マーラー(1860-1911)

 ボヘミア(チェコ西部)の片田舎カリシュトにユダヤ人の家庭に生を受ける。オーストリア・ハンガリー帝国に属しており、まもなくユダヤ人の居住権の改正で古都イーグラウに転居した。父親は酒造業で成功しており、街のドイツ人とも親しく、近くのカトリック教会の聖歌隊の隊員となり、ハイドンやモーツアルトのミサ曲などに親しんだ。イーグラウのドイツ人のギムナジウムに入学し、特に音楽を熱心に学びピアノの才能はめざましく、僅か十歳でイーグラウ劇場のステージに立ち、成功を収めている。父親はマーラーに本格的な音楽教育を授けるため、チェコの首都プラハに送り出した。

ところが、プラハのギムナジウムで服や靴を隠されるなどして学校生活がうまくいかず、九ヶ月でイーグラウで帰えらざるをえなかった。しかし、故郷で生気を取り戻しコンサートを開き、オペラの作曲にも手をつけている。15歳になったマーラーは、さらに本格的に音楽教育を受けるべく国際都市ウィーンに出てウィーン音楽院に入学を許された。ウィーン音楽院ではシューベルトのピアノソナタイ短調で一等賞をとりシューベルトの再来といわれていた。また、ピアノ五重奏の作曲でも一等賞をとり学校の注目を浴びた。貧しい学生ではあるけれど親友にも恵まれて、ワーグナーの歌劇を熱心に聞き決定的な影響を受けた。また同時にウィーン大学にも在籍して、ブルックナーの和声学やハンスリックの芸術史を聴講した。交響曲ではブルックナーの影響は濃厚で、ブルックナーから交響曲第3番のピアノ編曲を委託されたりしている。

苦学生であったマーラーは、卒業後小さな町の劇場で指揮者になり食べて行くことが先決であった。しかし、作曲活動も取りかかり「森のメルヘン」「吟遊詩人」「婚礼の場」の三部からなる大曲のカンタータ「嘆きの歌」を作曲し、ベートーヴェン賞のコンクールに提出したが、保守的な審査員により拒否され、憧れの年金生活の夢も閉ざされ、指揮者の道をひたすら進んで行くしか前途はなかった。

その後スロバキアのライバッハ、チェコのオルミッツ、ドイツのカッセル、プラハ、ライプチッヒ、バダベスト、ハンブルク、ウィーンとオペラハウスを巡り歩き、次第に名声を高めって行った。ウィーン歌劇場の音楽監督の約10年間が栄光の時代であった。カッセルの不遇時代にプリマドンナ・ヨハンナ・リヒターへの恋により作曲した「さすらう若人の歌」は交響曲第一番を作曲するきっかけともなっている。交響曲第二番と三番は、ハンブルク時代の夏の避暑地である、オーストリアのアッター湖畔のシュタインバッハで作曲された。またハンブルク時代にローマ・カトリックに改宗した。

「さすらう若人の歌」
 カッセル劇場の副指揮者をしていたが、主席指揮者と意見が合わず不遇であった。ワグネリアンであったマーラーはバイロイトへ「パルジファル」に聞きに行きワーグナー熱の最高潮に達したころであったが、主席指揮者は俗受けするフランス物やイタリア物を重視して、ワーグナーやウィーン古典派の音楽を取り上げることは禁じていた。そのような中で一筋の光明を与えたのが、ブロンドの美しいコロラトゥーラ・ソプラノのヨハンナ・リヒターへの恋であった。マーラーはその心情を四作の歌曲にしたためた。第二番の「朝の野辺を歩めば」は、交響曲第一番の第一楽章の主題として使われている。

T「愛しき人の婚礼を迎える日」♪♪

                              愛しき人の婚礼を迎える日

                            愛しい人の婚礼を 迎える日よ
                            喜びで婚礼を 臨む日よ
                            されども 吾には何と悲しきか
                            部屋に独り 閉じこもりて
                            愛しき人を 想ひ泣きくれる
                            愛しき人を 願ひ泣きくれる

                            小さき 青き花よ
                            なしぼみそ(しおれるな)
                            な萎(シオ)れそ
                            小さき 優しき鳥よ
                            さえづり 歌へかし
                            おゝなんと 楽しき

                            鳴くなかれ 小鳥よ
                            開くなかれ 花よ
                            春はとく 過ぎ去りたり
                            歌ふ心も 尽き果てん
                            日暮れて 眠りに就けば
                            胸ふさぐ 苦しみよ
                            吾が身の 不幸よ


U「朝の野辺を歩めば」♪♪

                              朝の野辺を歩めば

                            朝の野辺を 歩めば
                            草の露も 乾かぬころ
                            陽気な鳥 さえづりたり
                            おはやふ おはやふ
                            晴れ晴れとせん
                            輝く 朝よ
                            快き 朝よ

                            野の傍らの 釣鐘草も
                            陽気にして 機嫌良く
                            朝の挨拶 求めんや
                            晴れ晴れとせん
                            何と快き 朝なりや

                            幸ひの日々の 始まりたるか
                            今の 吾には
                            何ぞ 幸ひの花の咲かんや(どうして幸福の花がさこうか)


V「胸に熱き刃」♪♪

                              胸に熱き刃

                            胸に 熱き刃(ヤイバ)
                            胸の奥に ひそみたり
                            痛きや
                            喜び悲しみにつけ
                            胸の奥深く 痛みたり

                            情け容赦なき 客よ
                            片時も 静まらず
                            片時も 休まず
                            昼となく 夜となく
                            胸 かき乱す
                            眠る 時ですら

                            天空を みつめると
                            碧き瞳 浮かびたり
                            朝の野辺を 歩めば
                            ブロンドの髪 彼方にみえたり

                            夢からふと 覚めたれば
                            かの女(ヒト)の 銀(シロガネ)の声聞けば
                            痛きなり
                            かくの如きめに あふならば
                            永久(トワ)の眠りに 就きたしや


W「恋人の碧き瞳」♪♪

                              恋人の碧き瞳

                            愛しき人の ふたつの瞳
                            そに 送られ
                            広ひ世間へ 出でたりや
                            愛する地とも 別れたり
                            碧き 瞳よ
                            何ぞかくの如く みつめんや
                            されば 恋の悩みと
                            切れぬ身に なりたりけり

                            鎮まりたる 夜更けに
                            暗闇の野に 出でたり
                            声かける ものとてなし
                            道連れは 失恋の苦しみ
                            街道沿いの 菩提樹よ
                            その木陰で 初めて眠りたり

                            雪の如き花を 散らしたり
                            木陰に 安らげば
                            この世の 煩ひ忘れ
                            元の姿に 返りたり
                            愛の 悩みも
                            この世の ことも
                            あの夢も 忘れて


交響曲第一番「巨人」

 この交響曲は「さすらう若人の歌」をきっかけにしてできた曲で、カッセル時代の美人ソプラノ歌手ヨハンナ・リヒターへの恋の産物である。その点ではベルリオーズの幻想交響曲と似ている。

第一楽章 RP♪♪
ボヘミアの春の自然描写から始まる。マーラーがボヘミアの自然を如何に愛しているかが判る。そして、歌曲「朝の野辺を歩めば」のテーマが流れてきて、春と恋の悦びが伴に描かれていく。一度森の様子に戻るが繰り返されて行くと伴に次第に盛り上がり、町の道を二人で馬車に乗って丘の上に登り、遙かに望む場面に高まって行くかのようである。

オーベールの眺望           セザンヌ


中欧によくあるような、森と町が一体になった景色であり、丘の上から町を眺めている風景である。これに道がついて馬車が走っていたら第一楽章のイメージにぴったりだと思う。



第二楽章 RP♪♪
順風満帆で進んでいる様子を示している。青春の悦びを満喫している。中間部も優雅で恋を連想させる。

海景             バックハイセン


第三楽章 RP♪♪

葬送行進曲である。失恋したことを暗に述べている。このメロディー自身はボエミアの民謡である。「さすらう若人の歌」の「恋人の碧き瞳」のメロディーが、中間部に恋人の幻想のように出てくるが、再び葬礼の音楽になり終了する。

エレメンティア               ©竹宮恵子


第四楽章 RP♪♪

絶望的な感情と闘う情景から始まるが、恋人の幻想が出てきて、ロマンチシズムの極致になるが、再び失恋に打ち勝つ闘争的な音楽になる。トランペットが勝利の宣言をするような行進曲になる。第一楽章に出てきたボエミアの森の情景が出てくる。悲劇を乗り越えるテーマが大きくなっていく。再びトランペットの勝利の宣言になり曲を終える。

大蛇と戦うアポロンの馬車     ルドン


交響曲第二番「復活」

 ハンブルク時代の避暑地アッター湖畔のシュタインバッハで作曲された。闘争の後の勝利、苦悩の後の歓喜という浪漫派的なテーマが曲を支配している。
マーラーは、ボヘミアの片田舎に生まれたユダヤ人であった。住居権も制限があり、法改正により転居させられることもあった。マーラーの語る言葉によれば、「オーストリア帝国の中ではボヘミア人、ドイツ帝国の中ではオーストリア人、世界の中ではユダヤ人」という根無し草のアウトサイダーであることを認識していた。それゆえに、民族的な偏見を常に意識していた。民族的な偏見と闘わずして生きて行けない存在でもあった。

第一楽章♪♪
人生の戦いを表した楽章である。冒頭から弾丸が飛んでくるような激しい闘争の主題で始まる。しばらくして、アッター湖畔の自然を表す第二主題が歌われる。そしてもう一つの主題は、勝利の行進曲であるが、それは次々に挫折してしまう。主にこの三つの主題で表された闘争的な楽章である。

人生は戦い            クリムト


第二楽章 ♪♪
美しいメヌエットの過去への回想であり、愛した人の面影が出てくるが、中間部で亀裂したような音楽になり悲恋であったことが判る。そしてまた、過去への回想になる。(アバド指揮他はショルティ指揮)

アッター湖畔の城         クリムト


第三楽章

第一楽章の苦悩の楽章から第四楽章・第五楽章の苦悩に勝利した楽章への橋渡しになる楽章である。水の流れにより時が満ちる様子がうかがえる。また螺旋階段を上るように、浮き沈みしながら次第に高みに至ってると表現してもよいかも知れない。

流れる水             クリムト


第四楽章♪♪

「原光」と名付けられている短い楽章である。次のようにアルトで歌われている。

・・・吾は神より出でし者、
再び神のみもとへ帰らんとす
神 灯火を与え給ひ
光に照らし
至福の満ちたる生に
導き給ふべし


第五楽章♪♪
苦悩でひしがれた者が「復活」して、崇高な勝利の大団円になるまでを、管弦楽と合唱で描いてる。
楽器で「怒りの日」をモチーフにして「復活のテーマ」が奏でられる。
復活のテーマから盛り上がり、第一楽章からの勝利の行進曲に高まっていく。
合唱で「復活の賛歌」が歌われ人生に勝利した崇高な大団円に到達する。

昼                       ルドン


交響曲第三番

 第二番と同じく避暑地アッター湖畔で作曲された。彼は劇場で指揮をして、夏になると、親しいブルーノ・ワルターや妹ユスティーネを伴いアッター湖畔で作曲活動に没頭するのだった。「生きるために指揮をし、作曲するために生きる」とマーラーは述べている。アッター湖畔は彼を彼自身に目覚めさせてくれる、そういう大切な場所であった。親しき者との交わりだけではなく、素晴らしいアッター湖畔の自然が彼の心を癒してくれるのであった。可愛い妖精のような花々、野に住む動物たちの愛らしさが彼の心を捉えて離さなかった。マーラーは無類の動物好きで、ポケットの中にいつも小さな犬を潜めていた。

この交響曲は大きく二部に分かれている。第一楽章が第一部で「パーン(牧神)が目覚める、夏が来る。」とコメントされている。第一楽章はマーラー自身が半獣神のパーンであり、そのパーンがアッター湖畔の自然により、本来の姿に目覚める様子を描いてる。冒頭から闘争的な音楽が流れるが、間もなくアッター湖畔の自然が彼を少しずつ変えてゆく。そしてついにハープの音と伴にアポロンの馬車が出現して山場を迎える。作曲家としての彼自身に目覚めたのである。しかし、また冒頭の闘争の音楽に戻ってしまう。様々なモチーフが現れて最後に再びハープと伴にアポロンの馬車が現れ曲を終わる。

第二楽章♪♪「牧場で花が私に語ること」と題されている。
湖畔の花の妖精がマーラーに語りかけている様子が描かれている。花々が彼の心を癒し、彼本来の人間的な姿に戻してくれるのである。(アバド指揮、以外はショルティ)

ヴィオレット・エーマン       ルドン


第三楽章「野の動物が私に語ること」
愉快な動物たちが、マーラーに語りかけ心をほぐしてくれる。

第四楽章♪♪「夜が私に語ること」
アルトのソロが次のように歌う。ニーチェの詩によっている。

おゝ人よ 注意せよ
何を語らん 深き夜は
吾 眠りたりけり
深き夢から 覚めんとす
世界は 深し
昼間より 深からん
その苦悩は 深し
されど 歓喜は心の傷より深し
苦悩は云う 滅びよと
されども 凡ての歓喜は 永遠(トコシエ)を求む
深き深き 永遠を求む

この詩より現世の苦悩より真の歓喜を求める方向が示される

第五章♪♪「朝の鐘が私に語ること」
天上の天使の声が聞こえてくる。

第六章♪♪「愛が私に語ること」
天上の神(主イエス)の慈悲の愛の心が奏でられる。

聖心               ルドン





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