ウィーン時代のモーツアルト(Mozart in Wien Age)

 モーツアルトは、25歳の年にウィーンに出て、作曲家兼ピアニストとして活躍する。翌年には結婚をして、家庭をもつ。しかし、宮廷や教会に就職しなかったモーツアルトの経済状態は、安定しなかった。だが、宮仕えをしなくてもよかったモーツアルトには自由があり、彼は、ザルツブルク時代とは違ったより主観的な音楽を生み出していく。このころのピアノ協奏曲を聞くと、ザルツブルク時代の明るいロココ調の音楽は姿を消している。しだいに、メランコリックな曲想が現れてくる。ピアノ協奏曲第17番のころには、孤独でもの淋しい感情が現れて、ロマンチックな作風に変わっている。

そして、晩年の20番以降のピアノ協奏曲は、主観のほとばしる、よりロマンチックな作風に発展している。晩年の交響曲も、音楽的に完成したものに発展しているが、メランコリックな感情が込められていて、ロマン派に似た作風を感じさせる。シューベルトは、モーツアルトの交響曲第40番を好んで演奏したというが、モーツアルトの晩年の作品は、ベートーヴェンや後のロマン派の作曲家にも深い印象を与えている。


弦楽四重奏曲

モーツアルトがウィーンで活躍して、1782年にウェーバー家のコンスタンツェと結婚したころ、10年という長い間弦楽四重奏曲とは無縁であったが、ハイドンの画期的な弦楽四重奏曲の楽譜を見て感銘して、ハイドンに献呈するために六つの弦楽四重奏曲を作曲し始める。ハイドンも10年という間空白の後、ロシア弦楽四重奏曲という「全く新しい特別な方法」で六つの画期的な弦楽四重奏曲を作曲して出版した。モーツアルトはそれを見たのである。

早書きのモーツアルトは、大先輩のハイドンに献呈するために、念には念を入れて一曲を作曲するのに一年以上かかった作品もあった。六曲完成すると丁寧な献辞を付けてハイドンに献呈した。ハイドンはそれを大変喜び、これからハイドンとモーツアルトの交流が始まった。ハイドンは、この楽譜を見て、モーツアルトの天才性を見抜き、晩年までモーツアルトの「ハイドンセット」の素晴らしさを語っていた。

それでは、モーツアルトのハイドンセットとはどんな作品なのであろうか。モーツアルトもザルツブルク時代に弦楽四重奏曲を幾つも書いているが、セレナードのような軽くて明快なロココスタイルの作品であった。ところが、ハイドンセットの弦楽四重奏曲は、ロココスタイルと一言で言えないような、技巧を凝らし楽章も長く、どちらかと言えば、ベートーヴェン以降の弦楽重奏曲に似ていて、ロマン性の濃厚な作品になっている。展開部が発達し、フーガや短調が使われている。

それでは、ここでは弦楽四重奏曲第14番「春」K.387と、それとは対照的な短調主導の曲、第15番ニ短調の二つを挙げて見ることにする。

弦楽四重奏曲第14番「春」K.387♪♪
第一楽章
「春」とは後世に呼ばれるようになった副題である。草花が咲き誇るような、爽やかな出だしであるが、優雅なロココスタイルというよりは、ヨーロッパの春の風景を写実的な表現している。このような表現も後のロマン派に受け継がれる。展開部も豊かである。

第二楽章
二楽章はメヌエットであり、ABAと構成になっている。花が咲き乱れている景色見えそうである。ヨーロッパの写実的な表現であり、宮廷的なメヌエットの楽想ではない。

第三楽章
アンダンテ・カンタービレであり、歌うようなメロディーが流れてくる。重厚で深みがある性格が一つの特色になっている。

第四楽章
フーガを中心にした楽章である。フーガにすることにより、全楽器に主体性を与えている。フーガは晩年のベートーヴェンがよく用いた技巧である。


弦楽四重奏曲第15番K.421

18世紀の後半の古典派の時代に大部分が短調の弦楽四重奏曲とは珍しい。モーツアルトは完璧な技法でメランコリックな弦楽四重奏曲を念頭に置いていたのだろう。この曲が作曲されるころは、コンスタンツェのお産の時期で、第一子は死産であった。この曲はハイドンに捧げるつもりなので、思い切ってロマン性の濃厚な作品を考えていたのかも知れない。この曲を聞けば、シューベルトの晩年の弦楽四重奏曲を連想したくなる。

第一楽章♪♪
アレグロのソナタ形式で悲しみを感じてしまう。

第二楽章♪♪
アンダンテ。この楽章だけが長調である。歌うようなメロディーの曲である。

第三楽章♪♪
メヌエットだが悲痛感さえ漂っている。中間部が長調である。

第四楽章♪♪
アレグレットで変奏曲形式。メランコリーなメロディーが変奏されて繰り返される。


王女      マリー・ローランサン


マリーの人物の灰色は、彼女の不幸な面影が現れている。マリーはドイツ人の男爵オットーと結婚するが、間もなく普仏戦争が始まり、ドイツ籍になり、フランスにはいられなくなった。ドイツに行けば、オットーは出征しなければ行けなくなる。そこで、新婚旅行の最中より中立国スペインに亡命する。しかし、フランスとドイツからスパイと疑われ、住居をを度々移転しなければいけなくなった。フランスのマリーの資産全て住居まで没収され、夫オットーも酒に溺れるようになり、オットーの関係も破綻してしまう。マリーは孤独感と行き場のない閉塞感に苛まれて、辛い日々を送るようになった。

モーツアルトのピアノソナタ

モーツアルトは子供の頃から、ピアノでは父親レオポルト・モーツアルトより巧く、ピアノの名手として広く知られていた。モーツアルトのピアノ協奏曲が如何に素晴らしいかは言うまでもないことである。ピアノソナタは、ピアノの名人モーツアルトに貴人や友人から娘のためにピアノソナタを求められて書いたものがほとんどである。しかし、適当には書かなかった。貴人や友人に満足してもらえる作品を書いている。確かに音符の数は少ないが、作品は完結しており、メロディーも美しい。例えて言えば、可愛いネックレスの宝石のようだ。ひきこなせばひきこなすほど繊細な感情が湧いてくるような作品と言ってよい。

全部で18曲の作品が残されているが、音符と音符の間に繊細な感情が込められており、プロのピアニストがひいても百人百様で、何を持って素晴らしい演奏とするかが難しい。名ピアニスト・シュケナージは、あれだけ素晴らしいモーツアルトの協奏曲全集を出して置きながら、ピアノソナタは数曲しか残していない。プロにとって、モーツアルトのピアノソナタは、その想像力や解釈がすぐ分かってしまう怖ろしい曲でもあるのだ。

ここでは全曲の中で最もチャーミングなピアノソナタを二曲紹介することにしました。演奏はモーツアルトのピアノソナタで最も人気の高いピリスの初回盤を用いた。ピリスが29才の時、1974年東京のイイノホールでライブ録音されたもので、
ほとんど無名に近かったピリスだが、その演奏は驚くべきもので、またたくまにヨーロッパで評判を呼び、その年のフランスのACCディスク大賞を受賞してしまった。

若いピリスの演奏は、清楚でナチュラル、泉が湧き出してくるような演奏である。それでいて、ツボは正確に押さえて控えめな抑揚を付けて表現している。モーツアルトのピアノソナタでは群を抜いて評判がよい演奏である。もし貴方がピアニストを目指してるなら、モーツアルトのピアノソナタをひいてみるといい。貴方の才能が全て現れて来るであろう。

ピアノソナタ7番 K.309♪♪

モーツアルトらしい愛らしいピアノソナタ。作曲年代は不明だが、作曲家カンナビッヒの娘のために書かれたピアノソナタ。
第一楽章はアレグロで愛らしい優雅な曲。第二楽章はアンダンテで美しい緩徐楽章。第三楽章はロンドでロココスタイル風の優雅な楽章。

ピアノソナタ8番 K.311♪♪

二つのソナタが連番になっているが特に意味はない。このソナタはモーツアルトのマンハイム・パリ旅行中に書かれたもので、宮廷の審議官の娘のために書かれたソナタ。
第一楽章はアレグロではつらつとした曲。第二楽章ロココスタイル風の優雅な緩徐楽章。第三楽章はロンドで舞曲風の優雅な楽章。


画家の娘とネコ      ゲインズハラ


ウィーン時代中期の10番台のピアノ協奏曲

モーツアルトのピアノ協奏曲のCDを買うと、晩年の20番台の協奏曲とザルツブルク時代の一桁台の協奏曲が組み合わされたCDをよく見かける。しかし、中期の10番台のピアノ協奏曲は17番以外の曲は見たことがない。実は中期の10番台のピアノ協奏曲もほとんど傑作ばかりである。筆者はアシュナージのピアノでデジタル録音された10番台の作品をつぶさに聞いて見て、そのほとんどが傑作であることを肌で感じることが出来た。

アシュケナージのピアノと弾きながら指揮したフィルハーモニア管弦楽団の演奏は、透明でモーツアルトの歌心を捉えた理想的な演奏である。デジタル録音で音に立体性があるのも魅力の一つである。アシュナージはモーツアルトだったらどう弾いたかを考えながら練習を重ねてこの全集を完成させたことを述べている。作曲家の真意に迫ろうとして演奏したアシュケナージの誠実な態度を感じることが出来る。

中期の10番台の作品は基本的にはロココスタイルの明るい雅やかな曲が多いが、技巧はザルツブルク時代より秀でており、一言でいえば、まるでオペラの三楽章のシンフォニア(序曲)をピアノ協奏曲で現したような曲が多い。ザルツブルク時代の純然たるロココスタイルではなく、オペラの序曲を連想させる物語性を秘めた曲が多いような気がする。モーツアルトは根本的にはオペラの作曲家であったことを意味しているようだ。それでは具体的にピアノ協奏曲に沿って解説していこう。

ピアノ協奏曲13番ハ長調K.415♪♪

12番はザルツブルク時代の最後に含めたのでそちらの方でみていただきたい。筆者は10番台の最高傑作は12番と17番、18番と三曲もあり甲乙付けがたい。12番は、26才のモーツアルトが19才のコンタンツェと結婚した直後に作曲されたもので、第一楽章と第二楽章は完全な詩的なセンスで書かれている。しかも、ザルツブルク時代のより第二楽章はより深みを増している。自分がピアニストなら12番を弾くだろう。

作曲順番では12番の後に11番あり最後に13番が来る。第13番は、これまでにないような堂々とした曲であり、正歌劇のギリシア・ローマ的な題材の序曲の雰囲気がある。聞き手を古代ギリシア・ローマの神話を引き込んでいくようなイメージがある。ロココスタイルの絵画でもフランソワー・ブーシェの絵画には神話的な題材が多く取り入れられて神話的な絵画の総決算になっている。モーツアルトの時代のオペラでも神話的題材が正当なオペラとみなされていた。

第一楽章アレグロ
最初の主題は堂々とした音楽で始まり我々に神話的な世界に誘って行く。ピアノはその後に最初の主題そった沿ったフレーズで入って来る。格調があり神話的な雰囲気を出している。展開部も優美なロココスタイルというより、神話的な雰囲気がより多く感じられる。最後のカデンツァでもあくまでも格調高くより神話的であると思う。

第二楽章アンダンテ
大変な詩的緩徐楽章で、第12番の二楽章とよく似ている。愛の細やかな感情が丁寧に歌われている。詩人が聞けば必ず一編の作品が出来そうである。コンスタンツェへの愛情の表れかも知れない。

第三楽章ロンド形式
再び神話的な情景に戻る。やはり堂々とした印象がある。ピアノは一時蔭りのある部分になるが、長調に戻り格調高い主題に戻る。もう一度蔭りの部分が繰り返される。この様なところも物語性がある。また最初の主題に戻る。また蔭りのある部分に戻るが、前の主題に戻りさりげなく終わる。

アポロンと羊飼いの娘イッセ      フランソワー・ブーシェ


ピアノ協奏曲15番変ロ長調K450♪♪

結婚した歳から翌年までに、12番、11番、13番が連作され、コンサートは好評であり、コンサートの会員も増えていく。第二シーズンのピアノ協奏曲が次の歳から一気に4曲も作曲された。14番と17番は、ウィーンに駐在しているザルツブルクの高官の令嬢がモーツアルトに弟子入りしていて、彼女の為に作曲された。特に17番は傑作として今でも良く演奏されている。15番、16番はモーツアルト自身が弾く曲として作曲された。15番はロココスタイルの優美な曲である。やはりロココスタイルの分かりやすい曲が大衆受けしたようである。

第一楽章アレグロ
快活であり、ロココスタイルの風が吹くような箇所が随所に見られる。ピアノ動きは鍵盤全般を走って行くようなところが中期の曲らしい。愛情の豊かなJ.C.バッハを思わせるような協奏曲である。やはり牧歌的な物語を連想させられるところがある。カデンツァも細やかで才気煥発である。

第二楽章アンダンテ
ロココの風が頬を撫でる様な美しい緩徐楽章である。モーツアルトは心で歌っている。静かに曲を終了する。

第三楽章アレグロ
やはり快活で明快な終楽章である。鍵盤全体をピアノが走って行く。牧歌的な物語を締めくくっている様でもある。


ピアノ協奏曲16番ニ長調K451
♪♪

この曲は打って変わって堂々とした風格があり、古代ギリシア・ローマ風の物語を連想するような作品である。このピアノ協奏曲を聞いていると中期の正歌劇「イドメネオ」を聞きたくなるくらいだ。モーツアルトを古典派と呼んだのは、この様な古代ギリシア・ローマの古典主義に影響された作品からつけたのかも知れない。ヘンデルの古典主義ほど完璧ではないが、モーツアルトにもその要素が一部にはある。

第一楽章アレグロ
堂々とした出だしで始まり格調のある古代ギリシア・ローマの物語を連想させる。ピアノの出だしも強打で始まり勢いがある。しばらくして曲想が変わると、ラティウムの牧場(マキバ)などが連想される。牧場の神パーンや精霊ニュンフの出てきそうな雰囲気がある。交響曲でいえば小ジュピターとも呼べるかも知れない。最後に出だしに戻り華麗なカンデンツァがあり終了する。

第二楽章アンダンテ
いつものモーツアルトの様に心で歌っている。決して哀しくはならない。ニュンフに祈りを捧げているようである。

第三楽章アレグロ
軽快で明朗。ピアノも格調がある。繊細な部分もあるが、次第に大らかになっていく。最後まで格調を失わず堂々と終了する。


アエネアスの為に武器製作を求めるヴィーナス ナトアール


トロイ戦争で木馬の奇襲で負けた英雄アエネアスは、地中海に逃亡するが苦戦を強いられる。アエネアスの母であったヴィーナスは、我が子アエネアスを助けるためにバルカンに優秀な武器を作るように求めた。やっとイタリア半島に到着したアエネアスはトロイの王女との間にユリウスという子をもうけていた。その後ユリウスの系統が古代ローマの基礎を築き、ユリウス・シーザーが出て繁栄して行くことになる。


ピアノ協奏曲第17番ト長調K.453♪♪

この曲は第14番と同じく、ウィーンに駐在している高官の令嬢がモーツアルトの弟子になっており、その令嬢の為に作曲した物である。作風が洗練されているので、10番台では最もよく演奏される曲目になっている。しかし、第二楽章は優雅さと愁いを秘めたデリケートな音楽である。この曲を弾けば、そのピアニストのセンスは一目瞭然になるだろう。アシュケナージだから弾けるのである。モーツアルトのどのピアノ協奏曲を弾いても難しいだろう。

第一楽章アレグロ
流暢に流れる優雅な楽章である。高官の令嬢を思わせるような上品で優雅な音楽である。やはり第一楽章はロココスタイルといっても良いだろう。ロマンチックな高まりがあり華やかで明朗な物語を語っている様に聞こえる。それは秘めたる恋の物語かも知れない。モーツアルトの音楽には歌劇的な物語性が生きている。

第二楽章アンダンテ
出だしからオーケストラが優雅でロマンチックな雰囲気を醸し出している。ピアノになると低音の一定のテンポで抒情的な音楽が流れてくる。時にマイナーになり愁いが見えてくる。デリケートな展開で愁いと優雅さが重なって来るが、ロマンチックな雰囲気に飲み込まれていく。この様な音楽はモーツアルトにしか書けない。

第三楽章アレグレット
軽快な出だしで口ずさみたくなるような親しみのある音楽である。次第に明るさとロマンチックに表現になって来る。愁いを感じる部分もあるが深刻にはならず次第に流暢で優雅な音楽に飲まれていく。最後はオペラの終曲の様な音楽になり、走馬燈の様に過ぎ去っていく。



ピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456
♪♪

1784年モーツアルトの結婚後二年過ぎ、シーズン開幕を待つモーツアルトの手から新しいピアノ協奏曲が生まれた。これはパラディスという失明したピアニストの委嘱で作曲されたものである。彼女は歌やオルガンも秀でていた。このピアノ協奏曲は彼女のレパートリーになったが、モーツアルト自身も演奏会で客演した。ちょうど父レオポルトも同席しており、その美しさに感涙したが、演奏が終わると同席していたヨーゼフ二世が「ブラボーモーツアルト」と叫んだ。この頃がモーツアルトの人気の絶頂であった。この18番も12番と並んで中期の最高傑作である。

第一楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ
出だしから優雅なロココスタイルである。口ずさんでしまう出だしである。春の景色が見えるような牧歌的な曲である。花壇の色とりどりの花が見えてくるようである。ロココの風が吹いている。ピアノも深みがありよく歌っている。次第に喜びが高まっていきカデンツァに至る。

聖なる森の物語        ©きたのじゅんこ


第二楽章アンダンテ
うって変わって、季節は秋の落葉の季節になる。落葉を見ながら物思いに耽っている。落葉が落ちるようなタラタラタラが何度かピアノで繊細にひかれる。曲調は寂しげである。蔭りのある雰囲気で終了する。



第三楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ
再び春景色になる。ピアノも春の花壇の色とりどりの花を表しているようだ。後半で一旦休んで深みのあるピアノの演奏になる。ピアノは鍵盤を駆使して春景色を描いて行く。最後はピアノの高音から低音の鍵盤を駆け巡るカデンツァで感動的な終わりを迎える。


      たなびく髪よ

    たなびく髪よ
    春風に乗り颯爽と歩まんとす
    パステルカラーの服まぶしきや
    古代のニュンフの様な愛らしき顔(カンバセ)よ

    心に失恋の傷を持ちたる女(ヒト)よ
    桜の散りたるを見て
    はっとする君よ
    相手の好みの変はりたる故なりや
    君を見たる人 誰もが賛嘆せんとす

    天から愛されたる女(ヒト)よ
    皆 君に憧れんや
    優雅なこと 女神如し
    花壇の花は 満開なり
    花の妖精も 貴女の味方なり
    幾人も 貴女を愛す男あり
    花壇のアモールも 貴女に微笑みたり
    アモールの矢は放たれん
    相思相愛の恋は 目前にあり
    天から愛されたる女(ヒト)よ
    永遠(トワ)の愛に 恵まれたる女(ヒト)よ


ピアノ協奏曲第19番ヘ長調K.459
♪♪

このピアノ協奏曲は、18番と同じく1784の年末に作曲され、翌年の予約演奏会で発表されたものと思われる。この頃ピアノ協奏曲の演奏会の予約者は174人に達し最高潮であった。モーツアルトはウィーンで誰よりも人気を集めていることを自負している。

第一楽章アレグロ
作風は18番と似ていて、春を思わせる華やかな雰囲気がある。花壇の色とりどりの花を思わせる。出だしは口ずさみたくなるほど軽快だ。花壇の花が一斉に咲く時節の華やぎの風景を見るようである。ピアノも春の喜びを告げているようである。ロココの風が吹いている。感動が高まりピアノ勢いが強くなる。軽快で才気煥発なカデンツァで曲を締めくくっている。

第二楽章アレグレット
花神フローラとそれに従うミュンフの姿が見えてきそうな緩徐楽章である。ミュンフたちはフローラから清いグラスに甘い水を貰い歓喜している。

第三楽章アレグロ
大空に飛んでいくような風景が見えてくる。妖精も跳ねて踊っている。春の若々しい山河を見ながら大空に羽ばたくような音楽である。翼を得たイカルスの様に。高く高く飛んでいく。

虹色の星     ©きたのじゅんこ


 虹色の星

かしこは 虹色の星
虹の天使らの星
空は 水晶の如く透明なり
海は エメラルドの如く煌(キラ)めきたり
次々と色を変へたる森は
流れたる滝が 美しき調べを奏でたり

そは また失はれたる夢の住む星なり
天使らは色々なる星へ飛びゆき
遠き昔に失はれたる夢のかけらを
集めたりけり
夜明け前の浜辺に 
捨てられたる夢
冷たき風の吹きたる街角に
打ち捨てられたる夢
白き帆の船と伴に
海の底深く
沈みたりける夢を


晩年のピアノ協奏曲

ピアノ協奏曲第23番(Mozart's Piano Concerto No.23)

   
雪女  竹久夢二

 もの淋しい出だしで始まるが、曲が進んでいくと、何か盛んに訴えているような哀れさが胸を打つ。ピアノの音色は雪国の女性を想わせるような透明感がある。フルートもなんとも淋しげである。あのザルツブルク時代の「フルートとハープのための協奏曲」のフルートとは別の楽器のようである。実際、晩年のピアノ協奏曲の世界は雪がしんしんと積もるようで、ザルツブルク時代の色彩的なロココ様式とは全く世界が異なっている。同じ作曲家でこうも世界が変わることがあるのだろうか。

第2楽章は、心の中で泣いているかのようである。大切な人を失ったかのように。第3楽章は、これまでの人生が走馬燈のように回想されているようで、なつかしい過去を振り返っているようである。

モーツアルトをかくも変えたのは、いったい何だったのか。年齢がそうさせたのか、それとも人生がそうさせたのか。ウィーン時代は、決して経済的に安定していたとはいえないが、「フィガロの結婚」やその他のオペラが大ヒットして、彼は社会的に一流の作曲家と認められた。少年時代からの夢がかなったのである。それなのに、このように淋しく哀しい曲を作らせたのは何なのか。忍び寄る死の予感なのか。


この夢二の作品は、ピアノ協奏曲第23番(第1楽章)♪♪の世界をよく表している。けなげで愛おしい女性のイメージこそ、この協奏曲の雰囲気を象徴している。そして、雪がしんしんと降っている光景も、この協奏曲のイメージに合っている。夢二は、この作品で、雪景色の女性の愛おしい透明な美しさを語りたかったに違いない。雪は次第に激しくなり、雪女は雪景色の中に姿を消してしまいそうである。

私はつねづね思うのだが、晩年のモーツアルトのピアノ協奏曲や交響曲は日本的だと思う。単色の地味な世界、優しさと涙を秘めた歌、後ろ姿がけなげな女性、こんなイメージがなんとも日本的なのだ。夢二の絵も、こんな、けなげで優しい、そしてもの哀しさを秘めた日本女性を、限りないロマンとデリカシーを込めて描いている。夢二の絵には匂うような詩情が溢れている。モーツアルトの音楽と夢二の絵とはどこか雰囲気が似ている。





ピアノ協奏曲26番「戴冠式」♪♪

女十題 北方の雪     夢二


晩年のモーツアルトのコンサートは、曲が難解になったせいか、集まりが悪くなっていた。父レオポルトは分かり易い曲を書くように再三再四手紙に書いている。この曲はそのような背景で、後期の中のピアノ協奏曲の中では分かり易く書かれている。しかし、コンサートの募集をしてみると「ただ一人のファン・シュヴィーテン男爵が予約してくれただけ」とモーツアルトは借金の手紙を書いている。陽気で移り気の早いウィーン子にモーツアルトのピアノ協奏曲は飽きられていたと言われている。

「戴冠式」と呼ばれているのは、1790年にフランクフルトのレオポルト二世の戴冠式の時に、当地を訪れて演奏会を開き、この曲を演奏したことによる。翌年モーツアルトは帰らぬ人になった。

長調の弾きやすい曲に出来ているが、それが一層晩年のモーツアルトの雪景色を見ているような透明感を写し出している。曲調は明るいように見えるが、時々マイナーになる時に本心が現れている。透明さの中に淋しさ、哀しさのような想いが込められていて晩年の作品に共通した特徴が感じられる。

夢二の「女十題北方の雪」は、雪景色を背景に透明で優しい日本女性の姿が書かれている。奥ゆかしい美しさをもつ素晴らしい作品である。日本の聖母マリアといってもよいほどの作品だと思う。晩年のモーツアルトに近い世界である。本当に晩年のモーツアルトは日本的だと思う。


                       雪道

                    君何故 ゆき給ひしや
                    吾ひとり 置きて

                    紅葉 散り
                    枯れ木の 残さるるごとく
                    夏 過ぎて
                    虫の音の 儚く聞こゆるごとく
                    遠き 湖に
                    夕日の 落ちぬるごとく

                    優しき 言葉
                    優しき 瞳
                    どこ かしこ

                    しんしんと 降りし雪道を
                    ひとり 歩みにけり
                    雪道に 消へゆかまし
                    このままに



モーツアルトと夢二

     夢二


 竹久夢二といえば大正ロマンの画家で、日本でも大変ファンの多い画家である。東京で画展が開かれると大変な賑わいになるほど有名な画家である。夢二の絵は日本画から洋画、挿絵、デッサンに至るまで、匂うような詩情に溢れている。まるで、絵画から楽の音が流れているような作家で、和歌の天才でもあった。彼の絵ほど、女性の優しさ、愛おしさ、けなげさを描いた画家は世界でも稀ではないだろうか。ある意味では、日本女性の可憐な美しさをたたえていると言っても良いと思う。

よく夢二の美術館に足を運んだが、夢二の絵を見ていると、ふとモーツアルトの音楽を感じることがある。夢二の作風は、大正からから昭和に入って急にモダンになり西洋風になっている。もはや、日本的な美人画を超えていると思う。その西洋風の夢二の絵が、なんともモーツアルトの感性と共通性があるのである。モーツアルトも女性的なロマンチシズムを感じさせる作曲家であった。二人の芸術家としての個性には何か共通性があると思う。

モーツアルトが17歳の時、イタリア旅行の最中に有名な
モテット「エクスルターテ・イゥビラーテ」♪♪(踊り喜べ幸ひなる魂よ)を作曲している。この第4部「ハレルヤ」は大変有名で、合唱曲としても愛唱されている。少年モーツアルトの純真でどこか仄かさを秘めた曲で、モーツアルトの歌曲の中では最も美しい作品の一つである。このモテットを聞いていると、何故か遙か彼方に、想いを馳せているような詩情が溢れている。私はこの曲を聞くと、夢二の西洋風な屏風画「憩い」を想ってしまう。                      

憩い             竹久夢二


夢二の昭和の初期に描いた西洋風の屏風画である。葡萄の棚が描かれているが、これは、夢二の生家に今でもある葡萄棚で、少年の頃の思い出を表している。西洋風の女性は、何か物思いに耽っているかのようである。テーブルには、透明な十字架が描かれていて、女性の純真な想いを象徴しているかのようである。昭和の初期にこの様なモダンな絵画をかいた夢二の先見性に驚かされる。絵画全体は、何かしら透明で深い想いを感じさせる。明るい絵画であるが、仄かな抒情を秘めている。

モーツアルトのモテット「エクスルターテ・イゥビラーテ」も一見明るそうであるが、第3部になると、遙かな物思いに耽っているような抒情を感じさせる。少年モーツアルトの純真さと深い想いの込められた音楽である。


        星空

      天に満ちたる 星空よ
      愛を讃へん 煌(キラメ)きよ

      軌跡を描く 星くずよ
      幸運を呼ぶ 閃(ヒラメ)きよ

      されど貴方は 何処(イズコ)にて
      この星空を 眺めんや

      少女のころに 思はれど
      暁星(アカボシ)のごと 可憐なり

      乙女のころに あらねども
      木実(コノミ)はすでに 熟したり

      貴方を想ふ 真心は
      空にもまして 深きかな

      慎ましき 吾が心
      月にもまして 深きかな

      切なき想ひ 何故に
      貴方のもとへ 届かじや

      瞳に流るる かなしみは
      星にもまして 輝かん

      花壇に立てる アモールよ
      汝の矢をば 放てかし

      守護の天使よ 導きて
      紅き糸ひき 結べかし



     永遠(トワ)の人よ

    船上より眺む 天の川
    手に取るごとく 見ゆる星

    遙かに想ふ 君の顔
    何処(イズコ)で見たる この星を

    逢ひみた時に 愛したり
    今も想ひは 変らずや

    初めて想ふ 永遠(トワ)の人
    己が心は 輝けり

    この世の日々を 手にとりて
    伴にゆきたし あの世まで

    されど寂しや 一人のみ
    不甲斐なきなり 己が身よ

    貴女の心 離れたり
    この世の縁は はかなきや

    天使の如く 清らなり
    花の如くに 優美なり

    ピアノひく腕 優雅なり
    み使ひのごと 姿なり

    来世で逢いたし もう一度
    君に捧げたり 我が全て

    神の名により 求婚し
    華燭の典を 挙げたしや


竹久夢二の悲恋

 大正3年(夢二31歳)に、協議離婚した「たまき」のために「港屋」を開店した。たまきが店主であるが、夢二もイラストを描いたりしてよく店に来ていた。当時港屋は大変な賑わいで、夢二の人気も大変なものであった。夢二のそんな人気が女子美術学校生笠井彦乃(しの)を夢二に近づけた。彦乃は青鞜社運動で男装の麗人をしていた美形の少女であった。二人は急速に接近し、たちまち現実の炎として燃えさかり、抑えることの出来ない熱愛に変わっていた。

彦乃の父は再婚して新妻をめとっていたが、彦乃は孤独であった。そんな彦乃にとって夢二はあらゆる点において理想の相手であり、夢二も情熱的で健康的な魅力をもった彦乃に憧憬に近いまでの愛情を抱いていた。しかし世間体は両者の愛を認めてはくれなかった。彦乃は良家の令嬢であり、夢二のような芸人の相手に出来る女性ではなかったのである。

大正6年2月、夢二は京都二年坂に家を借りて、彦乃を迎える準備をした。彦乃の覚悟も並ではなかった。手紙に「こんどだめなら、そんないくじなしなら、死んぢまいます」と書かれていた。同年6月、彦乃来たりて同棲する。夢のような恋愛生活が始まる。栗津温泉、金沢市に遊んだ。

覚めてまづ 吾がかたはらに 妻とよぶ いぢらしきものの 添へる安けき  夢二

大正7年、長崎旅行、彦乃結核で別府にて入院。父の手によりお茶の水順天堂医院に入院。夢二東京に帰り、本郷菊富士ホテルに止宿。

大正9年、彦乃順天堂にて逝去享年25歳(満23歳9ヶ月)、夢二35歳


榛名山賦(部分)      夢二



夢二の人生の時計は、この時から止まってしまった。宿帳にも以後は35歳と書き続けた。そして、死後の遺品になった夢二のプラチナの指環には、ゆめ35しの25と書かれていた。結婚した歳ではなく、彦乃(しの)の亡くなった歳が刻まれていた。生涯その指環をはずすことはなかった。

夢二のその後の絵にも彦乃の面影が現れている。「榛名山賦」では大地から「春の女神」が現れているが、これも彦乃の面影ではなかろうか。夢二にとって彦乃は大地に帰り大地と一体になっていた「青春譜」。この美しい大和撫子は、彦乃の若く美しい面影かもしれない。そして、哀しい宿命を背負った女でもあるのだ。

モーツアルトの音楽と夢二の絵画には以前から共通性があるように思ってきた。晩年のモーツアルトの透明で何故か哀しい音楽に大変よく似合うのだ。この春の女神も、透明な美しさと伴に一抹の哀しさのようなものがある。これは確かにモーツアルトの音楽に共通している。

ピアノ協奏曲第20番第2楽章♪♪は、純情可憐な乙女を想わせるような音楽で始まる。しかし中間部で突然苦悩のような葛藤が現れる。そして、また乙女の音楽になる。あたかも彦乃の回想のようである。


                            
白磁花瓶賦   「一葉舟」より 島崎藤村
                            - 白磁花瓶を残し若くして逝きし友に寄せる歌 -

                            見しや水際(ミギワ)の 白あやめ
                            花より白き 花瓶(ハナガメ)を
                            如何なる人の 匠(タクミ)より
                            生まれ出でしと 知るや君(貴方は知っていますか)

                            瓶(カメ)の姿の やさしきは
                            根ざしも清き 泉より
                            匂ひ出でたる 白妙(シロタエ)の
                            心の花と 君や見む(貴方は見るでしょう)

                            さばかり清き 匠ぞと
                            言ひ給ふこそ うれしけれ
                            うらみわびつる(うらみを残した) 吾が友の
                            憂き涙より 出で来(コ)しを

                            夢に戯れ 夢に酔ひ
                            醒むるときなき(永遠の眠りについた) 吾が友の
                            名残(ナノリ)は白き 花瓶に
                            あつき涙の 残るかな

                            濁りを出でて 咲く花に
                            にほひあると な怪しみそ(臭いがあると怪しむな)
                            光は高き 花瓶に
                            恋の嫉妬(ネタミ)の あるものを(たとえ恋の恨みがあったとしても)

                            運命(サダメ)をよそに かげろふの(定めに反して、かげろうが[人の命が])
                            消ゆるためしぞ なしといへ(消えることなど、ありえないとはいえ)
                            余りに薄き 縁(エニシ)こそ
                            友のこの世の 命なれ

                            やがて栄えむ 行く末の
                            光も待たで 夏の夜の
                            短き夢は 燈火(トモシビ)の
                            花と散りゆく 儚さや

                            露もまだ干(ヒ)ぬ 緑葉の
                            茂き梢の 下影に
                            ほととぎす鳴く 夏の日の
                            もろ葉隠れの 青梅も

                            夏の光の 輝きて
                            五月(サツキ)の雨の 晴れ渡り
                            黄金色づく 梅が枝(エ)に
                            楽しきときや あるべきを

                            胸の青葉の うらわかみ(幼さに)
                            朝露重(シゲ)き 梢より
                            落ちて悔しき 青梅の
                            実のひとつなる 花瓶(ハナガメ)よ

                            命は薄き 蝉の羽の
                            一重衣の 裏もなく
                            初めて友の 恋歌を(初めて友が、恋歌を)
                            花影に来て 歌ふとき

                            緑色の 夏草の
                            朝(アシタ)の露に ぬるゝごと
                            深き涼しき まなこには
                            恋の雫(シズク)の 潤ひき

                            影を映して 咲く花の
                            流るゝ水を 慕ふごと
                            情けを含む 口唇に
                            からくれないの 色を見き

                            乙女心を 真珠(シラタマ)の(乙女の心を、真珠の)
                            蔵とは友の 見てしかど(蔵であると、友は見ていても)
                            宝の胸を 開くべき(乙女の心を開く)
                            恋の鍵だに なかりしか(恋の秘訣は なかったのか)

                            いとけなきや 人の世に(余りにも幼くて、世間には)
                            知恵あり顔の 恋なれど(知恵があるように見える恋ではあるが)
                            乙女心の 儚さは(乙女心の 微妙さは)
                            友の得知らぬ 外(ホカ)なりき(友の知ることの出来なかった、かやの外であった)

                            あい見て後は 永久(トコシエ)の(逢って後は、永久に)
                            別れとなりし 世のなごり(別離となる、世を悔やみ)
                            悲しき夢と 思ひしを
                            吾は忘れじ 夏の夜半(ヨワ)

                            月は出でける 夏の夜の
                            青葉の蔭に さし添ひて(添うように)
                            仰げば胸に 忍び入る
                            光の色の さやけさや

                            夢に夢見る 心地して
                            ふたりの膝を うち照らす
                            月の光に 誘はれつ
                            静かに友の 歌ふ詩(ウタ)

                            竜(タツ)を刻みし 宮柱
                            太き心は ありながら
                            薄き命の はたとせの(一時の)
                            名残(ナノリ)は 白き瓶(カメ)ひとつ

                            たおらるべきを 命にて(手折られることを、命として)
                            花咲く途(ト)には あらねども(花を咲かせる訳ではないが)
                            朝露重(シゲ)き 一枝に
                            愁ひを含む 花瓶(ハナガメ)や

                            あゝあゝ清き 白雪や
                            積もりもあへず 消ゆるごと
                            懐かしかりし 友の身は
                            吾を残して 失(ウ)せにけり

                            せめては白き 花瓶よ
                            消えにしあとの 野の花の(雪が消えた後の、野の花のような)
                            色にも出でよ 吾が友の(真っ白い色を出してくれ、我が友の)
                            命の春の 雪の名残を(青春の雪ような淡い思い出を)



晩年のモーツアルト

 「フィガロの結婚」は各都市で話題を呼んで、モーツアルトに名誉をもたらした。特にプラハではモーツアルト夫妻は観衆の大声援を受けた。さらに「ドン・ジョバンニ」、「コシファン・トゥティ」、「ティト帝の仁慈」、「魔笛」と追われるように傑作が次々と生み出されていった。ウィーンで妻と自由な演奏家として行動していたモーツアルトにとっては、現金収入が唯一の頼りであったが、著作権の確立していなかった当時では、オペラが売れても一時的な収入でしかなかったのである。

モーツアルトが最も期待していた個人コンサートは晩年には全く人気がなく、モーツアルト夫妻は意外な展開に困惑せざるを得なかった。それに加えて、妻コンスタンツェの持病と妊娠のために費用はかさむ一方であった。しかし、バーデンで静養していた妻に、モーツアルトは優しい手紙を書き続けている。夫婦の中は決して悪くはなかったようである。コンスタンツェは、モーツアルトが一目惚れしたウェーバー家アロイジアの妹であり、アロイジアの面影のあるコンスタンツェはモーツアルトにとっては愛妻であったに相違ない。バーデンで妻が世話になった合唱指導者であった知人に、
「アヴェ・ヴェルム・コルプス」(御聖体)♪♪を深い感謝を込めて贈っている。この合唱曲には、モーツアルトの妻への想いが込められていると思う。

ウィーンの宮廷から宮廷音楽家の称号をもらったが、僅かの年金でしかなく、とてもそれでは夫婦はやっていけなかった。晩年はオペラや舞曲、編曲が多いが、伴に現金収入の確かな仕事であった。モーツアルトは、勤めることのできる宮廷を求め、ベルリンやフランクフルトに旅行したが、どこの宮廷もイタリアの音楽家が幅をきかせており、モーツアルトが就職できるところはなかったようである。


アイネ・クライネ・ナハトムジークEine Kleine Nachtmusik)

晩年で最も有名な曲は、弦楽セレナーデである「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」であろう。この曲は1787年モーツアルト31歳の時の作品で、ちょうど「フィガロの結婚」でプラハで大喝采を浴びた年の作品である。この年は室内楽や歌曲に傑作が多く、モーツアルトの晩年のスタイルをよく示している。

20歳前後の夢見るような明るいロココスタイルから、次第にドラマ性を秘めたロマンチックな心情が現れている。ロココスタイルから浪漫主義が芽生える融合点のような音楽である。

第1楽章♪♪
ロココスタイルの優雅で華やかな音楽とロマンチックな情景が見事に融合している。


                            薔薇の門

                        花の眩(マブ)しき 薔薇の門
                        一目見しとき 愁ひ秘め 
                        優しき瞳に 奪はれぬ
                        心の人は 花の中
                        夢のごとくに ましませり

                        丘の上にて 幼き日
                        ひとりさみしく 泣きしとき
                        憐れみ給ふ 言葉かけ
                        笑顔可愛と 説き給ふ
                        天使の如く 優しけり

                        薔薇の門にて 奇(クス)しきも
                        夢のあなたに 出逢ひたり
                        こなたに立てる 愛しの君
                        心に誓ふ 永遠(トコシエ)に
                        魂の人 吾がすべて


薔薇の門のアンソニー ©いがらしゆみこ


第2楽章♪♪
透明な抒情性をもつ美しい緩徐楽章である。ロココスタイルの優雅さとロマンチックな情景が融合している。


                        アモールの神のごと

                        小鳥の声 懐かしく
                        新緑の まぶしきころ
                        泉湧く 木立に
                        君は 佇めり

                        アモールの 神のごと
                        典雅なる 姿して
                        遠き 羅馬(ローマ)の国から
                        来たるらし

                        湖のごと まなこして
                        頬は 天使のごと
                        手足は ニンフのごと
                        一人淋しく 歩みけり

                        誰にも 愛されざる
                        内気なる 瞳して
                        遙か彼方を 想ひて
                        優しき人を 求めしか

                        初めて 出逢ひ
                        初めて 愛し
                        初めて 抱擁し
                        初めて 接吻す

                        頬は いよいよ紅く
                        息は いよいよ熱く
                        空は いよいよ碧く
                        天は いよいよ高し

                        ユピテル大神の 妬みふれ
                        ペガサスに 乗り
                        大空を 舞ひ
                        夢のごと 過ぎ去りぬ


弓をひさぐアモール  プーシャルドン


第3楽章♪♪
格調あるメヌエットとロマンチックな情景が結びつき究極的な夢の世界を表している。


                           メヌエット

                       心にひびく メヌエット
                       想ひ遙かに 馳せれども
                       二人の定め 添ひ遂げぬ
                       哀しき調べ 切々と

                       夜の花壇を 彷徨へり
                       夢の貴女に 出逢ひたり
                       月と花壇の 明かり浴び
                       美はしき方 ましませり

                       二人迷はず 抱きしめん
                       心一つに なりぬれば
                       姿は天の み使ひの
                       清き光に 照らされぬ


マリー・アントワネットとフェルゼンの恋(アニメ)★★ベルサイユの薔薇


第4楽章♪♪
オペラの序曲のようなロココ風のアレグロである。これからのドラマの情景があたかも生き生きと表されているかのようである。

                        サファイア姫

                       悪臣 国を乱し 
                       王 此を憂ひ 
                       病床に倒る
                       王 姫に遺言し
                       姫 剣を以て男装す 
                       盟友フランツも 
                       伴に戦へり

                       悪臣 自滅し
                       姫 剣を置き 
                       乙女児(オトメゴ)に なりにけり
                       フランツ 接吻し 
                       宮殿 此を慶び
                       婚礼の準備す

                       朝日 二人を照らしたり 
                       教会 鐘鳴らし 
                       聖歌隊 天高く歌ひたり 
                       フランツ 指環はめ 
                       鐘 ますます高鳴り 
                       永遠(トワ)に 祝さんとす


                       サファイアとフランツ  リボンの騎士

                                               


中後期の交響曲

交響曲第31番「パリ」K.297♪♪

この交響曲は「パリ」と呼ばれており、モーツアルトが「フルートのとハープの為の協奏曲」を作曲した同じ頃に作曲したもので、パリの聴衆を意識して作られた曲である。明快華麗に作られており、モーツアルトの交響曲の中では最も華やかな曲である。当時の木管楽器を全て使用している。この曲はパリで大好評を受けた。三楽章形式は、シンフォニアの形式を取ったのかも知れない。以降カール・ベームの指揮ベルリンフィルでお聞きき下さい。

第一楽章
派手な管弦楽がつづき華やかな雰囲気を醸し出している。明快華麗である。

第二楽章
メロディーの美しい曲で、ロココスタイルを取って、ロココの風が吹いている。

第三楽章
華やかな管弦楽がつづき、構成も優れ、格調の高い終楽章である。

絵画の寓意       ロザルバ・カリエラ



交響曲第34番K.338
♪♪

余り知られた曲ではないが、第二楽章と第三楽章が美しい。

第一楽章
荘重な出だしの後、軽快な部分がつづき、繰り返される。最後荘重な部分で終わる。

第二楽章
メロディーが際立って美しい曲で、自然の息吹のようなものを感じる。

第三楽章
優雅なメヌエットである。メロディーも美しい。

第四楽章
春が来たような華やかなアレグロである。

レディー・ジョージアナ  ゲインズバラ



交響曲第35番「ハフナー」K.385♪♪

モーツアルトの傑作の交響曲の一つ。元々はセレナードとして作曲されたが、二曲を削って交響曲にした。ハフナー・セレナードK.250とは全く別の曲。

第一楽章
格調の高いアレグロ

第二楽章
ロココスタイルのアンダンテ

第三楽章
格調の高いメヌエット

第四楽章
走るように過ぎ去るロココ式終楽章

三美神に扮する娘たち             レノルズ


交響曲第36番「リンツ」K.425
♪♪

この頃から後年の作品になる。モーツアルトは妻コンスタンツェを伴って、ザルツブルクに帰郷して、ウィーンに帰る途中でリンツに立ち寄る。リンツに大変な音楽好きの伯爵がいたからである。早速コンサートを開いて、交響曲を演奏して欲しいという要望があった。モーツアルトは、演奏する交響曲を持ち合わせていなかったので、作曲して間に合わせることにした。何と僅か四日で交響曲を書き上げてしまったのである。

この曲はハイドンの交響曲の影響が顕著である。多分モーツアルトは、ハイドンの交響曲を参考にして、一大交響曲を書くことを構想していたと考えられる。ハイドンの交響曲同様に、中高部の弦がよく動き、交響曲の質を高めている。全体的には、明快典雅なイメージを与えている。しかし、どこか晩年のモーツアルトの心情が垣間見られるところがある。

第一楽章アダージョ-アレグロスピリトーソ
アダージョから入るのはハイドンの交響曲の影響。堂々とした印象を与えている。そして、明快典雅な主題が颯爽と現れる。堂々とした典雅なハイドン的な交響曲である。

第二楽章アンダンテ
明快典雅な緩徐楽章である。全体的にロココスタイルに見えるが、中間部ではモーツアルトの晩年の心情も垣間見られる。

第三楽章メヌエット-トリオ
堂々とした典雅なメヌエットである。トリオも流れに沿っている。

第四楽章プレスト
中高音部がよく歌っている。明快典雅な主題で始まる。ポリフォニー的な手法が使われてハイドンの影響が強い。後半になると、どことはなく晩年の心情が現れて曲を締めくくる。

朝の散歩       ゲインズバラ



交響曲第38番「プラハ」K.504
♪♪

オペラ「フィガロの結婚」K.492がウィーンの宮廷劇場で上演され大成功を収める。「フィガロの結婚」は瞬く間に各地で上演されて成功を収める。特にプラハでは未曾有の成功で、モーツアルト夫妻がプラハに招待され大歓迎を受ける。その時、コンサートが開かれ、ウィーンから携えて来た交響曲38番「プラハ」K.504が演奏された。このころから晩年の交響曲のスタイルの特徴がはっきり現れてくる。年齢は31才のころである。32才の時に作曲された晩年の三大交響曲と雰囲気が似ている。

ウィーンに戻ったモーツアルトは経済的に困窮してくるのである。特定の宮廷に勤めていなかったために、生活費は全て自分で稼がなくてはならなかったが、公開コンサートを行ってもほとんど参加予定者がなく、ウィーン時代の初期のようにモーツアルトは人気音楽家ではなかった。次第に難解になっていったモーツアルトの音楽にウィーンの聴衆がついて行けなかったともいわれている。また、ザルツブルク時代のロココスタイルは姿を消し、主観的な音楽が多くなり、ロマン主義の傾向が現れて来ていた。「フィガロの結婚」や「コシ・ファン・トゥティ」などのオペラの成功も、著作権が発達していなかった当時は、出版社に楽譜を売るときだけしか収入は得られなかった。

また、妻のコンスタンツェの産後の日達が悪く、バーデンバーデンで療養生活を送っており、モーツアルトはいつも一人で生活をしており、妻のコンスタンツェとは手紙のやりとりしか出来なかった。妻の療養費もかさむ一方であった。このように、晩年は孤独で金銭面での苦労も重なって、モーツアルトの人生は決して幸せではなかったのである。ウィーンの貴族の結婚式の音楽もライバルのサリエリに奪っわれてしまい、モーツアルトにはほとんど口は来なかった。最後の三大交響曲も結局上演されないままで終わってしまった。また、34才の頃から体調不良に見舞われるようになり、モーツアルトは次第に死を意識するようになったとも言われている。

そのような状況の中で、モーツアルトの音楽の中に寂しさや哀しみが感じられるようになってくる。ピアノ協奏曲では第20番の頃から、また交響曲では38番の「プラハ」の頃からである。交響曲38番プラハでは、第一楽章の雰囲気が自分の生涯を顧みるような懐古的な雰囲気に晩年の特徴が現れている。

第一楽章アダージョ-アレグロ
あたかも自己の生涯を振り返るような懐古的な雰囲気が見られ、一種の寂しさの様な感情が表れてくる。初中期の天真爛漫で明るいモーツアルトはもう既になくなっている。しかも諦めに似たような悟りの気分も見られてくるようだ。

第二楽章アンダンテ
なんとなく懐古的で、昔を懐かしんでいるような音楽が歩く様に現れている。しかも、諦念に似た悟りや、陰影が濃い音楽である。

第三楽章プレスト
人生の振り返るような懐古的な雰囲気が見られる。そして、人生が走馬燈の様に流れているようでもある。この交響曲はそれまでの交響曲と明らかな相違があり、39番40番41番と共通した雰囲気である。




交響曲第39番

(Mozart's Symphony No.39) 

 モーツアルトの死の3年前に作曲された第39番、第40番、第41番は、モーツアルトの交響曲の最高点を示しており、白鳥の歌ともいわれる。ともに、古典派の形式にのっとっているが、内容的には主観的な感情が込められていてロマン性の濃い作品になっている。短調の第40番がロマンチックなのは知られているが、三つの作品の中で最も明るいといわれている第39番も晩年特有の寂しさと哀しみが感じられる。ワルターの指揮でお聞き下さい。

第1楽章
♪♪
序奏が終わると、明るい主題が出てくるが、どこか寂しさを秘めていて、だんだんと苦悩の表情がみえてくる。

第2楽章♪♪は、過去をなつかしむようなメロディーが流れるが、しだいに哀しみを秘めてくる。

第3楽章♪♪一番感動的なのはである。格調の高いメヌエットである。表面は優雅で明るいが、心の中では泣いているようである。涙の微笑みといった感じのする曲である。

終楽章♪♪は、管弦楽が地上から離れていくような高みに上っていき終了する。




ワルターのモーツアルト(Mozart by Walter)

 ワルターは、モーツアルトやマーラー、ブルックナーなどに名演を残し、現在もステレオ録音のほとんどはCD化されている。ワルターの演奏のすばらしさは、作曲家の真意を忠実に我々に伝えてくれることと、音楽にこめられた人間的な心ではあるまいか。ベートーヴェンが「ミサ・ソレムニス」に添えた言葉に「願わくは心から心へ」という言葉があるが、ワルターは、音楽を、耳よりも心に訴えているような指揮者である。ワルターのマーラーの演奏がいまだに新鮮なのはマーラーの心を我々に教えてくれるからではないだろうか。現代の主観的で、オーバーな演奏に対して、ワルターは常に真実を教えてくれる。

ワルターの名演の中でもとりわけすばらしいのがモーツアルトの晩年の交響曲である。第39番、第40番、第41番では、晩年のモーツアルトの世界のすべてを語ってくれる。晩年のモーツアルトの寂しさと哀しみ、そして、地上を離れて高みに上っていくような雰囲気など。晩年のモーツアルトの心をこれほど理解して心を込めて演奏した指揮者がいるだろうか。晩年のモーツアルトの心はワルターに伝わり、そして我々の心に伝えられる。



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