シューマン(Schumann) 

 シューマンは、ベートーヴェンがうち立てたロマン派的な音楽を、真のロマン主義音楽に発展させた音楽家である。シューマン(1810〜1856)は、書籍店の息子として生まれるが、青年時代は、文学に親しみ、特にジャン・パウルに夢中になる。ジャン・パウルは、前期ドイツロマン派文学の大家で「これほど音楽に近く、風に似、予感に満ち、無限性をもつ文学は他にない」といわれた作家で、ドイツロマン主義に与えた影響は大きい。マーラーの交響曲第1番のタイトル「巨人」もジャン・パウルの小説名である。シューマンは、19世紀前半のロマン主義の風潮を全身に受けた作曲家であった。

では、ロマン主義が求めたものは何であったのか。究極的には、それは、ドラマチックな恋愛であった喜劇に終わろうと悲劇に終わろうと、知性を越えた情熱的な恋愛であり、どんな苦悩も乗り越えようとする恋愛であった。ロマンチックという言葉はよく使われる。例えば、モーツアルトの協奏曲やオペラなども、ロマンチックと言えないことはない。モーツアルトは、生涯、愛をテーマにした作曲家であったからだ。例えば、モーツアルトのヴァイオリン協奏曲などを聞いてみると、ロココ風の優雅な愛の感情を感じる。その愛は、天国的であり、そこに、苦悩や障害は見られない。しかし、ロマン主義者は、もっとドラマチックな愛に関心をもった。数奇な運命をたどる恋愛、苦悩や障害を乗り越えていく情熱的な恋愛。そのような恋愛を彼らは、作品のテーマにした。従って、モーツアルト的な天使的愛と、シューマンが表そうとした情熱的愛とでは、自ずから異なっていると言っていいだろう。シューマンには、ロマン派の愛の風が吹いている。

シューマンの音楽は、クララとの運命的な出会いで始まる。クララの父は、シューマンとの結婚を反対するが、シューマンは、5年の歳月を経た後、訴訟に持ち込んで勝訴してクララとの結婚を成就する。このような人生そのものが、ロマン派的であり、シューマンは、そのような体験を通して、真のロマン派的な音楽を生み出していった。


交響曲



交響曲第1番「春」

 この交響曲は、クララとの念願の結婚を果たした最も幸福なときに書かれたもので、「春」という題名通り生命の躍動感と、情熱的な愛の感情とが一体になった交響曲である。

第1楽章♪♪ 
春の到来を告げるようなトランペットのファンファーレで始まる。短い動機を重ねたようなベートーヴェン風の力動的で前進的なモチーフで曲は進められていく。春の生命の躍動感が勢いよく表されている。最初から繰り返され、次第に高まり展開部を経て、最初のモチーフが再現され、終了近くに突然濃厚な弦楽の合奏になるが、ここに特にロマン派の愛の風が強く吹いている。この楽章の一番美しい部分である。そして、まるで、勝利を宣言するような圧倒的な高まりの中で曲が終わる。

モーゼル河沿いの街並みの春景色


第2楽章♪♪ 
この楽章は、美しいメロディーに繰り返され、全体にロマン派の愛の風が吹いている素晴らしい楽章である。愛の感情は、幸福感だけではなく、ドラマを連想させている。また、風景は春の花壇での月光を浴びる愛する二人を想わせるロマンチックなものである。

©武内直子原画集1より



第3楽章♪♪ 
このスケルツォは、逆風の中を力強く進む勇壮な情景を想わせる。シューマンの5年の歳月の苦闘を表したものだろう。


英国郵便船の到着       ターナー



第4楽章♪♪ 春を謳歌する喜びに満ちた楽章である。高い丘に立って、春の色とりどりの風景を楽しんでいるような、広大な自然の息吹を想わせる楽章でもある。

交響曲第4番

 この交響曲は、第1番完成後書かれたものであるが、シューマンが後に改訂したので、4番の番号が付けられている。内容的には、1番と共通項が多く、情熱的で力強い。第1番が春の喜びを謳歌しているのに対して、この交響曲は、クララとの結婚に至るまでの闘争のドラマを主体にしているように思われる。

第1楽章 出だしは、雲がたれ込めているような、重苦しい雰囲気で始まる。そして、第1番の1楽章と同じように、短い動機の重ねたような、力強い前進的なモチーフで進められていく。英雄的な雰囲気さえ感じられる。時に、クララを想わせるようなロマンチックなフレーズが現れる。これでもか、これでもかと情熱的なモチーフが繰り返される。

第2楽章 第1楽章から、途切れなく2楽章に進んでいく。興奮はだいぶ収まり、あの、夜の春の花壇に蝶が舞うような「ロマン派の風」が吹く美しいメロディーが現れる。これは、クララの幻影と想われる。

第3楽章 逆風を受けても力強く進んでいくような勇壮なスケルツォである。

第4楽章 幻想的な出だしで始まる。勝利の凱歌を想わせるような行進曲風なフレーズが現れる。そして感動が天上に舞い上がるような高まりが何度か繰り返される。風雲急を告げるような圧倒的なフィナーレで曲を終わる。


交響曲第3番「ライン」

 この風光明媚な交響曲は、ロマン派交響曲の傑作の一つである。第1番、2番から10年の歳月がたち、シューマンの作曲も洗練されて、息の長い明快なメロディーと巧みな風景描写で実に美しい交響曲である。また、ロマン派の香りの漂うシューマンらしい交響曲でもある。

第1楽章♪♪
ラインの河畔の広大な風景を想わせる瑞々しい楽章である。また、弦のうなるような響きに、情熱的な「ロマン派の風」が吹いている。風景描写とロマン派の香りの見事に一致した素晴らしい楽章である。

第2楽章 ゆったりとラインの河が流れているような楽章である。管楽器の響きは、遙か彼方の景色を感じさせる。

第3楽章 丘の上に立ち、ラインを眺めながら、瞑想しているようである。

第4楽章 ヂュッセルドルフから、ラインに沿って南にしばらく行くと、ケルンの街があるが、あのゴシックの大聖堂の厳粛な雰囲気を見事に表している。

第5章 再び、第1楽章のように喜びに満ちた風景描写の美しい楽章である。情熱的な感動が高まり崇高な響きになり曲を終える。

ラインの風景     「すばらしい世界」より


ピアノ協奏曲

 いうまでもなく、この協奏曲は、数あるロマン派ピアノ協奏曲の傑作の一つである。この協奏曲と最も似ているのは、ショッパンのピアノ協奏曲で、1830年ショッパンが20歳の時、ワルシャワで書かれている。シューマンのピアノ協奏曲が完成したのが1845年だから、ショッパンには遅れを取っているが、ともに、前期ロマン派の純粋な「ロマン派の風」の吹く協奏曲であり、19世紀前半のロマン主義運動の最も美しい産物である。

ベートーヴェンは、5曲の素晴らしいピアノ協奏曲を残している。これらは、明快で力強く英雄的である。このようなベートーヴェンの遺産を受け継いで、ショッパンやシューマンは、力強さに情熱的な愛の情念を注ぎ込んだ。このようにして、真のロマン派のピアノ協奏曲が生まれたのである。シューマンのピアノ協奏曲は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲よりも、一層、ロマン派的な情熱の濃い作品になっている。

第1楽章♪♪ 
すべてに「ロマン派の風」の満ちた楽章である。クララと結ばれた幸福な喜びと、それまでの多難な道のりを連想させるような、ドラマチックな愛の世界を濃厚に表現している。愛の情熱は無限にほとばしるようである。

第2楽章♪♪ 
幸福な雰囲気を楽しんでいるような出だしである。しかし、過去のドラマを想わせるようなフレーズが見え隠れする。

第3楽章♪♪ 
勝利を宣言するような出だしで始まる。第2主題が現れ、変化しながら初頭のフレーズが繰り返される。ベートーヴェン的な進行である。最後にこのフレーズが展開してゆき、次第に高まり曲の最後を告げる。

白のシンフォニー              ホイッスラー


ピアノ五重奏曲作品44

 ベートーヴェンやシューベルトのピアノを伴う室内楽が、泉がわきあがるような爽やかな自然描写に特長があったが、シューマンの同様の室内楽は、爽やかな自然描写に加え、一層ロマン派的な濃厚な作風になっている。

クララ・ヴィーク(シューマン)は、当時リストに匹敵する天才ピアニストとして、全ヨーロッパを巡って演奏会を行っていた。シューマンが亡くなってからも、益々演奏会に力をいれ、ショパンやベートーヴェンと並んでシューマンの作品を取り上げていた。シューマンの作品は、クララ・シューマンの演奏で有名になり、理解されるようになった。クララ・シューマンは、シューマンの天才的な才能を、人々に知らせることに使命感を抱いていた。このようにして、シューマンのピアノ曲は、世界的に認められるようになっていった。

ピアノ五重奏曲もその一つであり、シューマンが生きているころは、シューマン家で友人達と合奏して楽しむために作曲されたと言っても過言ではない。シューマン亡き後は、クララ・シューマンが演奏会で曲目として取り上げた。そして、現在では、シューマンのピアノ五重奏曲はシューマンの代表曲の一つとして見なされている。

第1楽章♪♪ 
ピアノの響きの爽やかな楽章であるが、陰影があり、よりロマン派的なときめきが感じられる。

第2楽章♪♪ 
葬送行進曲である。何を葬り去ろうというのだろうか。第2主題は、ヴァイオリンが奏でる「ロマン派の風」が吹いておりクララの幻影であろうか。

第3楽章♪♪ 
スケルツォの第2主題もヴァイオリンのロマンチックな響きが目立っている。

第4楽章♪♪ 
変化に富んだ楽章で、フィナーレがフーガ風になり、最後にヴァイオリンのロマンチックな響きが再び現れ、そして、曲を締めくくる。



ピアノ四重奏曲作品47♪♪

1842年は室内楽の年といわれた。弦楽四重奏曲の三曲、それとピアノ五重奏曲とピアノ四重奏曲作品47が特に有名である。ピアノ四重奏曲作品47は、シューマンの自宅でクララのピアノで非公開に行われた。シューマンはギムナジウムの頃からピアノが得意で、友人達で合奏を楽しんでいた。結婚を果たしたシューマンは、クララのピアノで自宅で仲間を集めて演奏し、二人の幸福をみんなで分かち合った。

第一楽章
長い序奏で始まり、最初のピアノが勝利を告げるような形で始まる。幸福感が沸き上がるような雰囲気がある。テーマは二人の愛の達成である。シューマンの作品は常にロマン主義的な愛がテーマになっているといっても過言ではない。初めから与えられている愛ではなく、闘い取った愛である。

第二楽章スケルツォ
せわしく動き回っているようなスケルツォであるが、勝ちどきの喜びを表しているのだろうか。

第三楽章アンダンテ
しみじみと今の幸福を味わっているような緩徐楽章である。変奏曲の様になっている。

第四楽章
一楽章のテーマに似た勝利を現すようなテーマが現れて、全体を締めくくる。次第に感動的に高まっていく。チェロの音が深みを表している。頂点まで昇りつめて終息する。




ピアノ三重奏曲第一番ニ短調作品63♪♪

シューマンはクララと出会い、結婚果たした時からライプティッヒに住んでいた。彼は決して身体の強靱なタイプではなかった。彼の兄弟は全て彼より前に死んでいる。父親は書籍店をしており、音楽にも関心が強く、家庭教師をつけて音楽教育をシューマンに施した。母親もピアノの達者な人であった。家庭環境は恵まれていたが、身体的には病弱な家計であった。シューマンはピアノのヴィルトオーゼを目指してヴィークの門戸を叩くが、それがクララとの出逢いであり、四年の歳月をかけて、父親の妨害にめげず、最後は訴訟という法的な方法でクララを勝ち取った。それまでの間、ピアノ名曲を沢山残している。彼にかけられた負担は相当大きなものがあったはずである。

クララ二十歳、シューマン30才という年の差があった。シューマンは結婚した1940年は歌曲集を歴史上最高に書き上げた。多分不眠不休の作業であったと思われる。翌1841年は交響曲を二曲書き上げて名声を博した。翌1842年は室内楽の年になり弦楽四重奏三曲、ピアノ五重奏、ピアノ四重奏とたてつづけて傑作を書きつづけた。さらに、合間を縫うように声楽曲、オペラの作曲もつづけられた。これだけ集中して作曲をつづけたら、病弱な者なら若死にか心身に異常をきたしてもおかしくない。

1843年のロシア旅行から帰ってから疲労で倒れてしまった。極度の神経疲労に見舞われた。うつ状態になったのであろう。それでも念願のゲーテのファウストの声楽曲を書くなど無理を重ねた結果、うつ状態から恐怖症になり妄想が出るようになってきた。さらに、耳鳴り、幻聴という総合失調症に近い症状が出るようになり、シューマンが発刊した「音楽新報」を友人に譲ってしまった。このようにして、シューマンの精神病は進行していった。精神病はあるとき突然襲ってくる。無理がたたり、神経系に異常をきたして、脳まで侵されて発病する。シューマン夫婦は転地療法を試みてドレスデンに移った。効を奏して仕事をする意欲も湧いてきた。

浪漫派の白眉とういうべきピアノ協奏曲が完成した。交響曲第二番も完成した。ちょうどそのころ書かれた室内楽がピアノ三重奏であった。特に第一番は畢竟の傑作であり、ロマン主義の最も優れた室内楽である。

第一楽章
豊饒な浪漫性のある前向きな素晴らしい楽章である。力強さとメロディーの美しさがが一体となった傑作である。決して暗さはない。たたみかけるようにロマン主義的な豊かなフレーズがつづいて行く。弦がしなるような力強さがある。実に力づけられる素晴らしい楽章である。

第二楽章スケルツォ
前進的なリズムがつづく。踏みしめて新しい道が出来ているように聞こえる。精神病になっても前進あるのみである。突き進むところは天上しかない。

第三楽章緩徐楽章
望みを探って、少しでも前に進もうとするような意識が静かに導いている。

第四楽章
歌うようなアレグロの楽章である。希望と明るさが込み上げて来る。しだいに高み達して、遠くを眺めるようなシーンに成っていく。





ヴァイオリン・ソナタ

 ベートヴェン、シューマン、ブラームスのヴァイオリン・ソナタはそのどれもが傑作で、ドイツロマン派の本流を見るようである。アルプスから蛇行して流れてくる青緑色の渓流をそのまま音にしたような素晴らしい作品群だと思う。喩えて言えば、ベートヴェンが力強い流れをつくり、シューマンが青緑色のロマン性を吹き込み、ブラームスが神秘的な山水画として完成したと言えるかも知れない。

シューマンのヴァイオリン・ソナタはとりわけ濃厚なロマン性が際だっている。それはシューマン全体の性格でもある。「ロマン派の風」が吹いている。第1番
第1楽章♪♪などは、耳にしたら離れることが出来ないぐらいに美しい。

シューマンは文学にも傾倒し、文学と音楽の岐路に立たされていた。天才ヴァイオリニスト、パガニーニとの出会いが音楽の道に志す決断を促した。ピアノのパガニーニに成ろうとしたのだが、指を酷使し痛めてしまいピアニストを断念せざるを得なくなる。作曲家として道を進むことになるが、ロマン派音楽に真のロマンティシズムを注ぎ込む役割を果たすことになる。ベルリオーズと並んでロマン派の旗手になるのである。この二人がいなかったら、19世紀後半のロマン派はありえなかったであろう。

シューマンのヴァイオリン・ソナタは、ドイツ・ロマン派の粋としてイメージを把えやすいと思う。3曲とも晩年の作品で敬遠されがちだが、第1番は際だって美しく、ロマン派を代表するヴァイオリン曲である。イメージは、ブラームスのヴァイオリン・ソナタやメンデルスゾーンの交響曲などと通じるものがあると思う。林がざわめくような「ロマン派の風」が吹いているのである。森の神秘的な妖精を連想したくなる。



                        水の妖精    ©Junko Kitano      

                        

水の妖精の青い渦は、忠誠の青でもあると思う。この少女の澄んだ目と引き締まった口元は、強い意志を感じさせる。強い情熱と純潔を表している。手には剣を抱いているような気がする。純潔を守る剣であり、ジュリエットの剣でもある。「ロミオとジュリエット」の翻訳者は、二人の年齢を14才ぐらいに見積もっている。「ファウスト」の恋人であるマルガレーテは、メフィストフェレスに言わせると15.6才ぐらいに受け取れる。当時のヨーロッパでは14未満の子と交わると法に触れたそうである。メフィストフェレスは、マルガレーテが14未満でないことをほのめかしている。シューマンが出会ったクララは16才であった。その後裁判で数年を費やして勝訴してクララと結ばれた。この絵画の少女は、限りなくジュリエットに近い。濃厚な恋愛と純潔が、この絵画のテーマである。そのような意味での水の妖精なのである。

このヴァイオリン・ソナタの第1番の第1楽章はそのようなテーマにふさわしい音楽である。情熱と純潔、ドイツロマン派らしい言葉である。また、このヴァイオリン・ソナタは、夜の夢想の世界に想いを馳せている。この点もドイツロマン派の特徴を表している。ベトーヴェンのピアノソナタに始まり、ブルックナーの交響曲に至るまで、夜はドイツロマン派の霊感の最も高まる世界であった。


チェロ作品集

シューマンは中期の盛年期にロマンチックなチェロの作品を幾つか残している。チェロの作品は目立たないものが多く、ベートーヴェンのチェロソナタくらいしか取り上げたことがない。シューマンには夜を想わせるロマンチックなチェロの作品がある。チェロはロベルト、ピアノはクララを表してる様な気がする。夜愛し合う二人を感じてしまう。

アダージョとアレグロ作品70♪♪

第一楽章 ゆっくりと
夜二人きりになり、ゆっくりワインを飲んでいるような景色が浮かんでくる。

第二楽章 早く
より情熱的になっていく・・・。





三つのロマンス作品94♪♪

第一楽章 余り急がない
さらに夜は深まり、二人は一層密接になっていく。

第二楽章 優しく
歌を歌うような美しい楽章。情熱的な中間部がある。

第三楽章 急がずに
情熱的な息遣いが見られる。




ファンタスチック作品73♪♪

第一楽章 柔らかに
夜は深まり、ローソクの光でしか見えない。

第二楽章 元気に
動きが活発になる。二人は密着している。

第三楽章 早く
愛し合っている・・・




民俗的な曲集作品73♪♪

第一曲 ユーモアを持って
妖精が踊っている。

第二曲 ゆっくりと
優しいメロディーが流れてくる。切ないメロディーに変わる。本のメロディーに戻る。




第三曲 急がずに
ためらっている様なメロディーで始まるが、切ないメロディーに変わる。




第四曲 急がずに
清々しい音楽になり、二人が愛してる息遣いが描かれている。ゆっくりとした音楽に変わるが愛しさは変わらない。本のメロディーに戻る。




第五曲 力強く
民俗的な舞踊音楽で終了する。



歌曲集「詩人の恋」

1840年、シューマンは、裁判に勝訴し、晴れてクララと結ばれる。その喜びはインスピレーションを伴い、次々とロマンチックな歌曲を生み出した。インスピレーションは尽きることがないほどであった。彼の先輩にシューベルトがいて、ロマン派の歌曲のジャンルを打ち立てていた。シューマンは、難産することなく歌曲を作曲できたはずである。

「詩人の恋」は、シューマンの数ある歌曲集の中でよく知られているものである。全部で16曲あり、歌詞はすべてハイネの詩である。16の歌詞は物語をなしており、「詩人の恋」(シューマンがつけた題名)全体が一つの作品とも見ることが出来る。物語は、憧れから失恋という流れをなしている。この点では、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」と流れが似ている。

乙女への男性の恋心を詠んだもので、それはとりもなおさず、クララへの想いとつながるものであった。

第1曲「美はしき妙なる5月に」の冒頭のピアノの出だしは、半音階的な分散和音で始まり、ロマン主義的な傾向を濃く表している。民謡的な要素を含めつつも、ロマン派の作品としての特徴を表しているのもといえる。

半音階的な分散和音は、幻想的な夜の世界を感じさせる。歌詞に花がよく登場する。夜美しくなくナイティンゲールも登場している。この歌曲集全体の風景は、夜の花壇でナイティンゲールが美しくないている幻想的な世界である。そのような時にこそ恋の炎も燃え上がるのであるから。この歌曲集から、ロマンチックでメロディーの美しい4曲選んでみよう。

NO.1  「美はしき妙なる5月」
半音階的な和音が美しく夜の世界へ誘うかのようである。

NO.5  「心をひそめてみたし」
恋への切ない想いが歌われている。

NO.12 「まばゆひ明るき夏の朝に」 
この曲集でも最もロマンチックな曲である。ピアノの半音階的な分散和音が美しい。

NO.14 「夜ごとに君の夢を見む」
この歌曲集では、最も民謡的で、口ずさみたくなるような
美しい歌である。民謡のように3度繰り返す。


4曲を続けてお聞き下さい♪♪。上の写真のミッテンワルトは、オーストリア国境あたりにある街で、ヴァイオリンで知られている。窓辺に花があり、近くの木には鳥がさずっているようである。この街では、夜は蛍光灯を使わず、ランプを使っているという。夜のムードを楽しんでいるかのようだ。


「女の愛と生涯」作品142♪♪

シューマンの歌曲集のほとんどは男性の歌うものであったが、この「女の愛と生涯
だけがソプラノの歌う歌曲集である。クララを主体にした歌曲集はなくてはならぬものであった。歌詞は当時声望の高かったフランス系ドイツ人シャミッソーの歌詞を借りた。シャミッソーは当時の倫理観で最も幸福な女性像を描いている。シューマンは歌曲をつくることによって、その幸福が永遠的なものであることを明示しようとした。下手な解説はいらない。シャミッソーが全てを語ってくれてるだろう。

第一曲「彼の人とお逢した時より」
彼の人とお逢した時より
盲目になりたりけり
何処にまなこ向けども 彼の人の姿のみ
夢幻(ユメマボロシ)のごとく 彼の人の姿現れんや
暗き闇より とく浮かびけり
貴男より他の物 色あせ光り失ひき
妹らと遊ぶより 
部屋に籠もり 寂しく泣かんとす
彼の人とお逢ひした時より
盲目になりけり

第二曲「誰より素晴らしき人!」
誰より素晴らしき人!
いと優しく いと思ひ遣り深し
美(ウル)はしき唇 澄みたるまなこ
聡き思慮 不動の勇気あり

彼方(カナタ)の蒼穹(ソウキュウ空)に
明るき 神々しける星のごとく
彼の人は 吾が心ねに
美はしく 輝きけり

我が道を 歩み給へ
吾 汝を導きの星とし
後より慎ましく つき行かん
嬉しきときも 悲しき時も!

汝の思ひのみ願ひ
吾の祈りごとなど 耳貸さず
かくの如き 端女(ハシタメ)のことに煩らふことなかれ
汝は 天高く輝く気高ひ星なればなり

誰よりも優れたる女のみ
選ばれる資格あり
吾 気高き人を
何千回となく 祝福せんとす

その折り 吾嬉し涙を流さんや
吾 心より幸せなり
心張り裂けよふとも
裂けねば裂けね

第三曲「何が起こりたるや 分からざらんや」
何が起こりたるや 分からざらんや
夢でも見たりけりや
彼の人 えりによりて この吾に
手を差し伸べ 助け給はんや!

彼の人 かくのごと語らんや
我 永遠(トワ)に汝のものなり
夢見心地(ココチ)す
あり得なきことなり

あゝ夢のまま死なせ給へ
彼の人の胸に抱かれながら
とめどもなく 嬉し涙を流しつつ
幸ひなるまま 死なせ給へ

第四曲「指にはまりたる指環」
指にはまりたる指環よ
金の婚約指輪よ
そっと唇にあてんや
そっと胸にあてんや

夢のような少女時代を
過ごしける後
気づきたるときには
一人にて 寄る辺なく
果てしなく 荒涼たる処に
立ちつくしたり

指にはまりたる指環よ
汝が吾に教えんや
生きることの 深き意味を
彼の人の為に生き
身も心も 彼の人のものとなり
彼の人に 全てを捧げ
彼の人の中で 生まれ変りたり

第五曲「手伝ひかし 妹ら」
手伝いかし 妹ら
着付けを助けかし 
今日幸ひにならんが為なり
額によく載せ給へ
花咲くミルテの冠を

彼の人の み腕の中に
身を委ねれど
彼の人 はやる心に
この時を待ちきれず

助けかし 妹ら
愚かなる不安を 払へかし
彼の人の澄みしまなこにて
迎えたし
悦びの泉の彼の人を

愛しき人
汝は吾が為に 現れたり
日の輝きを 吾に与えんが為に
深き敬愛の念を込め
深き謙遜の念を込め
汝の前に 跪(ヒザマズ)かせ給へ

花をふりかけよ 妹ら
彼の人へ
薔薇の蕾(ツボミ)を捧げかし
されど 彼の人の元へゆく慶びは
汝らとの悲しき別れとならんや

第六曲「愛しき人よ」
愛しき人よ 驚きたりて眺めたりけり
吾泣きたるを 不思議に思ひたりや
溢(アフ)れ出る涙を 
涙を見給ふなかれ 愛しき人よ
吾が胸に埋め 胸の鼓動に耳を澄まし給へ
吾がいと強く 貴男の身体(カラダ)を感じる為に!

ベッドのほとりに 揺り籠有りたり
空の揺り籠は 夢を求めたり
夢が叶う朝が いつか来たらんや
揺り籠より 生き写しの顔を仰ぎみんや

第7曲「吾が心 吾が胸に」
吾が心 吾が胸に
吾が幸福 吾が喜びを抱きたり
幸ひは愛 愛は幸ひと
吾 有頂天で過ごしたり
されど 今は怖ひほど幸ひなり
赤子に乳を含ませ 慈しみたり
母だけの幸ひ 分かりたり
母のみの幸ひを知らざる
男子は気の毒ならんか
可愛いい天使よ
吾が喜びを抱きしめたり

第八曲「汝初めて苦しみ与えんや」
汝初めて苦しみ与えんや
いと深き苦しみを
こわばりたる顔をして眠りたり
死の眠りにひたりたり
残れし吾は ぼんやり見つめるばかり
空虚なる世界を
汝を愛し汝と伴に生きて来たるが故(ユエ)に
生きる意味を失ひし

己の心に引きこもり
帳(トバリ)を降ろさんや
心中にあるものは汝との幸ひなり
汝と吾の永遠(トワ)の幸ひなり!





「幻想曲」ハ長調 作品17

 シューマンのピアノ曲の最高傑作の一つであり、またロマン派のピアノ曲においても、ショパンのバラード4番と並び称される最高峰の名曲であり、ピアニストを目指す者にとっては、なくてはならぬ試金石となっている有名な曲でもある。

クララとの出会いによりシューマンの人生は大きな試練を迎えた。クララとシューマンの婚約にクララの父の反対が横たわっていたからである。この様な状況の中で、シューマンは数々のピアノ曲を生み出した。その中でも最も有名な曲が「幻想曲」ハ長調である。クララに宛てた手紙の中で、シューマンは「第1楽章はこれまでの中で最も情熱的な曲です---貴女の為の深い哀歌です」と述べている。

第1楽章♪♪
冒頭からあたかもショパンの「幻想即興曲」の中間部を想わせるような、ロマンチックなメロディーが現れる。次第に厳しさを含んだフレーズになり、形を変えながら繰り返される。しばらくして夜想曲風の天国的なメロディーが現れ、瞑想曲的な雰囲気に変わっていく。再び出だしの厳しいフレーズが現れると伴に展開部に入っていく。しばらくして冒頭のロマンチックなフレーズが二度再現し、しだいに夜想曲のような雰囲気になり静かに曲を終了する。

出だしのロマンチックではあるが厳しさを含んだフレーズが四度も現れ、シューマンとクララが直面している複雑な心情を表現している楽章である。


島崎藤村と若菜集


「若菜集」の頃の藤村

 島崎藤村は、1892年明治25年、20歳の時に明治女学校高等科英語科教師になるが、教え子佐藤輔子を愛しため、翌年キリスト教を棄教し辞職する。失意の旅に出たが、交流を結んでいた北村透谷らの「文學界」創刊の話を聞き、帰京し同人として劇詩や随筆を発表した。しかし、待っていたのは、文學界同人たちの苦闘、葛藤そして挫折であった。そんな中、島崎藤村が尊敬してやまなかった北村透谷が自殺し大きな衝撃を受ける。一方佐藤輔子は結婚して行ってしまったが、まもなく逝去した。(自伝小説、「桜の実の熟する時」「春」に詳述)

島崎藤村は、悩んだ末作家として生きることを決意し、すべてを棄て仙台(宮城)の学校へ赴任する。一年で辞したが、その間に詩作にふけり、処女詩集「若菜集」を発表して文壇に登場した。(明治30年25歳)続けて「一葉舟」「夏草」「落梅集」を書き上げ、後の「藤村詩集」に結実する。

「遂に、新しき詩歌の時は来りぬ」で始まる「藤村詩集」自序は、明治の浪漫主義文学の開花を高らかに告げている。古今和歌集序が王朝文学の神意を告げているように。

「若菜集」の「草枕」は、過去の苦闘を詠んだ七五調の新体詩で、二十代前半の青春なくしてはありえない詩である。すべてを棄て宮城野まで来た時、あたかもこれまでの傷心から言葉があふれ出たかのようである。佐藤輔子の面影は、ミューズのように藤村の心に霊感を与えたに違いない。格調高く、韻律美しく、真情深き詩歌である。


                              草枕  「若菜集」より 島崎藤村

                            夕波くらく 啼く千鳥
                            吾は千鳥に あらねども
                            心の羽を うちふりて
                            さみしきかたに 飛べるかな

                            若き心の 一筋に
                            慰めもなく なげきわび
                            胸の氷の むすぼれて
                            とけて涙と なりにけり

                            蘆葉(アシハ)を洗ふ 白波の
                            流れて巖(イワ)を 出づるごと
                            思ひあまりて 草枕(旅路の枕)
                            枕のかずの 今いくつ

                            かなしいかなや 人の身の
                            なき慰めを 尋ね侘(ワ)び
                            道なき森に 分け入りて
                            などなき道を 求むらむ

                            吾もそれかや 愁ひかや
                            野末の山に 谷蔭に
                            見る由(よし)もなし 朝夕の
                            光もなくて 秋暮れぬ

                            想ひも薄く 身も暗く
                            残れる秋の 花を見て
                            行くへも知らず 流れ行く
                            水の涙の 落つるかな

                            身を朝雲に たとふれば
                            夕べの雲の 雨となり
                            身を夕雨に たとふれば
                            あしたの雨の 風になる

                            されば落葉と 身をなして
                            風に吹かれて ひるがへり
                            朝の黄雲に ともなわれ
                            夜白河(の関)を 越えてけり

                            道なき今の 身なればか
                            吾は道なき 野を慕ひ
                            思ひ乱れて みちのくの
                            宮城野にまで 迷ひ来ぬ

                            心の宿の 宮城野よ
                            乱れて熱き 吾身には
                            日影も薄く 草枯れて
                            荒れたる野こそ うれしけれ
                            ・・・・・・

第2楽章♪♪
民謡調の明るいメロディーで始まる行進曲風ロンドである。前楽章の冬の時代から春の到来を告げている。前楽章の雰囲気に厳しさがあっただけに、より一層春の到来を喜ばしく感じられる。シューマンとクララは春の到来を望んでおり、決して絶望的ではなかったことを示唆している。


                              春は来ぬ  「若菜集」より 島崎藤村

                            春は来ぬ
                              春は来ぬ
                            初音やさしき うぐいすよ
                            こぞに別離(ワカレ)を 告げよかし
                            谷間に残る 白雪よ
                            葬りかくせ去歳(コゾ)の冬

                            春は来ぬ
                              春は来ぬ
                            さみしくさむく 言葉なく
                            まずしくくらく 光なく
                            みにくくおもく 力なく
                            かなしき冬よ 行きねかし

                            春は来ぬ
                               春は来ぬ
                            浅みどりなる 新草(ニイグサ)よ
                            遠き野面(ノモセ)を 画けかし
                            咲きては紅き 春花よ
                            樹々の梢を 染めよかし

                            春は来ぬ
                               春は来ぬ
                            霞よ雲よ 動(ユル)ぎ出で
                            氷れる空を あたためよ
                            花の香送る 春風よ
                            眠れる山を 吹きさませ

                            春は来ぬ
                               春は来ぬ
                            春をよせくる 朝汐(アサシオ)よ
                            蘆(アシ)の枯葉を 洗ひ去れ
                            霞に酔へる 雛鶴(ヒナヅル)よ
                            若きあしたの 空に飛べ

                            うれひの芹(セリ)の 根は絶えて
                            氷れるなみだ 今いづこ
                            つもれる雪の 消えうせて
                            けふの若菜と 燃えよかし


第3楽章♪♪
夢想的な詩情豊かな楽章である。やはり明るい高まりがある。歌曲的であり詩的でもある。
明けの明星は、慎ましく美しき星である。命の短い儚い星でもある。藤村は夭折した佐藤輔子を想って詠んだのだろうか。


                              明星  「若菜集」より 島崎藤村

                            浮べる雲と 身をなして
                            あしたの空に 出でざれば
                            など知るらめや(何で知ろう) 明星の
                            澄みて哀しき きらめきを

                            何か恋しき 暁星(アカボシ)の
                            空しき天の 戸を出でて
                            深くも遠き ほとりより
                            人の世近く 来(キタ)るとは

                            湖の朝の あさみどり
                            水底(ミナソコ)深き 白石を
                            星の光に 透かし見て
                            朝の齢(ヨワイ時刻)を 数ふべし

                            野の鳥ぞ啼く 山河も
                            夕べの夢を 醒め出でて
                            細く棚引く しののめ(暁の雲)の
                            姿をうつす 朝ぼらけ

                            小夜(サヨ)には小夜の 調べあり
                            朝には朝の 音(ネ)もあれど
                            星の光の 糸の緒に
                            あしたの琴は 静かなり

                            まだうら若き 朝の空
                            きらめき渡る 星のうち
                            いといと若き 光をば
                            名ずけましかば 明星と


「東洋の絵」♪♪(四手によるピアノ曲)

アラビアの詩人に印象を得て書いたものであるが、ドビュッシーやロシアの作曲家のようなアラビア趣味はない。即興的に書かれたもので、シューマンらしいロマンチシズムの横溢した曲集である。第一曲の出だしにトルコ行進曲風なフレーズがみられる。第六曲まであるが、詩情豊かな作品ばかりで、シューマンの傑作のピアノ曲である。全曲を通してお送りします。

アレキサンドラ      ©原ちえこ


                              アレキサンドラ

                            ヴェネチアの下町に住むサフィニアよ
                            細工師の父親と二人暮らしなれど
                            明るきことアモールのごと
                            優しきこと聖母の如し
                            細工師の弟子のアンジェロは
                            サフィニアの恋人なり

                            ある日 ヴェネチアの総督の
                            家来 来たりて
                            父親に無実を罪を着せて捕らへ殺したり
                            かばったアンジェロも殺さる
                            サフィニアにも疑ひがかけられ
                            グレコ島のリカルドに助けられ保護さる
                            リカルド 大貴族のポリティアーノ家アレキサンドラの後見人なり
                            グレコ島のアレキサンドラ病弱なれども
                            サフィニアと瓜二つなり
                            アレキサンドラ 間もなく逝去す
                            アレキサンドラ 総督レオナルドと婚姻決まりたり
                            サフィニアはアレクサンドラに変装して
                            婚姻を迫られたり

                            サフィニア 身を隠しヴェネチアの実家に帰らんとす
                            ある貴人と出会ひ
                            舟にてヴェネチアまで
                            運んで貰ひたり
                            その貴人は総督のレオナルドなり
                            レオナルド サフィニアの金髪の透きたる姿みて
                            風の精と想ひたりしか

                            サフィニア実家に帰れど失望する
                            リカルド迎えに来て
                            アレキサンドラに変装してグレコ島へ帰る
                            サフィニア アレキサンドラになり総督に復讐を誓う
                            リカルドの父母も先代の総督に無実の罪で消されたり
                            リカルドも総督に復讐することを図りたり

                            盛大なる結婚式が挙行され
                            総督レオナルドとアレキサンドラ(サフィニア)は夫婦になる
                            密かにリカルドはレオナルドのワインの中に
                            毒薬を入れることを命ず
                            先代の総督と異なり
                            総督レオナルドは誠実にして
                            家来が細工師を殺したことも疑ひ
                            真相を明らかにすることを命じたり
                            事件は家来が細工師に無実の罪を着せたことが判り
                            その家来は自ら首を吊りたり

                            レオナルドはかつての風の精であったサフィニアを深く愛したり
                            リカルド アレキサンドラに毒薬を入れることを命じるが
                            アレキサンドラ(サフィニア)はそれを拒否する
                            リカルド グレコ島の屋敷に火をつけて自らも焼死す

                            夕日に沈む ヴェネチアの
                            霧の中にて 垣間見る
                            頭巾を外し なびきたる
                            透けて流れる 金髪よ

                            恰も風の 精のごと
                            翡翠の如き まなこかな
                            ニンフの如く ふくよかに
                            乙女の姿 奥ゆかし

                            その思ひ出は 消えずして
                            益々大きく なりにけり
                            二度と逢へなき 幻想に
                            なりたりけりと 想ひきや

                            式場でみた 奇跡なり
                            この世のことと 想はずや
                            天の恵みや 何という
                            幸ひなりき 出逢ひなり

                            リカルドと組み 動きたり
                            失恋すると 思ひきや
                            次第に心 開きたり
                            過去を忘れて なびきたり

                            リカルドのままに 動かずや
                            命助かり 君と伴
                            手を取り合って 喜びを
                            永遠(トワ)に分かちて ゆきたしや


ヴァイオリン協奏曲ニ短調 Wo023♪♪

シューマンは晩年になり、安定した職を求めるようになり、ウィーンやライプティッヒに探りを入れてみたがだめであった。そのころから精神障害が現れてシューマンを悩ませた。友人のヒラーがジュッセルドルフの音楽監督の職を譲りたいとの意向があり、シューマンは快く引き受けて、ドレスデンからライン河畔のジュッセルドルフに移り住んだ。交響曲「ライン」を完成して、出足は順調であったが、次第に精神障害が表面化して、指揮者としての統率を取るのが不可能になってきた。そのころ出会ったヨアヒムのヴァイオリンを聞いたシューマンは、ヨアヒムの演奏に感銘して、晩年に傑作のヴァイオリンソナタ二曲とヴァイオリン協奏曲ニ短調を作曲した。

しかし、ヨアヒムはヴァイオリン協奏曲の楽譜を見て、シューマンの楽譜に病的な痕跡を認めて、クララやブラームスに相談して封印をしてしまった。その後、この協奏曲は隠されてしまい、1937年にベルリン図書館から発見された。筆者はこの曲を聞いて、華やかな情感豊かな協奏曲としか理解出来ない。筆者は楽譜を見ているわけではないので、何のコメントも出来ないが、シューマンは、以前のチェロ協奏曲をヴァイオリン協奏曲に編曲して、この時期に二つのヴァイオリン協奏曲を作曲している。筆者は編曲した協奏曲の方が地味で侘しさを感じてしまい余り好きになれない。

このヴァイオリン協奏曲の演奏はラトビアの華といわれている天才ヴァイオリニストのバイバ・スクリデの演奏で、彼女は若くしてブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏している。ブラームスのヴァイオリン協奏曲は難易度が高く、日本女性は余り手につけていない。ここに世界と日本の壁があるように思うのは筆者だけであろうか。

第一楽章
濃厚な浪漫を感じさせ如何にもシューマンらしい協奏曲だと思う。ヴァイオリンの情感も素晴らしく、これが封印された協奏曲とは理解出来ない。バイバ・スクリデの演奏も完璧だと思う。まるでヴィルトゥオーソの様な華麗でロマンチックな演奏である。ヴァイオリンは本物のストラディヴァリ
である。

第二楽章ゆるやかに
夜の花壇で逢う恋人同士のようなロマンチックな曲である。シューマンの独壇場である。月は三日月で月の妖精が腰掛けている。

第三楽章
瞑想的な演奏から行動的な演奏に戻る。花の妖精も跳ねている。妖精の活躍する夜の世界がつづく。

眠れる乙女       フランソワー・ブーシェ





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