テレマン(1681〜1767)

 テレマンのイメージは、多作家の音楽職人、耳あたりのよい音楽を繰り返し書いた大衆迎合の音楽家といったイメージがつきまとっている。しかし、当時はJ.S.バッハより遙かな著名な音楽家であった事実はどのように解釈すればよいのだろうか。バロック音楽は、バッハ、ヘンデル、イタリアの作曲家が幅をきかせ、フランスバロックやテレマンは不当に扱われていないだろうか。最近のオリジナル楽器の演奏でフランスバロックやテレマンの真価が見直されて来たのは喜ばしい傾向だと思う。

テレマンの有名な「ターフェルムジーク」はドイツ語だが、テレマンは"Musique de table"とフランス語を使用している。テレマンは、曲の題名をほとんどフランス語で書いている。この意味を考えてみると、18世紀という時代と無関係ではない。17世紀はイタリアバロックの世紀であったが、18世紀は、フランス宮廷文化がヨーロッパ全体に浸透し、外交、芸術のすべてにフランス語が使用された時代であった。まさに18世紀はフランスの世紀であった。18世紀はヨーロッパ全体がフランス風な雅やかな文化に憧れた世紀であったといってもよい。ヨーロッパのオペラ劇場はフランス風なロココスタイルに改められていった。それは音楽におけるフランスの優位を物語っている。フランス指向は貴人だけではなく、すべてのヨーロッパ人がフランス風を粋とみなしていた。それは、19世紀初めのショパンの時代にまで及んでいる。

テレマンの経歴をみると、若いころにポーランドとドイツのアイゼナッハの宮廷楽長をしている。当時の宮廷はフランス一辺倒であったから、テレマンはフランス音楽の語法を若いときから習得していた。後に"Musique de table"で全ヨーロッパに知られるようになり、念願のパリに訪れた時にフランスで大歓迎されたのも、彼のフランス音楽に対する造詣の深さであった。フランスで作曲されたパリ・カルテットの楽譜が飛ぶように売れたのも、彼のフランス音楽に対する才能の深さからであった。こうしてみると、テレマンがドイツだけではなく全ヨーロッパで著名であったのも、彼のフランス音楽に対する人気であったことが分かる。J.S.バッハのように、ドイツ・プロテスタント音楽の伝統を守ろうとした音楽家より、テレマンのように今風なフランス音楽を得意とする音楽家の方が、18世紀のヨーロッパでは遙かに人気があったのである。

「ターフェルムジーク」を見ても、フランス音楽の宝庫のようになっている。序曲は、フランス風の荘重で雅やかな序曲である。JSバッハのように悲劇的な気分にはならない。感情を露わにするのはフランス宮廷音楽のマナーに向かないし、作為と誇張がなく押しつけがましさがあってはならない。あくまでも人の気分を快くしなければいけないからである。次に来る四重奏曲もフルートが花を添える典型的なフランス風カルテットである。フランソワ・クープランの得意としたフルートつきの室内楽である。

近年は、テレマンの真価を問うようなオリジナル楽器による優れた演奏が多いが、最も優れたものとして、ムシカ・アンティーカ・ケルン(指揮ラインハルト・ゲーベル)のディスク(1988年アルヒーフ)を推したい。ムシカ・アンティーク・ケルンには、フランソワ・クープランの「諸国の人々」の素晴らしい演奏がある。フランス音楽のスペシャリストである。「ターフェルムジーク」も本来のフランス風の抑制がきいた雅やかな演奏になっている。

「ターフェルムジーク」は、大きく三部に分かれており、各部で序曲(組曲)、四重奏曲、協奏曲、トリオ、ソロ、終曲という順にフランス音楽が配列されている。

第二部の序曲

第二部の序曲♪♪は、典型的なフランス古典主義的な序曲であり、雰囲気はヘンデルの歌劇の序曲そのものといってよいほどである。10分位の長大な序曲で緩急緩急緩の五部構成になっている。そのフランス風の格調の高さは、まさにフランス古典主義画家プッサンの世界と共通している。古代ギリシアの神殿を想わせる荘重な音楽で始まるが、次に女神が舞うような軽快な部分になる。そして再び荘重なドーリア調に変わり、そして再度軽快なイオニア調になり、最後に荘重なドーリア調になり曲を締めくくる。

聖家族                プッサン



                          
                          永遠の人

                         祝福されたる人
                         清らなる花嫁よ
                         粛々と進みたる
                         愛を誓ふ人よ
                         永遠(トコシエ)の人 
                         我がすべてよ
                         君の面影に
                         聖母を想ひ
                         ニンフを想ふ

                         汝顧みることも
                         なかりけり
                         されど想ふ姿は
                         み使ひに似たり
                         君の姿を如何せん
                         孤独の淵に臨み
                         ただ来生に望みを
                         託すのみ

                         我が身の 
                         甲斐なきを悔ひ
                         望むこと 
                         儚(ハカナ)きを思ふ
                         願はくは 
                         生まれ変はり
                         白鳥の騎士となり 

                         囚はれし君を
                         救はましかば
                         何をか求めまし



ワーグナーの「ローエングリン」に出てくる人物。無実の罪で囚えられた、ブラバンド公国の王女エルザを救うために、白鳥のひく舟に乗ってやってきて、悪臣を倒しエルザを解放する。白鳥の騎士とエルザは目出たく婚礼の式を挙げる。有名な「結婚行進曲」が演奏される場面である。白鳥の騎士は己の身分を問うてはいけないとエルザに念を押す。しかし、エルザは白鳥の騎士の高貴さに耐えることが出来ず、結婚したので身分を教えて欲しいと白鳥の騎士に頼んでしまう。すると白鳥の騎士は、聖杯を守る騎士パルジファルの子であることが明かし、従容として白鳥のひく舟に乗り去っていく。それをみたエルザは息絶えてしまう。ワーグナーの中で最も熱狂的に迎えられてオペラである。

四重奏曲ニ短調

 序曲と組曲が終わると、四重奏曲ニ短調になる。フルート二本とチェロとクラヴサン(チェンバロ)のカルテットである。「ターフェルムジーク」の三つの四重奏曲はすべてフランス風のフルートが花を添えるカルテットである。この辺りでも、テレマンがフランス音楽を如何に意識しているかが分かる。緩急緩急の教会ソナタの形式をとっているが、フランスではイタリアとは違い教会ソナタの形式が後までも主流を占めていた。したがって、後に続く合奏協奏曲、トリオ、ソロは一部の例外を除いて教会ソナタの緩急緩急の形式をとっている。繰り返すようだが、この曲集がフランス音楽によっていることが分かる。
四重奏曲ニ短調の第1楽章から第2楽章♪♪にかけてお送りします。

第二部のトリオホ短調

 フルートとオーボエとチェロ(クラヴサン)のトリオである。やはり教会ソナタの緩急緩急の形式をとっている。ゆったりとした格調高い出だしで始まるのがフランス式である。メロディーは明快で美しい。
トリオホ短調の第1楽章から第2楽章♪♪をお聞き下さい。

第一部のソロロ短調

 フルートのソロと伴奏のチェロ、クラヴサンからなる。緩急緩急の形式になるフランス風な室内楽である。フルートとクラブサンの音色が美しい。ロココ調の宮殿に似合いそうな雅やかな室内楽である。
ソロロ短調第1楽章から第2楽章♪♪をお聞き下さい。

ヴェルサイユ宮殿ルイ15世の間




フルート協奏曲ト長調

 テレマンはラモーと同じ年代で、18世紀の後半まで活躍した。18世紀の後半はすでに若きグルックやJ.C.バッハ、ハイドンなどにより古典派スタイルが定着しつつあった。テレマンとラモーに共通しているのは、この様な前古典派的なスタイルの曲も含まれていることである。テレマンは一時は前古典派に組せられていたことがあったほどである。

フルート協奏曲ト長調♪♪も、前古典派的なスタイルの曲である。荘重なフランス的な作品と比較すると隔世の観がある。フルートがソロ楽器として軽快に活躍しており、イタリア的な古典派を受け入れている。楽曲の形式は緩急緩急というフランスの教会ソナタの形式を維持いているのは、フランス的なエスプリを信条にしたテレマンの意識の表れである。だが、内容はイタリア的な古典派に至近距離にある。
「ターフェルムジーク」の中にもその様な愛らしい曲が含まれている。例えば
「トリオ協奏曲イ長調」第3楽章・第4楽章♪♪などがそうであり、その中にモーツアルトのパッセージを見いだすことは困難ではない。

©萩尾望都の世界



                      少女から乙女に至る
                      瞳と素髪の 美しき君よ
                      姿はあたかも 天使の如し

                      夢は 千々に乱れて
                      瞳に潜む 愁ひを如何せん
                      あたかも 道に迷ひし人のごと

                      星に 願ひ託せば
                      まばたきて 涙となり
                      友の小川に 語れば
                      せせらぎに 呼ばんとす
                      朝(アシタ)の花に 挨拶すれば
                      微笑みて 眠らんとす

                      隅に立つ 彫像の如く
                      かしこみて 
                      菫の花の如く
                      可憐にて 
                      裸体のニンフの如く
                      無防備なり

                      明日への予感に
                      戸惑ひて
                      大人への変化に
                      驚きて
                      優しき人を
                      夢見んや

                      伴にささやき
                      伴にみつめ
                      伴に愛されんことを望まんや

                      心の渇きを覚えるとき
                      潤ひを与へらるる
                      心の兄を欲せんや

                      花壇に立てるアモールよ
                      すべてを察し給ふ 恋の神よ
                      伴に 永遠(トワ)の愛にて結び給へ


二つのフルート、ヴィオローネの協奏曲イ短調♪♪

 緩急緩急の4楽章からなっている。第1楽章は荘重な神殿を見ているような楽章である。第2楽章はヴィヴァルディー風のドラマチックな楽章ある。第3楽章は可憐で典雅なメヌエットである。第4楽章もフランス風舞曲のロンドである。

風と木の詩      ©竹宮恵子


                       
                       パーン(牧神)に寄す

                      ヘルメスと乙女ドリュオペとの間に 
                      生まれしパーンよ
                      神々の血を
                      受け継ぎたる神霊よ
                      汝は古代より
                      羊飼の守護神と 
                      讃へられんや
                 
                      彼のソクラテスはパイドロスと 
                      恋愛につきて
                      対話せしあと
                      野の神たるパーンに
                      斯くの如く祈りき

                      親愛なるパーンよ
                      この野に住み給ふ神霊よ
                      心の美しき者になさせ給へ
                      姿と心の調和せんことを
                      知恵に富める者とならんことを
                      思慮出来るだけの
                      財を与へ給へと

                      乙女ドリュオペの
                      子たるパーンよ
                      人の血を受け継ぎし
                      死せる唯一の神霊よ
                      上半身は人のさまなるも
                      下半身は獣のさまなり
                      されど乙女に愛さるれば
                      人の姿に変身し
                      乙女と結ばれん

                      奇(クス)しき姿故(ユエ)に
                      乙女を抱かんとすれど
                      好かれずして
                      乙女花と変らん
                      愛すれど愛すれど
                      花と変らん

                      汝死すべきパーンよ
                      奇しき半獣神よ
                      想ひ寄せれども
                      酬(ムク)ひ望むなかれ
                      恋の実ることなけれども
                      失望するなかれ
                      愛さるることなけれども
                      悲しむなかれ

                      汝死すべきパーンよ
                      汝はすでに救はれたり
                      父なる神ゼウス
                      汝を知り給ふ
                      オリンポスに於きて
                      神々の姿与へ給はん
                      されば不死となりて
                      永遠(トワ)の幸ひを得んや
                 

優雅なるパーン プラクシテレス



フルート四重奏曲集

 1733年に出版した「ターフェルムジーク」は、テレマンの名声を高名にしたことは言うまでもないが、もう一つ彼に名声をもたらした曲集があった。1730年に出した「クァドリ」(ラテン語4つの)と言うフルート付きの四重奏曲集である。全部で6曲からなるが、協奏曲とソナタ、組曲からなり、極めてフランス色の濃厚な曲集で、凡てが傑作でありテレマンにありがちなマンネリズムはみられない。このような背景から、1736年パリで再版されたのであった。その時の序文では次のように述べられている。「この四重奏曲は普遍的な賞賛を受けた。それを今日までに出されたどれよりも、優れた彫版と用紙による新版で提供するのは、人々に喜びを与えることだと信じている」とある。そして、それから翌年1737に念願のパリ旅行が実現することになる。

テレマンのパリ旅行は大変な歓迎を受け、国王から印刷販売の許可を得て、新しいフルート四重奏曲を1738年に発表した。やはり全部で6曲からなるが、これは純然たるフランス組曲であり、質量とも遙かに大きな曲集であった。これをパリ四重奏曲と呼んでいる。この二つのフルート四重奏曲集は、「ターフェルムジーク」と並ぶテレマンの代表作である。

四重奏曲「クァドリ」協奏曲第一番♪♪

四重奏の楽器は、花を添えるフルート・トラヴェルソ(木管のフルート)とヴァイオリン、ヴィオラダ・ガンバ(もしくはチェロ)とクラヴサン(通奏低音)である。曲の構成は、フランスの伝統的な緩急緩急の教会ソナタの形式をとっている。

©大和和紀自選画集


                              君やわれや     蒲原有明「草わかば」より

                            海に来て 恋を想へば
                            わが恋は みだれる潮(ウシオ)
                            君にゆき 君に向かへば
                            わが身 たださみしき想ひ

                            わが情 君がなさけに
                            ふたつ もし比べみるとき
                            いかで わが青沼の水
                            君が野の 泉に如かん

                            南(ミンナミ)の 花の香りか
                            浪(ナミ)ひびく 夢の小笛か
                            君は これ匂ひの身なり
                            君はまた 調べの姿

                            われはまた 樹(コ)の間の小鳥
                            君が眼の 空にかかれる
                            美はしき 瞳の星の
                            色澄める 影をぞ頼む(美しい星影を求めています)

                            かくて わが命の甕(カメ)に
                            濁り汲む 低き流れも
                            君が恋 焔(ホノウ)烈しき
                            海にこそ 注ぎ出(イ)でしか

                            君はまた 常住(トワ)のよろこび
                            緑なる 尽きせぬ広野(ヒロノ)
                            その広野 君が狩くら(君の狩りの場所)
                            狩くらに わが身迷へり

                            わが悩み 君がよろこび
                            わが愁ひ 君が琴の音(ネ)
                            白銀(シロガネ)の 猟矢(サツヤ)を君は
                            小男鹿(サオシカ)の 痛手ぞわれに

                            君が恋 余りに高く
                            黄昏(タソガレ)も 知らぬ光や
                            浮雲の影にも あはれ
                            倒(タウ)れゆくわが身 及ばじ

ソナタ第一番

ソナタの語源はイタリアで、元々は器楽曲をさし、カンタータ(声楽曲)と対をなす音楽用語であった。ここでのソナタはフランス風の教会ソナタ形式をさしており、後のソナタとは意味が異なっている。このソナタは緩急緩急の形式をとっているが、曲想は優雅なロココ風で前古典派のマンハイム楽派の室内楽を思わせるほどである。テレマンでも第一級の作品である。

第一楽章は幸福で牧歌的な楽章であり、前古典派的である。第二楽章は、ペガサスが天翔るような素晴らしい楽章である。第三楽章は再び緩徐楽章になる。フランス風の格調のあるゆったりした楽章である。第四楽章はヴィヴァーチェになり、やはり天を駆けるような趣がある。

第一楽章から第四楽章まで全曲♪♪をお聞き下さい。

額田王(ヌカダノオオキミ)     ©大和和紀


                              草莽蕪頌(ソウモウブショウ民草の妃を頌へる粗末な歌) 蒲原有明「草わかば」より

                            よろこび
                            流れゆらめく 高むね(高まる胸)
                            大海原に ゆきめぐれる
                            潮(ウシオ)なれや さこそ
                            光に満ちても 溢るるなれ

                            よろこび
                            汝(ナンジ)が 匂へる唇
                            かの暁に 天(アメ)明けゆく
                            焔(ホノウ)なれや さこそ
                            熱き絃(イト)ふるへ 音(ネ)にたつなれ

                            よろこび
                            汝(ナンジ)が姿や 何なる
                            望みに照れる その装ひ
                            着れば 着ればさこそ
                            いといと高きを 頌(タタ)ふるなれ

                            東方(ヒンガシ)
                            ここに国するよろこび
                            高日繞(メグ)れる 黄金御座(コガネミクラ高貴な妃の座)
                            あゝ誰かは ここに
                            み座(クラ)のにほひを 仰がざらん

                            国民(クニタミ)
                            吾ら捧ぐる讃歌(ホメウタ)
                            せめて 真白き翼とならば(吾らが)
                            あゝ御輦(ミクルマ)めぐる(吾らが天の御車を取り囲み)
                            この日の栄(ハエ)もて 天がけらん

                            よろこび
                            汝(ナンジ)が願ひ 隈なく
                            輝く幸ひや その諸声(モロゴエ)
                            されば さればこそ
                            いといと高きを 頌(タタ)ふるなれ


組曲第一番♪♪

組曲は、純然たるフランス組曲であり、曲名に舞曲の名が記されている。また、楽章の数も多くなる。どの曲もメロディーが美しく優雅である。よりパリ四重奏曲と雰囲気的に似ている。第二楽章リゴドンは、明朗快活でメロディーもよく歌っている。第4楽章レプリカも一層テンポが速くなり、美しく空を舞っているようである。、第五楽章優美なメヌエットである。つづけて三曲をお送りします。

翼ある者         ©大和和紀


                              かすかに胸に     蒲原有明「草わかば」より

                            かすかに胸に 今日もまた
                            昔の海の 響きすと
                            ひとり寂しき 疑ひに
                            山辺の翁(オキナ) つぶやける

                            山辺に かくは齢老いて
                            遠き想ひも あらざりき
                            今日し 如何なる戯れぞ
                            翼は生(ハ)ひぬ 吾が夢に

                            雲に彩(アヤ)あり 高嶺なる
                            荒き巌(イワオ)を 包むとき
                            栄(ハエ)よ 樹(コ)かげを離れゆきて
                            夢の翼で 匂ふなる

                            憂(ウ)さいぶせき(気がふさぐこと)は 谷の奥
                            かくて忘れつ 故郷(フルサト)を
                            かなたに 今はひたすらに
                            海の響きを 聞かんとす

                            幽(カス)かなれども 若やかに
                            漲(ミナギリ)りわたる 大海(ウナバラ)の
                            その音なひよ 歓びの
                            吾が日 昔の歌の声

                            触れてこそ またなつかしみ
                            ふるるによけれ 何日(イツ)までも
                            されど 吾が世の磯浜に
                            浪はひとたび 過ぎしのみ

                            浪は砕けて 過ぎたれど
                            今はた聞けば 後の日の
                            すさめる胸の 追憶(オモイデ)に
                            海のひびきの ゆかしきを

                            すべて忘れて ありつるを
                            夢よ 如何なる偽りぞ
                            翼もついに 沈むまで(日が)
                            を暗く(ほの暗く)なりぬ 空のはて(飛びたりや)


パリ四重奏曲第一番♪♪

テレマンのパリ旅行は予想以上の成功で、第二の新しいフルート四重奏曲を書く意欲を駆り立てられた。パリに滞在して翌年に6曲の規模の大きな組曲形式の四重奏曲が書かれ印刷された。前の「クワァドリ」同様楽器の専門家を予想して書かれている。第一番全体でも6曲あり、モーツアルトのセレナードやディヴェルトメントを連想してしまう。第一楽章プレリュードは朝日のように爽やかな楽章である。第三楽章ヴィトは早くと言う意味で軽快な舞曲である。第四楽章ジェマーンで、可憐な美しさを湛えており、ロココスタイルの特徴を備えている。

虹のナターシャ      ©大和和紀



                              青野花草     蒲原有明「草わかば」より

                            野路は恋路に あらねども
                            野草は 熱き憧(アクガ)れに
                            緑の夢の その息の
                            烈しく深き 夏の野辺

                            かなたに消ゆる 世のかげの
                            乱れはここに 収まりて
                            青野花草 日に溶くる
                            白銀(シロガネ)の音に 似たりけり

                            光は高き 洪水(オオミズ)に
                            この時 ひとり漂へば
                            声も伝へぬ 深海(フカウミ)の
                            小舟の身こそ をかしけれ

                            かしこ港や いと清き
                            想ひぞ泊(ハ)つる 青葉かげ
                            かしこに尽きせぬ 真珠(シラタマ)を
                            さぐるもよしや 野の泉

                            恋路は野路に あらねども
                            悩みの草の 夏繁き
                            蔭にも などや静けさの
                            よろこび深き 夢のなからん(何故夢がないのだろうか)




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