の特徴を示している。ここでは、順番は前後しますが、交響曲第五番の第一楽章と第四番の終楽章♪♪をつづけてお送りします。次の第六番の「朝」はハイドンの交響曲の傑作の一つと言ってよいほどの作品である。

秋の調べ    高畠華宵


高畠華宵は、大正時代から昭和に活躍した画家兼イラストレイターで、竹久夢二とほぼ同時代に少女雑誌や様々のイラストを手がけ、大変な人気を博した。和洋折衷であるが夢二よりより西洋風で、垢抜けたスタイルは現代人がみても遜色がないほどであり、時代を超えた魅力をたたえている。このイラストは「少女画報」(昭和6年)の付録に載せられた絵画である。



                               バルコニ      島崎藤村

                            別れゆく 人を惜しむと 今宵(コヨイ)より
                              遠き夢路に 吾や惑はん    

                            妹
                            遠き別れに 耐へかねて
                            このバルコニに 上るかな
                            悲しむなかれ 吾が姉よ
                            旅の衣を 整へよ

                            姉
                            別れと言へば 昔より
                            この人の世の 常なるを
                            流るる水を 眺むれば
                            ゆめ恥ずかしき 涙かな

                            妹
                            慕へる人の 本にゆく
                            君の上こそ 楽しけれ
                            秋山超えて 君ゆかば
                            何を光(頼り)の 吾が身ぞや

                            姉
                            あゝ花鳥の 色につけ
                            音(ネ)につけ吾を 想へかし
                            今日別れては いつかまた
                            逢ひみるまでの 命かも(逢えるまでの命がもつだろうか)

                            妹
                            君がさやけき 目の色も
                            君紅の くちびるも
                            君がみどりの 黒髪も
                            またいつか見ん この別れ

                            姉
                            なれ(お前)が優しき 慰めも
                            なれが楽しき 歌声も
                            なれが心の 琴の音も
                            またいつ聞かん この別れ

                            妹
                            君のゆくべき 山川は
                            おつる涙に 見えわかず
                            袖のしぐれの 冬の日に
                            君に贈らん 花もがな(ぜひとも花を・・・)

                            姉
                            袖におほへる うるはしき
                            なが(お前の)顔(カンバセ)を あげよかし
                            なが紅の 顔(カンバセ)に
                            流るる涙 吾はぬぐはん



交響曲第六番「朝」

 ハイドンがエステルハージー侯に副楽長として仕えた1761年に、初期交響曲の傑作「朝」が作曲された。ハイドン29歳の時である。すでに初期の頃からハイドンの交響曲の筆は成熟していた。これから第104番まで作風は変わりつつも、純粋な古典派交響曲を書きつづけたハイドンの力量は相当なものがあったと考えてよいだろう。ハイドンの交響曲の全曲版では、ドラティーの優れたレコードがある。弦楽合奏が生き生きと聞こえ、どの交響曲でも魅力的で楽しむことが出来る。最近では、オーストリア・ハンガリー・ハイドンオーケストラの全曲版が発売された。ハイドン愛好家が集まり、ハイドンが勤めたエステルハージー侯のロココスタイルの館で、ハイドンの作品をオリジナル楽器で演奏している。指揮者はアダム・フィッシャーで、交響曲の全曲版は1987年から2001年にかけてレコーディングされたものである。ハイドンのスペシャリストの演奏といってよいだろう。

ドラティーの演奏に比較してアダム・フィッシャー版は、オリジナル楽器を使用して当時の宮廷音楽の雰囲気をよく感じさせる。しかも、当時のロココスタイルの華やかさが伝わってくる。ドラティのハイドンは弦楽合奏が濃厚で全ての作品を分かりやすく楽しむことが出来る。、アダム・フィッシャー版では、メヌエットなどは舞踏音楽であることが実感できる。オリジナル楽器の演奏を聞くことが出来る。

第1楽章♪♪
ゆっくり日が昇って来るような出だしである。緑に包まれた庭園と森が目に浮かんでくるようである。牧歌的で天国的な音楽である。オリジナル楽器のフルートが花を添えている。

ヴェルサイユ宮殿「四季の泉」


第2楽章♪♪
春霞のような抒情的な出だしである。地味にならずオリジナル楽器のストリングが美しい。ゆったりとした舞曲になる。ロココスタイルのシンフォニーコンサルタント(協奏交響曲)を聞いているようで雅やかである。楽器がよく歌っている。

ポンパドゥール夫人    フランソワ・ブーシェ


第3楽章♪♪
メヌエットの楽章である。歌うようなメヌエットで心が時めくような楽章である。中間部のトリオもよく工夫されている。詩情のある楽章である。

音楽のレッスン                ランクレ


第4楽章♪♪
オペラの序曲風のロココスタイルのアレグロである。やはりフルートが花を添えている。短調になるが悲壮感はなく蔭りを感じさせる。生き生きとした華のある演奏である。

フランス一座の恋             ワトー


ワトーのロココスタイルの絵画である。ロココスタイルは、17世紀イタリア古典主義に対して現れた18世紀のフランスのスタイルで、自然に人間を解放した。緑の中で人間が自然に描かれている。ハイドンを聞いてまず感じるのは緑の自然である。ハイドンの音楽は、すべてを風景画のように描いている。人間も緑の自然の中でくつろいでいる。

ハイドンの交響曲の40番台

 さらに、交響曲の40番台の疾風怒濤時代では、森の嵐のような風景を、ベートーヴェンのような激しさではなく、あくまでも宮廷音楽家らしい優雅さと詩情でくるんで表現している。嵐も詩人の手にかかると優雅に聞こえてくるのだろうか。

アモールへの祈願 フラゴナール


ハイドンの交響曲の40番台には
交響曲第44番「悲しみ」♪♪や49番「ラ・パッシオーネ」などの短調の作品があり異彩を放っている。そこで、40番台のハイドンの交響曲を疾風怒濤の時代と呼んだりする。

しかし、ハイドンの短調の交響曲には、憂いはあまり感じられない。喜怒哀楽を超えた深い情感を示している。このような意味で、ハイドンはCPEバッハの世界に接近していると思う。モーツアルトの短調がメランコリーを表しているのと対照的であると思う。ハイドンの自然派詩人の腕は嵐さえも雅びの世界に包み込んでいる。当時の感情をあらわにしない啓蒙思想にハイドンの方が忠実であると思う。

フラゴナールはルイ王朝に仕えた最後の宮廷画家である。彼の晩年の作品はロマンチックな傾向を強めている。「アモールへの祈願」はその代表的な作品である。ドラマチックな様子の娘が描かれているが、全体的な雰囲気は静謐である。このあたりが宮廷画家の資質を失っていないところであると思う。

交響曲49番「ラ・パッシオーネ」♪♪

薔薇の捧げもの フラゴナール


 この作品は「ラ・パッシオーネ」というタイトルから、キリストの受難週の祭日に演奏されたものであるとの記述がある。ハイドンの交響曲としては、第1楽章がヘ短調のアダージョで始まる極めて珍しい作品である。出だしの音楽はスターバト・マーテルを想わせる処があり、受難週間を意識したものであるようである。交響曲44番より愁いを感じさせるロマンチックな優れた楽章である。やはり受難のイメージであろうか。次第に祈りに似たような音楽に変わっていく。

フラゴナールの「薔薇の捧げもの」も宗教的な題名であるが、晩年の最もロマンチックな作品である。ロマン派のドラマチックな絵画を予感させている。意味内容は情報源がなく不明であるが、何かの文学的な題材だと憶測される。フラゴナールの傑作の一つである。

第2楽章は、アレグロで、嵐を想わせるような楽章であるが、悲劇感はあまりないような気がする。感情は浄化されている。やはり何かのドラマを予感させるが、冷静な目で見ているようである。情感は晩年のモーツアルトの交響曲に近い楽章であると思う。

第3楽章は、優雅なメヌエットであるが、やはりドラマを予感させる内容の深い舞曲である。この一曲だけでも、映画の一場面に使われてもおかしくないと思う。

第4楽章は、へ短調であるがより感情は浄められている。全楽章を続けてお聞き下さい。


交響曲第83番「めんどり」

 そしてハイドンの最高潮の「パリ・交響曲時代」を迎える。パリ・交響曲の最高傑作は交響曲第83番(Haydn's Symphony No.83 "La Poule")である。この交響曲には「めんどり」という、ひなびた名前がついているが、この名称は、第83番の交響曲に全くそっていない。交響曲第83番は、自然詩人ハイドンの最高傑作であり、「めんどり」という名称は、作品の内容を全く理解していないかのようである。交響曲第83番の短調の第一楽章♪♪は、これからの物語の序章である。


                        旅人の夜の歌           立原道造

                      降りすさむでゐるのは つめたい雨

                      私の手にした提灯はようやく

                      昏(ウス)くあしもとをてらしてゐる

                      歩けば歩けば夜は限りなくとほい



                      私はなぜ歩いて行くのだらう

                      私はもう捨てたのに 私を包む寝床も

                      あったかい話も燭火(トモシビ)も−それだけれども

                      なぜ私は歩いてゐるのだろう



                      朝が来てしまったら 眠らないうちに

                      私はどこまで行かう・・・かうして

                      何をしてゐるのであらう



                      私はすっかり濡れとおったのだ 濡れながら

                      悦ばしい追憶を なおそれだけをさぐりつづけ・・・

                      母の あの街の方へ いやいや闇をただふかく


第2楽章からいよいよ高原と詩人の物語が始まる。詩人は、夏の高原の木漏れ日の中で、真実な恋の物語を語り始める。あくまで爽やかで、空の青さと、木々の緑の濃い世界の中で。それは、初恋にも似た素朴な恋である。

この交響曲の終楽章になると、森の緑も空の青さも初恋の物語も高原の森の精に昇華されていく。つたない私の言葉では言い尽くせないので、信濃高原の詩人、立原道造の詩の言葉を借りるとしよう。というより、ハイドンのこの交響曲自体が立原道造の詩の世界と極めて似ていると思われる。ハイドンの交響曲83番から第二楽章から終楽章♪♪までお送りします。

                 朝に  「優しき歌」より  立原道造

               おまへの心が 明るい花の

               ひとむれのやうに いつも

               眼ざめた僕の心に はなしかける

               ≪ひとときの朝の この澄んだ空 青い空

               

               傷ついた 僕の心から

               棘を抜いてくれたのは おまへの心の

               あどけない ほほゑみだ そして

               他愛もない おまへの心の おしやべりだ

               

               ああ 風が吹いてゐる 涼しい風だ

               草や 木の葉や せせらぎが

               こたへるように ざわめいている

               

               あたらしく すべては 生れた!

               露がこぼれて かわいて行くとき

               小鳥が 蝶が 昼に高く舞ひあがる


オヴェールの旧道      モリゾ



モリゾは、印象派のマネ、モネ、ルノアールなどと交友をもった才色兼備の女流画家である。モリゾのこの作品ほど木漏れ日を美しく描いた絵画があるだろうか。この天才的な筆遣いで書かれた木立にはロマンチックな詩情が込められている。モリゾがいかに自然を愛していたかがよく分かる絵である。


交響曲第八十四番変ホ長調♪♪

 交響曲第八十四番変ホ長調は、パリ交響曲中でも第八十三番「めんどり」に次いで抒情的な雰囲気を持つ曲である。第一楽章は、春霞を想わせるようなゆっくりとしたラルゴで始まり、アレグロになり青春を謳歌するような爽やかさが、如何にもハイドンらしい。第二楽章も恋愛情景のようであり、メロディーの美しい楽章である。一時短調になるが明朗な情景に変わり幸福感を醸し出している。第三楽章になると、春風を帆に受けて船が進んでいるようである。第四楽章は、ロココ式のオペラの序曲のようであり、物語が走馬燈のように過ぎて行く。

ウィーン幻想      ©竹宮恵子


                              若きハイドン

                            ハンガリーに接する ライン河畔の
                            オーストリアの村 ローラウに生まれたり
                            父は 馬車造りの大工なり
                            夜になると ビール飲みたる父 
                            自慢の声を 披露し 
                            家族で 民謡歌へり
                            ハイドン少年 
                            特に声美しく 抑揚際立てり
                            母の義弟の 音楽家フランク
                            ハイドン少年の 楽才に気づき
                            本格的な 音楽教育を
                            受けること 勧めたり
                            齢(ヨワイ)六歳なる時 母と離れて
                            ウィーンに 近き 
                            ハインブルクの 聖歌隊に入(イ)りて
                            最初の音楽教育 受けたり

                            ウィーンの 聖シュテファン教会の聖歌隊(ウィーン少年合唱団)
                            楽長ロイター ハイドンの楽才に注目したりけり
                            オーディションに 合格し
                            聖シュテファン教会の 聖歌隊員として活躍す
                            声と抑揚の美しき ハイドン少年
                            聖歌隊のソプラノの 独唱者の地位を維持す
                            ハイドン少年の声
                            女帝マリア・テレジアをも 喜ばしたりけり
                            こなたにて 本格的な音楽教育を
                            約十年間 受けたりけり
                            楽器ヴァイオリンと クラヴサンの
                            演奏も 習得したりけり

                            されども 十三歳のハイドン
                            変声期を 迎へたり
                            ハイドンの弟ミヒャエル 入団し
                            ハイドンに 代はり 
                            独唱者の地位を 獲得す
                            ミヒャエルも 王家より喝采を浴び
                            報奨金 賜りたり
                            声の美しきハイドン カストラート(男性ソプラノ歌手)にする
                            計画 立てられ
                            父に 承諾を求めたり
                            父 聖歌隊に飛んで来たりて大反対す
                            計画 幸ひにも中止さる
                            やんちゃなるハイドン 
                            団員の少年の 長く編みたる髪を
                            切り取る事件を 起こしたり
                            ハイドン 罰を受ける前に
                            聖歌隊を 脱退することを告げたり
                            ハイドン 解雇され
                            支給品の シャツ三枚と
                            着古した 外套だけ持って
                            未知の世界へ 投げ出されたり
                            ハイドン 十七歳 
                            十一月の 雨の降る夕方なり
                            その日の宿さへ 当てもなかりけり
                            実家も 裕福ならざれば
                            頼ること あたはざるなり

                            幸ひ知人の 屋根裏部屋に
                            泊めて 貰ひたり
                            されども 生活費は自ら稼がざるを得ず
                            ウィーンでは
                            セレナーデやディヴェルトメントなど
                            複数の 楽器からなる
                            戸外の 楽の音が
                            市民に 好まれたり
                            気分のよきセレナード 流れると
                            人集ひて 喝采せん
                            ハイドン セレナードを作曲して
                            人気 集めたり
                            貴人の 祝日には 
                            盛大なセレナード 流れたり

                            ハイドン 屋根裏部屋から
                            ミュラーハウスの 六階に住みたり
                            クラヴサンに 向かいて
                            C.P.E.バッハのソナタ 研究したりけり
                            同じハウスの 三階に
                            イタリアオペラの 台本作家にして
                            桂冠詩人メタスタジオ 住みたり
                            メタスタジオ 貴人の娘の
                            クラヴサンの 教師に
                            ハイドンを 推挙す
                            メタスタジオの 紹介にて
                            貴人のサロンに 出席し
                            グルックやヴァーゲンザイルとも
                            知り合ひたり

                            ハイドンの クラヴィア・ソナタに
                            関心を 寄せる
                            トゥーン伯爵夫人とも 知り合ひたり
                            夫人の紹介で フェーンベルク邸へ赴きたり
                            フェーンベルク男爵 弦楽四重奏を求めたり
                            男爵からの 推挙で
                            ボヘミアの モルフィン伯の
                            楽団の楽長に 就任す
                            ハイドン 中規模な管弦楽団の 
                            楽長になり
                            初期の交響曲を 作曲す

                            フェーンベルク邸から ウィーンへ帰った頃
                            ハイドンの 弟子の中で
                            裕福なる かつら師の
                            二人の 娘ありけり
                            その妹の テレーゼに
                            恋愛愛情を 抱きたりけり
                            されど ハイドンの気持ち通じず
                            一家は 熱心なカソリック信者なり
                            その娘 修道院へ入りたりけり
                            当時ハイドン ヴァイオリンとオルガン奏者で
                            主な収入を 得たりけり
                            ハイドン オルガン協奏曲ハ長調を作曲し
                            その恋心を 表したりや
                            ハイドンの 最高傑作の一つなり

                            霞のかかる 春の夜に
                            君の面影 浮かびたり
                            昨日の如く かしこにて
                            笑顔湛えて 立ち給ふ

                            真珠の如き 顔(カンバセ)よ
                            聖母の如き 優しさよ
                            古代のニンフ みる如く
                            愛らしきこと 限りなし

                            クラヴィアを奏く 衣手よ
                            ふくよかにして 柔らかく
                            透けるが如く 艶(ツヤ)やかに
                            紅葉(モミジ)の如き 掌(テノヒラ)よ

                            胸開きたる 衣にて
                            豊かな胸の 谷間みへ
                            花咲く如く 艶(アデ)やかに
                            春爛漫の 年頃よ

                            カソリシズムに 憧れて
                            聖霊によりて みごもりし
                            女(ヒト)の如くに 清らかに
                            天使の如き 美はしき

                            幼き頃より シスターに
                            想ひ憧れ 主イエスの
                            花嫁なりて 天国で
                            永遠(トワ)の幸せ 求めんや

                            永遠の女(ヒト)とも 想へども
                            君のタイプに あらざりき
                            修道院に 入りたれば
                            伴に逢うこと あるまじや

                            されども君の 面影は
                            夢もうつつも 境なく
                            瞼閉じれば 想はんや
                            浮かぶ姿は 永遠(トワ)ならん


ロンドン交響曲集

 ハイドンのロンドン交響曲集は、中・初期の交響曲と趣向を異にして、端正かつフォーマルで、それまでの情緒的ななロココスタイルは、ほとんど見られない。このような様式の変化は、やはり18世紀末期の新古典主義的な影響を抜きにしては有り得ないと思う。フランスでは大革命が進行中であったし、18世紀の中葉のような平和で長閑な時代ではなくなっていた。軍国主義的なムードは、ヨーロッパ全土に広がりつつあった。文芸も古代ローマ的な精神が見直され、フランスでは、ナポレオンの登場により新古典主義の時代に入り、ダヴィッドやアングルといった新古典主義の画家が活躍する。ハイドンもそのような時代の空気に無関心では有り得なかったであろう。そのような端正で古典的ともいえるスタイルが、ロンドンで大成功を収めたのである。

                                   サント・ジュヌヴィエーヴ聖堂(パンテオン)   パリ

                                    


サント・ジュヌヴィエーヴ聖堂(パンテオン)は、18世紀の代表的な新古典主義の神殿である。そもそも、この建築の起源は、ルイ15世の愛妾であったポンパドゥール夫人がローマに研究者を送ったことに由来する。古代ローマの建築を研究したスフロは、パリに荘重なパンテオンを建設したのである。ルイ16世のころになると、直線的なローマ風の建築が主流になった。このように、18世紀末には、すでにフランスで古典主義の復興が見られるのである。フランス革命は、その傾向を一層助長した。ナポレオン時代になると新古典主義は、時代のスタイルになる。

ハイドンの、これまでになかった、端正で力強い調子を持つ交響曲は、そのような時代の背景なくしては考えられないと思う。情緒的なロココスタイルはほとんど見られない。これを古典的といってもさしつかえないだろう。晩年のハイドンの交響曲にふさわしいのは、ロココスタイルの絵画ではなく、荘重なパリのパンテオンの方が似つかわしく感じられるだろう。確かに、これらの交響曲を聞いていると、ナポレオンやベートヴェンの登場を予感させるものがある。


交響曲101番「時計」の第3楽章♪♪をお聞き下さい。格調のあるメヌエットである。端正な美しさは古典的といえるかも知れない。


ハイドンの弦楽四重奏

ハイドンは普通交響曲の父といわれるが、104曲ある交響曲の内で、全てが傑作とは言い切れない。これは筆者の私感であるが、特に傑作と思えるのは、最初の一桁代でイタリア的な抒情性のあるもの、40番台(疾風怒濤期)になると短調の交響曲が多くなり質が一気に高くなる。それからしばらくして、80番台のパリ交響曲集で抒情性と形式・技巧の整って、交響曲の最高潮を迎える。最後にロンドン交響曲集が93番から104番で終了するが、このころ大陸ではフランス革命が始まっており、軍国主義的な靴音が聞こえるような男性的な曲が多くなるが、抒情性は希薄になり、ベートーヴェンの交響曲の練習曲のような作品が多くなる。この時代を傑作と捉えるかどうかは、その人の好みであると思う。

ただ、晩年のロンドン交響曲は、祝祭的な気分が多くなり、成功したハイドンのテンションの高い音楽である。また、ベートーヴェンに近い曲想も現れてくる。しかし、ハイドンの魅力をロンドン交響曲集だけで捉えるのは間違っている。初中期の明快典雅で抒情的なハイドンは、ベートーヴェンにはない魅力をもっている。

ハイドンの弦楽四重奏は均一した魅力を維持している。作品番号77に至るまで、古典派室内楽のよさを感じさせる。ただ、ハイドンは晩年にモーツアルトの弦楽四重奏を聞いて、その内容のロマン性の高さを感じ、弦楽四重奏の余り作らなくなったといわれている。しかし、ハイドンの弦楽四重奏は明快典雅な古典派室内楽のよさが感じられると思う。ハイドンの弦楽四重奏を聞いている限り余り退屈はしない。晩年の弦楽四重奏は形式、内容も高度になり、難解さも多少感じられるようになるようだ。

ここでは、初中期の明快典雅な弦楽四重奏と後年の弦楽四重奏を取り上げてみようと思う。

弦楽四重奏ト長調作品3No.3全曲♪♪

この曲は、イタリア的な抒情性の影響があり、明快典雅で実に美しい曲である。視覚的にはロココスタイルを連想させ、モーツアルトのセレナードやディヴェルトメントと共通項が多い。宮廷で好まれるような朗らかさを備えている。公職に就いていない若きハイドンに、まず舞い込んできた注文は貴族からの弦楽四重奏であった。すがすがしい名曲である。



弦楽四重奏 Op.17No.2(Hob.26)♪♪

ここで、中期の傑作の一つを紹介しよう。この弦楽四重奏曲も晴朗で抒情性豊かな傑作である。また、明快典雅であり、18世紀中葉のヨーロッパを風靡したロココスタイルをほうふつとさせる。清々しい名曲である。ハイドンらしい晴朗な第一楽章。第二楽章は優雅で清々しいメヌエットである。第三楽章アダージョは終楽章につながっていく架け橋になっている。終楽章はアレグロで、軽快で明快で、曲の構成も発展的で技巧的にも優れている。

フランソワ・ブーシェ



弦楽四重奏第77番「皇帝」

ハイドンの弦楽四重奏は、イタリア的な晴朗性と抒情性と古典派音楽の清々しさ貫かれている。しかし、晩年にエステルハージー侯の宮廷から解放されて、ウィーンに本拠を置くようになり、モーツアルトと親しくつき合うようになって、モーツアルトの音楽に触れ、彼の天才性を最初に見抜いたのもハイドンであった。モーツアルトのウィーン時代のロマン性に触れ大きな影響を受けている。

弦楽四重奏もその一つで、モーツアルトがハイドンの弦楽四重奏曲を聞いて、そのイタリア的晴朗性と形式の整った弦楽四重奏聞いて、大きな触発を受けて、モーツアルトはハイドンに六曲の弦楽四重奏(ハイドンセット)を献呈している。モーツアルトは早書きの作曲が多かったが、ハイドンセットだけは念には念を入れて丁寧に仕上げている。その中には「不協和音」というタイトルの曲もあるので、モーツアルトの意気込みも違っていた。

ハイドンはこのハイドンセットでモーツアルトのロマン性を知ることが出来た。また、ウィーンでモーツアルトのオペラやピアノ曲を聞いている。ピアノ曲の胸にしみるようなロマン性を肌で感じていた。二人は親子ほどの年の差があったにも関わらず、モーツアルトはパパハイドンと呼び、ハイドンはモーツアルトを親友と呼んでいた。ハイドンがロンドンに旅立つ時に、名残を惜しんだが、まさか、ハイドンはロンドンで翌年モーツアルトの逝去を知らされるとは思いもよらなかった。天才の余りにも早い死を大きな悲しみをもって受け止めざるを得なかった。

ハイドン晩年の弦楽四重奏の最高傑作はやはり「皇帝」になると思う。ハイドンの晴朗さとモーツアルトから受け取ったロマン性の双方が磨かれた技巧の中に描かれている。

第一楽章♪♪
ハイドンらしい晴朗性が際立っているソナタ形式である。

第二楽章♪♪
アダージョの変奏曲である。後に主題のメロディーに「神よ、皇帝を護り給へ」という歌詞が付けられて、オーストリアの国歌となり、第二次大戦の時代は、オーストリアとドイツが併合されていたので、ドイツの国歌ともなっている。美しい主題が形を変えて歌われて行くが、朝日が昇るようなイメージがあり、国家として歌われるようになったのも肯ける。

第三楽章♪♪
ハイドンらしい朗々としたメヌエットである。

第四楽章♪♪
プレストハ短調のソナタ形式である。この曲だけを聞けば、誰もがシューベルトの晩年の曲かシューマンの曲と思うに違いない。ロマン主義的な気迫のある楽章であり、モーツアルトから知り得たロマン性の濃厚な曲となっている。ハイドンはロマン主義の時代を予言していたのである。

バッカスとアリアドネ   フォッス




ハイドンのクラヴィア曲

ハイドンは全集が出来るほど多数のクラヴィア曲を残している。時代はクラヴサン(チェンバロ)からピアノフォルテ(ピアノ)への変わり目であった。ハイドンの初期はクラヴサンで弾き、中期以降はピアノフォルテで弾くのが最近の研究の解釈であるようだ。ハイドンはクラヴィアの名手で、歌手の伴奏なども若い頃はしていたようだ。質の高い曲も多く、今でも研究の対象になっている。しかし、モーツアルトのピアノ協奏曲にはかなわず、ベートーヴェンのピアノソナタにもかなわない。

しかし、ハイドンのクラヴィア曲は、ウィーンの貴族の子女にも弾けて、ハイドンにクラヴィアを習う子女が多かった。素人にも弾けてもってこいの曲集であったのだ。ここではクラヴィア全集第27番を取り上げてみることにした。筆者が持っている全集では27番までがクラヴサンで弾き、以降はピアノフォルテで弾いている。

クラヴィア全集Hob27♪♪

アレグロ、メヌエット、プレストの三楽章からなっている。アレグロ、プレストは分かりやすいメロディーで明快である。真ん中のメヌエットはこの全集ではかなり早く弾いてるが、優雅に踊るように、もっとテンポを下げて、感情を込めてもよいと思う。クラヴサンは音の強弱は取れないが、テンポを変えることで余韻を出すことが出来る。クラヴサンの神様であるフランソワ・クープランは、弾き方で、曲名の人物を真似ることが出来たそうだ。神韻縹渺としたクラヴサンを弾くことが出来たのであろう。



後期のハイドンのピアノ(クラヴィア)ソナタ

後期のハイドンのチャーミングなピアノソナタを幾つか挙げてみよう。三楽章形式が多いが、二楽章形式もかなりある。洗練されたワルター・オルバーツの演奏でお聞き下さい。

ソナタニ長調 Hob42♪♪
二楽章形式で幻想曲風
第一楽章 可憐な主題が現れる。それは次第に連想曲風に形を変えていく。
第二楽章 ハイドンのピアノの腕を試すようなヴィヴァーチェ


ソナタ変イ長調 Hob43♪♪
第一楽章 ABABCABAB
というソナタ形式、ハイドンらしい快活な曲
第二楽章 典雅なメヌエット、間に流れるような中間部がある。

第三楽章 ロココスタイルの序曲のような走るような優雅な楽章


ソナタへ長調 Hob47♪♪
第一楽章 高音域の美しい曲。しばらくして入るトレモレのフレーズが美しい。
第二楽章 透明な短調で始まるが、しばらくすると、明るい長調に変わる。長調の盛り上がりがある。短調に戻る。少女が可愛がっていた小鳥の死を悲しんでるような曲

第三楽章 明快晴朗なハイドンらしい曲。


聖セシーリア     カルロ・ドルチ



ハイドンのミサ曲(Haydn's Mass)

 
ハイドンのミサ曲には、明朗で清純な曲が少なくない。ハイドンは、モーツアルトと並んで、イタリアの明快な古典派様式に則っているからである。ハイドンのミサ曲が余りにも快活なので、その理由を聞かれた時、ハイドンは、「私は、神のことを考えると心が踊る。だから、音楽も同様になることを避けられない」と語っている。

18世紀後半のイタリアの古典派の洗礼を受けた人らしい言葉である。宗教曲が明朗なのは、ザルツブルク時代のモーツアルトも同様である。彼らの宗教曲を理解するにはこの時代に造られたロココ式の教会を見なければならない。ロココ式の教会は、宮殿のように優雅で明るく、天上画には、天使たちが彩られ、キリストや聖母マリアを賛美している。


                                               無原罪の御宿り          ムリリョ

                                 


ハイドンが、エステルハージー侯の宮廷楽長に就いたころ、様々な宗教曲が作曲された。その中で、ひときわ美しく清純な曲が、ミサ曲第2番「祝福されし聖母マリア讃美のミサ」♪♪(大オルガンミサ)である。この曲は、合唱の中に独唱が織り込まれており、聖歌隊の合唱で聞くと、まるで天使の合唱のように、明るく、清らかな歌声が天上に高く高く登っていくようである。

ムリリョは「無原罪の御宿り」を多数残している。無原罪の御宿りとは、聖母マリアが彼女の母の体内で無原罪で宿ったというカトリックの神秘的な教説である。(イエスの処女妊娠ではない)聖母マリアは昔から多くの人に出現しているが、その時に「無原罪で宿った者です」と声をかけられるそうである。そこで、「聖母マリア」イコール「無原罪の御宿り」という公式が出来、それがカトリックの教義として認めらた。スペインではとりわけ聖母信仰が盛んであり、「無原罪の御宿り」の絵が好まれたわけである。

ムリリョの「無原罪の御宿り」の聖母マリアはひときわ清純で、天使の支える雲に乗って天上に昇っていくようである。ハイドンのミサも清純で美しく、高く天井画を見ているような印象を与え、無原罪の御宿りの雰囲気と合っている。



             
       アヴェ マリア

               聖寵(セイチョウ)満ちみてる 聖母マリア
               御身(オンミ)は 母の体内に
               無原罪にて 宿り給ふ
               御身は 女のうちにて祝せられ
               聖霊にて 御子を宿し給ふ

               御子の受難を 身に受け
               御子と伴に 苦しみ給ひ
               天に於いて
               天使の前にて
               勝利の冠を 授けられ給ふ

               恵まれたる天の女王よ
               くすしき薔薇の花よ
               希望の明けの明星よ
               清きこと百合のごとく
               慎ましきこと月のごとし

               慈悲深き 聖母マリア
               お取り次ぎを 願へる者の
               救はれざりしこと
               古(イニシエ)より 今に至るまで
               一人として あらずや
               これによりて
               たのもしく はせ来たり
               み前に 祈り奉る

               御子の 御母(オンハハ)マリア
               吾らの祈りを
               憐れみをもて
               聞き入れ給へ
               吾らを永遠(トコシエ)に 救ひ給へ



聖チェチーリアミサ

 ハイドンはミサを14曲書いたが、すべて傑作で質の高さはモーツアルトを上回ると言っていいほどである。時期は若い頃に作曲したものと晩年のロンドン旅行後に作曲したものとに区別出来る。前期のスタイルは、ロココスタイルに則り、明朗甘美でイタリアの古典派の影響が濃厚である。晩年のミサは規模が大きく劇的な表現に富んでいる。

聖チェチーリアミサは、前期で最も大きなミサである。演奏時間も60分くらになる。聖チェチーリアは、音楽の守護聖人であり、後世につけられた名称である。スタイルは甘美なロココスタイルによっており、宗教的な浄福に満ちている。18世紀のドイツ・オーストリアの明朗優美なロココ式教会のスタイルに沿っており、天国的な美しさを奏でている。このような美しいミサを聞いていると、やはりムリリョの聖母を連想してしまう。ムリリョの聖母の清楚な美しさは、ハイドンの前期のミサに最もふさわしい。決してバッハに劣っていない。カトリックの信者でなくとも、ムリリョの聖母を見たり、ハイドンのミサを聞いて感銘を受けない人はいないと思う。宗教的な信仰のあり方が、どんな説教よりも説得力をもって吾々の心に訴えかけてくる。
キリエ♪♪を抜粋してお聞き下さい。

                                  受胎告知         ムリリョ

                           


古来から聖母マリアは多くの画家により描かれてきたが、スペイン人のムリリョの聖母マリアはとりわけ美しいことで大変有名であった。17・8世紀の王侯貴族は教会や領民のためにラファエロやムリリョの聖母マリア像を好んで収集したが、その代価は街が一つ造れるくらいであったという。19世紀になり、ナポレオンがスペインを征服したが、フランス軍はまず最初にムリリョの絵画をひきとったといわれている。ルーブル美術館にあるムリリョの作品は大部分がその時のものである。この受胎告知は、ロシアのサンクトペテルブルクにあるエミルタージュ美術館のものである。ロシア皇帝のコレクションであり、ムリリョの作品の全集が出来るほど多数を所有している。

スペインはカトリック信仰の盛んな国であり、ムリリョは教会のために多数の聖母像を書き残した。ムリリョの聖母ほど清楚で美しいものはない。この聖母も天使ガブリエルの告知を奥ゆかしく受け止めている。その聖母の美しさはこの世のものとは想えないほどである。フランスに知られたムリリョの聖母は、19世紀フランス浪漫主義者の絶賛をうけ、彼らの理想的な女性像として頌えられたのである。

そこで、受胎告知をバイブルのルカ伝の第一章から抜き出してみよう。

「その六月めに、御使ガブリエル、ナザレといふガリラヤの町におる乙女のもとに、神より遣さる。
この乙女は、ダビデの家のヨセフという人と許嫁(イイナズケ)なりし者にて、その名をマリアといふ。
御使、乙女のもとにきたりて曰(イワ)く
「めでたし聖寵(セイチョウ)満ちみてるマリヤよ、主、汝と伴にまします。」
(鳩は聖霊に満たされていることを示す)
マリアはこの言葉によりて、心いたく騒ぎ、
かかる挨拶は、如何なることぞと、想ひめぐらしたるに、御使曰く
「マリアよ怖れるな、汝は、神のみ前に恵みを得たり。
視よ、汝、身ごもりて男子を生まん。
その名をイエスと名づくべし。
彼は、大ひなるいと高き者の子と称へられん。
また主たる神、彼に父ダビデの位を与へ給はば、
ヤコブの家を永遠(トコシエ)に治めん。
その国は、終はることなかるべし。・・・・・・」

マリア答えて曰く

「吾が心、主をあがめ
吾が霊は、救ひ主なる神を喜びたてまつる
そのはした女の低きを顧み給へばなり
視よ、いまより後、よろずの世の人、吾を幸ひとせん
全能者、吾に大ひなること、なし給へばなり
その御名は、神聖なり
その憐れみは
代々(ヨヨ)畏こみおそるる者に臨むなり
神は、み腕にて力をあらわし
心の高ぶる者を散らし
権力ある者を位より下ろし
いやしき者を高くし
飢ゑたる者を善き物に飽かせ
富める者を虚しく去らせ給ふ・・・」

このマリアの神への讃美も、大変有名でマニフィカートといい宗教音楽の一つとして多くの作曲家が手がけている。


聖ヨハネ・デ・デオのミサ・ブレビス(小オルガンミサ)

 やはり、ハイドン中期の傑作のミサである。甘美なロココスタイルで書かれている。特に
ベネディクトゥス♪♪は天使が歌っているように美しく清らかである。このようなミサを聖歌隊の少年が歌うと、この世のものではないようなイメージを受ける。絵画であれば、やはりムリリョの聖母マリアを想ってしまう。

マタイ伝によると、ベツレヘムにキリスト(王転じて救世主)が生まれることを東の博士から聞いたヘロデ王は、ベツレヘム周辺の二歳以下の男子を殺めようとした。マリアの夫ヨセフはそのことを夢で知らされ、聖家族はエジプトへ逃避した。次のムリリョの絵画はその様子を描いている。ヨセフは荒野のイエスのようであり、幼な子を守る善き夫として描かれている。またマリアは若くて美しい。幼な子イエスには後光がさしている。

                              エジプトへの逃避        ムリリョ

                            


                           御母マリア

                         御母(オンハハ)マリア こなたにて
                         御子(ミコ)を抱(イダ)きて 慈しみ
                         愛し給へり 諸人(モロビト)を

                         無原罪にて ましまして
                         御子と伴にて 苦しみて
                         戴冠されぬ 天に於き

                         月のごとくに 奥ゆかし
                         水仙のごと 可憐なり
                         天使のごとく 優しきや

                         古き時より 現れて
                         苦しむ者を いたはりて
                         救ひ給へり 祈る者

                         慈悲深きこと 限りなく
                         信じたる者 これまでに
                         救はれぬ者 誰もなし

                         これによりてや み前にて
                         はせ来たりてぞ 祈らんや
                         赦されぬ罪 何もなし

                         踊り喜べ 諸人よ
                         汝はすでに 救はれき
                         手に棕櫚(シュロ)もちて 歩まんや
                         天国の門 近づきぬ



晩年のハイドン

 長年勤めたエステルハージー侯の束縛から解放されたハイドンは、晩年に興行師ザロモンに招かれ、ロンドンでいわゆる「ザロモン交響曲集」を発表して大成功を収めた。このころハイドンはヨーロッパで最も著名な作曲家であった。ロンドンでヘンデルのオラトリオに接したハイドンは、大きな影響を受け、演奏会用のオラトリオ「天地創造」と「四季」を作曲して音楽史に不朽の名声を残した。特に「天地創造」はヘンデルの「メサイア」やベートヴェンの「ミサ・ソレムニス」に匹敵する傑作であり、ハイドンの最高傑作であるといっても過言ではない。

晩年のハイドンに共通した特徴は、作風が端正になり、若いころの作風に比較すると力強さをより感じることが出来る。つまり楷書風のメリハリのある作風に変化している。これを古典的と名付けることが出来るかも知れない。この様な作風の変化は、ヨーロッパの18世紀末から19世紀初めのナポレオン時代と無関係ではない。

特にフランスではルイ16世のころから建築様式に変化が現れ、流線型のロココスタイルからより直線的なスタイルに変化している。また、古代ローマの建築様式が重視されるようになり、古代ローマのパンテオンに倣ったサント・ジュヌヴィエーヴ聖堂(パンテオン)が建造されている。ナポレオン時代になると、それは決定的になり新古典主義の時代が到来した。ハイドンのザロモン交響曲集の古典的な雰囲気も、そのような時代様式と無関係であるとは思えない。そのような時代背景の中で、ハイドンはロンドンで大成功を収めるのである。

時代は優美なロココスタイルから、力強い男性的なスタイルに変わりつつあったのである。ベートヴェンの交響曲は、そのような時代の雰囲気の中で、晩年のハイドンのスタイルから出発して、ついにナポレオン時代の英雄主義的な交響曲を発表するのである。ベートヴェンの交響曲は、もはや古典派という枠にはまらないロマン主義的な特徴を表しており、19世紀のロマン派の音楽に計り知れない影響を与えたのは音楽史が証明している。



「天地創造」

 ハイドンはロンドンでの交響曲の大成功に気を良くしていた。ロンドンでヘンデルのオラトリオに接して啓発され、「天地創造」(これはヘンデルのために用意された台本で、ヘンデルが手をつけなかったもの)の台本をドイツ語に翻訳して作曲した。彼にとっては大変な意欲的作品であった。そのせいか、ハイドンの最高傑作といってもよい素晴らしい出来映えであると思う。


アダムの創造             ミケランジェロ



まず、第1部の神が天と地を創造したシーン♪♪は実に写実的で、ロマン派の作曲家でもこれほどリアルに表現できるだろうかと思うほど雄大な音楽である。その後の第一部(賛歌)♪♪、第2部・3部の神の創造を賛美する音楽も、時に力強く、時に美しい天上画を眺めているような美しさがある。このあたりは、若いころのロココスタイルの技法を思う存分振るっている。天上に舞い上がるような清らかな音楽は、ハイドンの「天地創造」を最期にして、これ以降出現することはなかった。アリアや合唱のメロディーはどの曲も美しい賛歌になっており、ヘンデルのメサイアに負けない素晴らしさだと思う。ある人がハイドンに「天地創造」のメロディーの美しさを問うたら、彼は天を見上げたという。楽天的なハイドンにありそうな逸話である。

                                  
ロザリオを与える聖ドミニクス   ティエポロ

ティエポロは、18世紀イタリアのバロック美術の大家である。イタリア人には最も人気のある画家であるらしい。この様な天上画得意にして、イタリアの教会に沢山の作品を残している。雲の中に天を舞っている天使の描き方は見事で、我々を天国的な世界に誘っている。左後方に古代ローマの神殿が見える。ティエポロにはこのように古代ローマの遺跡が見える絵画が多く、バロックの古典的なスタイルをよく表している。フランスのルイ王朝で18世紀後期に、古代ローマへの関心が高まるのも、こうしたイタリアの美術の影響があったのかも知れない。

ハイドンの「天地創造」にある天上に舞い上がるようなアリアや合唱の美しさは、端正な趣があり古典的であり、イタリアのティエポロのこの様な天上画に似つかわしいと思う。


「天地創造」の第2部の最終の合唱♪♪は、神が大自然の創造を完成したことを讃えている。天上に舞い上がるような崇高で力強い合唱である。どことはなく、ヘンデルのハレルヤコーラスに似ている部分がある。中間部に独唱の部分があり3部からなる壮大な構成になっている。


「四季」

 晩年のハイドンは、「天地創造」の成功で大きな名誉を得て、その名は益々高まった。ウィーンでの大成功により、ハイドンはウィーンの名誉市民に列せられる。ウィーンのみならず各地で演奏され名声は高まるばかりであった。ハイドンは、さらに大曲「四季」に取り組んだ。歌詞は「天地創造」と同じスヴィーテン男爵によるものであり、ハイドン最後の大曲になった。それから作曲したのは弦楽四重奏数曲に過ぎない。「天地創造」ほど派手ではないにしても、合唱の規模の大きさと天に昇らんとする雰囲気などは堂々とした作品である。アリアも抒情的であり美しく、ハイドンの白鳥の歌のような響きがあると思う。モーツアルトのように悲痛でもなく、ベートーヴェンのような力みもない。

ハイドンが聖シュテファン教会の聖歌隊から免職された時は何の財産も持ち合わせていなかった。泊まる宿さへなく途方に暮れるばかりであった。青年時代にこれほど苦境に置かれた作曲家も珍しい。本当に独力で生き延びて次第にのし上がっていった経緯は、どんな作曲家より苦労人であった。下手をすれば飢え死にしても可笑しくない苦境であった。ハイドンは、晩年弟子たちに自分でも生き延びる事が出来たのであるから、神は努力する者を助け給うと励ますのであった。その苦労人のハイドンは、「四季」を聞くとき、神を信じて微笑みを浮かべて手を振って別れを述べているような印象を与えている。

ここでは、「秋」と「春」の傑作の部分を抜粋してみようと思う。全般的に地味な作品なので、全曲を通して演奏されることは余りないようである。

「秋」抜粋♪♪

秋の田園        フランソワ・ブーシェ



第19番 序奏・レスタティーヴォ

                            春 花開き
                            夏 実り
                            秋 豊かに実りたり
                            畑より刈り入れ
                            積み上げられたる収穫を
                            入れる余地もなからんや
                            かくのごとき収穫を
                            満足に眺め
                            喜びのこみ上げんや

第20番 合唱付き三重唱

                            自然 務めに報ひんや
                            自然 務めにほほへみ
                            希望を与へ
                            力を貸さん

                            務めより幸(サチ)生まれ
                            雨風をしのぐ家屋
                            羊毛の衣類
                            滋養のある食事
                            そは 務めの報ひなり

                            務めよ
                            美徳を育み
                            礼節を生む
                            悪徳を防ぎ
                            心を清めんや
                            勇気を与え
                            善意を生み出し
                            責任を与へんや

第21番 レスタティーヴォ

                            視よ かの樹木を
                            少年 駆け寄りたり
                            少年 樹木を揺すりたり
                            あたかも 雹(ヒョウ)の如くに
                            柔らかき木の実 落ちたり

                            彼処では若者が
                            樹に梯子かけ
                            身を隠し
                            彼女の元へ
                            愛の木の実を落としたり
                            丸ひ胡桃の実を

                            果樹園の樹の周りには
                            少女や乙女が佇めり
                            摘み取る果実の如く
                            みずみずしき乙女なり

第22番 二重唱

                            田園の娘を眺めかし
                            化粧や紅で飾りたてずとも
                            頬はみずみずしく
                            瞳は明るく
                            愛を誓ふとき
                            口から真心 漏れたりや

                            ハンネ
                            素敵な殿方 恐れ入ります
                            貴男の手管もご不要
                            お世辞も要りません
                            黄金も飾りも要りません
                            誠実な心だけ
                            忠実なら
                            望みは叶えられます
                            ルーカス
                            木の葉の落ち
                            実がしぼみ
                            年月が経ても
                            愛だけは変わらない
                            ハンネ
                            木の葉はさらに緑を増し
                            実はさらに美味しくなり
                            日々はさらに輝きます
                            愛の言葉さへ聞けるなら
                           ルーカス
                            最愛のハンネ!
                            ハンネ
                            愛しのルーカス!
                            ハンネ・ルーカス
                            愛し愛されることは
                            この上ない喜び
                            無上の幸せ!


「春」抜粋♪♪

春                フランソワ・ブーシェ



第6番 三重唱と合唱-祈りの歌

                            慈悲深き天よ
                            恵みを与へ給へ
                            み心を開き大地に
                            祝福を与へ給へ
                            御身の甘露にて
                            大地に潤ひを与へ給へ
                            恵みの雨にて
                            田園に緑を与へ給へ

                            そよ風を優しく吹かせ給へ
                            日を明るく照らし給へ
                            豊かな実りを与へ給へ
                            御身に感謝と賛美を捧げんや

第7番 レスターティーヴォ

                            西風は頬をなで
                            空は霞で朧気なり
                            雲 集まりて
                            大地の懐に降り注がんや
                            緑に宝を与へんや

第8番 三重唱と若人の歌

                            素晴らしき広野の景色よ
                            緑の木立を歩めかし
                            百合をみよかし
                            薔薇をみよかし
                            牧場をみよかし
                            小川をみよかし
                            明るき空をみよかし

                            凡てのもの息づきたり
                            子羊 飛び跳ねたり
                            魚 群れて泳ぎたり
                            蜜蜂 飛び立ちたり
                            小鳥 羽ばたきたり

                            何ぞ悦びにあふれんや
                            爽やかなる希望に
                            静謐な興奮に
                            胸の高鳴りに

                            汝を魅了してるものは
                            創造主の息吹なり
                            誉め讃へんや
                            永遠(トワ)にして
                            全能の神よ!

                            恵みの宴にて
                            糧を与へ賜へり
                            悦びの河より
                            飲物を与へり

                            敬愛と讃美と
                            栄光があらんことを
                            永遠にして
                            恵み深き神よ!


ハイドンの歌曲集

ハイドンは全部で50曲位の歌曲を残している。その中の三分の二はドイツ語の歌曲であるが、ドイツ語の訛りがして鄙びた印象がある。ところが後年にロンドンに渡った時に英語で二セットの歌曲集を作曲した。この英語の歌曲集は垢抜けて純粋で美しく、後のシューベルトの「美しき水車小屋の娘」に似た、純粋な印象を受ける。言葉では十分に説明しがたいので、
英語の歌曲集全15曲♪♪を聞いてみてください。次に英語で15曲のタイトルを書いて置きます。歌手はエリー・アメリンクで、ピアノはイェルク・デムスです。

1. O Tuneful Voice
2. The Mermaid's Song
3. Recollection
4. A Pastoral Song 「美しき水車小屋の娘」の8番目の「朝の挨拶」にメロディーが似ている。
5. Despair
6. Pleasing Pain
7. Fidelity
8. She never told her love
9. Sailor's Song
10. The Wanderer 「美しき水車小屋の娘」の1番目のタイトルが"Das Wandern"「さすらい」
11. Sympathy
12. The spirit's Song
13. Piercing Eyes
14. Content
15. The Lady's Looking-Glass

夢想          ミュッシャ





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