マンハイム楽派(Mannheim Music School)

 古典派の発達に大きく寄与した楽派にドイツのマンハイム楽派がある。宮廷楽長ヨハン・シュターミッツ(1717〜1757)のもとに多くの音楽家が集まり、ソナタ形式、音の強弱法などオーケストラの技術は格段に高められる。またメヌエットの第三楽章をシンフォニアに取り入れ、交響曲の基本を作った。さらにクラリネットなどの管楽器を利用して、管弦楽の厚みを増した。ヨハン・シュターミッツの息子カール・シュターミッツの時代になって最盛期を迎える。カール・シュターミッツは協奏交響曲(Carl Stamitz's Symphony concertante)を得意とし、パリで成功を収め、各地を旅行する。彼の協奏交響曲の優美な流れるようなメロディーを聞いていると、古典派の音楽はここで一つの極点に達したといってもいい。言うまでのなく、彼の音楽はモーツアルトにも影響を及ぼしている。

ヨハン・シュターミッツ

ヴィオラとオーケストラのための協奏曲ト長調♪♪

主旋律に他の楽器が従属する古典派の特徴を示している。ベルリン楽派に比較してみると、遙かにイタリアの古典派に近く開けた印象がある。このヴィオラ協奏曲はフルートでも演奏することもある知られた作品である。

カマルゴ             ランクレ


アントン・シュターミッツ(1750-?)

ヨハン・シュターミッツの息子には、カールと伴にアントンもいて、本格的な作曲家であった。
ヴィオラ協奏曲変ロ長調♪♪でも兄を上回るような傑作を残している。モーツアルトと同じ時代の人で、明快なロココ風の作風などが似ている。没年が判らないのは、フランス革命に巻き込まれたのではなかろうか。

絵画          フラゴナール




カール・シュターミッツ
(1745-1801)

フルート協奏曲ト長調作品29♪♪

ロココスタイルの華やかさ含んでいる協奏曲である。名人芸を必要とするパッセージもあり明朗軽快である。第二楽章は、よく歌っておりJ.C.バッハ風である。イタリア風の明るい終楽章で終わる。

レダと白鳥      コレッジオ



                              レダと白鳥

                            スパルタの花 妃レダ
                            乙女の如く 美(ウル)はしく
                            天使の如き 甘き顔
                            熟女の如き 深き胸

                            池の畔で 水浴びす
                            ニンフの如く ふくよかに
                            美はしきこと 清らにて
                            衣脱ぎたる み使ひか

                            ゼウス白鳥に 化けぬれば
                            鷲に狙われ 逃げ込みぬ
                            レダの豊かな 胸の中
                            赤き唇 奪ひたり

                            ゼウスに戻り 抱きしめん
                            とろける如き 甘ひキス
                            優しき愛撫 翼生(ハ)え
                            身体(カラダ)の歓喜 極まりぬ

                            優しき仕草 兄のごと
                            天にも昇る 歓びよ
                            優しき愛撫 常にして
                            心地よきこと 愛の園

                            神殿の中 運ばれき
                            二人幾月 愛したり
                            愛の結晶 生まれたり
                            輝けること 玉の子よ

                            女神の如く 美はしく
                            御殿(ゴテン)の中で 育まれ
                            ヘレネス(古代ギリシア)の女(ヒト) ヘレネとぞ
                            人々により 呼ばれける


ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロの協奏交響曲イ長調♪♪

カール・シュターミッツの協奏交響曲で最も知られている傑作である。カール・シュターミッツ(Carl Stamitz)の優美で踊るようなロディーのイメージ画をあげてみた。日本の少女漫画は、芸術的に見てもかなり高いレベルに達しており、特に、ロココ風の華やかなイメージに近いものがある。

自製複製原画集  ©萩尾望都


                              優しき人

                            踊る心 はやれども
                            生まれて初の 舞踏会
                            煌めく明かり 眩しくて
                            夢の世界に ゐる如し

                            頬を赤らめ はじらひて
                            菫の如く 慎ましく
                            天使の如き 白き服
                            胸には薔薇の 花飾り

                            舞曲の調べ 聞こゆれば
                            切なき想ひ 限りなし
                            秋の夜長の 淋しさに
                            眠れぬ夜の 幾日か

                            優しき言葉 ささやきて
                            みつめてくれる 人は誰
                            強く手を取り 握りしめ
                            連れゆき給ふ 人は誰

                            優しき人を 夢にみん
                            恋してくれる 人は誰
                            二人きりでの 愛の園
                            伴に過ごさん 人は誰



ヴァイオリンとヴィオラの曲協交響曲ニ長調♪♪

マンハイムで、パリで演奏するするために書かれた作品だと言われている。マンハイム・パリ旅行をしていたモーツアルトに影響を与えた作品だとも言われている。モーツアルトは早速、パリでヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲変ホ長調を書いている。


自製複製原画集      ©萩尾望都


                              ひとりきり

                            午後の紅茶 ひと時に
                            ひとりきりにて くつろぎぬ
                            窓から光 照らしたり
                            部屋に満ちたる 日の光

                            扇の如き 御髪(ミグシ)かな
                            日ざし当たりて 輝きぬ
                            湖水の如き まなこかな
                            天使の如き 顔(カンバセ)よ

                            乙女ころに なりぬれど
                            瞳の愁ひ なにゆゑに
                            愛する人を 想ひしか
                            彼方(カナタ)に想ひ 馳せたりや

                            優しき言葉 願はじや(優しい言葉を願わないことがあろうか)
                            みつめらるるを 望まじや
                            遙かなキスを 夢みじや
                            抱きしめらるるを 想はじや

                            花壇に立てる アモールよ
                            汝の矢をば 放てかし
                            恋の願ひを 叶へかし
                            ふたりを伴に 逢はせかし

                            愛の園へと 連れゆけよ
                            愛の歓び もたらせよ
                            ふたりの命 成しとげよ
                            天の御国へ 永遠(トコシエ)に



カール・シュターミッツの室内楽

カールシュターミッツは、室内楽にも優れた曲を多数残している。これらは、前古典派のロココスタイルをよく反映しており、清楚で美しい曲が多い。また長閑で牧歌的な特徴も備えている。モーツアルトやハイドンと比較しても遜色はない。マンハイムはウィーンよりもパリに近く、パリの粋で開けた趣味に近く、モーツアルトもパリ・マンハイム旅行で作風は本格的なロココスタイルに傾倒している。

トリオ・ソナタト長調♪♪

フルートとヴァイオリン(オーボエ)と通奏低音のためのソナタである。曲想は、当時のロココ様式を示しており、若いモーツアルトとほとんど変わらないような印象を受ける。内容は無用な繰り返しがなく、密度の高い傑作である。愛らしく、湧き上がるような清々しさが美しい。

憩う二人の羊飼い  ブーシェ



二つのフルートと通奏低音の為のトリオト長調♪♪

フルートを好んだのもフランス風の趣味である。モーツアルトの「フルート協奏曲」と「フルートとハープの為の協奏曲」もマンハイム・パリ旅行中に書かれている。この二つのフルートとチェロのトリオであるが、フルートの調べが清楚で美しく傑作である。

第一楽章 フルートのアレグロカンタービレでメロディーが清楚で美しい。
第二楽章 ゆったりた歌うようなフルートが美しい。
第三楽章 ロンドーの舞曲風の曲で、やはりフランス風の趣味である。


マノン・バレッティの肖像         ナティエ



フルートとヴァイオリンとヴィオラと通奏低音の為の四重奏曲♪♪

フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの四重奏曲である。近代のカルテットに近づいて来る。フルートがあるのはフランス趣味である。やはり牧歌的なメロディーの美しい曲である。

第一楽章 楽しそうなメロディーで弾むような雰囲気のある曲である。
第二楽章 明快優雅なアンダンテである。
第三楽章 陽気で踊るようなアレグロである。



フルートとヴァイオリンとホルンとチェロの為の四重奏曲♪♪

フルートとホルンが中心となって四重奏曲が構成されている。明朗典雅なロココスタイルの曲で、ホルンが羊飼的な牧歌性を醸し出している。全体的にギャラント(フランス語で粋・華やか)的なイメージがあり、フランス的な傾向の強い曲である。

第一楽章 ギャラントスタイルの曲でフランス的なロココスタイルの傾向が見られる。
第二楽章 牧歌的な雰囲気のアンダンテである。
第三楽章 再びギャラントスタイルになり、華やかなロココスタイルの傾向が見られる。




フランツ・クサーバー・リヒター(1709〜1789)

 マンハイム楽派には、フルート奏者が多い。マンハイムのカール・テオドル侯がフルートの演奏を非常に好んだからである。前者のカール・シュターミッツより先輩格のF・X・リヒターのフルート協奏曲を取りあげたい。年代的には、エマムエル・バッハに近いが、リヒターのフルート・協奏曲ホ短調は、管弦楽の前奏があり、そのメロディーに沿って、フルートのパートが続くという古典派の様式を示している。

後の古典派の明朗・軽快な趣とはひと味違い、短調の密度の濃い音楽が支配している。短調でも、悲劇的なところは全くなく、むしろ、エマヌエル・バッハのように喜怒哀楽越えた清らかな色調が
支配しており、人間と自然の融合が図れている。

人間が自然の中で捉えられるのが、前述したように古典派の一貫したテーマであった。音楽を古い形式から解放し、よりナチュラルな音楽を求めたのである。ロココスタイルと云うと装飾過多と捉えられがちだが、室内の流線型の装飾は、草花のような自然さを求めた姿であった。そのようにナチュラルで近代的な音楽技術を基盤にして、ロマン派音楽が開拓されて行く。そのような意味で、18世紀後半の音楽様式を古典派と呼ぶのである。


                  
田園の楽奏      ドゥルーエ

          



18世紀の王侯貴族の家族の肖像のような絵画である。中央の二人の女性の美しさは格別である。その婦人と背景の奥行きの深い緑とが見事に調和している。ジャン・ジャック・ルソーの「自然に帰れ」というスローガンは忠実に実行されている。まるで楽器の音色までが自然に溶け込んでいるかのようである。印象派のマネを待たずして、自然と人間とは調和していたのである。

F・X・リヒターの
ルート協奏曲ホ短調♪♪は、まさに、このような音楽にふさわしいだろう。この曲は、短調と長調の移調が実に微妙で、喜怒哀楽を超越した平静な世界を表現している。王朝の夢の如き音楽である。もしかしたら、源氏物語や枕草子の一場面にも、このような平静で、雅やかな場面があってよさそうである。この二楽章は、古典派音楽の雅びの普遍性を感じさせる。


コレギウム・アウレウムと前古典派
(Collegium aureum and Preclassic school)

 コレギウム・アウレウムは、1960年代から1970年代に活躍した古楽器グループである。当時バロック音楽やルネサンス音楽が、ブームになっていたころ登場して、バロックから古典派までずいぶんたくさんのレコードを出した。古楽器ブームが起こったのもこのころからである。古楽器ブームの火付け役をしたといってもよい。古楽器の管楽器や弦楽器の音がこんなに美しいのかと感嘆したものだった。それだけではなく、コレギウム・アウレウムの演奏は、それまでのオーケストラとは違った優雅さと美しさがあり音楽的にも質の高い演奏だった。今でも、時々ドイツ・ハルモニアムンディからでるコレギウム・アウレウムのCDを買っている。

コレギウム・アウレウムの最大の功績は、前古典派の音楽に光を当てたことだと思う。前古典派といえば、余り知られていないが、コレギウム・アウレウムの演奏で、そのすばらしさを知ることができた。特にエマヌエル・バッハやクリスチャン・バッハのすばらしさを発見したのはコレギウム・アウレウムのレコードからだった。これ以来、私はバッハの息子に夢中になり、レコードをあさるようになった。コレギウム・アウレウムが来日したとき、曲目にエマヌエルやクリスチャンがあり感激したことを覚えている。カール・シュターミッツもコレギウム・アウレウムのレコードを聞いてすばらしいと思った。その他にも、ヘンデル、ハイドン、モーツアルトなどすばらしいレコードがたくさんある。今でもそれらのレコードは家宝のように大切にしている。


イグナッツ・フランツル(1736〜1811)

 音楽史のテキストには載っていない作曲家であるが、カール・シュターミッツなどどほぼ同時代の作曲家であり、作風もカール・シュターミッツに似ている。明るくすがすがしい。マンハイム楽団の楽長を勤め、ヴァイオリンのヴィルトオーゾであり、パリでも成功を収めた。モーツアルトも手紙で、彼のテクニックの流暢さを誉めている。
シンフォニア第五番ハ長調♪♪は傑作であり、第一楽章はフルートが活躍して朝日が昇るように爽やかである。ハイドンの初期の交響曲と比較しても遜色ない。第二楽章は歌うようなアンダンテである。終楽章は、ロココ式のオペラの序曲を想わせるアレグロであり、しかもよく歌っており天駆けるような美しい楽章である。
     

天の果て地の限り        ©大和和紀


                              額田王(ヌカダノオオキミ)

                            大和の 国若き
                            朝日の 昇らんとする時代
                            二人の皇子(ミコ)の ましませり
                            決断の人 中大兄皇子(ナカエノオオエノミコ)と
                            仁慈の人 大海人皇子(オオアマノミコ)なり

                            二人 鹿狩りに出でし時
                            湖の畔(ホトリ)にて 
                            花つみし乙女児(オトメゴ) みつけたり
                            あたかも 森の精の如し
                            み使ひ如き 横顔
                            ぬばたまの 黒髪
                            頬の上に開く 紅(クレナイ)の花
                            けぶりたる 優しきまなこ 
                            落ち着きたる 風格
                            中大兄皇子 一目で惚れたりき

                            その夜 鏡氏の屋敷に泊まりし時
                            かの乙女児 鏡氏の娘額田王(ヌカダノオオキミ)と判りたり
                            かの乙女児 霊覚ありて神に仕える巫女なりき
                            中大兄皇子の 未来を予言す
                            鮮やかな玉座 血、嵐、陵(ミササギ)と答へたりき
                            この時決断す 蘇我入鹿を倒すことを

                            中大兄皇子 蘇我氏を滅ぼし
                            天下統一を 強力に進めたり
                            都を 難波(ナニワ)に移し 
                            大化の改新を 進めたり
                            額田王(ヌカダノオオキミ) 宮廷に仕へたり
                            額田王 有間皇子(アリマノミコ)と
                            和歌を通して 親しくす

                            有間皇子よ 汝ほど
                            心の清き 人ありや
                            穢れなきや その心
                            歌詠みたれば 証したり

                            大皇(オオキミ)の子で 聡明なり
                            次期の帝(ミカド)に 押されんや
                            中大兄(ナカノオオエ) 大皇(オオキミ)の
                            保守政治を 批判せり

                            次期の帝に 押さるれば
                            中大兄に かの謀反(ムホン)
                            起こるべきこと 必定なり
                            改新の道 妨げん

                            有間皇子よ 野心なく
                            歌詠むことに 余念なし
                            されども皇子(ミコ)の 運命は
                            変はることの なからじや

                            有間皇子を 担(カツ)ぎ出し
                            謀反の動き 起こりたり
                            清き人にも かかはらず
                            捕らへらること 悲しけり

                            有間皇子よ 自らを
                            犠牲にしても 国想ひ
                            中大兄に 命をも
                            与えることを 約したり

                            有間皇子よ (額田)王(オオキミ)と
                            万感込めて 抱(イダ)き合ひ
                            一首を残し 紀の国で
                            若き命を 散らしたり

                            磐白(イワシロ)の 浜松が枝を 引き結び
                            真幸(マサキ)くあらば また還り見ん       有間皇子

(磐白の浜の松の枝を結んで約束をしましたが、運が良ければ、また帰ってきてお逢い出来るでしょうに・・・)

                            大海人皇子 額田王にひかれたり
                            額田王も 皇子の優しさにひかれたり
                            淡き初恋に 似た感情 
                            二人に 芽生えたり
                            額田王 恋に安らぎて
                            大海人皇子に 愛さるることに
                            歓びを 感じたり
                            ある夜 白藤をみに
                            馬に乗りて ゆきたり
                            額田王 気が遠くなりたる
                            想ひ したりて
                            身を 委ねたり
                            激しい皇子の求愛に 抗しきれず
                            二人だけで 夜を伴にしたりけり

                            それより 暫くして
                            額田王に 女子が誕生す
                            大海人皇子の 第一皇女(ヒメミコ)なり
                            されども 額田王は皇子の妃にならずして
                            巫女の身分を 捨てざりき

                            唐(カラ)の国 韓の新羅と組して
                            百済を 攻めたりき
                            百済と友好関係にありたる 大和の国
                            援軍を 送りたり

                            熟田津(ニギタツ)に 船乗りせんと 月待てば
                            潮もかなひぬ 今はこぎ出でな           額田王

                            中大兄皇子 予想にも関はらず
                            大敗を 喫して
                            船 還り来ぬ
                            大和の国も 極めて危うし
                            国を憂へる 中大兄皇子をみて
                            額田王 初めて皇子の
                            真実を 知りたりけり

                            大和の国を 愛したる
                            皇子(ミコ)の心を 知らざりき
                            大和の国の 統一と
                            民の幸ひ 望みたり

                            血流したるも 国想ふ
                            他には何も なかりけり
                            百済の滅び 悲劇にて
                            大和の国も 危うしや

                            皇子の悩みに 共感し
                            皇子の苦しみ 担うため
                            心より皇子 愛すため
                            皇子の元へ 参りたり

                            疲れたる皇子 倒れたり
                            あれほど強き 人が何故
                            ひどく弱りて 望みなし
                            せめてお声を 聞きたしや

                            汝の(額田王)予言は 当たりたり
                            汝の告げた 一生なり
                            相見た後に 恋したり
                            されども君を 得られずや

                            清らなること 巫女にして
                            み使ひのごと 美はしき
                            触れんとせども 己が手は
                            常にまみれて 汚れしや

                            潮(ウシオ)の如く 満ちて来る
                            定かな愛は 誰のもの
                            愚かさゆゑに 知らざりき
                            皇子の想ひの 深きこと

                            花をつみたる 森の精
                            昨日のごとに 想へたり
                            皆の力で 築きたり
                            青春こそは 永遠(トワ)なりや

                            我らは死ぬに あらず也
                            あまねく星を 超へゆきて
                            高天原に 移り住み
                            天より国を 守らんや

                            懸(カ)からんと かねて知りせば 大御船(オオミフネ)
                            泊(ハ)てしとまりに 標結(シメユ)はましを        額田王

(愛されていると以前から知っておりましたなら、船がとまった港で男女の契りをしていたでしょうに)


グルック(Gluck)

 グルック(1714〜1787)はウィーンの宮廷楽長の地位を得たオペラ作曲家である。若いころ、イタリアで古典派音楽を学び、矢継ぎばやにイタリアオペラを幾つも創作した。グルックのイタリアオペラは瞬く間に全ヨーロッパに波及し、彼は楽団と伴に全ヨーロッパの都市を巡り総合的なオペラの有り方を身につけるきっかけとなった。その功績を買われて、バチカンから黄金拍車勲章を授与された(1756年奇しくもモーツアルトの誕生年である)。モーツアルトの先輩格のオペラ作曲家である。モーツアルトもそれから10年ほど後に同じくバチカンから黄金拍車勲章を授与された。モーツアルトの真のライバルはサリエリなどではなく、グルックであったのかも知れない。当時のウィーンとパリの宮廷はグルックの強い影響下にあった。さらにグルックはロンドンでヘンデルのオラトリオ(メサイア等)や、パリでラモーのオペラを知り大きな影響を受けた。

ウィーンでマリア・テレジアの支持を受けウィーンの宮廷楽長の地位を得ると、本格的なオペラの改革に乗り出す。声の技巧に走っていたイタリアオペラに、演劇的要素の強いフランス風のオペラ・コミックを融合して、アリアと合唱とオーケストラとが、淀みなく流れていく劇音楽を創造しようとした。従来のレスタチーヴォもオーケストラの伴奏を与えられ、音楽的な性格を持つことになった。後にワーグナーが楽劇で考えたことと似ている。そのような発想で創られた最初のオペラの傑作が「オルフェオとエウリディーチェ」である。グルックの新しいオペラはパリでも受け入れられることになる。グルックは後半生の多くをパリで活動し、マリー・アントワネットの支持を得て数々のオペラを生み出した。一方で器楽曲は数が少ないが、古典派的な明快さとメロディアスな特徴を備えている。


フルート協奏曲ト長調♪♪

 グルックの数少ない器楽曲の一つである。フルート協奏曲はこの一つだけが残されている。作曲年代ははっきりしていないが、イタリア留学中の作とする説が有力である。若きハイドンボッケリーニと同じようなイタリア古典派の特徴を示している。明朗快活であり清澄である。

©萩尾望都「金銀砂岸」より


                            真夏の夢

                         頬をなでたる そよ風よ
                         澄みたる日ざし 濃やかに
                         色とりどりの 花の園

                         小さき別荘 出でゆけば
                         白樺の樹の 木漏れ日に
                         小川の水面(ミナモ) 輝けり

                         忘れもしなき その夏は
                         君との出逢ひに 初まりき
                         真夏の日々の 夢のごと

                         笑くぼ可愛ゆき 丸き頬
                         眉から肩へ 垂れる髪
                         天使の如き シルエット

                         伏目がちにて はにかみて
                         しなしなと立つ ゆかしさは
                         天使の如き 姿かな

                         伴に手をとり 森歩み
                         伴に寄り添ひ 絵を描き
                         伴に顔寄せ 詩を読みぬ

                         季節は秋に なりにけり
                         また逢ふ誓ひ かはせども
                         君はしくしく 泣きたりや

                         翌年夏に 訪ねども
                         君の姿は なかりけり
                         されども君の 面影は
                         まぶた閉じたり 夢にみん


オペラ「オルフェオとエウリディーチェ」

 グルックが乗り出した、新しい改革により出来た最初の傑作が
「オルフェオとエウリディーチェ」Gluck's" Orfeo and Euridice")である。このオペラは音楽劇として優れていて、オーケストラにより流れていく劇音楽を楽しむことができる。アリアと合唱も美しく、構成も簡潔で、18世紀の最高水準にあるオペラと考えてよい。したがって、現在でも演奏される曲目である。

このオペラでは、蛇に噛まれて亡くなったエウリディーチェは、アモールの図らいで地上にオルフェオと伴に帰還する喜劇の形で終わっている。そしてこのオペラは、ウィーンの王侯の命名式の折に発表されたものである。したがって、序曲♪♪は明るい祝祭的な気分に包まれている。この時代のオーストリア王国は東ヨーロッパに広大な領土を持ち、国家の繁栄を極めていた。このオペラも人々の目をあざむくような豪奢なものであった。序曲もよく出来ており、ロココスタイルの華やいだ雰囲気をよく表している。

ダンス       ランクレ




幕が上がると、ニンフ(森の妖精)たちがエウリディーチェの死の悲しみを歌っている。中でも、オルフェオがエウリディーチェの墓碑の前で歌うアリア♪♪は特に美しく、(カストラートのオルフェオをアルトが歌っている)間にオーケストラ伴奏付のレスタティーヴォを挟んで、歌詞を変えて三度繰り返される。モーツアルトさえもこれほどのアリアは作れなかったであろうと思うほど、清らかで天国的なアリアである。また有名な精霊の踊りの音楽、幸福な精霊たちの合唱など、聞かせどころが多く、全体的に、ギリシア神話の愛の物語の音楽で、ロココ調の神話的な音楽といえる。音楽だけを聞いていても進行が分かるような良くできたオペラである。1762年のウィーンに次いで1774年のパリ初演の時、百科全書派のグリム兄弟(童話作家)は「フランスでこれまで演奏された最も高貴なオペラ」と絶賛の辞を送っている。

オルフェオのアリア 今は亡きエウリディーチェを歌う

愛する人をかくのごとく呼ばん

朝、日が昇りたる時も

夕べに日が沈みたる時も…

吾が苦しみは虚しかりし

愛しき
心の面影よ

何ぞ答へざらんや…

日大地を金色に彩どり

波間に沈みても

愛しき人を想ひて泣かん

小川もささやき

答へたり…

エウリディーチェの墓碑のオルフェオ   ゲラン


蛇に噛まれてエウリディーチェを失ったオルフェオは、彼女を求めて冥界へ下りていく。妖怪の世界をやっと通過して、幸福な精霊の世界へやってくる。ここで有名な「幸福な精霊たちの踊り」の音楽(とオルフェオのアリア)♪♪が、フルートと弦楽合奏で奏でられる。そのあとオルフェオのアリアが続く。(オルフェオはメゾ・ソプラノ)

澄み切りたる空よ

輝きたる日よ

清らかな光よ

み使ひの歌

小川のせせらぎ

大気のささやきと伴に

甘くして美はしき光景よ

此処(ココ)こそ幸ある勇士たちの住む処なり

すべて穏やかにして幸ひなり

されど吾にはあらじ

愛しき人のなくば

望みなからん

汝の美しき声のみ

汝のまなざしのみ

汝の微笑みのみ

幸ひの野に導かん

愛する人よ

何処(イズコ)に

エウリディーチェは何処に


オルフェオのアリアに答えて、
幸福な精霊たちの合唱♪♪
が続く。

憩いの地に来たる

勇士にして優しき友よ

試練に遭ひし人よ

アモールが与えんや

甦りて美しき女を汝に与えん

間にバレーが入る

オルフェオのレスタティーヴォが入る。

精霊たちよ

苛立ちを赦し給へ

恋の経験(ためし)あらば

かの苦しき試練を思いだし給へ

愛しき人に逢はざれば 

この地も幸ひとならずや

再び幸福な精霊たちの合唱
エウリディーチェよ

汝美しき女よ 

オルフェオと伴に帰るべし

アモールの恵みにて

別れることなき人のもとへ

地上の幸ひの野に帰るべし

                         歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」の挿絵 

                   


ハッセ(1699〜1783)

この時代グルック以外にも、ドイツ人でありながら、ドイツ以外のイタリアやオーストリア、フランスなどで活躍した作曲家がいる。ハッセは、ドイツのハンブルクで、オペラの作曲家として成功した後、イタリアのナポリに出て、アレッサンドロ・スカルラッティに師事し、ナポリ派のスタイルを身につけ、欧州をまたにかけ活躍した。約100曲のオペラやカンタータを残している。ロンドンでは、ヘンデルのライバルであった。ヘンデルより若くグルックより若干年上であり、バロックから古典派に至る前古典派にも所属している。

現在では余り顧みられないが、当時は相当の賞賛を博した作曲家であった。作風はシンフォニアなどを聞いていると、ベルリン楽派に近いが、カンタータなどを聞くと、前古典派風の雅やかなロココスタイルに近い。彼自身がテノール歌手であったせいか、メロディーの美しさが特徴のようだ。品の良さなどはグルックのオペラと似ている処がある。これは18世紀半ばのロココスタイルと関係があるのであろう。
カンタータ「ジェロシア」♪♪は1769年の作品であり。グルックに近いが、アレッサンドロ・スカルラッティにも似ている。センスはかなり洗練されている。ハッセは、当時絶対的な人気のあったイタリア人の桂冠詩人「メタスタジオ」の台本の全てにオペラを作曲したことを誇りにしていた。穏やかで品のある処が当時の上流社会に受けたのかも知れない。

エメレンティア      ©竹宮恵子


                              エメレンティア

                            旧きしきたり 残る世の
                            魔女狩りの手が 乙女らに
                            忍び寄らんと するときに
                            時めきたりし エメレンティア

                            置き忘れたり 神々の
                            真珠(シラタマ)のごと 美はしき
                            姿は蝶に 野を駆ける
                            エメレンティアよ 似たりけり

                            河に至れば 衣脱ぎ
                            イブの姿で 泳ぎたり
                            鳥も子供も 集ひては
                            エメレンティアを 誉め頌ふ

                            暗き教会 嫌ひては
                            木陰に寄りて 休まんや
                            本を置いては 踊らんや
                            教師をつけて 指導さる

                            願はんがごと 甘き目よ
                            天使の如き 丸き頬
                            水草のごと くちびるよ
                            風に靡かん 金髪よ

                            心奪われ 抱きしめて
                            口づけせんや かの教師
                            崩れ落ちたり エメレンティア
                            あの子は魔女と 人は言ふ

                            修道院に 預けられ
                            鞭で打たれて 本を読み
                            手には髑髏(ドクロ)を 持たさるる
                            乙女児(オトメゴ)からは 笑顔消ゆ

                            病に就きたり エメレンティア
                            熱にうかされ 亡くならん
                            眠る乙女の 姿して
                            棺に納めて 埋葬さる

                            幾多の蝶が 集まりて
                            墓の上にて 舞ひたりや
                            視よ!光る蝶 羽ばたきて
                            大空に向け 飛びたりき

エメレンティア       ©竹宮恵子



イグナッツ・ホルツバウアー(1711-1783)

 ウィーン生まれのオーストリア人で、イタリアで修業した後、オーストリア、ドイツの宮廷に勤めて、マンハイムの楽団のコンサートマスターになり、作曲活動を行った。作風はモーツアルトに非常に似ている。マンハイムはザルツブルクより一層パリに近く、パリで流行っていたロココ・スタイルの洗礼を受けていた。その辺りがドイツのベルリン楽派と異なるところである。1777年モーツアルトは、マンハイムを訪れ歓待を受けるが、モーツアルトが一番気にいった作曲家がホルツバウアーであった。ここではミサハ長調を取り上げるが、モーツアルトがマンハイム・パリ旅行よりザルツブツクに帰った後に書く「戴冠ミサ」とも雰囲気が非常に似ている。明朗典雅であり、祝祭的であり、ロココスタイルの横溢している処など共通点が多い。長大なミサなのでキリエ、グローリア、クレドまでお聞き下さい。

キリエ♪♪
祝祭的なオーケストラで始まるが、流れるようなメロディーで変わり、慈しみ響きに変わって行きます。そして、合唱とソリストの声楽が始まります。明朗典雅ですがロココスタイルの慈しみの光に満ちています。

歴史(預言)の寓意          メングス



グローリア♪♪




このグローリアは長大で第五部からなります。第一部は高らかに神の栄光がオーケストラで演奏され、合唱ももそれに従います。休みを置き、フルートを伴い典雅なメロディーが現れ、神の慈しみを歌って行きます。美しいメロディーが小川のように流れて行き三部に別れています。最後に
第五部♪♪で高まりをみせます。



クレド♪♪

三部に別れています。高く天上昇り、教会の教義を時には力強く、時には神秘的に奏して行きます。





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