J.C.F.バッハ(1732-1795)

J.C.F.バッハ(ヨハン・クリストフ・フリードリッヒ・バッハ)は、J.S.バッハの二人目の妻、歌手のアンナ・マグダレーダの後から二番目の息子である。最後の息子が有名なJ.C.バッハである。クリストフ・バッハは、長男のフリーデマン・バッハを含めて、J.S.バッハの四人の息子の職業音楽家の一人である。フリーデマン・バッハと並んで、余り目立たない音楽家であるが、その音楽を聞くと、J.C.バッハとよく似た傾向があり、音楽史上第一級の作曲家であると思う。これから、それを音楽を聞きながら、解説して行きたい。

特徴としては、音楽に詩情があることと、文学者ヘルダーの台本でかなり上質なカンタータを作曲していることなどが挙げられる。ほとんど駄作はなく、クラヴィアなどは、J.C.バッハより巧みであるような気がする。ただし、クリストフ・バッハはクリスチャン・バッハのようにイタリアオペラを作曲していないので、地味に見られた傾向はあるかもしれない。

ライプチッヒで生まれ、聖トーマス教会で音楽修行をして、父J.S.バッハが亡くなった1850年に、北ドイツ平原の中央にある大都市ハノーバーから西に50kmほど行ったビュッケブルクの宮廷のクラヴサン(チェンバロ)奏者を勤めた。しばらくして、宮廷楽長まで上りつめた。後に若きゲーテなどに大きな影響を与えた文学者ヘルダーの台本でカンタータを幾つも書いている。宮廷のウィルヘルム伯爵のイタリア好みで、イタリア音楽も楽士などを通してよく学んでいた。ただ、イタリア語のオペラまでは作曲していないようだ。モーツアルトの様な天才でなければ、イタリアで修行しないと、イタリアオペラは書けないようである。

シンフォニア

シンフォニアは、現在14曲残されている。三楽章形式で、J.C.バッハと同様詩情豊かで、上品な情感が込められている。これだけを見ても、クリストフ・バッハの才能が並ではなかったことが良く分かる。18世紀の作曲家で、これほど詩情豊かなシンフォニアを書いた人がいるだろうか。後年のモーツアルトのシンフォニーは別としても、イタリア的な仄かな情感が漂っていて、天才がしか書けないシンフォニアである。少年モーツアルトもかなわないだろう。

シンフォニアヘ長調第一番♪♪

第一楽章 
長調であるが仄かな詩情が漂いインスピレーションの高い曲である。

第二楽章 
全体的に優雅な緩徐楽章である。上品なロココ調でもある。不要な音符は全くなさそうである。

第三楽章 
形式はメヌエットである。抒情的で心にしみるような音楽である。




シンフォニアニ短調第三番♪♪

第一楽章 
シンフォニアとも思えないような、交響曲的な厚みのある出だしである。短調であるが、さほど悲劇感はない。その点ではモーツアルトよりもハイドンに似ているようだ。ハイドンの初中期の交響曲には、このような短調の抒情的な曲がある。

第二楽章
自然に第二楽章に移る。胸にしみるよう情調のある穏やかな楽章である。ロココスタイルを超えてロマン主義的な雰囲気を感じてしまう。

第三楽章
アップテンポな楽章だが、切なさが迫ってきそうである。




クラヴィア協奏曲

クリストフ・バッハは、C.P.E.バッハと同じく、クラヴィアが得意で、宮廷にクラヴサン奏者で勤めている。8曲のクラヴィア協奏曲が残されている。やはり、詩情の深い傑作が多いようだ。また、クラヴィア曲も多く残している。

クラヴィア協奏曲イ長調♪♪

このディスクでは、ピアノフォルテで演奏されている。昔LPで聞いたときにはJ.C.バッハの曲になっており、クラヴサンの演奏であったが、2007のこのディスクではクリストフ・バッハの作品に含まれている。資料分析が進んだためであろう。

第一楽章アレグロ
ベルリン学派のエマヌエル・バッハを想わせるような疾走する音楽が深い蔭りを醸し出す。

第二楽章アンダンテ
実に美しいメロディアスな曲である。愛の感情を抱かせ、クリスチャン・バッハの作風に近い。クリストフ・バッハはロンドンのクリスチャン・バッハを訪ね、大きな影響を受けている。

第三楽章アレグロ
一楽章と同じく、エマヌエル・バッハの作風に似た疾走する音楽が、深い蔭りを表現している。最後に小さなカデンツァがあり終了する。




クラヴィア協奏曲変ホ長調♪♪

第一楽章アレグロ
明るい出だしであるが、詩情が深まってくると蔭りを想わせる。ベルリン学派のエマヌエル・バッハの影響がありそうだ。暗さはない。最後に小さなカデンツァで終わる。

第二楽章アダージョ
神韻縹渺としたアダージョである。音楽性の高い楽章である。オリジナル楽器の演奏も間の取り方も上手い。暗さはない。最後はロココスタイル風に終わる。

第三楽章アレグロ
明るい出だしであるが、次第にエマヌエル・バッハ風の疾風的な動きになり、深い蔭りが見えてくる。




ピアノフォルテとトラヴェルソ・フルートとチェロの為のトリオ♪♪

クリストフ・バッハの傑作の器楽曲。室内楽にフルートが入るのはフランス趣味。ウィーンではトリオもカルテットもフルートは入らなかった。ハイドンもモーツアルトも、フルート・ソナタを作曲していない。フランスの18世紀では、フルートは花形楽器であり、室内楽に不可欠だった。フルート・ソナタも幾つも作曲された。モーツアルトが木管のフルートを嫌ったのは、音程が不安定であったからである。モーツアルトはヴィオリンの1/8音の違いも聞き分けることが出来るほど音感が発達していた。

ビュッケブルクの宮廷では、ウィルヘルム伯爵のフルート好きも、室内楽にフルート曲が多い理由でもある。当時の王侯貴族にはフルートを好む人が多かった。ベルリンのフリードリッヒ大王のフルート好きは有名で、自ら四曲のフルート協奏曲を作曲している。J.S.バッハは晩年ベルリンの宮廷を訪れて、チェンバロやオルガンの演奏を大王に披露している。バッハは大王の作曲した自筆のフルート協奏曲の楽譜を見て驚嘆したといわれる。素人が書いた楽譜には見えなかったからである。

第一楽章
ギャラント(華やか)なフルートを中心としたトリオ。ロココスタイルの粋を行く演奏である。

第二楽章
フルートの可憐なソロが美しい。この楽章だけを取り上げてもリサイタルが出来そうである。グルックの「精霊の踊り」に匹敵する。

第三楽章
ロココスタイルのアレグロカンタービレの魅力的な楽章である。




ピアノフォルテとヴィオリンとヴィオラの為のトリオ♪♪

第一楽章
ピアノフォルテとヴィオリン族との二重奏のように聞こえる。泉が湧いているような爽やかなアンサンブルである。こちらの方がウィーンの好みに合いそうである。

第二楽章
メロディアスな美しい楽章である。優美なロココスタイルである。フランス人ならフルートがないと言うだろう。

第三楽章
ロンド形式で舞踊的なリズムのある楽章である。舞踊を好んだ貴人の趣味に合っている。




カンタータ「イーノー」♪♪

台本は文学者ヘルダーが書いている。既に冒頭で書いているが、文学者ヘルダーは後にゲーテと親しくなり、ロマン主義的な精神をゲーテに吹き込み、「若きウェルテル悩み」を書くきっかけを作った人である。ヘルダーはシェイクスピアの熱心な支持者であった。ヘルダーの台本により、J.C.F.バッハは幾つかのカンタータを残している。

イーノーはギリシア神話上の女性である。ゼウスは妻の目を盗んでセメレーとの間にバッカスを生むが、ヘラの追及を避けるために、イーノーに幼児バッカスを預けかくまわせる。その功があって、イーノーを女神レウコテアーとし、イーノーの子メルケルテスは海神バライモーンとなった。
このカンタータを聞いていると、ペルゴレージの「奥様女中」を思わせる。前古典派のイタリア的なスタイルを彷彿とさせる。


イーノーと幼児バッカス



                                                                             バッコスの誕生

                            主神ユピテル 可憐なる
                            テバイの王女 愛したり
                            子を授かれど (ユピテルの)妻のユノ
                            子を迫害し 嫉妬する

                            伝令の神 ヘルメス(マーキュリー)に
                            我が子を託し 隠したり(ユピテルが)
                            ヘルメス森の イーノーに
                            玉の男子(オノコ)を 預けんや

                            男子(オノコ)を山羊に 変身し
                            洞窟の中で 育てたり(ニンフが)
                            神より授かる 御子として
                            ニンフ崇めて 接したり

                            育ちたりける バッコスは
                            美はしきこと 神のごと
                            逞しきこと 虎のごと
                            み使ひのごと 優しきや

                            ニンフやパーン(牧神) 連れ添ひて
                            女の信者 多かりき
                            ワインを広め またたく間
                            絶大なりける 人気得る

                            バッコス酔ひて 陽気なり
                            あまたの女 選びたり
                            永遠(トワ)の愛にて 合一す
                            秘密の儀式 伝へたり

                            瞼にキスして 手を握り
                            愛の永遠(トワ)なる 想ひする
                            気の遠くなる 口づけし
                            とろけたりける 想ひする

                            葡萄の房と 球(タマ)任せ
                            深く愛さる 心地する
                            背中をくすぐり 癒やされて
                            愛の翼よ 生えよかし

                            綿のごと腕 握られて
                            愛の歓び 湧き上がり
                            み足のライン さすらひて
                            潤んで来たる 心地する

                            ウェヌスの丘に 近づけば
                            甘き歓び 襲はんや
                            めしべに花粉 飛び散れば
                            愛の実りの 生まれんや

                            ワインを飲みて 試みよ
                            二人の愛の 儀式なら
                            不純なからん 恋ならば
                            二人はすでに 天にあり




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