モーツアルト(W.A.Mozart)

 イタリアやドイツ、フランスなどでおこった古典派音楽の完成者はモーツアルト(1756〜1791)である。古典派音楽は、芸術的にはロココ様式を背景におこってきた音楽である。モーツアルトは音楽におけるロココ様式の完成者であり、さらにロココ様式を越えてロマン派に似た音楽を生み出している。ベートーヴェンを古典派の完成者とみなす考えもあるが、ベートーヴェンには、ロココ様式は全く見られない。ベートーヴェンは、ロココ様式を全く顧みなかった作曲家で、古典派の完成者ではない。むしろ、19世紀ロマン派の創始者である。これが、ヨーロッパの芸術思想から見た適切な見方であると思う。

モーツアルトは、父レオポルトとともに、子供ころからドイツ、イタリア、フランス、イギリスとヨーロッパの各都市を旅行して、各地の古典派の音楽を身につけていった。このようにして、モーツアルトは、国際的な古典派の様式を確立していくことになる。16歳には、一流のイタリアオペラを作曲している。ヨーロッパの各地でおこった古典派音楽は、天才モーツアルトにより総合され完成されていく。

モーツアルトは、特に、ロンドンのクリスチャン・バッハの影響を強く受けている。クリスチャン・バッハは、前述したように、イタリアオペラの作曲でロンドンで活躍し、作風は、洗練された愛の感情を感じさせ、早熟のモーツアルトは、すっかりクリスチャン・バッハの虜になってしまった。彼が16歳の時に作曲した歌劇「ルチオ・シルラ」(Mozart's"Lucio Silla")は、クリスチャン・バッハの同名のオペラを意識して作っている。モーツアルトは、クリスチャン・バッハから受け継いだロココ風の愛の感情を深めていく。そして、モーツアルトは生涯を通して愛の感情を表現した作曲家であった。

モーツアルトの作風は、ザルツブルク時代と、ウィーン時代で大きく変化している。ザルツブルク時代にモーツアルトは、音楽のロココ様式を完成する。しかし、ウィーン時代に入って、彼の音楽は、主観的になっていき、淋しさや哀しみが感じられるようになる。ロココ的な古典派様式を越えて、ロマン派に似た主観的な感情の音楽に変わっていく。このようなモーツアルトの音楽とその変化を見ていくことにしよう。


神童モーツアルト(An Infant prodigy Mozart)

 作曲家の中には、少年時代から才能を現して神童と言われた人が少なくない。モーツアルトも、6歳でシンフォニアを作曲して、11歳でオペラを書いたのだから神童と言われるのに相応しい人物である。しかし、少年時代に書いた曲が試作品ではなく、本格的でプロ級であったのはモーツアルトの顕著な特長である。

モーツアルトの処女作のオペラ「アポロンとヒュアキントス」KV38(Mozart's "Apollo et Hyacinthus"KV38)は、モーツアルトが11歳の時ギムナジウムの終業祭の公演のために数ヶ月間で書かれたもである。台本はラテン語で、古代ローマの詩人オヴィディウスの「転身物語」が原典になっている。5人の神話的な登場物がいて、全て、ギムナジウムの少年や教師で演じられたらしい。その水準は、今日では考えられないくらいのレベルであったといわれている。
 
このオペラは、1時間半ぐらいで、規模は小さいが、軽快な序曲、美しい合唱、軽妙なレスタティーヴォ、そして溌剌とした明朗なアリア、どれをとっても作風は一流で、現代人でも飽きることなく観賞することが出来る。これが、11歳の少年が作曲したものとはとうてい思えない。曲想は、前古典派風のロココ様式をよく感じさせる。というより、曲全体に「ロココの風」が吹いている。素朴だが牧歌的な美しさに満ちていて、少年モーツアルトの天真爛漫さを感じさせる。

「序曲」の楽譜



序曲の楽譜を見ても、小学生が書いたものとは思えないような、プロ並みの筆跡である。原符は、162ページにわたっている。しかし、何といっても素晴らしいのは、序曲の後に歌われる合唱である。
この清純で美しい合唱♪♪は、晩年の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」(御聖体)を彷彿とさせる。少年モーツアルトの才能が、いかに高かったかを証明している。モーツアルトという音楽家は、生まれながらの、音楽の天使ではなかったかと思えてしまう。 この合唱は、アポロンを讃える歌である。間に、レスタティーヴォが入っている。 


イタリア旅行

少年モーツアルトの写真


 13才から16才まで、モーツアルトは、イタリアに3回旅行に行っている。このころのモーツアルトの作曲技術や演奏技術はプロ並みになっていた。イタリアへ行く以前にすでに、モーツアルトは、オペラ「アポロンとヒアキントゥス」「みてくれのばか娘」「バスティアンとバスティアンヌ」を書いていた。また、8才のときロンドンで会ったクリスチャン・バッハの影響で、シンフォニアをこのころから書き始めている。

イタリア旅行では、滞在する諸都市で演奏会を開き大好評を博する。このような評判を背景にして、ヴァチカンを訪ね、システィナ礼拝堂の門外不出の「ミゼレレ」を聞き取り、それを正確に書き写したのである。こうした天才的な才能のため、モーツアルトはローマ法王から「黄金拍車」勲章を授かる。ヴァチカンから「黄金拍車」勲章をもらった音楽家は、ルネサンスの時代に、国際的に活躍した
オルランド・ラッソーとモーツアルトと同時代のドイツのオペラの改革者グルックの三人のみである。さらに、モーツアルトはボローニアのアカデミア・フィラルモニカによる対位法の試験を受け、ボローニアで破格のアカデミーの会員の資格を得る。この最中に、オペラ「ポント王ミトリダーテ」をミラノで上演して大好評を博する。

二度目のイタリア旅行では「アルバのアスカーニオ」が大好評を博する。三度目のイタリア旅行では、オペラ「ルシオ・シルラ」は成功とはいえないでも、20回以上も再演された。オペラ「ルチオ・シルラ」を書いたときのモーツアルトは、16才であった。しかし、この曲を見る限りモーツアルトの才能はプロ級であり、後期のオペラと比較しても遜色のない出来であると思う。

この写真は、モーツアルトがヴァチカンから「黄金拍車」勲章を受けたときのものである。胸に輝くような勲章が写っている。モーツアルトの若き日の表情がよく現れている。少年らしい真摯さと深くすんだまなざしが特徴的である。




オペラ「ルチオ・シルラ」 天真爛漫なモーツアルト

 10代後半から20代初めのザルツブルク時代のモーツアルトは、楽想が泉のように湧いてくるのをそのまま写したような、まるで天上の天使がそのまま舞い降りてきて歌っているような、天真爛漫でナチュラルな悦びに満ちている。とくに、オペラのアリアにそのような傾向がよく現れている。16才のときに書いたオペラ「ルチオ・シルラ」には、そのような特徴がよく現れている。


まず序曲(シンフォニア)♪♪は、クリスチャン・バッハ風の急緩急の3楽章に分かれている。第1楽章は、ロココ風の序曲によくある先を急ぐようなアレグロである。第2楽章は、ザルツブルク時代によくある、モーツアルトの時めくような緩徐楽章である。ロココの風が頬一杯に吹いている。第3楽章は、再びアレグロに戻り古代ローマの風景に聴衆を誘ってゆく。この序曲だけでもモーツアルトの代表的な音楽として鑑賞できる。

田園風景        フランソワ・ブーシェ




短いレスタティーヴォあり、いよいよソプラノアリア「行けよかし 愛が招く処へ」からレルタティーヴォを挟んで「溢れる愛の酬ひ♪♪が始まる。「ルチオ・シルラ」の第1曲のソプラノのアリアは、9分を越える長大なものであるが、のびのびとしかも天真爛漫で天衣無縫な闊達さがある。まるで泉が酌めども酌めども湧き上がってくるように、アリアも何処までも何処までも自在に歌われて行くようである。さらに、オペラ全体が、明快で純粋である。とくにソプラノのアリアは、天使が歌っているような純真さがある。このオペラを聞いていると、ふと少年モーツアルトの澄んだまなざしを思い浮かべてしまう。第二曲のアリアも8分余りある第一曲にひけをとらない心の時めきに満ちた純粋なアリアである。

笛吹く羊飼    フランソワ・ブーシェ



                               パンの笛     ピエール・ルイス

                            ヒヤシンスの 祭日にて
                            貴方は パンの横笛を与へ給ふ
                            葦を切りたる 細工も鮮やかに
                            管(クダ)と管と白ひ鑞(ロウ)で 合はせたり
                            かの鑞も 密のごと甘き

                            膝の上に 吾を座らせ
                            かの吹き方を 教へ給ふ
                            歓びに 夢見みるが如し
                            貴方の吹く かの調べは
                            いとも優しく 気もそぞろに
                            えも言へぬほど 清らなり

                            何を 望まんや
                            二人 寄り添ひ
                            貴方と吾
                            笛は 互ひに呼応して
                            二人の口は こもごも
                            同じ笛の上を なぞらんとす

                            時は とく過ぎ去りぬ
                            夕闇 夜に変はらんとす
                            かくも 遅くなるまで
                            無くした花飾り 探したりと
                            母上 思ひ給はんや

                            愛しき人 曰く 
                            夢に汝の御髪(ミグシ) 巻き付きたり
                            御髪 首筋を巡りて
                            胸の上に 懸かりたり
                            御髪を愛しく 愛撫したりけり
                            吾が髪の如く 思ほゆ
                            かくして 二人は一つなり
                            同じ髪の毛を 触れ
                            口を重ね 深く触れ合ひ
                            あたかも 二本の樹木に
                            根の 一つしかなきが如し
                            次第に 二人の手足は縺(モツ)れ合ひ
                            君の衣 次第に無くなりて
                            あたかも 裸体のニンフの如くなり
                            伴に 歓びに酔ひたりけり


聖歌「いと喜ばしき宴」K.243「リタニア」より

 この聖歌は、モーツアルト20歳の1776年にザルツブルグで書かれた。前年は、ヴァイオリン協奏曲を完成させて、音
楽によるロココスタイルの傾向を深めていた。この聖歌「いと喜ばしき宴」♪♪は、「聖体の祝日のための連祷(レントウ)変ロ長調」K.243の中の一つで、モーツアルトの聖歌の中でも、ひときは清らかで美しい歌である。

                         ©竹宮恵子


                           天使の国
               
                        深く澄みたる まなこ
                        天使の ごとき頬
                        アモールの ごとき姿
                        されど 誰も君を知らじ

                        谷間に咲く 花のごとく
                        はじらひて近づく 鳩のごとく
                        水のしたたる 果実のごとし
                        されど 誰も君を知らじ

                        いつも 待てども
                        羊のごとく 素直なれども
                        天使のごとく 内気なれど
                        誰も君を 知らじ

                        友の小川に 語り
                        朝(アシタ)の花に 挨拶し
                        さすらひて 尋ねども
                        誰も君を知らじ

                        ただ神々のみぞ 知り給ふ
                        ユピテル大神 鷲になりて
                        天の彼方に 連れ去りき
                        そは 翼持つ天使らの国なり


聖歌「主よ ほめ讃へよ」K.321「ヴェスペレ」より♪♪

 ヴェスプレとは、カトリック教会の聖務日課のうち日没の時刻に執り行われる祈りであり、ミサに次いで重要な典礼の一つである。このヴェスプレは1779年(23歳)の時にザルツブルクで作曲されたのもである。

天使のいる聖母子(部分)  ペルジーノ




ペルジーノは、ラファエロの師であったイタリア・ウンブリアの画家である。より人間的で柔らかい女性の表現で、イタリア・ルネサンスの絵画の水準を高めた。聖母の姿も、顔の微妙な傾け方や抒情的な表情などで、奥ゆかしい永遠の聖母を描き上げた。若きラファエロの聖母像の模範にもなっている。

                        眠れる春よ  「若菜集」より島崎藤村

                        ねむれる春よ うら若き
                        かたちを隠す ことなかれ
                        垂(タレ)れこめてのみ けふ(キョウ)の日を 
([春が]すだれに閉じこもっている日を)
                        なべて(スベテ)の人の
 過ぐすまに (人々が過ごしている時は)
                        さめての春の 姿こそ
                        また夢のまの 風情なれ (夢のまた夢の風情であることよ)

                        ねむげの春よ さめよ春
                        さかしき(コザカシイ)人の
 みざるまに
                        若紫の 朝霞
                        霞の袖を 身にまとへ
                        初音嬉しき うぐいすの
                        鳥の調べを 歌へかし

                        ねむげの春よ さめよ春
                        冬の氷に 結ぼれし
                        古き夢路を さめ出でて
                        やなぎの糸の みだれがみ
                        梅の花串 さしそえて
                        びん(カミ)のみだれを かきあげよ

                        ねむげの春よ さめよ春
                        歩めば谷の 早(サ)わらびの
                        した萌えいそぐ 汝(ナ)があしを (早わらびの下に萌え出る春の足音を)
                        高くもあげよ 歩め春
                        妙なる春の 息を吹き
                        濃染め(コゾメ)の梅の 香に匂へ


「天の皇后」(聖母マリア)K127♪♪

 「天の皇后」とは聖母マリアの別名である。カトリック教会では聖母マリアは、天の御国で主イエスと伴にましまし、神から天使たちの前で冠を授けられたとされており(聖母戴冠)、主イエスと並んで熱心な信仰の対象になっている。古来からカトリック教会は聖母マリアを様々な彫刻、絵画や音楽で讃えてきた。

モーツアルトは15歳の時に二度目のイタリア旅行に行き大成功を収めて帰国した。帰国後ザルツブルクの教会音楽として天の皇后を作曲した。天の皇后は聖母戴冠を讃える宗教音楽であり、ミサなどと伴に教会音楽の一つである。歌詞は主に「ハレルヤ」で歌われる。

モーツアルトは、当時のイタリアの古典派様式にのっとり、明朗快活で純真無垢な天の皇后を作曲した。第一楽章は、聖母マリアを讃美する合唱として華やかに歌われる。ハレルヤがヴァイオリンと合唱でたたみかけるように歌うところは、まるで天使が翼を広げて天に昇って行くようである。第二楽章は緩徐楽章であり、ソプラノでまるで純真無垢な天使のように切々と歌われる。このような純真無垢な響きはザルツブルク時代のモーツアルトの最も得意とする処であり、またイタリア古典派音楽の特徴の一つでもあった。第三楽章は明朗快活な楽章である。


                                  受胎告知         ムリリョ

                           

古来から聖母マリアは多くの画家により描かれてきたが、スペイン人のムリリョの聖母マリアはとりわけ美しいことで大変有名であった。17・8世紀の王侯貴族は教会や領民のためにラファエロやムリリョの聖母マリア像を好んで収集したが、その代価は街が一つ造れるくらいであったという。19世紀になり、ナポレオンがスペインを征服したが、フランス軍はまず最初にムリリョの絵画をひきとったといわれている。ルーブル美術館にあるムリリョの作品は大部分がその時のものである。この受胎告知は、ロシアのサンクトペテルブルクにあるエミルタージュ美術館のものである。ロシア皇帝のコレクションであり、ムリリョの作品の全集が出来るほど多数を所有している。

スペインはカトリック信仰の盛んな国であり、ムリリョは教会のために多数の聖母像を書き残した。ムリリョの聖母ほど清楚で美しいものはない。この聖母も天使ガブリエルの告知を奥ゆかしく受け止めている。その聖母の美しさはこの世のものとは想えないほどである。フランスに知られたムリリョの聖母は、19世紀フランス浪漫主義者の絶賛をうけ、彼らの理想的な女性像として頌えられたのである。

                       アヴェ マリア

                    聖寵(セイチョウ)満ちみてる 聖母マリア
                    御身(オンミ)は 母の体内に
                    無原罪にて 宿り給ふ
                    御身は 女のうちにて祝せられ
                    聖霊にて 御子を宿し給ふ


                    御子の受難を 身に受け
                    御子と伴に 苦しみ給ひ
                    天に於ひて
                    天使の前にて
                    勝利の冠を 授けられ給ふ


                    恵まれたる天の皇后よ
                    くすしき薔薇の花よ
                    希望の明けの明星よ
                    清きこと百合のごとく
                    慎ましきこと月のごとし

                    慈悲深き 聖母マリア
                    お取り次ぎを 願へる者の
                    救はれざりしこと
                    古(イニシエ)より 今に至るまで
                    一人として あらずや
                    これによりて
                    たのもしく はせ来たり
                    み前に 祈り奉る

                    御子の 御母(オンハハ)マリア

                    吾らの祈りを
                    憐れみをもて
                    聞き入れ給へ

                    吾らを永遠(トコシエ)に 救ひ給へ


演奏会用アリア「お心は今は私に」K.217

 モーツアルトの演奏会用アリアの中でも、よく知られていて、管弦楽つきのソプラノ独唱の歌曲として今でもよく歌われている。1775年イタリアの作曲家ガルッピのオペラ「ドリーナの結婚」の挿入音楽としてザルツブルクで作曲された。ヒロインのドリーナの結婚への希望と不安がいきいきと歌われている。

グルーズは、18世紀のフランスのロココスタイルの画家である。奥ゆかしい少女の像を得意とした。感傷的で耽美的な傾向がみられる。イノセンスは、ロンドンのウォーレス美術館にあるグルーズの代表的な作品である。奥ゆかしく愛らしい少女像は神秘的でさえある。今の日本の女の子によく似ているように思うのは筆者だけであろうか。



イノセンス               グルーズ


                          お心は今は私に♪♪

                         貴男のお心は今は私に忠実だわ

                         恋に夢中の男の人らしく
                         でも、私のご主人にお成りになったら
                         どうなさるの、お変わりになるの
                         神様本当のことをどうか教えて下さい
                         お心の変わりませんように
                         男の人の心は分からないわ
                         どうか誠実なお人でありますように
                         今までのように
                         どうか貴男を信じられますように
                         ・・・・・・


ザルツブルク時代の協奏曲(The Concerto in Salzburg age)  

 ザルツブルク時代の協奏曲には、ピアノ協奏曲ヴァイオリン協奏曲フルート協奏曲フルートとハープのための協奏曲などがある。これらの協奏曲は、モーツアルトのインスピレーションが最も高く現れていて、天上的な至福の世界を奏でている。天上の天使が音楽を奏でているとすれば、たぶんこのような音楽だろうと想われるほど、爽やかさと、明るさと、愛らしさを感じさせる。しかも、音楽は、ヘンデルのハープ協奏曲のように、天上に昇っていくような印象を与える。ロココ様式は、自然の発見から始まったが、しだいに優美な愛の表現に高まっていく。モーツアルトは、古典派の音楽に愛の感情を込めることにより音楽におけるロココ様式を完成する。ここで、具体的な音楽を取り上げて、その音楽の風景を見ていこう。


ピアノ協奏曲第5番

 モーツアルト17歳の時の協奏曲である。このころには、スペインを除きほとんどの国を巡り、当時のほとんどの古典派のスタイルを身につけていた。そのような青年モーツアルトが師
クリスチャン・バッハに影響されて書いたのがこの協奏曲である。第2楽章のアンダンテ♪♪は、師クリスチャン・バッハのアダージョに相当する抒情的な楽章であり、何度聞いてもうっとりするような優しさがある。後に、モーツアルトはウィーンに出て、ピアニストとして観衆の面前に立つが、彼のピアノ協奏曲の中でも最も人気のある曲目あった。

Cherish Book   ©竹宮恵子

                         
                        ニンフのごと姿して

                        小鳥の声 懐かしく
                        新緑の まぶしきころ
                        泉湧く 木立に
                        君は 佇めり

                        森の ニンフのごと
                        優雅なる 姿して
                        遠き 羅馬(ローマ)の国から
                        来たるらし

                        湖のごと まなこして
                        頬は 天使のごと
                        恋失ひし 人のごと
                        一人淋しく 歩みけり

                        愛されざる ごとくに
                        内気なる 瞳して
                        遙か彼方を 想ひて
                        優しき人を 求めしか

                        初めて 出逢ひ
                        初めて 愛し
                        初めて 抱擁し
                        初めて 接吻す

                        頬は いよいよ紅く
                        息は いよいよ熱く
                        空は いよいよ碧く
                        天は いよいよ高し

                        ユピテル大神の 妬みふれ
                        叢雲(ムラクモ)に つれられ
                        天の彼方へ 連れ去れき
                        真夏の日の 夢のごとし



ピアノ協奏曲第6番(Mozart's Piano concerto No.6) 

 モーツアルトのザルツブルク時代のピアノ協奏曲は、師クリスチャン・バッハの愛情豊かで歌うような特徴がみられる。この協奏曲のピアノの清純さと色彩的な明るさは、モーツアルトの青春への憧れを表しているかのようである。

開け放たれた窓を背景にした明るい色彩が印象的である。この絵は青春への憧れが感じられる。そして、ピアノ協奏曲第6番♪♪は、そのようなモーツアルトの、青春への明るい憧れに溢れている。

自選複製原画集    ©竹宮恵子




              乙女の面影     大手拓次
           
           薄青ひ蔭に包まれた お前の面影には
           五月のほととぎすが 鳴ひてゐます
           薄青ひびろうどのような お前の面影には
           月の匂ひが ひたひたとしてゐます
           ああ みればみるほど 薄月(ウスズキ)のような乙女よ
           百合のように はにかんでばかりゐる乙女よ
           そっと指で触られても 真っ赤になるお前の面影は
           細ひ まゆ
           きれのながひ まなこの光
           ふっくらとして 白ひほおの花
           水草のような 柔らかひ唇
           谷間のように 深ひ胸
           いくどもふれあふ 微妙なふともも
           気の遠くなるよふな ヴィーナスラインのみ足
           なにげなく前に垂れた つややかな御髪(ミグシ)
           ふくよかで紅葉(モミジ)のような かはゆひみ手
           はずかしさと 夢とうつつとで
           しなしなと佇んでいる お前の面影




3台のピアノのための協奏曲第7番

 モーツアルトは、1777年(21歳)マンハイム、パリ旅行に出る。マンハイムはカール・テオドール選帝侯の元で音楽が非常に盛んであった。シンフォニアの第3楽章にメヌエットを入れて4楽章形式にしたり、第1主題の後に抒情的な第2主題を置いてソナタ形式を原型をつくった。またクラリネットを入れて管楽器を重視し、音楽に色彩感をもたらした。通奏低音をやめヴァイオリンに主旋律を置き、近代的な古典派音楽の発展に大きく貢献した。

モーツアルトは選帝侯にも謁見して、オペラの作曲を希望したりしたが、受け入れられなかった。ウェーバー家の夫人と次女アロイジア、それに姉のヨゼフィーナのために書いたのが「3台のためのピアノ協奏曲第7番」だと言われている。特に次女のアロイジアは当時17.8歳で歌が巧みでありモーツアルトの気をひきつけた。モーツアルトは次第に夢中になり歌曲を贈って自らの恋を告白した。マンハイムに滞在する日程が長くなり、父親のレオポルトから催促の手紙が来るほどであった。

後ろ髪をひかれるような想いでマンハイムを立ちパリに向かった。パリはロココスタイルが盛んであり、優美なギャラント形式が流行り、有名な「フルートとハープのための協奏曲」協奏交響曲などを作曲している。 モーツアルトの心は依然としてアロイジアに占められていた。パリでは母親の死に遭遇した。パリを去りマンハイムからミュンヘンの帰りがけに再びアロイジアに会ったが、アロイジアは彼の要求を退けた。初めて受けた大きな心の傷手に精神的なショックを隠すことは出来なかった。レオポルトには理由を告げずザルツブルクに帰郷した。

            ヒヤシンス     シュトルム
          
          かしこの楽の音 聞こゆれば
          想ひつもりて 恋となる
          木々は放つなり まどろみたる甘き香を
          君を 想ふことなからんや
          永遠(トワ)に 眠りたし
          されど君は 踊らざるを得ず

          踊りくるひて 休むいとまもなし
          灯火は燃へ ヴィオリンはかん高く
          踊る環 閉じたり開きたりすれど
          みな顔熱きを 君のみは青しか

          されど君は 踊らざるを得ず
          男の腕(カイナ) 交はされんとしても
          美しくもしなやかなる 君の姿見えん
          白き服着て 飛びゆかん

          夜の香り 甘やかに
          夢見るごとく 木々の花香りたり
          何ぞ君を 想ふことなからんや
          永遠に 眠りたし
          されど君は 踊らざるを得ず
                            

夢幻劇ニルヴァーナ  ©竹宮恵子


モーツアルトは、マンハイムの協奏交響曲やパリのギャラント形式を受けて、モーツアルトのスタイルもロココスタイルに傾倒している。有名なフルート協奏曲やフルートとハープのための協奏曲などが作曲されモーツアルトのインスピレーションは頂点に達した。そのような時に出会ったアロイジアはモーツアルトの心に大きな影響を与えていると思う。

3台のピアノのための協奏曲は、マンハイムのウェーバー家 でアロイジアなどと弾かれたものである。抒情的でロココの風が吹いているような美しい曲である。

第1楽章♪♪はロココの風が吹いている清純な曲である。時めきがあり息づかいが感じられるようである。

第2楽章♪♪は、歌うような抒情的な楽章である。やはりロココの風が吹いている天国的な音楽である。

第3楽章
♪♪は幾らかテンポの早いロンドである。踊るような雰囲気で書かれているが、メロディーが美しく清らかである。やはりロココの風が吹いている。


ピアノ協奏曲第8番「リュッツォー」

この協奏曲も、ザルツブルクのリュッツォー伯爵夫人のために書かれたものである。特に第2楽章♪♪はロココの風が吹いており、モーツアルトの作品の中で最も天国的な楽章であると思う。ここでは、当時のピアノフォルテ(クラヴィア)が使われており、雅びやかな音色がいっそう雰囲気を濃やかにしている。

アミンタスに救われたシルヴィア  ブーシェ

               さふとは言はずして  シュトルム

               さふとは 言はずして
               熱き唇を 重ね
               ときめく 胸の鼓動に
               愛の想ひを 伝へんや

               はじらふ 花のごとく
               抱(イダ)かれては 瞳閉じ
               恋に 夢見つつも
               さふと言ふ 言葉を知らじ

               しなやかな身体(カラダ) くづして
               赤き唇で 口づけせん
               君は はじたり
               さふと 言ふことを

               何ぞ はじんや(何ではじるのか)
               身を 任せかし
               何ぞ 信じぬや(何で信じないのか)
               瞳を みつめかし

               憧れ 畏れつつも
               満ちたる杯は ついには溢れん
               はじらひは 純愛に変はり
                         畏(オソ)れは 尊敬に変はり
                         瞳と瞳とは 永遠(トワ)の愛を語らんとす


ピアノ協奏曲第8番「リュッツォー」の全曲♪♪をお送りします。当時のピアノフォルテの雅やかな演奏をお楽しみ下さい。ロココスタイルそのものといった詩情溢れる演奏です。

Fairy tale 「孤児院の乙女」

 柴田譲治は、パリのコンセルヴァトアールに留学しているピアニストです。彼はフランスのロココスタイルの絵画や建築が好きで、パリの近郊にあるマリアンヌ修道院を訪れました。マロニエの街路樹が青々とそよぐ、よく晴れた初夏の一日でした。

外観は教会風ですが、中に入ると、明るい日光が教会の窓からさし込んで、宮殿のように明るい教会です。祭壇は優雅な聖母子の絵画があり、善美を尽くした装飾が施されています。教会の柱はすべて色彩的な大理石の柱であり、上部には、優雅な天使の像が施されています。まるで翼を広げて生きているかのようです。天井画は、多くの天使と聖人が描かれており、最上部には、父なる神と主イエス、聖母マリア、それに鳩の聖霊が描かれています。これまた天国をみているようでした。

ロココ式教会に堪能すると、大きな花壇のある庭園があり、そこに洞窟の美しい聖母が立っています。うっとりと聖母をみつめながら、近くにあるベンチに腰を下ろしました。青空の美しい日でした。

ちょうどその時、セーラー服を着た乙女たちが花の手入れをしていました。すべて十八歳前の清純な乙女たちでした。フランスでは、セーラー服は男性が着る服で女子が着ることはあまりありません。何故かと思い、近くの乙女に声をかけて聞いてみました。

「女の子なのにセーラー服を着ているの。」愛しそうにその子をみて尋ねました。

「私たちは、この修道院の孤児院で育ち、小さい頃から神への奉仕を学んで来ました。そして、修道女の誓いを立て、シスターになり、全世界のカソリック教会に派遣され、主のためにお仕えすることになっています。そこで、私たちはシスターの見習いをしており、制服のセーラー服を身につけることになっています。」

「君たちは、将来はみんなシスターになるんだね。」

「私たちは、みなしごですから、引き取り手がない限り、誓いを立ててシスターになります。」

「君なんか、修道院の図書室に掛けてあったフランソワ・ブーシェのニンフのように美しいのに、修道女になるのか・・・」

「この修道院は、ルイ15世の妃ポンパドール夫人の建てた離宮を修道院に改築したもので、フランソワ・ブーシェの絵画が至る処に飾ってあります。」

「フランスに来てみて感じたことだけど、ブーシェのニンフはフランスの女の子に本当によく似ているね。ボクはブーシェの絵が大好きなんだ。」

「君も、若々しくふくよかで、金髪で目が青く、可愛い顔をしていて、腕や脚のラインがブーシェのニンフとそっくりだよ。」

「そうですか。そんなこと言われたこと初めてなので・・・」その乙女は顔を赤らめてうつむいてしまいました。

「君もシスターになるの。それで本当にいいの。」

「みなしごですから、シスターになり主にお仕えすることになっています。教会が私たちを養ってくれます。」

「そうなんだ・・・」

「それじゃあ、また来るよ。でも、君にもう一度逢いに来るよ。これはボクが誓って約束するよ。」一度振り向いて顔を見つめて、彼は去りました。

「お元気で」とその乙女は小さな声で挨拶をしました。

その夜、日本人の青年にあったアロイジアは、寄宿舎の部屋に戻り、同室のコンスタンツェに、今日あったことを話しました。

「ブーシェのニンフに似てるなんて言われたのは生まれて初めてよ。でも、彼とても優しそうな目をしていたわ・・・」

「アロイジア、あなたそういえば体型がブーシェのニンフに似てるわね、ふくよかで。顔もとても可愛いわ。髪を上に揚げて結べばそっくりよ。裸になり布だけ身につければ、そのものかも知れないわ。」

「恥ずかしいこと言わないで、コンスタンツェ、あなただって、教会の天使に似ているわ。」

「ねえコンスタンツェ、私今年で十八よ。胸がとても大きくなってきたわ。おしりも少し大きくなって、腰がくびれて来たわ。女の身体(カラダ)になってきのかしら。それに、毎日とても淋しいの。寝るときに淋しくて淋しくて涙が出そうな時があるの。コンスタンツェはそんなことない。」

「アロイジア、私も夜寝るときに無性に淋しくなるときがあるわ。」

「コンスタンツェ、そんな時、誰か優しい人が現れて、優しい言葉をかけてくれて、見つめてくれて、手を握ってくれて、キスをしてくれることをいつも想ってしまうの、夢のようなことだけど、いつもそんな風に想ってしまうの。マリア様にいつも祈っているの、そのような人が現れますようにって」

「アロイジア、でも私たちは外出するときは集団行動だし、男の人と出逢うチャンスはほとんどないわ。だから、シスターになって主にお仕えするのが私たちの務めなのよ」

「コンスタンツェ、しようがないわね、私たちみなしごだから普通の女の子のように彼氏を持つことは出来ないのね、主にお仕えするのが私たちの人生なのね・・・」

それから、数ヶ月がたち、コンセルヴァトアールから、この修道院に新任のオルガニスト兼聖歌隊の合唱指揮者が赴任することになりました。春になり、花壇に花の咲き乱れてる季節でした。

赴任式の時、アロイジアは目を疑ってしまいました。あの日本人の青年だったのです。ジョージ・シバタは、卒業して、このロココ式の修道院へ赴任することを強く希望して、受け入れられたことを語りました。

これから、この修道院の音楽は彼が取り仕切ることになりました。彼は、修道院長と相談して、ソプラノの美しい声をした音楽的なセンスのあるアロイジアを聖歌隊の副指揮者に任命しました。

ジョージ・シバタは、音楽監督室にアロイジアを呼び、様々な相談をするようになりました。二人の心は次第に打ち解けて行きました。ある時、アロイジアが部屋に来ると、鍵をかけ、彼女に心から愛していることを告げ、抱きしめ、唇を奪い、胸に手を入れて愛撫しました。

今まで感じたことのない甘い歓びに満たされたアロイジアは夢をみているようでした。それは若い彼女の心と身体(カラダ)が求めていたのものでした。彼は、さらに背中に手を入れて愛撫しました。アロイジアは背中から翼が生えていくような清い歓びを感じ、自分が愛の天使になっていることを自覚しました。

寄宿舎に帰ったアロイジアはコンスタンツェに言いました。フランスの男性は、女性を自分の持ち物のように扱うけれど、日本人のジョージ・シバタは、女性を女神や天使のように想ってくれることを話しました。

それから月日がたち、ジョージ・シバタはアロイジアを妻として引き取る望みを修道院長に告げました。それからしばらくして、その望みは受け入れられ、二人は、教会でささやかな結婚式を挙げ、アロイジアはジョージ・シバタの正式な妻となりました。

二人は、楽園のアダムとイブのように、夜になると凡てで愛し合い、深い歓びに満たされます。アロイジアは、もう淋しい夜を過ごさなくてもよくなりました。身も心も満たされて、聖母様に心から感謝の祈りを捧げ、この幸福が永遠(トワ)につづくことを神に祈るのでした。


マリア様がみてる     ©長沢智



ヴァイオリン協奏曲

 モーツアルトは、1774年(18歳)の時ミュンヘンに行き、フランス風の華やかなギャラントスタイルに触れ、そのころから華やかなロココスタイルに傾倒していく。翌年ザルツブルクで歌劇「羊飼いの王様」(牧人の王)が演奏されたがロココスタイルの粋をいく明朗快活なオペラである。そしてその年に6曲のヴァイオリン協奏曲が作曲された。いわば、ロココスタイルが最高潮に高まる時に作曲されたわけで、6曲のヴァイオリン協奏曲は、明朗快活な華やかさと十代のモーツアルトの純粋さをあますことなく表している。翌年にはピアノ協奏曲8番、ポストホルン・セレナーデなどロココスタイルに傾倒した作品がつくられている。

            狩りから帰るダイアナと森のニンフ  ブーシェ


         


ヴァイオリン協奏曲第1番は、特に牧歌的で閑かなロココスタイルを満喫することが出来る。また音楽全体が清純である。

狩りから帰って来て足を洗っているダイアナとニンフ(森の妖精)が描かれているが、特にニンフの表情は清純で恋している乙女のように美しい。裸体画であるにもかかわらず、清らかなイメージの作品であると思う。

モーツアルトのヴァイオリン協奏曲第1番の
第1楽章♪♪は、牧歌的で閑かな出だしで始まるが、メロディーは恋している乙女の心情を表すかのように清純である。

第2楽章
♪♪は、夢見るような乙女の清らかな願いが込められているようである。モーツアルトの協奏曲の中でも特に美しい楽章である。ロココの風がほおを撫でるように吹いている。

                      
  森のニンフ

          森に迷ひ  湖の畔(ホトリ)に至る
          緑と水面(ミナモ) 輝けり
          神霊のごとき  光あり
          疑ふらくは  翼もつ妖精かと
          あたかも  古代のニンフのごとし

          ニンフの頬は  紅潮し
          恋する  乙女のごとし
          薄き衣を  身につけ
          姿は 女神の彫刻のごと
          神々の御国より  来るらし

          初恋の人を  想はん
          近づかんとせば  振り向かん
          少年のごと  純真なり
          頬は  いよいよ紅潮す
          純情可憐な  乙女なり

          声は  天使のごと涼し
          輝く壺から  水をくみ
          清きグラスに入れて  勧めん
          甘きこと  蜜のごとし
          また  美酒に酔ふがごとし

          瞳は 湖水に舞ふ砂のごとし
          熱く  抱擁す
          静かに  接吻し
          優しく  乳房を愛撫す

          時を  失ひ
          恋を 夢み
          息 熱く
          愛の歓びに 満たされぬ

          恋を  約束せんとす
          天から翼もつ女神  下りて来ん
          ニンフ  初めて正気に戻り
          別れを  告げずして
          翼広げて  去らんとす

第3楽章♪♪は、明るい出だしであるが牧歌的で閑かである。ヴァイオリンの音は清らかで美しい。

初中期のシンフォニー

モーツアルトは8才の時、ロンドンのクリスチャン・バッハ(J.C.バッハ)を訪ねて、大きな影響を受けた。クリスチャン・バッハはイタリアへ行き、本格的な古典派のイタリアオペラを学んで帰り、ロンドンの王妃の音楽教師として、ロンドンに渡った。ロンドンでは本格的なイタリアオペラを作曲して成功を収めた。

イタリアオペラの三楽章形式の序曲をシンフォニアと呼んだが、クリスチャン・バッハはシンフォニアの作曲家としても知られていた。少年モーツアルトは、イタリアオペラとシンフォニアですっかりクリスチャン・バッハの虜になり、その影響はモーツアルトのザルツブルク時代まで大きな影響を与え、モーツアルトの事実上の師匠はクリスチャン・バッハであった。モーツアルトは少年時代から晩年に至るまで、イタリアオペラを作曲しつづけたが、それは、とりもなおさずクリスチャン・バッハの影響からであった。モーツアルトの若い頃のオペラ「羊飼いの王様」(牧人の王)とクリスチャン・バッハのオペラ「エンディミオン」は聞いただけでは、区別が出来ないほど似ており、双方とも傑作のオペラである。

少年モーツアルトは、クリスチャン・バッハのシンフォニアの影響で、9才の時から、シンフォニアの作曲を始める。これは、モーツアルトの最初の器楽曲の作曲でもあった。しかし、クリスチャン・バッハのシンフォニアとモーツアルトシンフォニアとは全く同じではなかったようだ。クリスチャン・バッハは上品でロココスタイルが濃厚で、独特の詩情が含まれていたが、モーツアルトの初期のシンフォニアは、天真爛漫で元気のよい音楽で、上品さや詩情という点では見劣りがするような気がする。9才の少年のシンフォニアに上品さや詩情などを求める方が無理かもしれない。

モーツアルトのシンフォニア(シンフォニー)に上品さや詩情が含まれてくるのは、シンフォニー17番K.129、シンフォニー19番K.132まで待たなければいけない。この頃モーツアルトは16才になっており大人の仲間入りになるころである。モーツアルトが16才になって作曲されたイタリアオペラ「ルチオ・シルラ」K.135は既に熟達しており、後期のオペラと比較しても全く遜色のない傑作であり、三楽章形式の序曲(シンフォニア)も素晴らしく、幕が上がり、二つの15分もある長大なソプラノのアリアが歌われるが、その素晴らしさは言葉では表現できないほどである。全曲飽きることなく聞くことが出来る。抑揚の効いた序曲(シンフォニア)やアリアの数々は、ロココスタイルの最上の作品である。しかも天衣無縫といっていいほど天真爛漫であり純真である。天才でしか書けないようなオペラである。

その頃のシンフォニー17番K.129、シンフォニー19番K.132は、「ルチオ・シルラ」が作曲された頃であり、双方ともオペラの序曲(シンフォニア)風の作品であるが、シンフォニー19番K.132は、詩情を漂わせ、クリスチャン・バッハのシンフォニア似て来ている。また、優美なロココスタイルを想わせている。ホグウッドのオリジナル楽器の演奏でお聞き下さい。

シンフォニー17番K.129♪♪

このシンフォニーは三楽章形式で、イタリアオペラの序曲の急緩急という形式に従っている。実際モーツアルトは、あるオペラのシンフォニアとして書いたのではないかと思いたいくらいである。第二楽章は極めて美しく、オペラのアリアの様でもある。この第二楽章だけで紹介されることがあるくらい有名である。

第一楽章
格調の高いアレグロであり、オペラの前奏曲風である。古代ギリシア・ローマ風の神々の物語を想像させている。

第二楽章
オペラのアリアの様な極めて美しい楽章である。昔NHKのFMでこの楽章だけを聞いたことがあるような思い出がある。この曲は脳裏に焼き付いており、少年モーツアルトは天才だと肌身で感じることが出来た。ダイアナとそれに付き従うニュンフの様な乙女チックな音楽である。

第三楽章
やはりオペラの前奏曲風であり、これから始まるドラマを意味している印象を受ける。




                    春よ来ひ 春よ来ひ
                    春の女神の フローラよ
                    妙なる息を 吹きかけて
                    色鮮やかな 花咲かせ
                    人の心よ 萌え出づれ

                    春よ来ひ 春よ来ひ
                    霞や雲よ 動(ユル)ぎ出で
                    初音やさしき 鶯(ウグイス)よ
                    花の香を送る 春風よ
                    眠れる山を 吹き覚ませ

                    春よ来ひ 春よ来ひ
                    春爛漫の 花咲きて
                    乙女の頬を 紅く染め
                    果実の熟れた 品(ヒン)をして
                    人世の春を 謳歌せよ

                    春よ来ひ 春よ来ひ
                    少女の胸 ふくらみて
                    裳裾の丈も 短くて
                    男の視線 受けたりて
                    恋の願ひを 成就せよ

                    春よ来ひ 春よ来ひ
                    花から花へ 蜜蜂の
                    花粉集めて 蜜と伴
                    めしべにふれて 豊かなる
                    甘き果実を ならしめよ

                    春よ来ひ 春よ来ひ
                    歳も若きも 盛んにて
                    女ときめき 男伴(トモ)
                    愛の歓び かみしめて
                    春の歓び 享受せよ

                    春よ来ひ 春よ来ひ
                    カップル出来て 永きキス
                    腕は胸から 下へ延び
                    次第に衣 脱ぎ去りて
                    愛の儀式を なさしめよ



シンフォニー19番K.132♪♪

この曲は初期の傑作であり、クリスチャン・バッハのシンフォニアと似てきている。全体的に優雅であり詩情が漂っている。

第一楽章
アレグロも爽やかであり、牧歌的な雰囲気がある。

第二楽章
穏やかな曲で頬を撫でる様にロココの風が吹いており、詩情豊かな楽章である。

第三楽章
上昇志向のメヌエットで、優雅でロココスタイルを想わせる。

終楽章
上品で詩情を感じさせる。何かを訴えているような物語性があるようだ。




シンフォニー25番K.183
♪♪

中期の傑作として知られている短調のシンフォニーである。

第一楽章
女の恋人が亡くなり、墓に寄り添って歎いている光景が見えてくるようである。

第二楽章
唯一の長調の楽章である。女を慰めて諦めるように説いているかのようである。

第三楽章
曇より雲がかかっているが、中間部で少し晴れて光りが射してくるが、また曇よりとした天気に戻ってしまう。

第四楽章
曇よりした天気から雨が降ってきて、女の頬に雨が当たるようになる。

愛の痛み          ブーグロー



シンフォニー第29番K.201
♪♪

この頃モーツアルトは19才である。オペラ「羊飼いの王様」(牧人の王)が作曲されている。短い序曲からソプラノのアリアがあり、ときめいて、抑揚の効いた声で天使のような純真なアリアを歌う。究極的なロココスタイルのオペラであり、モーツアルトのザルツブルク時代の最も美しいオペラである。
シンフォニー第29番も中期の傑作として知られている。春の萌え出づる様な明快典雅な曲である。

第一楽章
春の萌え出づる様な情景を表した傑作の楽章である。

第二楽章
春の朧気な情景を描いた、典雅なロココスタイルの楽章である。

第三楽章
恋人たちが踊っている様なメヌエットであり、明快典雅な楽章である。

第四楽章
花が咲き乱れ、恋人たちが舞っているような陽気で軽快な楽章である。




「ハフナーセレナード」K250

第2楽章アンダンテ♪♪

 ザルツブルク時代で特筆すべきことは、ザルツブルクの貴人の冠婚祝日などに演奏された、晴れやかな社交音楽であるセレナード、ディベルティメント(楽しみの音楽)が多く書かれたことである。メヌエットとアンダンテを含んだ幾つかの楽章からなっている。演奏スタイルは気分を明るくする典型的なロココスタイルよっている。

そのセレナーデの中で最も規模の大きなものに、ザルツブルクの市長であったハフナー氏の令嬢エリーザベットの婚礼を祝うために作曲された「ハフナーセレナード」K250 がある。全8楽章からなり演奏するのに一時間ほどかかる長大な作品であるが、モーツアルトのザルツブルク時代の傑作の一つである。その中でもひときわ美しいのが第2楽章のアンダンテである。ヴァイオリンがソロをとり、歌うような雅やかな曲である。全体にロココの風が吹いている。


                                          ©いがらしゆみこ

                   


                      永遠に女性なるもの

                    汝純真なること
                    天の御使ひの如く

                    汝可憐なること
                    恋するニンフの如く

                    汝美はしきこと
                    花の女神フローラの如く

                    汝清らなること
                    聖霊にて御子を身ごもり給ひし女(ヒト)の如く

                    汝慎ましきこと
                    明けの明星の如く

                    汝愛らしきこと
                    翼もつ天使の如く

                    汝御髪(ミグシ)の美しきこと
                    天に舞ふ女神の如く

                    汝明るきこと
                    天真爛漫なるアモールの如く

                    汝心優しきこと
                    世を救ふ菩薩の如し


第7楽章メヌエット♪♪
明るく雅やかなメヌエットである。ヴァイオリンの甲高い音は、まるで鐘を鳴らしているようである。

                                    
©いがらしゆみこ

                      



                             
鐘がなるなり 誰(タ)がために

                          二人を祝ふ ためにだけ

                          ツリーが灯る 誰がために
                          二人を照らす ためにだけ

                          賛美歌うたふ 誰がために
                          二人の心の ためにだけ

                          贈り物なす 誰がために
                          二人の笑顔の ためにだけ

                          ダンスするなり 誰がために
                          二人の仲の ためにだけ

                          ろうそく灯す 誰がために
                          二人を融(ト)かす ためにだけ

                          主のご降誕 誰がために
                          二人の愛の ためにだけ


ディヴェルティメントK287第1楽章アレグロ♪♪


 ディヴェルティメントK287は、1777年21歳、マンハイム・パリ旅行をした年に書かれている。モーツアルトのロココスタイルが頂点に達した年である。この年ウェーバー家の二女アロイジアに夢中になり、歌曲を捧げたが、結果は失恋に終わってしまった。このディヴェルティメントは、ロドュッロン伯爵夫人に捧げられたものである。全部で6楽章からなり、ディヴェルティメントの傑作の一つである。第1楽章のアレグロは特に素晴らしく、アレグロ・カンタービレとも言うべき、メロディーの美しいアレグロで、詩情豊かな曲である。

                                   
©いがらしゆみこ

                    


                    しみるがごとく 晴れ渡り
                    風つよく
                    水のざはめきたる日に
                    湖の 彼方に
                    シルエットのみを残して
                    少年は 旅立ちぬ

                    映えるがごとき 夕日落ち
                    風つよく
                    木立のざはめきたる日に
                    去りゆく彼方に
                    コートの襟のみを立てて
                    少年は 旅立ちぬ

                    妙なるピアノ 調べ消え
                    風つよく
                    心のざはめきたる日に
                    歌声の彼方に
                    儚(ハカナ)き想ひ出のみを残して
                    少年は 旅立ちぬ


ザルツブルクからウィーンへ

 1780年24歳の秋、ミュンヘンからウィーンに出て、ザルツブツク大司教に仕えたが、大司教の傲慢な態度に日頃反感を抱いていたモーツアルトは、大司教と決定的な破局に至り、辞表を突きつけて決裂してしまった。父レオポルトは、謝罪してザルツブルクの宮廷に戻るように再三勧めたが、モーツアルトの決意は固く、そのままウィーンに止まり自由な作曲家兼演奏家としてやっていくことになる。

当時のウィーンでは、モーツアルトの人気は上々で、モーツアルトのピアノ協奏曲なども好まれており、モーツアルトにピアノ教師を求める人々なども多かった。モーツアルトはそのような好意的な空気を身に感じており、独立して活動しても充分やっていける自信があったのである。

モーツアルトは、ウィーンの人々の趣味を充分理解しており、ウィーンの聴衆を満足させることのできる配慮を忘れなかった。ウィーンは広大なオーストリア王国の首都であり、人々の趣味は華やかで雅やかなギャラントスタイル(ロココスタイル)が好まれていた。モーツアルトは、そのような聴衆に応えるため、分かりやすくて優雅な音楽を作曲することに心がけていることを、父レオポルトに手紙でしたためている。

そのころモーツアルトは、以前から親しく交際していたウェーバー家の三女のコンスタンツェと恋愛しており、1782年26歳の夏に、慎重な父の意見を押し切って結婚することになる。このころから、モーツアルトの演奏家としての人気は高まり、幾多の予約演奏会が設けられ、モーツアルトは多忙な日々を過ごすことになる。


ピアノ協奏曲第12番第K414

 ピアノ協奏曲第12番は、ウィーン時代初期のモーツアルトの予約演奏会の曲目として作曲されたものである。モーツアルトの趣向通り、ロココスタイルの明るい爽やかな曲であるが、心理描写はザルツブルク時代より、より濃やかになっている。結婚して希望に満ちた当時のモーツアルトの心理を反映している。この年、ロンドンのバッハ(J.クリスチャンバッハ)の訃報にふれ、モーツアルトの事実上の師匠であったJ・クリスチャン・バッハに深い哀悼の意を捧げて、第2楽章のテーマはJ.クリスチャンバッハの作品から採られている。アダージョ風の歌うようなロココスタイルの美しい曲である。中間部は幻想的でさえあり、モーツアルトの表現に深みが感じられる。

ピアノ協奏曲第12番第1楽章♪♪

                
夢見るキャンディー  ©いがらしゆみこ

             


                    遙かなる調べ 聞こえたり
                    耳にあてたる 貝殻に
                    あの人に逢う 夢想ふ

                    夢つめこんで あの人の
                    瞳の色の 海原(ウナバラ)に
                    浮かべゆきたし 貝殻を

                    海に沈まん 夕日浴び
                    遙か彼方の 波にゆれ
                    夢は流れん 何処までも

                    愛しの人は 吾置きて
                    天の御国(ミクニ)へ ゆき給ふ
                    街から街へ 夢見つつ
                    笑顔絶やさず 訪(ト)めゆきぬ

                    悲願の夢を 届けたし
                    遙か彼方の 海を越え
                    空より澄みし あの人の
                    天にまします 御心へ



ピアノ協奏曲第12番第2楽章♪♪

                     CANDY'S LOVE  ©いがらしゆみこ

           



                    悲しきときも          水木杏子
                    嬉しきときも
                    瞳閉じれば
                    想ひ浮かばん
                    白き坂道
                    いつか あの道を
                    ポニーの丘へ走りたし
                    瞳閉じたるままにして

                    花びら舞ひたり 丘の上
                    にはかに 瞳あけぬれば
                    愛しの君よ
                    こなたに 立たまし
                    あの日のときのごとくに



ピアノ協奏曲第12番第3楽章♪♪

                         

                                  
©いがらしゆみこ


               



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