ラヴェル(1875-1937)

 ラヴェルの父親は、スイス生まれのフランス人であった。パリに出て工場を経営していたが、普仏戦争で工場が破壊され、スペインに賭けることにした。彼はスペインのアランフェスでバスク地方(ピレネーの西側)の娘と出会い、二人は結婚して、バスク地方のシブールでモーリス・ラヴェルを生んだ。ラヴェルが生まれた三ヶ月後に、一家はパリに舞い戻った。

父親は、ジュネーヴ音楽院でピアノ演奏で一等賞をとった経歴をもち、ラヴェルの音楽的な才能に大きな影響を与えた。弟エドアールと父母四人の睦まじい家庭で育った。少年時代のラヴェルは、弟エドアールよりも愛らしく、母親と強く結ばれていた。また「フィレンツェのお小姓」の格好がお気に入りであった。

7歳からピアノを習い、12歳のときには、和声法や対位方を習い始めた。一家はパリ市内に引っ越し、14歳の時、パリ音楽院(コンセルヴァトワール)に入学を許された。

ラヴェルは、一世を風靡したワーグナー、ベートーヴェンにも夢中にならず、「ロシア五人組」、ショパンやウエーバー、とりわけモーツアルトを好んだ。1901年26歳の時見た、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」に決定的な影響を受ける。

優秀な成績を修め、18歳の頃から作曲も手がけるようになった。ピアノ曲「亡き女王のためのハヴァーヌ」は、フランスのピアノを弾く乙女たちに、とても人気があった。1897年(23歳)にフォーレのクラスに入った。1901年印象主義的な「水の戯れ」を発表して、一躍有名になる。序曲シエラザートや弦楽四重奏などで、ドビュッシーと並びフランスの国民的な作曲家と認められるようになった。

1900年(25歳)からローマ大賞を受験する。ラヴェルの斬新な和声法は、伝統的なパリ音楽院に受け入れられず、落選の憂き目に遭う。1905年30歳、これで最後のローマ大賞は、ジャーナリズムの注目する処であった。ラヴェルは信念を貫いたが、結果は予想通りの落選であった。それに対して音楽界やジャーナリズムから強い抗議が寄せられた。ロマン・ロランもラヴェル擁護に加わり、保守的なデュポアは辞職し、改革派のフォーレが音楽院長に就任した。(ラヴェル事件)

「水の戯れ」

 1901年に作曲されたピアノ曲
「水の戯れ」♪♪は、ラヴェルの印象主義を宣言する作品である。これは、師であったフォーレより一段進んだ革命的な作品であるいってよい。フォーレのノクターンやバラードを聞くと、和声がメロディーを上回っており、半音階的な和声が色彩的な世界を開示している。

ラヴェルの「水の戯れ」は、メロディーは遙かに後退して、ピアノは色彩的な半音階和音のみより奏されていく。まさに水面の無数の煌めきをそのまま写したような印象を与える。

                                 睡蓮            モネ

               


言うまでもなく、モネの睡蓮は印象派の代名詞といってもよい。水に浮かぶ睡蓮は、寒色系から暖色系まで、ほとんどの色彩を含んでいる。水面を見ると、無数の光が輝いている。ラヴェルの「水の戯れ」も、奇しくも水面に浮かぶ無数の色彩を表している。画家も音楽家も、先入観を捨て、対象の印象をありのままに描かなければいけない。このような描写は、深い瞑想が必要である。

「鏡」

 「鏡」になると、「水の戯れ」よりも、表現は一層複雑になり深化している。題名をもった5曲から成っている。どれも、対象の印象を色彩的に描いている。その中の2曲を選んで、心象風景を探ってみたい。

ブロンドの浴女


ルノワールは、この作品を描くのに、ナポリ湾にボートを浮かべ、将来の妻となるべきアリーヌを描いた。後年のルノアールは、女性の裸体を象徴的に捉えているようだ。決して古典のように写実的に描いてはいない。生命力の豊満のシンボルとして描いている。この作品でも、海と浴女は同等であり、浴女は海の生命力の象徴として描かれ、海と一体になっている。海と浴女は、色彩的にも、筆のタッチからしても、溶け込んで描かれている。

第5曲鐘の谷♪♪

谷に鐘が鳴り響いている様子をピアノで表したもの。教会の鐘が谷にこだましている様子を表しているようだ。朧であり、空気中を浮遊しているようにも感じられる。


                              ルーアン大聖堂    モネ

                    

「ルーアン大聖堂」は、空気の中に浮かんだ大聖堂の印象を描いている。日が聖堂の正面を照らし、深い影を作っている。上空は晴天である。ここではルーアン大聖堂は、中世の巨大な教会ではなく、ただ光と色彩の対象物としてのみ描かれている。


ヴァイオリン・ソナタ(遺稿)♪♪

 このヴァイオリン・ソナタは、ラヴェルの22歳(1897)に作曲されたが、第1楽章しかなく、日の目を見ることなく遺稿として残された。最近ではヴァイオリニストが取り上げる機会が多くなった。ラヴェルのヴァイオリン・ソナタは一曲あるが、晩年の渋い作品で難解である。それに比べ、このヴァイオリン・ソナタ(遺稿)は、若いラヴェルのみずみずしい感性を感じさせ
ロマンチックで美しい作品である。もし、これが第3楽章まであれば、フランクのヴァイオリン・ソナタのように大変有名になっていたはずである。

ラヴェルが、この作品を書いた時には、まだフォーレのクラスにおらず、主要な作品では「古風なメヌエット」が作られている程度であった。ロマンチックな作品であると同時に、ピアノの和音は半音階的で、後のラヴェルのピアノ曲の面影が感じられる。

親しみのある第一主題のヴァイオリンで始まる。次第に発展していきロマンチックな盛り上がりを見せる。ピアノの半音階的な和音が美しい。
再び第一主題が現れて曲を締めくくる。

ピアノの動きを見ていると、印象主義的なイメージを受ける。ロマンチックな深みはフランクのようであり、格調の高さはブラームスのようでもある。22歳でこのようなヴァイオリン・ソナタを書いたラヴェルは、天才以外の何ものでもない。

ピアノの冷たい煌めきは月の光のようである。ロマンチックな夜の世界を想像させる。ここではボードレールの「月の哀しみ」を引用しようと思う。ボードレールのあでやかな詩によく似合っていると思う。

             月の哀しみ       ボードレール

          今宵は月の 夢むかな
          常にもまして 物憂げに
          褥(シトネ)をあまた 積み重ね
          微睡(マドロ)みつつも 夢うつつ
          無心の片手 かろやかに
          双(ソウ)の乳房の ふくらみを
          愛撫(カイナ)でさする あでやかさ
          女性(ニョショウ)の姿 さながらに

          仰ぎ臥す背も やわらかき
          雪のなだれの 繻子(シュス)の肌
          絶へ入るごとく 月魄(ツキシロ)は
          夢見心地に 身を委ね
          眸(ヒトミ)めぐらし 眺めやる
          彼方に白き 幻影(マボロシ)の
          競ひ咲く花 さながらに
          蒼穹(アオゾラ)さして 昇りゆく

          遣る瀬なき身の つれづれに
          下界の面(オモ)に ひそやかに
          涙の玉を ひとしづく
          折ふし月の 落とすとき
          眠りもやらで 夜を明かす
          つつしみ深き 詩人(ウタビト)は
          その掌(テノヒラ)に 猫目石(オパアル)の
          破片のごとく 七彩(ナナイロ)に
          煌めきわたる 青白き
          この涙をば 受け止めて
          陽(ヒ)の眼を忍び 奥ふかく
          心の底に 秘むるなり


「序奏とアレグロ」♪♪
 
 ラヴェルが五度目のローマ大賞に失敗した年に書かれたハープを伴った室内楽である。この年、プレイエル社は半音階の容易なクロマティックハープを開発して(現在は使用されていない)、ドビュッシーに曲を依頼した。ドビュッシーは、クロマティックハープのために「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」を作曲した。ところが、エラール社は従来のペダル付のハープのためにラヴェルに曲を依頼した。このような経緯により作曲された曲が、「序奏とアレグロ」である。正確にはハープ、フルート、クラリネット、弦楽四重奏のための「序奏とアレグロ」という。

出だしは極めてロマンチックな雰囲気で始まる。そして泉が湧いているような合奏になる。さらにハープの演奏になる。ハープと他の楽器の合奏が続く。
メロディーも分かりやすく、みずみずしい曲である。中間部でロマンチックなハープの独奏になる。以前の動機に戻りハープと他の楽器の合奏になり曲を終了する。みずみずしい美しさは、若きラヴェルの作品らしい。

ハープのあでやかでロマンチックな曲である。ここでもボードレールの「夢幻を愛す」を引用したい。

             夢幻を愛す       ボードレール

          砕けてひびく 管弦の
          妙なる調べ はたとやめ
          深きまなざし 遣る瀬なき
          去りゆく君を ながめんや

          炎に染むる 松明(タイマツ)の
          曙色に 映えるごと
          君の額と まなざしよ
          吾が魂を 奪はんや

          美しきかな 妖しくも
          殿上人(テンジョウビト)のあでやかさ
          優しき心 内に秘め
          手練手管に 熟したり

          ゆかしき味は 秋の実か
          涙の露の 衣手か
          夢よびさます そよ風か
          愛撫に似たる 手枕か

          絶へて貴き 秘密(ヒメゴト)と
          深き想いを 湛(タタ)へたる
          空にもまして 奥深き
          珠玉のごとき 眼(マナコ)かな


ソナチネ

 ソナチネは、「鏡」と同様の1905年に書かれ、「水の戯れ」と並んで大好評を博し、ラヴェルの名声を高めるに貢献した。三楽章からなり、色彩的で優美な美しさに満ちており、今でもラヴェルの代表作として取り上げられる。第一楽章は、ソナタ形式を取っているが、風にそよぐ花園を想わせるような色彩的な楽章で、極めて美しい楽章である。第二楽章はメヌエットの形を取っているが、閑かな春の花園をみてるようである。第三楽章は、変わって花園に風雨が訪れて、雨足が聞こえるような出だしで始まるが、第一楽章の主題が現れてくる。全体を通して一貫した主題で統一されていて、フランス風の循環形式が取り入れられている。

第一楽章・第二楽章♪♪

フローラとゼフィール               ウォーターハウス


ゼフィール(西風)は、大地に春をもたらす神であり、愛の神アモールや花神フローラとも親しい。一説によると、ゼフィールがギリシアのニンフをローマの花園に連れてきて花神フローラとしたと言われている。ウォーターハウスのこの作品は、その関係をよく物語っている傑作である。

第三楽章♪♪

オフィーリア          ウォーターハウス


                              オフィーリア

                            神のお告げを 聞きしより
                            ハムレット様 変はりたり
                            崇高なりし 使命帯び
                            天だけみつめ 歩きたり

                            かつて二人は 愛し合ひ
                            二人は常に 伴ならん
                            笑顔でみつめ 抱きしめて
                            優しきキスを 交はしたり

                            父ポロニアスを 疑ひし
                            ハムレット様 不機嫌に
                            尼寺へゆけと 申されき
                            信じられざる 言葉なり

                            唄を歌いて 花を摘み
                            野原に横に なりにけり
                            乙女の身体(カラダ) ほてりたり
                            今はなきなり 君のキス

                            花の顔(カンバセ) 悩ましく
                            手に取る花も 萎(シオ)れたり
                            白き衣は 透けたりて
                            乙女の身体(カラダ) 露(アラ)はなり

                            春の女神の フローラよ
                            熟れた身体(カラダ)を 受け止めよ
                            今にも地にへ 落ちんとす
                            愛の花園 連れ給へ

                            父の死を知る オフィーリア
                            頭朧(オボロ)に なりたりて
                            とめどもなくて 彷徨ひて
                            フローラの園 探さんや

                            春の嵐の 到来し
                            雨のつぶてに 当たらんや
                            フローラの影 誘はれて
                            足滑らして(河に) 召されたり


夜のガスパール

 ラヴェル1908年の作で、「鏡」や「ソナチネ」などと並んで美しいピアノ作品の一つである。ラベルはフランス浪漫派のベルトランの詩「夜のガスパール」を読み、そのロマンチックで神秘的な雰囲気に触発され、詩集の中から特に三つを選んで、それをピアノで表現しようとした。スコアにもベルトランの原詩を添えている。第一曲は「水の精」で極めて美しい作品である。妖精の世界を美しく描いている。第二曲は「絞首台」で、第三曲の橋渡し的な役割を果たしている。第三曲は「スカルポ」で地の精でもあり、神出鬼没の小悪魔でもある。この曲は神秘的でもあり、音の塊がリズミックに動き回り、リストのエチュード的な超絶技巧とは異なり、極めて高度な音楽性と超絶技巧の要する曲とされている。

先の「ソナチネ」とこの「夜のガスパール」は、パスカル・ロジェの演奏である。彼は音楽家の家系に生まれたパリ出身の生粋のフランスのピアニストであり、現在はフランス音楽の代表的なピアニストでもある。この演奏は彼が二十代前半に録音したもので、技巧的なラヴェルの音楽を、あたかも楽の音の流れのように流暢に奏いている。彼のドビュッシーもそうであるが、ピアノの音が形をもって流れるようであり、実に自然であり、また判りやすい。まるで一幅の絵画か動画をみてるような印象を受け、ロシア系やドイツ系の鍵盤楽器的な表現とは異にしている。ある意味ではフランス音楽の天才的なピアニストであると思う。

第一曲「水の精」♪♪

夜             ファンタン・ラトゥール


                              水の精       ベルトラン

                            眠りたる間 朧気に楽の音を聞きたり
                            優しく哀しげな声 囁(ササヤ)くように歌ひけり
                            聞き給へ! 吾は蒼白(アオジロ)き月光に映ゆる窓ガラスに
                            水滴ふり注ぐ 水の精なり

                            荘園領主の姫君は バルコニーに星の降る夜と
                            眠る如くに月に映える湖に 見入りたり
                            如何なるかそけき浪にも はたまた激流にも
                            泳ぎゆきたる 水の妖精なり
                            如何なる急流も 地下宮殿に至る水路なり
                            宮殿は 水、土、大気からなる三角の
                            湖の底に 建てられたりけり

                            聞き給へ! 父上の緑の小枝を
                            泡立つ水に 浸したる時
                            睡蓮と 薬草の生え
                            水鳥遊ぶ 涼しき小島を
                            妹たちは 泡の如き
                            透明なる腕にて 愛撫し
                            枝垂れ柳の 流れに沿ひて
                            魚すくひたるを 笑ひたりけり

                            囁(ササヤ)くような唄 歌ひ終はりたると
                            水の精(オンディーヌ) 吾に懇願せり
                            この指環はめ オンディーヌと結婚し
                            伴に 水底の宮殿にゆき
                            湖の王者になり給へと

                            吾 人の女を愛さんや
                            されば オンディーヌちょっぴり拗(ス)ね
                            憾(ウラ)みて 少々涙こぼして
                            声高(コワダカ)に笑ひて 家の青き窓ガラスの
                            みらめきたる水滴の中に 消え失せたりにけり


第二曲「絞首台」♪♪

                              
絞首台       ベルトラン

                            絞首台の周りを 憑かれたりて
                            ぐるぐる回りて 俺は何をみんとするのか
                            聞こえたるかの音は何ぞや
                            
                            夜風のひょうひょう鳴りたる音か
                            或ひは彼方の絞首台に吊られたる罪人の吐く息か
                            絞首台の立ちたる 地べたの苔や
                            蔦の中で 鳴きたる蟋蟀(コウロギ)か
                            絞罪人の聞こえざる耳に 群がる蠅の鳴き声か
                            奴の禿げたる頭より 髪を引き抜く
                            黄金虫の 羽音なりや
                            しからざれば 蜘蛛の糸に縛られたる首に
                            モスリンを織る音なのか

                            そは 地平の彼方より 
                            城壁から 鳴り響く鐘の音
                            夕日を 赤々と浴びたる
                            絞首台に 吊られたる罪人の死骸



第三曲「スカルボ」
♪♪

                              スカルボ       ベルトラン

                            奴はベッドの下 煙突の上
                            戸棚の中に ゐるが如くなり
                            奴は如何にして 入り込み
                            また抜け出したのか 謎なりき

                            幾たびか真夜中に スカルボをみん
                            その時 月は夜空に輝けり
                            金色の蜂の 飛び交ふ
                            青ひ旗の 翻る如くに

                            幾たびか 寝室の物陰で笑ひて
                            寝室の周りの 絹の帳を
                            引き掻く音を 耳にしたりたるや

                            幾たびか 奴が天井より降り来たりて
                            一本足で 旋回し
                            魔女の 糸巻棒より落ちる糸の如くに
                            床を転がり回りたるを みたりしや
                            かくて消えたりと 思へども
                            あの朱儒(シュジュ小人)は 聖堂の尖塔の如くに
                            吾と月の間を 奇妙に伸びてゆきたりや

                            尖(トンガ)り帽子の先で 金の鈴を鳴らしたりて
                            やがて奴の身体(カラダ)は 蒼白くなり
                            蝋燭(ロウソク)の蝋の如くに 透きたりけりや
                            顔も血の気の 薄れて来たれば
                            奴は とく消え失せたりけり





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