アレッサンドロ・スカルラッティ(1660〜1725)

 A・スカルラッティは、イタリア・ナポリ派の大家として知られ、バロック後期のオペラの原型をつくった天才である。同時代のイタリアには、コレルリがおり、コレルリはバロック後期の合奏協奏曲の原型をつくった大家である。若いヘンデルがイタリアで学んだオペラと器楽曲は、ほぼA・スカルラッティとコレルリの音楽であった。このころのイタリアの音楽は教会音楽と世俗音楽に区別されるが、世俗音楽は、古代ギリシア・ローマの逸話を題材にするもので、いわゆる古典主義芸術であった。また教会音楽も古典主義を模倣した。イタリア的な明朗典雅な様式であり、イタリアの知識階級の要求を満たすものであった。イタリアでは、上流夫人の主宰するアカデミーでは、古代の哲学や文学が盛んに論じられ、音楽も古代の明朗典雅な様式に則ることを要求された。

A・スカルラッティは、ナポリからローマに活動の拠点を移すが、このような古典主義の風潮の影響を受け、バロックオペラのスタイルを確立した。それを受け継いで完成したのがドイツ人のヘンデルであった。ヘンデルにより音楽による古典主義は、より自由闊達に、より荘重になり、インスピレーションの高い芸術に大成した。A・スカルラッティの音楽は、明朗典雅で抒情的であり、清々しさがあり、彼が亡くなる頃に、ペルゴレージが古典派の走りである「奥様女中」を作曲して旋風を巻き起こすが、A・スカルラッティの音楽の中には、古典派を予想するような要素があると思う。この時代のイタリアは、音楽・建築・美術に於いては圧倒的に先進国であった。

カンタータ「エンデミオンとキュンティアー」♪♪

 「エンデミオンとキュンティアー」の物語は、キュンティアー(アルテミス)はローマ名ではダイアナである。ダイアナは月(ルナ)の女神でもある。ある夜ダイアナは、地上にいるエンデミオンという羊飼の少年に一目惚れしてしまった。密かに接吻するために、ゼウスに望み乞うと、ゼウスはダイアナに接吻を許す代わりに、エンデミオンを永遠の眠りにつかせることにした。それから、ダイアナ(キュンティアー)は、眠ったままのエンデミオンに毎夜接吻を続けたという。ダイアナ(キュンティアー)は普通のソプラノであり、少年エンデミオンがハイソプラノになっている。

このカンタータは、メディチ家の婚礼の夜会のために作曲されたものである。いわゆるセレナータであり、台本は夜にちなんでダイアナとエンデミオンの物語が使われたわけである。

A・スカルラッティは、セレナータらしく閑かな雰囲気で作曲した。それがまた牧歌的になり、余計に人気を呼んだのであろう。A・スカルラッティのカンタータの中で最も美しい作品の一つになっている。コレルリ風の格調のあるシンフォニア(序曲)で始まるが、幕が開くと抒情的な清々しい音楽に変わる。

                                        フランソワ・ブーシェ



                           眠れるエンデミオン

                         牧場に育つ エンデミオン
                         天使の如き 美少年
                         御使ひのごと 典雅なり
                         処女神ルナも 魅惑さる

                         愛する乙女 数知らず
                         オリンポスにも 聞こえたり
                         年甲斐もなき 月の女神
                         エンデミオンを 愛したり

                         若き乙女に 嫉妬せる
                         月の女神よ ゼウスに乞ひ
                         エンデミオンを 眠らせん
                         女神ひとりで 接吻す

                         アモール知りて 矢を放ち
                         月光浴びせ (エンデミオンを)起こさんや
                         ルナの光に (エンデミオンが)目醒めれば
                         ルナを烈しく 愛さんや

                         ルナの光を 恋願ひ
                         ルナの明かりに 花をみん
                         ルナの光に 導かれ
                         ルナを伴に 愛さんや

                         父なるゼウス 祝福し
                         オリンポスにて ふたり呼び
                         永遠(トワ)の命を 与へんや
                         愛の宴は 今もつづかん


ルナとエンデミオン         リッチ



カンタータ「夜のしじまに」♪♪(Nel silenzio comune)

 アレッサンドロ・スカルラッティは、カンタータを600曲ほど作曲している。カンタータは序曲(シンフォニア)とレスタティーヴォとアリアからなる比較的短い楽曲で宗教的なカンタータと世俗的なカンタータに区別される。ローマに在住する貴人の邸宅で演奏される世俗カンタータは、貴人の古典主義的な美学を満足させるものではなくてはならず、オペラよりもよりも高い見識が求められたと言われる。スウェーデンのクリストリーナ女王のアカデミーから発展した「アルカディア・アカデミー」は、ローマの識者からなる古典主義的なサークルであり、A・スカルラッティやコレルリも加わり、多くのカンタータや器楽曲を提供した。若きヘンデルと子息ドメニコ・スカルラッティとが協演したのも、このアカデミーであった。

A・スカルラッティは、バロック後期のオペラのスタイルを決定した大作曲家である。A・スカルラッティは、まずオペラに音楽的な抒情性をもたらし、明朗典雅なバロックスタイルを生み出した。アリアのみならず、レスタティーヴォにも従来とは比較にならない音楽性を与えた。音楽的な感情は浄化され清々しさを感じさせるほどである。楽曲的には、急緩急という序曲(シンフォニア)を置き、これが後に独立して交響曲に発展した。また、ABAという構成をもつダ・カーポアリアの形式を定着させた。まさに、ヘンデルのバロックスタイルのオペラの原型は、ほとんどすべてA・スカルラッティが生み出したものであった。

アレッサンドロ・スカルラッティのカンタータは明朗でみずみずしい。イタリアのイメージにこれほど合う作曲家も少ないのではないだろうか。その抒情性は古代ギリシア・ローマの古典的なイメージにロマンチックとも想われるような抒情性が見事に溶け合っている。このディスクでは、男性ソプラノ歌手(カストラート)の役にカウンターテナーのブライアン・アサワが歌っている。晴朗で見事なカウンターテナーである。

カノーヴァの「アモールとプシュケー」は、19世紀初頭の新古典主義の作品である。新古典主義は古代ギリシア彫刻に範をとったスタイルである。古代彫刻の造形美に作家の感性が強く反映されている。それは、ロマンチックと言ってもよいような抒情性をみせている。この作品では、ふくよかな成熟したプシュケーに少年のアモールを配置して、従来のアモールにプシュケーが従う配置を逆にしており、極めて抒情的な印象が濃く現れている。

アモールとプシュケー  カノーヴァ


                              愛のカップル

                            汝可憐なる プシュケーよ
                            ニンフの如き ふくよかさ
                            女神の如く 美(ウル)はしき
                            蝶の羽根持つ 妖精よ

                            汝の好む 恋人は
                            愛らしきこと 限りなき
                            少年神の アモールよ
                            愛を求める 子羊よ

                            豊かな胸に 顔埋め(アモールが)
                            気の遠くなる 甘ひキス
                            一糸まとはぬ 裸体こそ
                            無垢なる姿の 少年よ

                            アモールの手を 握りしめ
                            瞼優しく キスすれば(プシュケーが)
                            背中まさぐり くすぐれば
                            愛の翼よ 生えんとす

                            プシュケーの腕 口づけし
                            手を裳裾(スカート)へと 伸ばしたり(アモールが)
                            ヴィーナスライン 限りなく(プシュケーの)
                            甘き歓び 走らんや

                            愛し愛さる カップルよ
                            二人はひとり 見えにけり
                            一つしとねに ありたりて
                            羽根と翼を 伸ばしつつ

                            愛深くして 清らかに
                            甘き歓び 満たされて
                            ますます伸びる 羽根翼
                            天の御国(ミクニ)へ 帰らんや


カンタータ「愛しき胸に沈みて」♪♪ (Correa nel seno amato)

 牧歌的なソプラノの美しいカンタータである。短いシンフォニアと歌うようなレスタティーヴォ、抒情的なアリアとういう構成であるが、メロディーは涌いてくるように豊かである。バロックスタイルの明朗典雅な趣といい第一級の作品である。

ギリシア神話によると、ユピテル(ゼウス)は、若くて美しいニンフであるイオに恋して、叢雲に身を隠してイオを連れ去ろうとしたという。コレッジオのイオほど女性美を追究して描いた作品は他にはないのではなかろうか。何れにしてもイタリア的な明朗優雅な作品である。

ユピテルとイオ    コレッジオ


                              ユピテルとイオ

                            テッサリアの地の 山麓に
                            源(ミナモト)発する 滝ありき
                            濃ひ水煙の たちこめて
                            木々の梢(コズエ)に かかりたり

                            洞窟ありて 河神住む
                            河神イナクスに 娘あり
                            幼きころより 可憐にて
                            愛らしきこと 限りなし

                            乙女のころに なりぬれば
                            その美はしさ 際立ちて
                            オリンポスにも 聞こえたり
                            ユピテル(ゼウス)の気を ひきたりや

                            ユピテル イオを 得るために
                            イオの住む地を 聖別し
                            靴はきたる者 しびれさせ
                            数ある男 近づけず

                            裸足の半獣 サチュロスの
                            近づきたるが 嫌がりて
                            イオ洞窟に 逃げたれば
                            イオ悶々と 悩みたり

                            乙女の盛り なりたれど
                            誰も畏れて 近づかず
                            イオ自らを 醜しと
                            思ひ込みたり あはれなり

                            星に願ひ 込めたれど
                            滝に当たりて アモールに
                            祈願すれども 効き目なし
                            父イナクスも 悲しまん

                            乙女の盛り なりたれば
                            房熟れたりて 香るごと
                            ヒップの丘の 丸く立ち
                            腰は適度に くびれたり

                            真珠のごと 顔(カンバセ)は
                            透けるが如き 薄ピンク
                            紅き唇 花のごと
                            密のしたたる 如くなり

                            身も心をも 渇きたり
                            されども誰も 君知らじ
                            花の命は 短しや
                            瞼(マブタ)を閉じて 夢にみん

                            ユピテル夜に そっと来て
                            瞼にキスし 口づけす
                            気の遠くなる 永ひキス
                            夢幻と 想ひきや

                            片手で谷間 入りたりて
                            片手でうなじ 愛撫せん
                            うなじから背へ 愛撫せば
                            翼生えたる 心地する

                            ヴィーナスの丘 忍び込み
                            甘き歓喜の 襲はんや
                            み足の永き ライン沿ひ
                            丘に向かひて 愛撫せん

                            イオ歓びに 満ち足りん
                            真夜中にてぞ 誰ならん
                            迎えに来んと 囁(ササヤ)けり(ユピテルが)
                            誰とも知らず 不安なり

                            朝(アシタ)になりて 晴れたれど
                            にはかに雲の 覆われて
                            ユピテル雲に 変身し
                            イオを迎えに 来たらんや

                            ユピテルの妻 様子みて
                            夫の浮気 とがめんや
                            ユピテル イオを 牝牛(メウシ)にす
                            されどもそれも 気づかれぬ

                            ユピテル諦め 妻ユノに
                            牝牛のイオを 明け渡す
                            ユノ 怪物の アルグスに
                            牝牛になりし イオ任す

                            百の目を持つ 怪物の
                            目を閉じずして 見張りす
                            首つながれて 夜過ごす
                            ベッドなくして 地に伏さん

                            ユピテル ヘルメス 呼びたりて
                            怪物退治 命じたり
                            ヘルメス葦の 笛持ちて
                            アルグスに会ひ 笛聞かす

                            アルグス笛に 聞き惚れて
                            百の目の凡て 閉じたりき
                            ヘルメス剣で すぐさまに
                            アルゴスの首 はねたりき

                            ユノすぐ気づき 牝牛イオ
                            雀蜂にて 追いかけき
                            イオ(イオニア)海渡り エジプトの
                            ナイル河畔に たどり着く

                            ユピテル ユノの 赦し乞ひ
                            イオ元の姿 戻したり
                            余りに姿 美はしき
                            エジプト人も 恋したり

                            イオ エジプトで 愛されて
                            白衣をまとふ 神官に
                            豊饒(ホウジョウ)の女神 イシスとし
                            永きの間 祭られる


カンタータ「美はしき花の精よ」♪♪

 このカンタータは、失恋した女性が愛の神により癒される物語であるが、曲を聞いても悲痛な暗さは感じられない、音楽は抒情的で清々しさを失わない。明朗典雅なイタリア的音楽である。ソプラノの歌声は天にも届かんとするがごとく清らかで美しい。

                                                                       三人のミューズ      ル・シュール

                                 



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