ラモー(1683-1764)

 フランス東部の町ディジョンに生まれ、1722年からパリで活動した。フランス後期バロック最大の音楽家である。クラヴサン(チェンバロ)以外の器楽曲を作曲せず、オペラしか作曲しなかったため、日本では特に知られるのが遅れた作曲家でもある。最近の古楽ブームで、やっとその作品が明るみにされ、フランス後期バロックの真価が知られるようになったのは、誠に好ましいことであると思う。

1733年「イポリトとアリシ」でオペラ作曲家としてデビューし、ルイ15世の宮廷で演奏を許された。1745年には皇太子とスペイン王女との婚礼用に「ナバーラの王女」を作曲し「王のカピネ付き作曲家」の称号を得た。ラモーはイタリアオペラの要素を伝統的なフランスオペラに取り入れようとしたが、保守派の反対にあい、剣をさして歩かなければいけなかったと言われている。数々のオペラを残したが、晩年は「アクト・ド・バレー」という一幕もののバレー・オペラや小規模のパストラル(牧歌劇)しか作曲せず、「和声法」の執筆や自作のオペラの改訂に時間を費やした。

アクト・ド・バレー「ゼフィール 別名 ディアナのニンフたち」(全一幕)

 アクト・ド・バレーは、バレー付きの一幕もののオペラをいう。特徴は、オペラの中にバレー音楽が豊富に置かれていることや、牧歌劇のような長閑な作品が多く、アリアがなく、レスタチーヴォがアリアの役を引き受けていることなどである。レスタチーヴォが生き生きと歌われるのは、イタリアのアレッサンドロ・スカルラッティのオペラとよく似ている。イタリアオペラと相違しているのは、合唱やバレーが巧みに入れられていることなどである。

早速作品の解説に入りたい。この作品は一幕五場からなる牧歌劇である。主要な登場人物は風の神ゼフィールとダイアナに仕えるニンフのクロリスである。ゼフィールはアモールのような美少年としてソプラノで歌われている。クロリスは穏やかなソプラノである。

                                  日没           ブーシェ

                               

前奏曲-ゼフィール♪♪

前奏曲

ゼフィール
(西風の神)
ダィアナのニンフら 近づかん
ゼフィールらよ 疾く森に隠れかし
ニンフらに 見らるるなかれ

アモールよ
恋の成就の神よ
魅惑的な神よ
飛べ 汝の矢を放てかし
汝の技を 成し遂げ給へ

不実なる者も 汝の目を見なば
冷たき心をも 溶かされん
飛べ 汝の矢を放てかし

合唱-クロリス-ガボット♪♪

合唱(ニンフ)
暁の女神(ダィアナ)の 帰還を讃えよ

クロリス
昇りたる 日の光
穏やかなる 丘に輝かん
日の光で 丘美はしくなり
日の光 喜ばしきこともたらさん

ガボット

クロリスは、ダィアナに仕えようとするが
ゼフィールは、アモールに身をまかせることを説く
・・・・・・

合唱-ゼフィール♪♪

合唱
(ニンフ)
走りゆき 吾らの熱意を知らせんや
光り輝き 魅惑する香りに
アモールの魅力に
騙されるなかれ

ゼフィール
ニンフの来たるを 妨げよ
飛べ ゼフィールたちよ
青春の 歓びと魅惑を
ニンフに 見せつけよ


エール-パスピエ-ゼフィール♪♪

エール

パスピエ

ゼフィール
案ずるな 皆の崇拝せしアモールなり
吾暁の女神より 生まれたり
大空を 芳香で満たし
荒波を 鎮め
一吹きし 小川のしぶきを
穏やかにせん

耳を澄まし 鳥のさえずりを聞けよかし
吾はこの森の 支配者なり
歌へかし 小鳥たち 
この平和な 森の中で
花と歓びよ 吾が声を聞いて
甦れかし

花のグループのためのエール-メヌエット-ガボット♪♪

花のグループのためのエール

メヌエット

ガボット

サラバンド-ゼフィール
♪♪

サラバンド

ゼフィール
視よ 幸ひなる恋人よ
ステップは 熱い恋の証
二人は 愛する術(すべ)を
分かち あへり
二人は 一つなり
恋の歓びを 楽しまん
腕と腕とは 絡みあひ
視よ この幸ひなる恋人を
悦楽は 婚姻に勝り
歓びは 二人のまなこにあり
二人は 絶えず互ひに見つめん
二人の愛は 神々をも魅了し
甘美なる 陶酔にひたらん

合唱-クロリス-ディアナ♪♪

合唱

クロリス
ああ 女神様を 怒らせるなかれ
女神様のみを 愛し
あなた様(ゼフィール)から 逃げるべし
女神様の怒り 怖ろしければ

女神ディアナ
怖れるなかれ
吾 譲歩せり
汝は 自由なり
視よ これは(エンデミオン)吾が愛する者なり
失われし 日々を
エンデミヨンの愛が 償はん
アモールの勝利を 歌ふべし

かつて アモールの矢から 
身を 守りき
アモールの永遠(トワ)の力に 逆らはん
されど吾が間違いを 正さねば
苦痛 耐へざらん
アモールの勝利を 祝へかし
アモールの車に 従へかし

クロリス・ゼフィール-花たちのサラバント-ガボット♪♪

クロリス・ゼフィール
何と 快きか
恋に 身を委ねる者

ゼフィール
何と 苦しきか
恋に 逆らう者

クロリス
何と 快き日々よ
恋に 目覚める時

クロリス・ゼフィール
愛に よりてのみ 
生きる幸ひを 得んや
何と 快きや

ゼフィール
大地よ 汝に懇願せり
吾らと情熱を 伴にせんことを
汝 フローラを名乗り
アモールを熱愛する
春の女神に なるべし

花たちのサラバント

ガボット

フィナーレ♪♪

ゼフィール・フローラ
アモールよ 吾らの心の神になり給へ
汝の射る矢に 幸ひあらん

ゼフィール
汝の恋の炎を 疑ひしことあれども

ゼフィール・クロリス
汝の勝利は より甘美なり
アモールよ 吾らの心の神になり給へ
汝の射る矢に 幸ひあらんことを


コンセールによるクラヴサン曲集

 ラモーの作品の中でも数少ない器楽曲である。ラモーは、17世紀のリュリによる伝統的な荘重な様式にイタリア的な快活な様式を取り入れて、伝統的なフランス音楽と先進的なイタリア音楽の調和に努めた作曲家であった。しかし、その斬新なスタイルは、保守派の抵抗に遭い剣を身につけて歩かねばならなかかったと言われている。

ラモーが活躍した18世紀前半は、フランスでは、美術ではロココスタイルになっており、すでにルイ14世時代の荘重なバロックスタイルは過去のものになっていた。しかし、音楽では保守派が未だに影響力があり伝統的なフランス音楽が勢いを得ていたのである。フランス周囲の国では、ドイツ語圏でもイギリスでも、イタリアの古典派スタイルが次第に優位を得て、ロココスタイルと結びつき、明朗快活な古典派音楽が主流になっていた。つまり18世紀前半は古典派のグルックや若きハイドンの時代になっていたのである。

この曲集をそのような経緯がよく理解することが出来る。当時のラモーの音楽の本質をよく物語っている。ラモーのオペラや器楽曲は近年になってオリジナル楽器によって紹介されるようになった。誠に喜ばしいことであると思う。バロック音楽でもイタリアバロックやドイツバロックに比べるとフランスバロックは認識が遅れていた。それは、フランスバロックが静的な格調を重んじていて、イタリアやドイツバロックの動的な音楽よりも遙かに解釈が難しかったことによっている。現代楽器で普通に演奏すると躍動感が押さえられていて精彩に欠いてしまうからである。

近年のオリジナル楽器による研究がフランス音楽の真の魅力引き出すことに成功している。ここで紹介するディスクは、オリジナル楽器の権威であるヴィーラント・クイケンのヴィオラ・ダ・ガンバを中心として、日本のオリジナル楽器の才能ある奏者により1991年に中新田バッハ・ホールで録音されたものである。このディスクを聞くと、ほとんど完璧にフランス古典音楽が復元されている。このような優れた演奏は世界的に見ても貴重である。日本のオリジナル楽器の演奏の優秀さを証明するものとして誠に喜ばしいことであると思う。

このディスクによりながら、ラモーの音楽の風景を見ていきたい。「コンセールによるクラヴサン曲集」には、ほとんど曲に当時のラモー周辺の人々の名が記されている。これは、ラモーの序文によるとラモー自身の発案ではなく、周囲の理解ある人々の意見に従ったためによるという。「音楽による肖像画」を試みたためとも言われるが、現在ではもはやつまびらかではない。ここでは紹介だけにとどめておく。

「第二コンセール」

 この曲集は第五コンサートからなっている。その中でもとりわけ傑作である「第二コンセール」は、4つの曲からなっている。中心の楽器はクラヴサン(チェンバロ)であり、伴奏付のクラヴサン・ソナタのような性格が与えられている。実際には、ククラヴサンを主体にした、ヴァイオリン、フルート、ヴィオラ・ダ・ガンバによるカルテットという雰囲気が強い。ただ、バロック音楽では、クラヴサンは通奏低音の楽器であるが、この曲集ではまるで独奏楽器のような役割が与えられていて、古典派の協奏曲を彷彿とさせている。

第一曲ラボルト♪♪    
ラモーと交友のあったラボルト家をさしている。
優美なロココスタイルの音楽である。バロックというより古典派の室内楽を想わせる。よく聞くとモーツアルトの若い頃の雰囲気に似ていることに気がつくはずである。重厚なバロック音楽ではない。クラヴサンやフルートがそれぞれ主旋律のパートを受け持っている。後のパートは伴奏にあたっている。

   田園の内緒ごと            ブーシェ


言うまでもなく、ブーシェはロココスタイルを好んだポンパドール夫人に仕えたロココスタイルの画家である。ブーシェには、17世紀の荘重なバロックスタイルの面影はない。田園でくつろぐナチュラルな人物が配されている。ブーシェの絵画に最も近いのはザルツブルク時代のモーツアルトであるが、ラモーのこのような音楽に似つかわしい。

第二曲ブコン♪♪
友人ブコンの娘をさすといわれている。
一転して、17世紀のリュリ風の荘重な音楽なる。静的で格調が高い。ルイ王朝では、このような威厳のある音楽が正当とされていた。しかし、イタリアの古典派の洗礼を受けた18世紀になると時代遅れの感があった。しかし、このような古代ローマの神殿を想わせるドーリア調の音楽こそフランス的であると主張されていたのである。ブコンの娘は、奥ゆかしい古風な女性であったのであろうか。

パリスをたしなめるヘクトール     アンゲリカ・カウフマン


パリスは、ミケーネ(ギリシア)の美女、王女ヘレネを奪ったトロイの王子である。この事件を契機にしてトロイア戦争が起こる。ヘクトールはパリスの兄であり、弟の我が儘な行為をたしなめ、武器をもって応戦することを説いている。中央の女性がヘレネであるが、静的で女神のような荘重な面持ちで描かれている。

アンゲリカ・カウフマンは、18世紀のスイス生まれの女流画家である。イタリアで古典的な絵画を学びイギリスでロイヤル・アカデミーに認められた。作風は古典主義的でありルイ14世時代の荘重なスタイルに近い。このような重厚で理知的な気風がルイ王朝では伝統的であるとされていたのである。

第三曲アガサント

アガサントはフランス語で「気をそそる」といったような意味である。人物とは関わりない。
再びロココスタイルの優美なスタイルに戻る。

第四曲メヌエット♪♪   
一層古典派的なり、モーツアルトの愛らしい音楽に近づいてくる。この曲をそのまま聞くとバロック音楽とは思いがたい。ラモーの晩年になると、18世紀の中葉の前古典派のロココスタイルが一般的になる。それはそのままモーツアルト少年時代と重なっている。

                                                                   ダンス             ワトー

                                 

ワトーは、フランスを代表するロココスタイルの画家である。ここには、もはや17世紀の荘重な古典主義は存在しない。ロココスタイルでは少年少女の愛らしい姿がよく描かれるようになる。そのような感覚はルノアールと変わりない。一層近代的な世界に近づいている。



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